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ヒト・カタ・ヒト・ヒラ  作者: さんかいきょー
剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ
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剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ16

 南郷とのデートだと浮かれていた園衛が、今日もいつも通りのカッチリとしたスーツを着ている理由は、二つある。

 一つ目は、瀬織のアドバイスに従ったから。

 男の扱いに関しては瀬織に一日どころか1000年の長があるので、素直に従っておくのが吉と判断した。

 二つ目は、小美玉分舎に寄る用事が出来たからだ。

 仮にも防衛関係の施設に、場違いな洒落た服装で行くわけにはいかない。

 昨晩に見た幽霊騒動の記事に不穏な気配を感じて、念のために〈タケハヤ〉を受け取ることにしたのだ。

 そのため、またしても色気のない軽トラックを運転するハメになった。

 荷台にバイク形態の〈タケハヤ〉を固定して、軽トラックでショッピングモールに向かう。休日で交通量が多いが、高速道路を使えば1時間程度で到着する。

(南郷くんも空理恵と適当に遊んでいるだろう、多分……)

 と、8分の安心と2分の不安を抱きつつ、気がつけば駅前に近づいていた。

 この辺りはほんの10年前は手つかずの原野だったが高速鉄道の開通に伴い、急速に開発が進められ、今ではすっかり田園都市の一部と化している。

 両脇に飲食店や各種店舗の林立する四車線道路を走る最中、ふと一人の通行人が園衛の目に留まった。

 背の高い、やせ形の中年男性が駅の方に向かって歩いている。

 その顔に、見覚えがあった。

 その男は、こんな場所にいるはずのない人物だった。

「なッ!」

 思わず、振り向いて再確認しかけたが走行中なのを思い出して、手近な駐車場に軽トラを乗り入れた。

 即座に駐車し、車を降りて、園衛は歩道に出た。

「右大さんっ! あなた、右大高次さんですね!」

 幸いにして、歩道の人通りはさして多くはない。

 歩道に立ちふさがった園衛を見て、男性は表情も変えずに立ち止まった。

「園衛ちゃんか……。フフ、とんだ偶然だ」

 右大高次は青白い顔で笑った。

 死体のような顔だった。

 太陽の下にあっても色艶に欠け、血と体温が感じられない。

 何か、おかしいのだ。人間として、違和感があるのだ。

「右大さん……この10年間、今までどこに……」

「どうでもいいことだ」

 まるで上の空で、右大は園衛の向こう側の景色を見て言った。

 納得のいく回答ではない。ますます違和感が大きくなる。

 園衛は、違和感の理由の一つに気付いた。

 右大は10年前から、大阪での宗家の会合で、最後に見た時から外見が変わってない。

 成人男性とはいえ、10年前の時点で右大は30代後半だった。今はもう50歳に近いはずだ。

 それが白髪もなく、時が止まったような見た目で、園衛の前に立っている。

「どうでも良いワケがない……。右大さん、あなたがいなくなって、鏡花がどれだけ辛い思いをしたか……!」

「鏡花か。あの子には悪いことをしたと思っている」

 右大の声には、まるで感情が篭っていない。空虚だった。世捨て人か、あるいは悟りでも開いたかのように、俗世への興味がない口振りだった。

 自分の、義理の妹のことだというのに。

「鏡花は……義理とはいえ、あなたの妹。会ってやってください!」

「意味のないことだ」

「なぜ!」

「今さら、死人が顔を出して……どうなるというんだい?」

 生気のない青い顔が、合皮のように歪んで、笑った。

 園衛の中の違和感が、おぼろげに答を形作っていくのを感じた。

「右大さん……何があったか教えて頂きたい」

 緊張した声で、園衛が問う。

 言葉が通じるのなら、分かり合えると信じたかった。かつて志を共にした同胞なればこそ――変わり果てていようとも、手を差し伸べたかった。

「教えたら……園衛ちゃんはきっと、俺を斬るだろうなァ……?」

 遠い目をして、右大は園衛の横を通りぬけていった。

「待ってください!」

「親戚として一つ忠告しておくよ。あの男……南郷十字とは手を切りなさい」

 思いがけぬ人物の名前を口にされて、園衛の足が止まった。

「なっ!」

「奴に関わると不幸になる。君も……代用品のあの娘も」

 右大の言葉の意味を理解しようとして、園衛の意識が逸れた。

 直後、ショッピングモールの方向に爆音が響いた。

 ドン……ドン……という不気味な地響きが断続的に聞こえてくる。地中で何かが爆発しているような音だ。土煙が上がり、巨大な要塞のようなモール全体が揺れている。

 そして、スマホが寒気のするような警報を鳴らした。

『緊急地震速報です 県南部に地震発生 強い揺れに 備えてください』

 強い地震を警告するメッセージだが、足元に揺れは感じない。地震が到達する前の独特の地鳴りも聞こえない。

「地震だと……? バカな」

 揺れているのは、ショッピングモールだけだ。

 不自然な現象に気を取られていたのは10秒にも満たない時間だったが、気がつけば右大の姿はどこにも無かった。

 園衛は空理恵に電話をかけようとするが、またしても異変に気付いた。

 電波状態のインジケーターが圏外を示している。

 市街地の中心で圏外表示など、普通ではあり得ないことだ。

「これは……いかんな」

 尋常ならざる空気を感じた。鋭い視線で、ショッピングモールの方を睨む。

 このところ立て続けてに嗅がされる、土埃と炎の臭いがした。


 ショッピングモール内は、混乱に包まれていた。

 ぐらぐらと建物全体が激しく揺れ、モール内の何千という人間のスマホが一斉に地震速報を叫んでいる。

 モール全体の電源が落ち、窓の少ない屋内は昼間でも薄暗い。

 吹き抜け構造のモールに、無数の悲鳴が反響していた。

「おい! ちょっとこれ……ヤバくない?」

「外出ろーーー外ォーー!」

「もうやだあ~~っ! やめてよぉ……っ!」

「お客様はーーーーっ、落ち着いて係の誘導に従ってくださーーーい!」

 半ばバニックになりながら、人の群れが我先にと非常口に向かっていく。

 その混沌の中で、南郷は落ち着いた様子で壁にもたれかかっていた。

「ね、ねぇアニキ……アタシたちも逃げた方が良くない……?」

 空理恵が不安げに裾を引っ張るが、南郷は動く素振りを見せない。

「急いで逃げる必要はない」

「な、なんで……?」

「これは地震じゃない。脅しだ」

「えっ……?」

「誰かさんが、邪魔者を追い出したいんだろう」

 南郷の声には冷たい殺気が篭っていた。

 雰囲気の変わった南郷に、空理恵は言い知れぬ恐怖を感じた。この人のこんな顔を見るのは初めてで、とても良くないことが起きるような気がした。

 南郷は、そんな空理恵の様子に気が付いた。

 そして思案して、迷って、遠慮がちに、少女の小さな肩に手を置いた。

「大丈夫さ……」

 少しでも空理恵を安心させてやりたい、という心遣いだった。

 空理恵はそれが嬉しかった。

 今まで、南郷との間には近くにいても見えない壁が生じていた。南郷はその壁を自分から少しだけ開いてくれた。

 それだけで、何が起きるか分からない不安は、どこかに消えてしまった。

「うん……! アニキがそう言うんなら、アタシ信じるよ……」

 改造人間を倒してきた無敵のヒーロー、サザンクロスが大丈夫だと言うのだ。姉と同じくらい信じられる。何があっても、この人が守ってくれる。

 空理恵は一片も疑いもなく、南郷を信じることが出来た。

 10分も経つと、ショッピングモールの内部は、ほぼ無人状態になっていた。

 スマホからは、相も変わらず緊急地震速報のアラームが鳴り続けていたが、不意にその不愉快な音が止まった。

 舞台の上から演者以外の人間を一人残らず追い払う役目を、終えたかのようだった

 入れ替わるように、ショッピングモール内のスピーカーから館内放送が流れた。

 ピンポン♪という脳天気なSEの後に続くのは、特定個人の呼び出しと相場が決まっている。

『サザンクロス……三階のテラスに来い……。待っているぞ』

 くぐもった男の声が、南郷を名指しで呼びつけた。

「アニキ……なんなのこれ……」

 心配そうに見上げる空理恵に、南郷は答えなかった。

 館内放送の続きを、黙って聞いていた。

『安心しろ。お前以外の人間に手は出さない。そういう契約に……なっている』

 男の声を聞いて、南郷は何かを思い出そうとしていた。

「誰だったかな……こいつ。声なんて憶えてないが、この能力は……」

 空理恵のスマホを見る。

 狙ったかのような地震速報と、実際の揺れ。

 この二つは同じ目的のために作為的に発生させられた事象だが、実行した何者かは同一人物ではない。

 電子機器への介入と、ショッピングモールの局所的な地震。これは別々の能力に依るものだ。

「二匹か……いや最低でも三匹……いるな」

「いるって、何が……」

 空理恵の問いに、南郷は俄かに表情を曇らせた。

「すまない。改造人間が残っていたらしい」

「全部やっつけたって……」

「そのはずだった。だが、違っていたようだ。俺のミスか、あるいは……いや、どうでも良いことか。巻き込んでしまって……すまない」

 言い訳をする気はなかった。

 南郷の都合など空理恵にも、他の一般客にも関係のない話だ。原因である自分が無関係な人間に弁解しても意味がない。女々しいだけだ。

 謝罪を述べて、南郷は片膝をついて空理恵の目線に合わせた。

「空理恵、一人で逃げられるか」

「えっ……アタシ一人で……?」

 ゲームセンターのあるこのフロアは二階だ。エスカレーターやエレベーターは電源が落ちて停止しているが、階段を降りて外に出るのは難しい話ではない。

 だが、この薄暗いショッピングモールの中を一人で進むのは、あまりにも心細かった。

 先程のアナウンスは南郷以外の人間の安全を保障するような口ぶりだったが、空理恵は信じられなかった。

 以前にも襲われた、あんな怪物の同類が言っていることなんて……どうして信用できるものか。

 空理恵の体は、小刻みに震えていた。

「アニキ……下までいっしょに来てよ……」

「奴らの狙いは俺だ。一緒は無理だ」

「ぶっちゃけ……怖いんだよアタシ……助けてよぉ……」

 怯えを隠し切れずに、空理恵は南郷の肩にびたりと張り付いた。14歳の少女に、怪物の潜むショッピングモールから一人で逃げろというのは酷な話だ。目の前の大人に頼りたいと思うのは仕方のないことだ。

 それを分かっていても、南郷は首を縦に振ることは出来ない。

「勇気を出すんだ。空理恵は……園衛さんの妹だろう?」

「アタシは……姉上みたいに強くないし……」

「あの人の1/10……いや1/100でも勇気を出せれば十分だ。その程度のことなら、空理恵にも出来るさ」

 南郷なりの、心からの励ましだった。

 空理恵は、一瞬きょとんと目を丸くして、すぐに笑いを吹き出した。

「ブッ……そこまで言う?」

「おかしいか……?」

「おかしいっていうかあ……アニキ、すっごい喋ったよね。こんなペラペラ話してくれたの、初めてじゃん! ブアイソなアニキにここまで言わせたんだから、アタシの勝ち! って感じ」

 空理恵は、今まで人間不信の泥の底に埋もれていた、南郷の地金に触れたような気分だった。

 その地金は、空理恵が世界で最も尊敬する人物と同じ光を放っている。

 南郷は、園衛と同じなのだと――理解できたのが、嬉しかった。

「分かった。アタシも少し勇気出すよ! だから――」

 空理恵は南郷から離れて、いま出来る精一杯の笑顔を見せた。

「――絶対負けないでね! また来週、姉上と一緒にデートの続き、しようね!」

 そう言って、空理恵は小走りに階段に向かっていった。

 一人、南郷は薄闇に呟く。

「らしくないことをしたな……俺も」

 肩には、まだ少女の温もりが残っていた。

 生きることに未練が残ってしまいそうだった。死ねば、空理恵との約束を果たせなくなる。園衛を悲しませてしまう。

 そんな雑念がノイズのように入り込んでくるのを、南郷十字は殺意で押し殺した。

 キャリーケースを開ける。

 中には、分解された装甲服と軽武装一式、そして赤いマフラーが入っていた。

 物陰で服の上からインナースーツをまとい、ハードポイントに装甲を装着する。

 最後にヘルメットを被ると、首の接合部がインナーと密着して半気密状態となった。ヘルメット内部のHMDに電源が灯り、南郷の両目をスキャンして視力に補正をかける。

 義眼の右目への補正が軽いエラーを吐いて、その影響でヘルメットのバイザーに右目だけが赤く光って浮かび上がった。

 通電したセンサーユニットと合わせて、闇の中に欠けた赤い十文字が光る。

 首に赤いマフラーを巻き、南郷は改造人間への殺意に満ちた黒き装甲の鬼、サザンクロスへと変わっていた。

 センサーを熱探知モードに切り替える。

 人気の失せたモール内に、一際大きな赤外線反応があった。

 それは南郷と同じ二階フロアを、ゆっくりとこちら接近していた。

 反応の形状から、南郷は敵改造人間の個体名を思い出した。

 ――ウィップコブラ。

 名前の通り、コプラの遺伝子情報を持った改造人間だ。分類はCクラス。腐食系の毒の鞭を持ち、金属すら溶かす能力を持っている。

 同型の改造人間ならば能力も既知のものであり、対処し易い。

 だが、妙な点があった。

 相手の動きが、妙に鈍い。

 奴はコブラの俊敏性を備えた改造人間だったはずだ。

 それが、今では酔っ払ったような千鳥足で、フラフラと薄闇の中を徘徊していた。

 南郷は姿勢を低くして、物陰から望遠モードでウィップコブラの光学映像を確認した。

 口から毒のヨダレを垂れ流し、知性を感じさせない白目を剥いて歩いている。

「サザンクロスゥゥゥ……ドコォ……マチクタビレタァ……コロス……コロスゥ……」

 異様だった。

 Cクラス改造人間は判断力や知能は常人より僅かに劣化しているのが特徴だ。それ故、何らパワーアシストもない装甲服を着た、普通の人間でも十分に対処できる。

 だが、今のウィップコブラの有様は僅かどころではない。ほとんど知能のない、ケダモノ同然の状態に見える。

 南郷は予感した。

 その辺りに、全滅させたはずの改造人間が復活してきたカラクリが隠されているのだと。

 アサルトライフルの側面、〈ア・レ・3・タ〉と刻印された安全装置を外し〈タ〉、すなわち単射モードに設定。そしてコッキングレバーを引き、南郷は物陰から出た。

 ライフルを構えてウィップコブラに接近していく。

 必殺にして、必中の距離へと。

「ロック……」

 装甲服の頭部センサーが銃口の射線と連動して、HMD上にロックオンのレティクルを表示した。

 コッキング音に気付いたウィップコブラが、傾けた頭部をこちらに向けた。

「ハッケン……」

 敵が動く前に、南郷は走った。自ら敵の間合いに飛び込んでいく。

 相手は曲がりなりにも改造人間。接近しなければ銃弾すら回避される。相対距離、50メートル。ここで、最低有効射程距離だった。

 ウィップコブラが緩慢な動きで右手の鞭を振り上げようとした瞬間。その手首をアサルトライフルが撃ち抜いた。

 薄闇に火花が爆ぜ、右手から毒の鞭が脱落した。

「エッ……」

 阿呆のように口を開いたウィップコブラの両目に、更なる射撃が叩き込まれた。

 装甲服の補助を受けた、南郷の正確無比な狙撃だった。走行中にも関わらず、単射モードで次々とウィップコブラの全身を撃ち抜いていく。

 口内に、両肩関節に、そして両膝へと畳みかける射撃の追撃。改造人間の硬い表皮に衝突した銃弾は、金属がぶつかり合うような硬質の破砕音と弾着の火花を闇中に開花させた。

「アッ! アッ! アッッ! アァァァァァァァァ……!」

 自分がどこから、どんな攻撃を受けているかも理解できぬまま、ウィップコブラは悲鳴を上げて火花の中で踊り狂う。

 いかに改造人間の筋力が強いとはいえ、5.56mm弾の着弾はその身を容赦なくノックバックで揺さぶり続け、やがて苦痛に膝が折れた。

 攻撃対象の無力化を確認した南郷は、絶命に至るボイスコマンドを入力した。

「EMバースト……!」

 ライフルをスリングで肩に預け、南郷は跳ぶように接近戦の間合いに突入した。

「L・インパクト!」

 ボイスコマンドにより電磁パルス攻撃機能がアクティブ化。装甲服の爪先部分に電光が走り、南郷は擦れ違い様に敵の腹部にキックを叩き込んだ。

 ウィップコブラの体内へと、ゼロレンジから電場パルスが浸透。腰のベルト、メガスの腕輪に封入された遺伝子チップが破壊された。

 そして背中に火花を撒き散らして、改造人間は石灰と化して崩れ落ちた。

「まず、一匹……!」

 容易く、手早く始末を終えて、南郷は足を止めずに三階を目指した。


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