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ヒト・カタ・ヒト・ヒラ  作者: さんかいきょー
剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ
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剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ28

「――それが、俺の全てです。それから七年、データにあった医薬庁の施設を回って、薬欲しさに集まってきた改造人間の残党を殺しまわってきた」

 自分のことのはずなのに、南郷はまるで他人事のように淡々と語った。

「改造人間の数には限りがある。連中を全部ブッ殺したら、俺の人生もそこで終わるつもりでした。それが空理恵と会って、予定が狂っちまった……」

 言葉に何の感情も篭らないのは、精神の防御本能なのだと思う。

 マトモに当時のことを思い出したら、正気ではいられない。

 だから心は自ら不感症になる。

 南郷は、人の目を見て話すのを意図的に避ける。自分の中身を他人に知られたくないからだ。

 たった今、薄暗い林の中で、園衛が涙を流していることに気付いた

「なっ……なんで泣いてるんですか」

「キミが涙を流さんからだ……!」

 意味の分からない理由を口にしながら、園衛がぐいっと間合いの内に距離を詰めてきた。

「人は辛い時には泣くのだ! 頭の奥に悲しさ苦しさを貯め込むな! 吐き出したまえ!」

「だから、なんであなたが泣いて……」

「人は相手の痛みが分かるから泣く! 泣きもしないキミの代わりに私が泣いたって良かろう!」

 園衛は同情をするようで、だが一方的に感情と水筒を南郷に押し付けた。

「飲むのに付き合いたまえ」

「メロンソーダで?」

「社会を知らぬキミに、付き合いというモノを教えてやろう。酒であろうがなかろうが、出された杯は飲み干す!」

 仕方なしに、南郷は水筒から自分でメロンソーダを注いだ。

 園衛も日本酒を空けて、グラスに注ぐ。

 とくとくと、なみなみとグラスに注がれる酒の香りが芳しい。

 お互い、別に乾杯をするわけでもなく、各々が勝手に飲み始める。

 メロンソーダは、シロップの甘ったるさを炭酸の辛味が相殺して、香料で合成された果実の人工的な香りが鼻に残る。

 自家製にしては味は悪くなかった。

 横の園衛は、グラス一杯分の酒をすぅーっと飲み干した。

「ふぅ……南郷くん。話してくれて、ありがとう」

 園衛は鼻をすすって、涙を拭いた。

 熱い人だと思った。腹の底まで凍り付いてしまった、自分とは何もかも対照的な人だと思った。

 この人と接していると、南郷の凍った傷口が溶け始めて、じわりと痛みが湧いてくる。

 凍って腐りかけた心に血が通い始めて疼くのだ。

 姉妹揃って、終わりかけの人生を狂わせてくる。

 とっくの昔に残骸となった男を、誰も頼んでいないのに蘇らせようとしてくる。

 南郷は無言で、ソーダの少し残った水筒の蓋を揺らした。

「南郷くん」

 園衛が声をかけてきた。真剣な面持ちだった。

「此度の戦い、私も無関係ではない。二つほど……因縁がある」

 園衛はグラスを置いた。

 酔いは易々と回りはしない。喉の潤滑油には足らないようで、表情には俄かな苦悶が伺えた。

「右大高次という人は……私の身内だ。10年前まで、志を共にした仲間でもあった。何より、あの人の妹が……今は私の秘書をしている」

 昼間の戦いに関しては、既に情報を交換してある。

 右大高次が既に人間ではなく、エイリアスビートルとして南郷へ復讐を仕掛けていることも、園衛は周知していた。

「魔に堕ちた同胞を斬るのは初めてではない。だが、こうも近しい人間だと……色々と辛いものだよ」

「俺は容赦なく奴を殺りますよ」

「覚悟の上だ。それは構わん。だが、あの人の妹に説明するのは……な」

 お前の兄は異形の改造人間になったから殺す、などと普通の神経で面と向かって言えるわけがない。

 他人ならまだしも、近しい立場の人間には隠してもいつか露呈する。隠蔽して信頼を失うよりは、早々に明かしてしまうのがベターだが、機会を作るのは容易ではないだろう。

 だからこそ園衛は今日この時、一つの秘密を南郷に明かそうとしていた。

「あと一つの因縁は……私に、いや宮元家に責任がある」

 園衛は、ポケットから鍵を取り出した。塀で囲まれた、この奇妙な場所の鍵だった。

 そして、薄闇の中で扉を探り当てると、鍵穴に差し込んだ。

 鍵穴は固まっていて、園衛は力を込めて回した。かなりの期間、閉まったままなのだろう。

 中の機械がガチっと音を立てて、固い封印を開放した。

「この場所を外の人間に見せるのは……キミが最初だろうな」

 扉の向こうには、苔むした石碑が立っていた。

 ここに立てられて、いったい何年経っているのだろうか。足元には落ち葉が堆積しているが、土台は比較的新しい。石碑自体は非常に古いが、どこからか移設されたのだろう。

 月明かりを反射した石碑は鮮明で、少し目を凝らせば表面の文字も見えた。

 びっしりと、隙間なく人の名前が彫られている。

 まるで戦没者の慰霊碑のようだが、何の石碑なのかを示す文字はどこにも無かった。

 不気味に映る石碑を観察していると、南郷はあることに気付いた。

「この名前……彫られた時期がそれぞれ違う」

 表面の経年劣化の度合いが、名前ごとにバラバラなのだ。

 つまり、この石碑は空欄の状態に、次々と何者かの名前を彫り足していく形式らしい。

 更に観察して彫られた名前を見て、南郷は言葉を失った。

 びっしりと刻まれた名前は全て、名字が〈宮元〉だったのだ。

 背筋に寒気を感じて、南郷は園衛の方に振り返った。説明を求めて。

 園衛は、いつになく悲しそうな顔をして、石碑の端に触れていた。

「ここは墓だよ。中身のない空っぽの墓……。誰の墓なのか……見たまえ」

 南郷は、園衛の指が触れる一角を見た。

 そこに彫られていたのは、あるはずのない名前だった。

 宮元空理恵――比較的新しい彫り口で、生者の名前が刻まれていた。

「なっ……なんですか、コレ……!」

「見た通りだ。もう一人の、私の妹の仮の墓でもある」

 園衛の顔は、泣き崩れる寸前のようだった。

 鋼の刃のごとき女が、内に隠した弱さを曝け出す。

「今の空理恵は……私の実の妹ではない。いざという時のために作られた部品取り用の代用品……そういう生まれの……」

 目の奥から涙が溢れるのと同時に、園衛が石碑に拳を打ちつけた。

 園衛は歯を食いしばり、怒りと悲しみの入り混じった感情に震えていた。

「この石碑は……我が家の汚点そのもの! 権力者の罪の歴史……! 代用品として使い潰された、2000年に渡る無数の犠牲者たちの墓なのだよ……っ!」

 衝撃的な事実の暴露は、だが説明が足りない。理解が追いつかない。

「園衛さん。詳しく説明……してもらえますか」

 南郷は、なだめるような口調で園衛に向き合った。

 園衛は、呼吸を整えた。

「ああ……今度は、私の秘密を話そう」

 いくらか落ち着きを取り戻して、園衛は南郷に応えた。

 少しずつ酔いが回っている。その酔いが、園衛の痛みを和らげてくれれば良いと……南郷は期待し、願っていた。


 語られる出来事は、10年前の夜のこと。

 全ての戦いを終えた18歳の宮元園衛が、栄光なき勝利に、死に瀕した妹という現実に、心を砕かれかけた、あの夜に――言の葉の時は巻き戻る。

 夜分、唐突に屋敷に訪ねてきた土師部三由なる男。

 土師部は、妹の空理恵を助ける薬が出来た――と、不可解なことを言った。

「妹の薬だと……? 我が妹は小児ガンだぞ? それを薬でどうやって治すというのだ!」

 不信感を露わに、園衛は吐き捨てるように言った。

 薬で簡単にガンが治るのなら、外科手術も放射線治療も必要あるまい。

 そんな寝言は日々、死と向き合う看護師たち、そして病魔を打ち倒すために技術を研鑽し続ける医師たち、全世界の医療従事者と医学の歴史に対する冒涜も同然だ。

 藁にもすがる思いの末期患者たちに、怪しげな薬を売りつける輩はいつの時代も存在する。

 土師部もまた、そういった詐欺師、悪党の類に見えた。軽蔑すべき人種である。

 加えて、今は妹のこともあって気が立っている。

 園衛の視線は鋭い。一歩間違えば、この場で土師部を殴り殺すかも知れなかった。

「世迷言を抜かすのなら、即刻お帰り頂く!」

「フォフォフォ……園衛様は、お父上から何も聞かされていないご様子……」

 気迫を軽く受け流して、土師部は鞄の中から数枚の写真と資料をテーブルに出した。

 その写真を見て、園衛の顔色が一変した。

「なッ……なんだ、その写真は……」

「フォフォフォ……妹君、空理恵様に瓜二つでしょう?」

 写っていたのは、4歳の妹、空理恵としか思えない幼子だった。だが目に生気がない。まるで人形のような幼子が、虚ろな視線でベッドに寝かされ、点滴を受けている。

「これが、お薬です」

「な……?」

「正確には、生体パーツ用の素体ですな。園衛様の母上と父上から卵細胞と精子を頂いて、それを代え腹を使って出産させました。要は、原始的なクローンですよ」

 平然と、どんでもないことを口にする土師部。

 頭を鈍器で殴られたような錯覚に、園衛の視界がぐにゃりと歪んだ。

「な……なにを言って……」

「まあ、いずれお父上からお話を聞くとは思います。我々、土師部の者は神代の昔から、宮元家の皆さまと同様に、大和のオオキミに仕えて参りました。その役目は、殉死の代用品を作ることです。それは土を練ってハニワを作ったり、こうして権力者の皆さまの代用品――生き人形を作ることも含まれていたのですよ。それは暗殺回避のための影武者であったり、今回のように部品用の消耗品であったりするのです」

「じゃあ……お、大昔から宮元家は……」

「はい。永きにわたり、御贔屓にさせて頂いておりますよ? 恐らく、2000年来のお付き合いかと」

 園衛は立ち眩んで、思わずソファに倒れ込んだ。

 全身に力が入らない。

 魔に立ち向かい、弱き人達の盾となり剣となる。それが宮元家だと思っていた。自分達は紛れもなく、一片の曇りなき正義だと信じていた。

 それが、一瞬にして崩れた。

 土師部がわざわざ園衛を騙すために、家にやってくる必要はない。偽りなく、ただ事実を報告しに来ただけなのだ。

 宮元家は、名前も知らない代用品たちの屍の上に立っている。死体の山に築かれた、虚構の正義。

 それを知って、恐怖した。嫌悪感で吐き気すら覚えた。

 宮元家の祖先は自分達の代用品として、部品として、人間を使い潰してきた。

 無慈悲に手足や内臓を切り貼りされた名もなき血肉が、巡り巡って子孫たる園衛の体を作っている。

 自分の体が、死体で組み上げられているような錯覚が生じた。

「ウェ……」

「ああ、ご安心ください。園衛様の体には、あれらの部品は使われておりません。技術的にはもう時代遅れですからね。代わりに、クローン培養した内臓や手足をご用意しております」

 何かを勘違いした土師部の弁解だかセールストークだか分からない、分かりたくもない発言に、園衛は口元を抑えた。

 必死に吐き気を抑えて、表情を見られまいと俯いた。

 園衛の心情を理解できないのか、あるいは気に留めていないのか、土師部の説明が続く。

「この写真の娘は、妹君の完全なコピーです。万一に備えて、完全な肉体が欲しいというご要望でしたので。最悪、脳幹だけこちらに移植することも考慮されていたようで」

 誰がそんな注文を出したのか……分かるが分かりたくなかった。

「移植だと……そんなことをしたら、その子はどうなる……」

「もちろん、御役目を果たして死にます。ですが、ご心配なく。代用品の脳はまっさらな状態です。生まれた時から何の知識も与えず、感情も殺した、空っぽの人形、ただの部品ですから」

 まるで車の部品を取り換えるような、一切の悪意がない発言だった。

 価値観が違う。きっと、何を言っても理解し合えないだろう。

 部品としてこの世に生を受けて、人格すら与えられずに死んでいく、妹に瓜二つの幼子が、あまりにも哀れだった。

 だが実際、この幼子を使えば妹は助かる。

 園衛の消耗しきった心に、魔がさした。

 これまでずっと我が身を削り、青春を燃やし、少女らしい幸せも知らずに園衛は戦い続けた。

 その果ての勝利が、なぜ報われないのか。

 師も死んだ。兄弟子も死んだ。仲間も死んだ。何百という同胞たちが死んだ。

 そして今。妹も死のうとしている。

 どうして自分だけがこんなにも辛く、一切合切の痛苦と責任を負わねばならないのか。

 理不尽だ。

 間違っている。

 だから、選んでしまえ。

 誰か一人くらい犠牲にしたって良いはずだ。園衛が幸せになれる、妹が笑顔で暮らせる未来を選んでしまって良いのだ。

「はは……」

 俯いたまま、園衛は昏い笑みをこぼした。

 床に向かって、壊れたような笑い顔を浮かべていた。

 表情を戻して、顔を上げる。

 土師部から薬を受け取ってしまおう。代用品として生まれた子は、そういう運命だったのだ。昔からずっと続いてきた習慣だ。今さら、園衛が止めたところで――

「うっ……」

 決意しかけた矢先、卓上に写真が視界に入った。

 虚ろな目でカメラを除く、妹と同じ顔をした、名前すらない幼子と――目が合ってしまった。

 途端に、園衛は自らの過ちに気付いた。

 一人の幼子を犠牲にして得られる偽りの幸福に、正しさはあるのか。

 そんなことをして救われた空理恵は一生業を背負うことになる。

 そんな選択をした園衛は、死ぬまで後悔することになる。

 そんな罪を、どうしてまた重ねる必要があるのか。

 間違っている。こんなことは、絶対に間違っている。

 震える。

 園衛の心が怯えて震えている。禍津神を前にしても怯まなかった精神が、宮元家2000年の罪を前に、小鹿のように震えていた。

 それは物言わぬ死者の怨念か、圧し掛かる罪悪感か。

 だが、死者に生者が負けるわけがない。

 形なき妄想や罪に、自我ある人間が屈するわけがない。

 人間は――強い。

 強者たれば、真の正義あれば、あやまちを自ら正す勇気があるはずだ。

 誰一人として過ちを正さないのならば、自分がその一人目になろう。

 それっぽっちの勇気を出せずに、どうして妹に顔を合せられるのか。

 恥じぬ生き方をするのだ。子子孫孫に胸を張って誇れる大人になるのだ。

 ひび割れ心を誇りで補強して、宮元園衛は凛として立った。

「申し出はありがたく思いますが、ご遠慮いたします」

「フォ……?」

 予想外の回答に、土師部が首を傾げた。

 決して分かり合えぬ異業種の男へ、園衛は次期当主として、人間として相対した。

「私は宮元家を預かる身として、この悍ましき因習に終止符を打つ所存!」

「それは……園衛様の独断で決められることはないでしょう」

「我が一命全霊を以てしても、是が非でもやり遂げる! 命を蔑ろにして得られる未来に何の価値があろうか!」

「ほう、ではこの代用品は――」

「無論、我が家が貰い受ける! 生まれはどうあれ、その子は紛れもなく私の妹! もう一人の妹だからだ!」

 園衛はハッタリで啖呵を切ったのではない。全て本気だ。

 同時に、土師部を納得させる商談を成立させた。要は幼子は買い取るが、それは代用品ではなく妹として受け入れるということだ。

 その結果、宮元家の家庭内に何が起きるかということは――商売人の土師部には関係ないことだ。

 納得の回答を得て、土師部は椅子から腰を上げた。

 そして、うやうやしく頭を垂れた。

「園衛様のご決断、真にご立派と存じます。長年の御贔屓が潰えてしまうのが口惜しくも思いますが、それもまた時代の流れ。古き者は去るといたしましょう」

「む……すまない」

「人の上に立つ者が、易々と謝罪を述べるものではありません。おっと、いらぬ老婆心でしたな。では、これにて……」

 土師部は荷物をまとめると、しっかりした足取りで部屋を出ていった。

 考え方が根本から違えども、土師部自身に善きも悪しきもないのだ。彼らは需要があるから、それを満たすだけ。

 悪しき道を歩んでいたのは、消費者である自分達の方かも知れないと……園衛は複雑な心境だった。

 それからが、園衛の本当の戦いだった。

 宮元家の歪みを正すために、父と対峙した。

 父とて、悪意があったわけではない。あくまで、娘である空理恵を救いたい一心の選択だったと、園衛も理解していた。

 故に、責めるようなことはしなかった。

 だが問題は空理恵の命に関わることだ。

 どちらか一方しか救えぬ取捨選択である。

 実の娘を見捨てて、代用品の名もなき娘を拾うというパラドックスを……人の親が易々と受け入れられるわけがなかった。

 何日にも渡る激論の末に、園衛はどうにか父を納得させた。

 そして、妹の空理恵は彼岸へと旅立った。

 享年4歳。

 園衛は運命に敗北した。妹を救えなかった。

 故に、改めて運命に挑むのだ。

 もう一人の妹を迎え入れ、同じ名前の空理恵として、だが代用品ではなく一人の人間として、立派に育て上げるのが、園衛の新たな戦いだった。

 絶望と悲しみの中で、もう一人の空理恵は園衛の希望だった。

 空理恵のように、不幸な生い立ちで人生を奪われた子供たちは他にもいる。

 そんな子供を救い、世の歪みを正すのが、自分に与えられた使命だと思った。

 これからは宮元家の権力や財力を、人を救うために使う。

 正義に酔っている、偽善者だのと陰口を叩かれようが知ったことではない。

 実際に行動に移して、偽の善を真の善にしてやる。

 それも妹を救えなかった贖罪、代償行為なのかも知れない。

 だとしても――宮元園衛は、己の正義を信じて生きていくと決意したのだ。


「――それが、私の……いや、我が家の秘密なのだよ」

 語り終えた園衛の頬が赤いのは、酔いのためか、涙のためなのか。

 敢えて問うまい。

「そのことを、空理恵は……」

「もちろん知らん。いつか、あの子が全てを受け止められる大人になった時に……話すつもりだ」

「そうですか……」

 過酷すぎる出自に、14歳の中学生が耐えられるはずがない。園衛の判断は正しい。

 ここまでは、長い前置きのようなものだ。

 本題は、もう一人の敵のことだ。

「私の選択は正しかったのだろう。だが、全てには表と裏がある。私の選択にも……功罪があったのだ……」

「つまり……?」

「土師部との契約の解消は、連中の商売にも転機になった。代え腹を使った原始的なクローン生産は廃業して、現代的な培養方式に転換したと聞いた……」

 それだけの話なら、単なる路線変更や機材の更新にしか聞こえない。

 しかし園衛の暗澹たる表情が、言葉の裏の真実を物語っていた。

 園衛はべったりと石碑に手をつけて、体重をかけた。

 全身にかかる命と死の重さから、少しでも逃れようと。

「土師部の工房には、宮元家以外にも多くの代用素体がいた。それらは……いや、その子たちは不採算と判断されて……全員廃棄されたと聞いたのは……ごく最近のことで……」

 俯く園衛の表情は、良く見えなかった。

 闇の中で苦しげに、息を切らしている。小さく歯ぎしりをしている。

「くっ……つまりな、私の決断で……何十人かの子供たちが……」

「もういいです……」

 自然と、南郷の口から声が出た。

 それは、自らを苦しめるような園衛の告白を止める言葉だった。

「もういいんです。話さなくても……」

 他人を思いやる言葉なんて、何年ぶりだろうか。自分の口からそんな言葉が出るのは、園衛と空理恵におかしくされたからだ。

 狂った針を、壊れた心を、修正されつつあると自覚してしまう。

 ああ、本当に厭だ。

 生温い。耐えられない。

 園衛は顔を上げた。悲痛な面持ちで、優しさを振り払って。

「ありがとう、南郷くん。だが、私は私のケジメをつけねばならん。アズハというあの娘は、恐らく土師部に廃棄された生き残り……。私を恨むスジは通っている。それでも……」

 それから先を、園衛は言葉にしなかった。

 いかなる決意が内に在るのか、語らずとも分かる。

 南郷は人として、戦士として園衛に共感するが故に、胸の奥に己と同じ冷たい炎が在るのだと理解していた。

 沈黙し、相応する男と女。

 微かな虫の音だけが、夜の静寂にいつまでも響いていた。


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