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ヒト・カタ・ヒト・ヒラ  作者: さんかいきょー
剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ
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剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ36

JKニンジャと夜のドライブ……でも全然嬉しくないこの状況……!

 山に向かう小さな県道には、夜ともなれば車の通りも無い。

 民家も街灯もない麓の小道に、南郷はトラックを停めた。

 助手席のドアが勢いよく開くと、アズハが飛び出て爪先で着地した。

「よっ……と。ま、この辺でええでしょ」

 園衛の屋敷までは、直線距離で300メートル程度の場所だ。

 アズハの体力なら、空理恵を担いでもさして苦労はないだろう。

 南郷が直に屋敷まで送らなかったのは時間が惜しかったのと、アズハに対して警戒があるからだ。

 アズハは空理恵を使って何かを企んでいる。

 こちらを動揺させるために攫ったにしては、あまりにもアッサリと返すのは不自然だ。

 直接的に人質に使うつもりはないだろう。そうする気なら最初から脅迫電話なり手紙なりを送りつけているし、アズハほどの使い手なら園衛相手に人質作戦が通用しないことは重々承知のはずだ。

 南郷としては、腹の中で何を考えているか分からない刺客を、わざわざ園衛の所に送り届けてしまうことの後めたさも多少はあった。

 こちらの胸中を知ってか知らずか、アズハは眠ったままの空理恵を背中におぶって、脳天気に手を振っていた。

「今度またドライブ連れてってくださいね~♪」

 まるで緊張感がない。男をキープするために気を持たせる性悪女のようなことを言う。どういう神経をしているのか。皮肉のつもりか。

 流石に南郷も溜息を吐いた。

「また今度……? 俺が生き残るってことは、あのオッサンを殺すってことだぞ?」

「んー、そうなりますね? でもオッチャンの復讐の成否は、ウチには関係ありませんから」

 右大との関係も所詮は仕事ということか。実にドライだ。

 それと対照的に南郷にウェットな関係を求めてきているのは、果たして演技なのか本心なのか。

 忍者以前に、10歳も年齢の離れた女子高生の心理を理解するのは、とっくに成人した男には中々難しいものだ。

「きみが生き残るってことは、園衛さんを殺すってことでもあるな。それで良く俺と会おうなんて言えるな……」

「そうとは限りませんよ? ウチがあのオバハンを殺るより早く、お兄さんがオッチャンを殺ればええんですよ。オッチャンが死んだ時点でウチの仕事もアガリになって、オバハンとのくだらん死合もそこで打ち切りですわ」

 言っていることと、やっていることが、まるでアベコベだ。

 南郷に勝ってほしいのか負けてほしいのか。単に仕事を早く切り上げたいのか。園衛を殺したいのかどうでも良いのか。

 心理面への撹乱工作のつもりなのか。

「きみは……何がしたいんだ?」

「フ……どうなんですかね? 忍である前に人なのか。人である前に忍なのか……。心なくした忍はただの刃だそうですがァ……」

 一瞬、アズハの表情が冷笑に変わった。

 醒めた顔は何に対して、どんな感情が込められているのか……。これ以上の感情移入は不要だ。

 少なくとも、今は。

「ほな、お互い武運があれば、また会いましょうねぇ~♪」

 またアズハは、元通りの笑顔を被った。

 空理恵を背負ったまま、跳ねるようにして遠ざかっていく。まるで人間サイズのバッタめいた跳躍力。驚異的な身体能力だ。

「あの娘より早く仕事を済ませる……か」

 そんなことが出来る保証はどこにもない。

 急ぐ心は焦りになって隙を作る。急速に思考を冷やして、南郷はいつも通りの殺戮機械に己を変えた。

 南郷はトラックの後に回って、手動でコンテナを開いた。

「スタンバイだ、タケハヤ」

 呼びかけると、闇の中で〈タケハヤ〉のセンサーユニットが発光した。

『イエッサー』

 固定された駐機状態で、南郷と対となる戦闘機械が応答した。


 山中の採石場は宮元家の系列企業が所有している。

 実際に石材の採取にも使われているが、往時には退魔組織の射爆場としても利用されていた。

 麓に爆音や射撃音が響いても、採石用の発破だと言い訳が立つ。

 わざわざ青森にある自衛隊の試験場まで出向かずに済むので、かつては組織の者が頻繁に銃器の訓練を行っていた。

 採石場に通じる別ルートの道路は県道でありながら未舗装でカーナビも推奨せず、部外者の南郷も知る所ではない。

 右大高次がこのルートを選んだのは、元関係者であったが故だ。人目を避けるためでもある。

 だというのに、右大の強化された聴覚は近づいてくる車のモーター音を察知した。

 ハイブリッドカーのエンジン音はほぼ無音に近く、微細なモーター音も常人には聞こえない。

 右大は、それを数百メートル離れた距離から感知していた。

 モーター音は南郷の乗っていたトラックではなく、一般乗用車のものだ。

 ただの通りすがりと思って、右大は物陰に身を隠した。

 だが、どういうわけか件の車は山道の入り口で停車した。

 運転席から、女が降りてきた。

「義兄さん……いるんでしょ?」

 思いがけぬ声だった。

 右大は闇の中で目を凝らした。人間を超えた視力が、女の顔を鮮明に映した。

「鏡花……か」

 右大の口から情愛の篭った声が出たのは、実に7年ぶりのことだった。

 同時に、後悔に塗れた声でもあった。

 今さら、義妹から隠れ、因縁から逃げる意味もない。これから死地に向かうというのに、肉親と会うのを恐れるなど、バカバカしい。

 それに――漸く別れを告げられる機会でもある。むしろ幸運と思うべきだろう。

 観念したように、右大は車の前に出た。

「大きくなったな……鏡花」

 10年ぶりに会う義妹は、すっかり大人だった。

 時の止まった右大とは違う。過去に捉われて人間を捨て、命も捨てた愚かな自分が一層惨めに思える。

 もう鏡花を直視できずに、右大は俯いた。

「義兄さん……どうしてこんな……」

「話は……聞いてないか」

「聞いたけど! それで納得できるワケないよ! お姉ちゃんは死んで、義兄さんも……そんなになってるなんて……っ」

 恐らく、南郷から話を聞かされたのだろう。

 あの男のことだ。嘘も誤魔化しもなく、ありのままを言ったのだと思う。

 何も訂正する気はない。言い訳をする気もない。

「鏡花……お前は今、園衛ちゃんの所で働いてるんだったな」

「そう、だけど……?」

「なら、お前の仕事をやりなさい。大人の仕事をやりなさい。俺は死人だ。死人が歩いていてはいけない……分かるだろ」

 右大は10年前のように、鏡花に言い聞かせた。

 鏡花の目は涙ぐんでいた。10年前、憧れと畏れの混じった目で自分を見上げていた、あの頃の少女の目だった。

 郷愁、未練、憐憫――人ならざる我が身に相応しくない感情が胸を痺れさせる。

 それら全てと、いま決別するのだ。

 歩み寄ろうとする鏡花の気配を察知して、右大は一転、義妹を睨みつけた。

「寄るなッ!」

「どっ……どうしてっ……」

 大声で制止され、鏡花が怯えた。足を止めた。それで良い。

「鏡花! 今の俺の姿を見ろ!」

 右大は人の皮を捨てた。もう二度と被ることはないだろう。

 筋肉が隆起し、凄まじい代謝速度で表皮と骨格が変型していく。

 熱い水蒸気の中で、右大高次は異形のエイリアスビートルに姿を変えていた。

「お前の義兄も右大高次も、10年前に死んだ! 今の俺はエイリアスビートル! 人に仇なすバケモノよ!」

 残酷な、ありのままの現実を鏡花に突き付けた。

 鏡花は腰が引けていた。その顔には恐怖とも悲しみともつかない表情が張り付いていた。

「嘘……嘘よ……義兄さん……」

「さよならだ、鏡花……」

 義妹に最後の別れを告げた、漸く、告げることが出来た。

 もう何も思い残すことはない。自由自在に一切合切を捨てていける。

 胸に感じる空白は、喪失感と解放感。

 エイリアスビートルは、鏡花に背を向け、闇の空へ跳躍した。

 願わくば、義妹が倒れぬよう。

 願わくば、己の仕事を完遂してくれるよう。

 人としての最後の願いを地表に置いていく。

 山肌を蹴り、一跳び数十メートルのジャンプを何度か繰り返して、エイリアスビートルは目的の採石場に着いた。

 200キログラムを超す巨体が、小石だらけの地表に着地した。

 白い粉塵が舞い上がる。

 月光に照らされた白い採石場には、黒い装甲のサザンクロスと、〈タケハヤ〉と呼ばれる戦闘ロボットが待っていた。

 後者は両肩に巨大な防盾を装備している。当然ながら、こちらへの対策済みというわけか。

「一日かそこらじゃ、大して変わってもないようだな?」

 サザンクロス――南郷が皮肉るように言った。

 確かに、装備を更新した南郷たちに対して、エイリアスビートルは傷こそ再生したが見た目に変化はなかった。

「同じことを繰り返すだけじゃ、今度こそ俺に殺されるだけだが……分かってんのか?」

「お前の言う通りだ……。だが、俺はそこまで間抜けじゃあない!」

「なら、どうする?」

「こぉぉぉぉぉうするのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッ!!」

 喉が破裂するほどに、エイリアスビートルは叫んだ。

 その肉体が膨れ上がる。熱と電磁波の奔流が周囲に満ち溢れる。

 キチン質の生体装甲を、内側から新たな装甲の突起が食い破っていく。

 背面の外殻が膨れ上がり、装甲が展開。赤く光る半透明の翅が出現した。

 四肢は更に太く、更に重装甲に。筋肉表面の血管は赤く発光し、超高温の血流熱河が外から視認できた。

 頭部の角は新たに三本が生成され、合計四本の湾曲衝角が生え揃った。

 これが自己再調整の成果だった。

 エイリアスビートルは蛹の中で、自己改良、自己進化を果たしたのだ。

 昆虫が新たな形態に脱皮するかのような光景だった。

 その隙を、南郷が見逃すはずがなかった。

「タケハヤ、エレクトロンブラスター!」

『イエッサー』

 〈タケハヤ〉がヘッドライト部から牽制の自由電子レーザーを放った。

 だが不可視のレーザーはエイリアスビートルを覆う赤い球体フィールドに阻まれ、青白い電光と共に霧散した。

「な、に?」

『敵 改造人間の 周囲に 強力な 磁場と 金属反応 電磁フィールドに 金属粒子を固着させ シールド化 しています』

 〈タケハヤ〉の解析が終わる頃には、エイリアスビートルの脱皮は完了していた。

 より禍々しく変貌した顔は、マスクの隙間から蒸気を噴出。

 大きく展開した背中の翅が、依然として赤く発光している。

 四肢に流れる血流が、溶解金属のごとくオレンジに光り、流れる速度を次第に上げて――そう、加速させていった。

「燃えつきろ南郷ォ! ブラスタァーーーー! インフェルノォッッ!」

 吼える、エイリアスビートル。

 両腕、両脚の生体装甲が展開し、砲口が出現。肉体の各部に増設された照準用の複眼が南郷をロックオン。体内で加速された赤熱の金属粒子が放たれた。

 生体自走熱線砲(バイオブラスター)と化したエイリアスビートルの地獄の炎が、閃光が、採石場ごと罪人を焼き尽くさんと燃え広がる。


恐るべきパワー! エイリアスビートル・メガス2!

生体熱線砲の直撃に南郷は……?

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