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ヒト・カタ・ヒト・ヒラ  作者: さんかいきょー
剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ
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剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ21

 クロスインフェルノの赤色十文字によって暴発した、電磁反応装甲の磁場と反発力に拘束される南郷。

「うぐおおおおおおおおおお!」

 振動波を帯びたエイリアスビートルの拳が、その身を打ち砕かんと猛追す。

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぃ! 南ン郷ォォォォォォォォッッッ!」

 ありったけの憎悪と憤怒を込めた改造人間の雄叫びが、願望が、復讐が、いま成就する瞬転、横合いから介入した一撃が達成を阻んだ。

『ダブルインパクト』

 〈タケハヤ〉の両拳、タングステン衝角がエイリアスビートルの拳に衝突。最大出力の寸勁を叩き込んだ。

 バン! と地層を撃ち抜くボーリングマシンのごとき轟音が響いた。並の改造人間ならば一撃で微塵と化すほどの衝撃だった。

 それを相殺するように、エイリアスビートルの振動拳が一際大きく脈動した。

「ガラクタがァァァァァァァァッッ!」

 バン! と更に轟音が重なり、大気が震えた。

 結果は、相打ちだった。

 エイリアスビートルと〈タケハヤ〉、両者ともに腕が跳ね上がり、反動で後に吹き飛んだ。

 しかし〈タケハヤ〉は痛みを感じぬロボット。蓄積された戦闘経験が、お釣りとばかりに再攻撃を実行した。

 頭部両脇、バイク形態でのヘッドライトにあたる部分から、低出力の自由電子レーザーを断続照射する。

 不可視のレーザーはエイリアスビートルの両目の周辺を浅く焼いた。金属を焼くような電気的な切削音と火花が散った。

「おぉのれぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 白煙を上げる両目を抑えて、エイリアスビートルが後退した。

 その間に、〈タケハヤ〉は南郷に体当たりを食らわせて弾き飛ばした。乱暴だが、感電状態からの救出には手っ取り早い、最適の判断だった。

「うぐっ……」

 南郷は尻餅をついたが、即座に蛇のように這ってヘリポートの下に潜り込んだ。

 視界に星が散っている。奇しくも目が元に戻るまで、互いに一時休戦となった。

 南郷は、体と装備の状態を他人事のように冷静に観察した。

 電磁反応装甲は白煙を上げている。メタマテリアルは大分消費してしまった。

 離脱時にアサルトライフルは手放してしまったが、直撃弾でも装甲は抜けず、グレネードも打ち切った今となっては用がない。

 残る手持ちの武器は、ナイフとサブマシンガン。そして、首に巻かれた赤いマフラー……風になびくそれを、指で握って確かめた。

「タケハヤ、戦闘経過を報告しろ」

 共に逃れてきた〈タケハヤ〉に命じた。

『両腕部 人工筋肉破損 敵は 当機の 打突徹甲衝撃 を 相殺 しています』

 HMDにステータスウインドウが展開され、〈タケハヤ〉の両腕部が赤く染まっているのが表示された。人工筋肉のダメージは大きく、もはや有効な打撃は不可能だろう。

「他に異常は」

『敵 の 索敵 が 1秒間 不能 となりました 実体 が センサー上から 消失しました 原因は 不明です』

 妙なことを言うが、心当たりはある。

 エイリアスビートルは一瞬、二体に分身した。そして攻撃が着弾した方が消滅した。

 南郷は、おぼろげながらも敵の能力の正体に察しがついた。

「分身を作って……自分自身もコピーできるのか。だからエイリアス……。他の改造人間も……」

 エイリアスとは、IT用語で本体データの仮の分体を指す。エイリアスは本体とは異なる分身のようなものだから、分身を消しても本体には支障がない。

 エイリアスビートルは分身能力を応用して、データから過去の改造人間を複製し、その能力を自分の一部にすることが出来るのだろう。

 だが、そう都合良くノーリスクでコピー出来るはずがない。

「タケハヤ、奴の今の映像を送れ」

『イエッサー』

 〈タケハヤ〉が腕部の多用途スペースから、チューブ型の小型カメラを放出した。

 物陰からカメラが捉えた映像が、装甲服のHMDに別ウインドウで表示された。

「うおおおお……これしきの傷ゥゥゥ……」

 エイリアスビートルは猛烈な代謝速度で眼球を再生している。同時に、マスクの隙間から大量の蒸気を噴き出していた。両腕の生体ミサイルはまだ再生成が完了していない。

 思った通り、勝機はある。

(奴め……冷却が追いついてない。コピーした能力も劣化してるな……)

 一つの体躯に複数の機能を詰め込んだ上にダメージの再生も行っているせいだろう。最初に地上で攻撃を撃った直後から頻繁に蒸気を吐いて強制冷却を行っている。

 また、コピーした生体ミサイルの装弾数もオリジナルから減っている上に、リロードの速度も遅い。

(殺れる……今なら)

 自分を殺すために作られた改造人間なのだろうが、機能的に洗練されておらず、未完成品のように思えた。

 今ならば、現状の装備でも勝てると判断した。

「俺が前に出る。タケハヤ、サポートしろ」

『イエッサー』

 簡潔な指示を最大限に理解できるのが、〈タケハヤ〉の高練度AIだった。

 エイリアスビートルも眼球の再生が完了したようだ。

「出てこい南郷ォ……サザンクロスゥゥゥゥ……。出てこなければ、このマンションごと吹き飛ばしてくれるわ!」

 かなり苛立っている。冷静さがまるで欠けている。

 南郷は確信した。あの改造人間は、戦闘経験が浅い。感情抑制の効かない敵なら、作戦の成功率はほぼ100%……。

 バイザーの奥で笑うように右目を細めて、南郷はヘリポートの上に躍り出た。

「イラついてるなあ、カブトムシのバケモノ?」

 吐き捨てるように、意図的に挑発をする。

「どうしてそんなにイライラしてるんだ? たかがメスのバケモノ一匹死んだだけで、そんな怒るなよ。人生長いんだ。別の女でも見つけりゃ良い」

 エイリアスビートルは答えない。だが、興奮する息遣いが聞こえる。硬い生体装甲の下で激情が膨れ上がっているのが分かる。

「それとも……ブチキレる理由は他にもあるのかな? たとえば……あの薔薇のバケモノの腹の中にバケモノのガキでも入ってたとか、なあ……?」

 南郷の言葉の針が、エイリアスビートルの袋を破裂させた。

 無表情のはずのキチン質の顔が、ぐにゃりと歪んで憎悪の表情に変形した。

「殺す! 殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ! 絶対にッ! 殺してやるああああああああああああッッッッっ!」

 喉を枯らしてエイリアスビートルが吼えた。

 図星だったのだろう。スパイクローズなる改造人間の女は、身ごもっていたのだろう。

 南郷は分かる。エイリアスビートルの憎しみが、怒りが、痛いほどに分かる。

 だからこそ、それを操ることが出来るのだ。

 激情を爆発させて、エイリアスビートルが突っ込んできた。地上のどんな生物よりも速い、爆発的な加速だった。蹴とばされたヘリポートの床面が微塵に砕けて舞う。

 南郷は、敢えて避けなかった。防御する素振りも後出しにする。

 わざと隙を見せてやる。相手は緩慢な人間の反応速度など軽く超越している。

 さあ、遠慮なく

(俺の頭を吹っ飛ばしてみろ……!)

 と、誘ってみせた。

 相手は怒りとオーバーヒートで判断力を喪失している。

 狙い通りに、エイリアスビートルの鉄拳は南郷のヘルメットの鼻先に迫り――そこで止まった。

 南郷の首に巻かれたマフラーが、まるで生物のように蠢き、エイリアスビートルの腕に巻き付いていた。マフラーの表面に無数の目と口が浮かび上がって、気味の悪い声で哭き始めた。

『あはぁ…ぁぁぁぁぁぁ……!』

『ひゃは……キャハハハハハハハ!』

 嘆くように、あるいは笑うように、女の声でマフラーが哭いた。

 マフラーは異様な力でエイリアスビートルの腕と、南郷の首を平等に締め上げている。

「こっ……この布ォ! これが……魔女の呪布!」

 エイリアスビートルが腕の激痛に目を剥いた。神経に直接食い込んでくるような痛みに、腕の可動が阻害されていた。

 魔女の呪布――それは、あるAクラス改造人間の遺物。南郷への呪詛と愛憎の込められたそれは、殺意と危機に反応して動き出す。南郷を殺そうとする者と、南郷自身とを同時に殺そうと、魔女の怨念が襲いかかるのだ。

 知識としては知っていたが、無機物による予想外の攻撃にエイリアスビートルは迅速に対処できない。

 この瞬間を、南郷十字は待っていた。

「死、ね――」

 自らも首を絞められる絶息寸前でありながら、南郷は跳びかかった。

 右手には、逆手持ちのナイフ。全体重を乗せて、カーボンスチール製の黒い刀身が一閃。

 エイリアスビートルの首が、7割まで切断されていた。

「ぶっ……」

 切断面とマスクから、赤黒い血がぶわっと吹き出した。

 人間ならば絶命。しかし、改造人間を殺すにはまだ浅い。

 南郷とエイリアスビートルは、赤い布によってまだ繋がっていた。

「タケハヤァ……!」

 喉を潰されながらも南郷が叫んだ。

「イエッサー」

 命令を受けた〈タケハヤ〉が飛び出し、エイリアスビートルに体当たりを食らわせた。

 質量で上回る戦闘ロボットの全体重を受けて、エイリアスビートルがヘリポートの外、地上100メートルの空中に放り出された。

 南郷とエイリアスビートルは、まだ繋がったままだ。

 重力に引かれて、共に奈落に墜ちていく。

 片や首を切断されかけ、片や首を絞めつけられ、共に死の底へと墜ちていく。

 されども、南郷の殺意は全く衰えず。

 改造人間を一匹残らず殺すという意志は、妻と子を殺されたエイリアスビートルに負けじと冷たく燃えていた。

「死ねよバケモノォォォォォォォォォォ!」

 落下しながら、エイリアスビートルに馬乗りになって、首の切断面にサブマシンガンの銃口突っ込み、引き金を轢く。発砲、硝煙、弾丸火花が改造人間の体内に流し込まれて、重力稲妻落とし。轢き殺さんと、南郷の右目、赤く狂おしく燃えていて。

「死ねェェェェェェッッッ!」

「ごっ、

 ボ、ボボボボボbbbbbbbbbb!!」

 エイリアスビートルは発砲音混じりの生物らしからぬ声で叫んだ。

 体内で跳弾し、血管筋肉脳髄まで破壊せんとするサブマシンガンの体内に向けたマイナス距離射撃から逃れようと、右腕の生体ミサイルを自爆させた。

 空中爆発――。

 エイリアスビートルは自爆により右腕を強制パージ。魔女の呪布から逃れ、南郷との死へ進む同道の接続が断ち切られた。

 慣性の法則により、爆発の衝撃を首に受けた南郷の意識が飛んだ。その黒い装甲の体も爆風で飛んで、タワーマンションの窓ガラスに叩きつけられ、屋内に消えていった。

 死に体のエイリアスビートルは、そのまま地上に激突した。

 タワーマンションの周囲は排水用の暗渠であり、水路の上にコンクリートで蓋をする形式を取っていた。

 落下の運動エネルギーとエイリアスビートルの質量は、分厚いコンリートを突き破って、その下の排水路までぶち抜いた。

 大きな破砕音が響き渡った。

 コンクリートに空いた穴の底には光は届かない。ごうごうと、大量の水が流れる音だけが聞こえた。

 エイリアスビートルの生死を知る術は、もはや無かった。


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