三人の魔女は集う
人知れず森の奥にひっそりと建つ古びた洋館が、薄い雲がかかる夜空に浮かぶ下弦の月明かりに照らされて怪しく映し出される。
屋根裏部屋の小窓から、小柄な女性が身を乗り出して、普段より近い月に酔いしれていた。
「平和だねぇ」
そう呟くとエメラルドグリーンの瞳をうっとりとさせながら片手に持った血のように赤いワインに月の姿を映し出して、クイッと飲み干した。
「平和なのはお前の脳ミソだろう」
屋根裏部屋の中では木製の丸テーブルを囲んで座る別の二人の女性の姿。そのうちの一人の褐色肌の女性が言い放つ。冷めた目で見てくる褐色肌の女性に、部屋の中へ振り向いた銀色のショートヘアーの女性は頬っぺを膨らませて不貞腐れていた。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。平和になったのは間違いないのだから」
残った一人の女性は、二人を窘めながら、暖かな眼差しを向け、パステルピンクの長い髪を指で弄っていた。
この日は目出度い夜だった。静寂の夜を世界が久方ぶりに手に入れた日であった。
「全く……あの人のお陰であたい達が苦労する羽目に……」
褐色肌の女性は、赤ワインを瓶のまま一気に飲み干す勢いで傾ける。口元から零れたワインが赤い血のように女性の細い首を艶かしげに流れていく。ひとしきり飲んだ後、叩きつけるようにテーブルに瓶を置き、体の芯からワインで高揚するのを楽しむようにプハーッと白い吐息を一気に吐き出した。
「腕は大丈夫なの?」
対面に座る女性は褐色肌の女性の右腕へと視線を移す。その右腕は、二の腕のより下が失われていた。
「腕をなくした事より、多くの人が亡くなった。助けられたのは三千人強と、全人類の千分の一にも満たない。それが、あたいにとっては非常に心が痛い。人々が魔法を手に入れてから数十年。まだまだ人々は魔法に関して無知で無秩序過ぎる。二度とあの人のような者が現れないように、あたいは、これから秩序を作って行くつもりだ」
褐色肌の女性はワインで顔を少し赤くしながらも、真剣かつ非常に強い眼差しを二人へと向けた。
「そう。それなら、私は教育に携わろうかしら。学校を作るの。魔法の学校を。それは私達、先人の役目だと思うわ」
「えぇ~。二人ともズルいなぁ。ボクはどうしよう……」
小窓の側に立つ女性はワイングラスの口を指でなぞりながら、これからの事を考えて再び夜空を見上げる。
「あなたの好きにすればいいわよ。あなたは私達の中では、一番若いのだから」
「ボクだって“三魔女”の一人だよ。若いからといって二人に劣るなんて思ってないよ! ……そうだ! ボクは守人をやるよ。代々に渡って封印が二度と解けないように。この世界に平和が永遠に続くように願いながら」
後に“新世界の三魔女”と呼ばれる事になるこの三人は、誰からともなく、被っていた色ちがいの鍔が広いとんがり帽子と外套を脱ぎ、部屋の隅に置かれた一本のコート掛けに掛けていく。
「師匠に頂いたこの外套と帽子。二度と被る日が来ない事を願うわ」
「そうだな。これを被る日は師匠が復活した時だ。守人の役目、頼むぞ」
「任せておいて。ボク達三人がかりで、ようやく師匠を封印出来たんだ。復活した時、ボク達が全員居るとは限らないからね」
三人は暫く帽子と外套を見つめ、同時に大きな溜め息を吐いた。
「嫌いじゃなかったのよ……。むしろ、好きだったわ」
「弟子に尻拭いさせるなよな……」
「あの人、魔法の研究の過程にしか興味ないから……。結果どうなろうと知った事じゃないって人だし……」
三人は二度目の深い溜め息を吐く。
「ボクは少し散歩してくるよ。酔っちゃった」
そう言うと小柄で銀髪の女性は屋根の小窓から外へと身を乗り出して飛び降りた。地面へと落ちていく彼女の体は、急激な上昇気流に乗り、ぐんぐんと夜空へ舞い上がっていく。
洋館はどんどんと小さくなり、洋館を囲む森も全貌が見渡せるほどまで上昇していく。夜空に浮かぶ下弦の月を背に女性は眼下を見下ろした。
洋館を含む森は巨大な島の一部であり、空をゆっくりと浮きながら移動する。だが、彼女が見たいのはそれではないようで、注目していたのは浮島の下に広がる大小様々な大陸。
顔をあげると大陸を取り囲む夜空を映し出す広大な海の水平線が見えていた。
「後世、誰がこの巨大な海が元は大陸だったと信じるだろうな」
静かに目を瞑り、瞼の裏に刻み込まれた景色は、巨大なエネルギーの塊が大地のあらゆるものを吹き飛ばした瞬間の光景だった。
思い出しただけでも彼女の腕に鳥肌が。
「二度とあの厄災を起こしてなるもんか!」
彼女はエメラルドグリーンの瞳に強い決意を秘め、再び二人のところへと戻って行った。
“爆炎の魔女”アーガスト。燃えるような赤い髪に褐色の肌をした彼女は、魔法に関する秩序として決まりを設け、それを世界中へ徹底して広め、守らせる事に生涯を費やし、やがて、いつしか呼び名は“秩序の魔女”と変わった。
アーガストが取り決めた三大則は以下であった。
一、魔法で人を死亡させてはならない。
一、魔法で犯罪を取り締まる時は、束縛、迎撃、反撃の順で行わなければならない。
一、魔法の新たな開発は許可がない限り行ってはならない。発覚した際には上記2項を破棄出来るものとする。
後に出来る法霊院という組織により、三大則は細分化されていく。
“慈愛の魔女”ユーユ。パステルピンクの足元まで伸びたその髪の長さと胸の大きな膨らみが、そのまま彼女の慈しむ心の深さを現すと言われ、魔法を専門に扱う学校を作る。その学校は、世界各地に作られた魔法学校の全ての基礎となる。
“時の魔女”ハガル。銀色の短髪で薄っぺらい胸板で見た目は少年のような彼女は瞳に特殊な刻印を持っていた。
それは、エメラルドグリーンの瞳の中に三つ連なるように並ぶ五芒星。
魔法も二人に比べて特有で、彼女が居なければ封印は成り立たなかった。彼女は子々孫々よりその先まで、受け継がれたその刻印が刻まれた瞳で、封印が解けないよう守人として生涯を過ごした。
そして、実にこの日から四百年以上が過ぎていく。
少しでもワクワクしていただけると幸いです。
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