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ヒト・カタ・ヒト・ヒラ  作者: さんかいきょー
剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ
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インターミッション→

激闘の夜が明けた頃、景と瀬織は……?

 東景は、普通の少年である。

 先祖代々の家系やら親戚筋は、絵空事のような世界観で妖怪と戦ったり、恐竜メカを作ったりしていたらしいが、そんなことは景個人には関係ない。

 特にこれといった超能力もないし、別に体も鍛えていないし、なんかこう伝奇的な因縁に巻き込まれることもない。

 だから、昨夜都内で起きた大騒動にしても、あくまで第三者の一般人として俯瞰していた。

 それに同居人の瀬織がそれに関わることになったので、何か超常的な厄介事が起きている程度の理解はしていた。

 ただ少しだけ面倒なのは――

「東くん! 都内で銃撃戦だッ! 爆発だッ! サザンクロスが怪物と戦ってる目撃情報もある! これは恐らく政府の陰ンッ謀ォーーーーッッッッ」

 こんな具合に興奮した文章を、クローリクが延々とシュリンクスで送りつけてくることだった。

「都内で電波障害が発生しているが、これは恐らく電磁波攻撃! 地震兵器の一種だ!これはHAARPといって――」

「ハーブ? 傷薬……?」

「ハーブじゃないッ! 私はやってないしお茶でもないしゾンビ化も防げないし広島の球団でもないッ! って、それはカァァープッッッ!」

 と、こんな陰謀論だかオカルトだかの話に深夜まで付き合わされて、クローリクが寝落ちしたのが午前4時。

 景もいつのまにかベッドの上で意識を失って、三時間後にスマホの目覚ましアラームで覚醒した。

「んあ……ぁ……」

 目が覚めると、まず頭痛。寝不足だった。

 そして低体温に気付く。

 もう冬なのに布団も被らずに寝てしまった。軽い暖房は入っているが、それだけでは足りなかった。

「ぁぁ~……さむっ」

 冷え切った腹をさすりながら、景は一階に降りた。

「瀬織ぃ……帰ってる?」

 試しに呼んでみるが、返事はない。

 家の中に気配もしない。

 自然とスマホを取り出して、シュリンクスを開く。

 瀬織のアカウント〈theory〉は、昨日から更新が止まっていた。

 フォロワーから心配するリプや、天気予報を急かすリプが大量に投稿されていた。

「どしたのかな……?」

 少し、心配になった。

 瀬織に限って万が一はないと思うが、それでもやっぱり不安になる。

 景が電話をかけようとした矢先、玄関の鍵が開く音がした。

「ただいま~~帰りましたわ~~」

 瀬織の間延びしたような声を聞いて、景はホッとした。

 およそ半日ぶりに顔を見ようと景が玄関の方に体を向けると、瀬織の体が眼前まで迫ってきていた。

「会いたかったですわ~~っ! 景く~~んっ!」

「うぶっ?」

 景の顔が瀬織の胸部に埋まった。

 制服ごしの柔らかな感触と、一日分の濃縮された香りが、至近距離からグイグイと押し付けられていく。

「あ~~疲れましたわ疲れましたわぁ。亡者の皆さん全滅させるのは余裕だったんですが、帰りの足がなくって困ったんですのよ~。電車もたくしーもありませんしぃ……」

「むぐっ……ちょっと……むね、むね……」

「仕方ないから、千葉県あたりまで踏破して、そこで優しいおじさま方のお車に乗せてもらったんですのよ。いわゆる、ひっちはいくというやつですねぇ~。わたくしがお願いしたら、皆さん快く乗せてくださって――」

 要するに、いつもの精神操作を使ったということだ。

 それはともかくとして、景の意識が桃色の靄に包まれてきた。甘い香りとマシュマロの感触は極限に蠱惑的で、それは時の権力者すら溶け落ちる魔性である。少年の精神的キャパシティで受け止め切れるものではない。

 抱きつかれて、捕縛されて、人外の、堕ちたる女神の色香を嗅がされ逃げ場なし。

 溶ける――脳が、溶かされる。

「しぇおりぃ……もう……やめてぇ……」

「――おおっと、いけませんわぁ。景くんへの愛が果てしなく暴走してしまうところでした~~」

 ようやく瀬織の快楽攻めが停止して、景は愛撫から脱出。

 ふらふらと、倒れるようにソファに沈んだ。

「ああ……もう……心配したんだよぉ? 連絡ないし、シュリンクスだって更新しないし……」

「しゅりんくす? ああ……」

 SNSについては全く意識になかったようだ。

「どうでも良いですわねえ……。所詮は戯れ。更新がないから相手が死んだなどと……実に想像力が豊かですわね」

「でも、瀬織の更新待ってる人たち沢山いるよ?」

「だからぁ? このわたくしを呪いで縛ろうなどと……有象無象の分際で2000年速いんですわよ」

 それどころか、SNSの投稿など関心すらない様子だった。

 フォロワーが何十万人いようとも、瀬織にとっては虚構の数字に過ぎないのだろう。景には理解しがたい。

「アレに使ってるすまほ、家に置いたままですし」

 更に意外なことを、あっさりと口にした。

「えっ……じゃあスマホ持ってないの?」

「いえ、持ってますよ。コレが、園衛様から頂いたわたくしのすまほです」

 と、瀬織は制服のポケットからスマホを取り出す。

 かたや、もう一方の手で食堂のテーブルを指差した。

 そこには、別のスマホが置かれていた。

「で、あちらが――どこかの名前も知らないおじさまから頂いた、戯れのすまほ……ですわ♪」

 なんとも不穏な内容を聞かされて、景の顔が引きつった。

「へ……? 知らないおじさんて……どゆこと?」

「いやですわぁ? 別にぃ、わたくし危ないお付き合いとかはしてませんわよ? ただぁ……もしもの時に足がつかないように、と……通りすがりの誰かさんにお願いしたんです。『哀れなわたくしに、どうか板切れ一枚恵んでくださいませんか』と♪ そしたら、その方名義の新品をくださったんですよぉ。もちろん、通信費もおじさま持ちで♪」

 要するに、精神操作でどこかの誰かを洗脳してスマホを提供させたという……。

「ちょっ……それ犯罪じゃん!」

「ん~~? わたくしが他人を操って物品を提供させた……なんて、どうやって犯罪だと証明して、どういう罪状で立件するんですかあ? 対応する法律が存在しない。つまり、これは合法……とまではいかなくても脱法。限りなくクロに近いシロなんですわ」

 相変わらず口が上手いというか、これは詐欺師の手口なのではないか……と、景は少年ながら思った。

「なんで……そんなことしたのさ。スマホ二つも持ってて……意味あんの?」

 口論では瀬織に勝てる気がしないので、景は半ば負け惜しみのようにボヤいた。

 すると、瀬織は悪びれるわけでもなく、妙に醒めた目を泳がせた。

「あの……()()っていうあぷり……なーんか、ムカつくんですよね……」

 UKAというのは、今や多くのスマホにプリセットインストールされているAIナビのことだ。

 シュリンクスを使うにしても、UKAの同時インストールに同意しなければならない。

 あれは便利なアプリだし、いちいち表示されるマスコットキャラが鬱陶しいなら無効化なりアンインストールすれば良いだけだと思うので、景は首を傾げた。

「ムカつくって……何が? 厭なら消せばいいじゃん」

「消す……ですか。フフッ……それは良い考え……ですわね」

 景の提案に、瀬織は何故か含み笑いを零していた。

 瀬織が今、どんな表情をしているかは、景からは見えなかった。

 テーブルに置いたスマホを回収しようと、瀬織が手を伸ばした。

「あら……?」

 何かに気付いて、瀬織の動きが一瞬止まった。

「どしたの……?」

 心配する景の方を見ずに、瀬織は掌をさすっていた。

「いえ……別にぃ……なんでもありませんわぁ……」

 とぼけ笑い、瀬織は傷をいたわるように己の手をさすっていた。

 テーブルの上に、おがくずのような塵が……ぱらぱらと落ちていた。


万物は流転する。

形あるものは必ず朽ちる。

古きモノは新しきモノに取って代わられる。

役目は受け継がれ、システムは永遠に続いていく。

神霊遷御の時である。

次回

ヒトカタヒトヒラのこと

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