魔法のトモダチ
俺には魔法のトモダチがいる。
小学五年生の時に、俺のクラスに転校してきた吉住だ。
こいつは実に使い勝手のいいやつでさ。
体育でペアを作れなかった時には、こいつの相手を譲ってもらい。
めんどくさい宿題は、理由をつけて全部写させてもらい。
金に困ったときには、ランドセルを売りつけたり学生かばんを売りつけたり。
リーマンショックのあおりを受けてくさくさしてた時は、就職先も譲ってもらった。
こいつは実に俺の人生において優秀な、トモダチなんだなあ。
それはもう、魔法のように俺の願いを叶えてくれるんだなあ。
いつも俺の立場を受け入れてくれて、いつも俺の望む展開を譲ってくれる。
簡単に騙されてくれるし、簡単に差し出してくれる。
たまにイラつくこともあるけどさ、こいつの便利さときたら手放せないんだな。
「つか、そんな馬鹿いるの?こんな着ぐるみでだまされるやつとかさあ。」
「大丈夫、あいつだったらよっぽどの大根役者の演技でも全部信じるんだって。」
給料をパチンコで全部すっちまった俺は、いつも通り、魔法のトモダチを使うことにした。
こいつは地味にまじめでつまらない男でさ、金だけはどんどんたまっていってるから十万くらいなら簡単にボれるんだよ。
俺はパチンコ仲間を巻き込んでだな、魔法のトモダチに会うことにしたってわけさ。
量販店で売ってた怪しいランプ(980円)を両手で抱えて、量販店で買ったランプの魔人の着ぐるみ(3980円)をパチンコ仲間に着込ませて、準備完了。
人の来ない、誰もが来たくないであろう寂れた公園でひと芝居打ったら…魔法のトモダチは、今回もすんなり騙されてくれた。
・・・ホントこいつまじ頭わりー!
「つか、こんなに簡単に騙せるのか、すげえな、あいつ紹介してくれよ、めっちゃ金引き出せそうじゃん。」
「ばか!おめーの声でばれたらおじゃんだろ、あきらめろ。」
俺は魔法のトモダチからせしめた十万のうち一万をパチンコ仲間に渡し、そのまま新装開店のホールへ向かった。
・・・二週間はさ、調子よくいってたんだ。
だまし取った金でパチンコ行って、30万まで増やしたんだけどさ、ついつい深追いしちまったのが運の尽き。
手元に残ったのは、安っぽい紫色の長財布と三百円。
財布はたまたまあまり玉で交換したやつだ、こんな悪趣味なやつ、俺は使う気などまったくない。
・・・そうだ、これでまた金もらおう。
付加価値をつけたら、悪趣味な財布も高級な財布に早変わりってね。
俺は魔法のトモダチに電話をかけた。
…ずいぶん調子のいい事抜かしていて、少し苛立つ。
俺はこんなに金に困ってるのにさ、腹立つな。
金に余裕のあるやつは、困ってるやつに黙ってさしだしゃいいんだよ。
『僕はいらないけど、ほしがりそうな人を知ってるから、紹介してもいいか?』
「・・・誰?怪しいやつじゃないだろうな。」
まさか、感づいた?
警察とかじゃねえだろうな。
『隣に住んでるおじさんだよ。魔人の話したら、すごく興味あるって言ってたし、お前のこと紹介して欲しいって言ってたんだ。』
はは、こんなだまされやすいやつが警察なんか呼ぶわけねえか。
まあ、でも一応念には念を入れておこう。
「ふうん、怪しいな、まあ、お前が付き合ってくれるなら譲ってやらんでも、ない。」
馬鹿の横にはバカが集まるってね。
のんきなやつらってのは頭ん中がめでたくていいねえ。
俺は新しい金づるを予感した。
「・・・へえ、じゃあ、5万でいいよ。」
「五万?宝くじが当たるんでしょう?五万なんて安すぎませんか。」
魔法のトモダチの紹介してくれたオヤジはやけに胡散臭い人物だった。
こっちの言うことを端から疑っているような、それでいて乗っかってくるような、いやな空気が漂っている。
「なんだ、初対面だからサービスしてやろうと思ったのさ。いいよ、五万で。今後もひいきにしてくれるなら、ね。」
「…ああ、今後はどうなるか、わかりませんね、とりあえず、今回は五万で。」
やけにすんなりと金を出してきた。
何だ、やっぱりただの馬鹿じゃねえか。
「いい買い物をさせていただきました。ありがとう。」
「その財布を使ってたら、いつか必ず宝くじが当たるんだぜ?ま、当たる前におっさんの命が尽きたらごめんだけどな!」
一応念のために…宝くじが当たらなかった場合の言い訳を言っておく。
・・・いつかは当たるのさ。
当たるまで生きてたら、そりゃいつかは当たるってわけさ。
寿命が尽きた後で当たることだってあるはずだろ?
当たらないんじゃない、当たるまで生き続けたらいいんだよってね。
それは2億年後かもしれないけどさ。
「はは、だいじょうぶですよ!!私、とっても長生きなんでね!!」
「確かに長生きしそうだ!!末永く、よろしく!」
・・・こいつも俺の金づるとして活躍できそうだな。
俺は最近金を出し渋るようになった魔法のトモダチから乗り換えることを、一瞬考えた。
「やあ、あなたのお財布、なかなかの大当たりでした。」
「えっ…ああ、あんたは、吉住の。」
俺がパチンコで7万ほどすってイラつきながらホールを出ると、あのオヤジが声をかけてきた。
何だ、こいつはパチンコもするのか。
パッキーカード恵んでくれねえかな。
「あなた、お金欲しいんでしょう、いくらでも差し上げますよ。」
オヤジがあの紫色の財布にたっぷり詰まった万札を披露してきた。
…帯つきの札束じゃねえか!
「え、当たったのか!当たったんなら、売った俺の方にも取り分をもまわしてもらわないと困るな。」
「ええ、御礼をしようと思ってね。ずっと、アナタとまた会う日を、待っていたんです…会えて、良かった。」
「よく考えてみてくれよ?俺があんたにその財布を売らなかったらあんたは宝くじが当たらなかったわけだ。」
「ええ、そうですね。」
「この財布を買わなければ当たらなかったってことで、当たったからには、それ相応の支払いをするべき、そうだよなあ?」
一体いくら当たったんだろう、うまいこと言って全部せしめてやりたいもんだが。
「具体的に、いくらほしいんです?」
「いくらって…いくら当たったんだよ。」
…なんだこのクソオヤジ。
当たったなら当たった額を言えってんだよ!
一億当たって100円もらってこっちが満足するとでもおもってんのか?!
頭悪すぎだろうが!!!
「当たった値段で、欲しい金額が変動するんですか?」
なんだ、このめんどくせえジジイは。
「くれるだけ全部くれたらいいよ。早く出せよ、気が利かねえおっさんだな。」
「いくらでも、いいんですか?」
「めんどくせえなあ、当たった分全部もらうぞ、こら!」
オメーの当たった金は、俺が財布を売ってやったから手に入った金なんだよ!!!
俺がいなきゃ、オメーは金持ちになれなかったんだよ!
今すぐ、俺に!!!オメーの金を全部だしゃいんだよ!!!!!
ジジイを睨みつける俺の目の前に。
ひらり、ひらり。
金が落ちてきた。
・・・なんだ、これは。
万札、ユーロ、ドル…紙幣が舞って、俺に降り注ぐ。
「じゃあ、とりあえず、世界のお金をすべてお支払いしましょうかね。」
「私にとってこんな紙切れ、まったく意味がないのでね。」
ばさり、ばさり。
「ねえ、あなた幸せですか。」
「誰かをだまして、こんなにお金を手にする事ができて。」
どさり、どさり。
「こんな紙切れのために徳をじゃぶじゃぶ使って。」
もさり、もさり。
「生きる意味を完全に間違ってる人ってのは、本当に愉快だ。」
みしり、みしり。
「一方で生きる意味しか追えない人もいるというのに。」
みり・・・みり・・・。
「だまされるやつが悪い、なるほどね、だます人ってのは実に愉快だ。」
ごり・・・ごり・・・。
「自ら進んで騙さざるを得ない道に首を突っ込んでいる。」
・・・ぷちっ。
「生きる意味ってね、じつにおもしろいんですよね。」
なんだ、この金は。
金が、俺を埋める。
俺は、金に埋まる。
「ねえ、だまして得たお金の重さ、あなた今どう感じてます?」
「ずいぶん重いでしょう、このお金はあなたが奪い取ってきたものです。」
「あなたの財産ですよ、ずいぶんありますね。」
・・・俺は、金に埋もれて。
「つぶれるんですか?つぶれたんですか?」
「人からこれだけ奪っておいて、この奪い取った金の重さであなたはつぶれるんですか?」
「ずいぶんやわですね、つぶれるような金なら奪わなきゃいいのに。」
俺の、体は、つぶれてしまった。
俺はつぶれてしまったというのに。
なぜ、オヤジに摘み上げられている・・・?
「愉快だ、実に愉快だ。」
「金の重さも、徳の重さも、罪の重さも、全部知らない、全部知ろうとしない、自分の欲求に実に忠実で、ずいぶんたやすい魂だ。」
豪快に笑う、オヤジの口が。
ぱかりとひらいて。
おれを、のみこん・・・