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ヒト・カタ・ヒト・ヒラ  作者: さんかいきょー
剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ
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剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ10

 南郷はめでたく退院したわけだが、当面の住まいが問題となった。

 夕方に病院を出て、屋敷についた今では既に日が暮れている。こんなギリギリの時刻でゴネ始めるのは、園衛としても想定外だった。

 園衛は「普通にうちの客間を使いたまえ」と勧めたわけだが、南郷は難色を示した。

「一つ屋根の下に同居とか……勘弁してほしいね」

 理由は幾つかある。

 一つ目は

「あんたの世話になりたくない」

 という相変わらずの不信と強情っ張り。

 二つ目は

「あんたの親御さんに挨拶するの……なんか気まずいんだ」

 という人見知りだか社会不適合だか良く分からない反応。

 南郷は園衛と共に既に屋敷の敷地内にいるわけで、今にも園衛の両親が顔を出して微妙な雰囲気になるかも知れないと恐々としていた。

 三つ目は

「仮にも良いとこのお嬢様が男を連れ込むって……どうなのさ」

 という、妙な気遣いだった。

 対して、園衛は堂々と胸を張った。

「案ずるな。私はそういう色気とは縁がないと、両親も諦めている」

「……年齢、いくつでしたっけ」

「女性に年齢を聞くのは慎みのない言動だと思うが」

「親御さんのお気持ちを察するね」

 園衛の肱打ちが慎みを欠いた南郷の横っ腹に入り、「むほっ……」という軽い悲鳴が上がった。

 とりあえず、話題を元に戻す。

「もう夜だぞ? 意地を張っても仕様があるまい」

「野宿しますよ」

「明日も明後日もそうするつもりか?」

「テントでも買いますよ」

 南郷は断固として園衛の家に泊まらないつもりらしい。

 だが、妙に引っかかることを言う。

 テントを買う? どうやって? 確か南郷は無一文のはずだ。

「キミ……金はどうする気だ」

「1日あれば、2、3万は工面できます」

「……だから。どうやって」

 園衛は疑念の目で南郷を見た。

 彼は今まで放浪生活を送ってきたというが、その間はどうやって生活してきたのだろうか。

 空理恵によると野生動物を狩っていたそうだが、それだけで食っていけるわけがない。

 仮にも生きていくだけの衣食住を得るには、どうしても現金は必要なはずだ。

 かといって、彼の身なりや振る舞いを見れば、パトロンがいるとも思えないし、身元不明では今日びアルバイトや日雇い労働のアテもあるまい。

 また、確実に貯金もないだろう。

 こんなノーマネーノージョブの社会不適合者が、どうやって何万円も工面するというのか。

 園衛は、とても厭な予感がした。

「まさか……盗む気か?」

 南郷は悪びれたように目を逸らした。図星らしい。

「か……カタギから盗るワケじゃ……ない」

「だ……誰から盗んでたんだ」

「夜中に路上で煩いガキどもから……」

「……具体的にどうやって」

 気まずい空気が漂う中、園衛が詰問した。

 南郷は目を逸らしたまま、「フフフ……」と観念したような、あるいは開き直ったような笑いを零した。

「夜中にパラリラうるさいクソガキどもを襲撃して、全員ボコって財布やスマホを頂戴するんですよ。バイクもバラして使えるパーツは全部回収して中古屋に転売。売る時に使う身分証はガキのやつを写真だけ張り替える。連中、昔に比べれば数は減りましたが、害虫はそう簡単には絶滅しない。この辺でも土日に国道走ってるでしょ? 狩り放大ですよ」

「そんなこと何年も続けてたら……乱獲で絶滅しちゃうだろ」

「ところが絶滅はしないんですよ。なにせ、連中にとっては見栄が一番大事なんだ。実家が金持ちのガキはクソ親がまた新しいバイクを買ってくれる。貧乏なガキは自分が持ってないのが悔しくて、恥ずかしくて、必死こいてバイトしてでもバイクやスマホを買う。バイクがないと仲間外れにされちまいますからね。そうして一年もすれば元通り。また群れてパラリラ走り出したら、綺麗に刈り取る。この繰り返しで最高で5年くらいは美味しくやれた」

 まるで邪悪な養蜂家である。害獣を根切りにせず、また育ってきた所で収穫する。生殺しの放牧作戦である。

 園衛は念のためにスマホで検索エンジンを開き、〈サザンクロス 暴走族〉を検索。

 すると、一発で出た。

 黒衣の怪人サザンクロスは暴走族を襲って身ぐるみを剥がすという都市伝説があった。

 どこかの掲示板のログには、被害者らしき人物の書き込みもある。

 〈マジで襲われたんだよ! 首にマフラー巻いた変態野郎にみんなボコされちまったんだって!〉

 〈お薬か何かやってらっしゃる?〉

 〈自業自得wwwww〉

 〈そのまま死ねば良かったのに〉

 住民に煽られて、被害者はいかにも頭の悪そうなレスバトルに突入していた。これ以上は見る必要はない。

 園衛は眩暈がして、眉間を抑えた、

「警察沙汰には……」

「なるワケないでしょ? 普段から世の中に迷惑かけてるゴミの寝言なんて、取り合うワケがない。むしろ暫く夜が静かになるんだから万々歳でしょう」

 南郷は完全に開き直っている。

 社会の害虫駆除とお金稼ぎの一石二鳥だと思っているのだ。確かに大義はあるかも知れないが、強盗をしていることに変わりはない。

「却下! 却下だ! これ以上罪を重ねることは許さん!」

「誰にも迷惑かけませんぜ?」

「空理恵の前でも、同じことが言えるか?」

「ム……」

 流石に南郷も押し黙った。

 年少者の前で犯罪同然の武勇伝を語るほど腐ってはいないのだ。

 園衛は、南郷の根底にある高潔さと正義感を信じている。

「私は、子や孫に胸を張って誇れる仕事をしたいのだ。キミにも、そういう仕事をしてほしい」

「そんな綺麗事だけで……」

 尚も南郷がゴネようとした矢先、母屋の方から空理恵が小走りに寄ってきた。

「ねー、いつまで外でお喋りしてんのぉ?」

 家に入りたくないと揉めている、などと南郷は言えずに口ごもる。

 これを好機と見て、園衛は不敵に笑った。

「なに、南郷くんが他人の家にお泊りするのが恥ずかしいと言っているのだ」

「え~マジで~? アニキ、うちに泊まってくれるって約束したじゃん!」

 姉妹二人がかりで南郷を責める。

 ここで面と向かって拒否するほど南郷は冷酷な人間ではあるまい。仮に拒否したら空気が最悪になる。

 彼は空理恵を悲しませるようなことはしないと、園衛は確信していた。

「女の子との約束は破るべきではないな、南郷くん?」

「卑怯者……」

「王手。今夜は、私の勝ちというワケだ」

 園衛は舌戦と心理戦に勝利し、南郷は空理恵に引きずられるようにして母屋に収まった。

 無論、顔を合わせたくなかった園衛の両親にも挨拶をする羽目となり、南郷は27歳にして女性の実家にお邪魔する男の疎外感を味わうことになった。

 翌朝、南郷は園衛と外出することになった。

 園衛自ら、街の中を案内するのだ。

「案内なんて、下っ端にやらせりゃ良いモノを」

「私がキミを雇うんだ。私自ら対応するのが礼というものだろう?」

「まだあんたに雇われると決めたワケじゃない」

「かの劉備玄徳も、諸葛亮を口説き落とすのに三顧の礼を示した。だが私はキミに既に10回以上も礼を示している。いやはや、難儀な男だよ」

 園衛は肩をすくめて見せるが、表情は楽しげだった。

 朝9時。登校が終わった宮元学院の駐車場に、園衛の車が停まった。

 助手席には南郷が乗っていた。

「この間も見たと思うが、私の学校だ。中等部と高等部が併設してある。降りて見て回るか?」

 南郷は降りる素振りは見せず、窓越しに校内を観察していた。

 ふと、壁面に工事の足場が多く掛かっていることに気付いたようだ。

「妙に校舎が痛んでいるようだが?」

「少し厄介事があってな。そういう万一に対応するために、キミの力が欲しい」

「俺にガードマンをやれと?」

「普段はちょっとした見回りや設備の保守をやってくれるだけで良い。あくまで、万一の備えだ」

 とはいえ、南郷は戦闘の達人だ

 そんな自分が必要とされる厄介事を想像して、南郷は「フン……」と鼻を鳴らした。

「俺一人にやらせるってのは、些か非効率的だと思うね。他に人を雇うアテは?」

「昔の部下や知り合いに召集をかけているが……正直、芳しくない。10年も経っていると流石にな……」

 時の流れは全てを洗い流す。

 かつての熟練者も老いて錆びつき、戦いの覚悟も萎びて折れる。各人には人としての生活があり、仕事もあれば家族もいる。あらゆる面で、部隊の編制は絶望的というのが実情だった。

 だが南郷は違う。

 つい先日まで長き戦いに身を投じていた。この青年は研ぎ澄まされた刃そのものだった。

「園衛さん。あんたはここを守りたいといった。だが、守るモノのある人間は弱いんだ」

「ハッキリと言う……」

「事実だ。あんたも分かってるだろう? 家族、友人、財産、家、そして利害関係。繋がりが多いほど弱点がある。攻撃する側には楽な戦いだろうな。俺だったら、いかにも無防備なこの学校を狙う。そしてアンタの妹でも拉致るだろうね」

 まるで経験者のような口ぶりだった。

 少し気になるが、そこは追及すべき所ではない。

「つまり、キミ一人では守り切れんと?」

「敵が戦術的に攻めてきたらカバーし切れないってことだよ。こっちも兵隊が必要だ」

「だから、そのアテがないのだ」

「なら、兵隊の取れる良い場所を教えてやるよ」

 またしても、南郷が妙なことを口走った。

 かつて園衛と共に妖魔と戦った人員の大半が使い物にならないというのに、現代日本のどこで徴兵するというのか。

「変な顔しなさんな。ちょっと大きめの街なら、どこにでもある場所さ」

 まるで畑から兵隊が取れるかのような言い草である。

 言った傍から、南郷はカーナビのタッチパネルを操作して、何かの施設を検索。隣のつくし市のある場所を目的地に指定した。

「行けば分かるさ」

 園衛は不審に思ったが、指定された場所は市街地の中心部だ。近くには駅や公園もある真っ当な立地だった。怪しい場所ではない。

 南郷の方から積極的なムーブをかけてくるのは珍しいので、園衛はとりあえず車を出した。

 そしてナビに従って走ること30分。

 辿りついたのは――

「南郷くん……ここは……」

「ご覧のとおり、みんな大好き職業安定所だ」

 皮肉ったような南郷の紹介する眼前の目的地こそ、つくし市ハローワークであった。

 駐車場は既に満杯である。園衛は少し先の有料駐車場に車を停めると、南郷に食ってかかった。

「何を考えているんだキミは! 職安は傭兵ギルドじゃないだろう!」

「別におちょくったワケじゃない。マジで兵隊が取れるんだよ」

「はあ?」

「折角だから、行ってみましょうや」

 南郷が車を降りた。

 已むなく、園衛は彼についていく。

 考えてみれば、園衛の人生と職安は全くもって無縁である。

 実家は裕福だし、親から引き継いだ会社の経営や持ち株等であり余るほどの金が手に入るわけで、職に困るなど想像したこともない。

 30年近く生きてきて、同じ日本において未踏の地があるという奇妙な感覚。

 いや、己の人生経験の浅さを恥じるべきか。

 そうこう考えているうちに、ハローワークの入り口付近に着いた。

 中からは異様な雰囲気が漂っている。

 殺気の混じった形容しがたい澱んだ空気だった。

 この重い空気の名前を思い出すのに、園衛は時間がかかった。

 代わって、南郷が先に口を開いた。

「クソッタレな絶望の臭いがするでしょう。分かります?」

 そう、絶望だ。

 かつて自分も陥った深い暗闇の感情。それが何十、何百人分も渦巻いている。

 だが、分からないのはハローワークで徴兵できるという点だ。

「ここに来る人達は、真っ当な仕事を探しているのだろう?」

「マトモな会社はこんな所で募集かけないし、来る人たちもマトモな仕事が取れるとは思っていない」

「それは偏見では……」

「ま、それはどうでも良い。大事なのは、ここにはギリギリまで追い詰められた人間しか来ないってことだ。選択肢を奪われ、土壇場に立たされた人間。覚悟が決まってるのさ。世の中の全てを呪い切って、10万円で悪魔に魂売っても良いと思ってるような……そういう人間が」

 物凄く……物凄く物騒なことを言っている。

 園衛の理解し難い世界だ。見ている世界が違い過ぎる。

「私が欲しいのは鉄砲玉じゃないんだが!」

「そんな勿体ないことはしないさ。躊躇なく人を殺れる奴ってのは中々レアだからな。今日び軍隊でもそうそういない。だから、ちゃんとした訓練とマトモな装備、それと真っ当な報酬を与える。それで立派な兵隊に仕立てられる」

「バカな……。平然と人を殺せるようなのがその辺にいてたまるか! 大体、どうやって選ぶ? みんながみんなそうであるわけ――」

 言いかけて、園衛は声のトーンを抑えた。

 ハローワークに入っていく人に妙な目で見られた。殺すだの兵隊だのと口に出して話しているのだ。警備員を呼ばれかねない。

 南郷と共に物陰に移動して、話を再開した。

「ハロワに来る人全員が覚悟決まってるワケなかろう!」

「だから、テストするんだ」

「どんなテスト……」

「ケンカふっかけるんだよ」

「はあ?」

 園衛は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 だが、昔の時代劇映画でも浪人を雇う際に、試験として刀で斬りつけたのを見たことがある。

 不意の遭遇戦への対応を試すのなら、理に適っているかも知れない。

 そう納得しようとした矢先、南郷は物騒極まりない反知性的解説を始めた。

「相手の対応で適性が分かる。普通ならヤバい奴だと思って逃げる。こいつはNGだ。その場で殴り返してくる奴。これも駄目だ。相手の装備も力量も分かっていない。正解は、適当に笑って済ませると見せかけて場所を移動しつつ相手を観察。人目のつかない所に入ったら石や棒でブン殴ってくる、もしくは車に乗って問答無用で轢き殺しにくるような奴だ。目的のためには手段を選ばない、そういう奴が良い兵士になる」

 邪悪で野卑なとんち合戦に、園衛は絶句した。そして戦慄した。

 だが、やはり自分の目に狂いはなかったと確信もする。南郷は得難い逸材だ。園衛に足りない何かを持っている。

 南郷の荒っぽい提案は保留するとして、その知識の出所が気になった、

「どこで、そんなことを習った?」

「昔の職場……。そこでは、そんな感じで使える兵隊を何人か集めてた」

「キミも、そうだったのか?」

「いや……俺は違う。現地採用の……志願兵だな」

 南郷は、服の上から右腕をさすった。その右腕は義手なのだという。

 その失った腕は、彼が修羅道に身を投じた理由と関わりがあるのだろう。

 園衛は問い詰めることはしない。ただ時を待つのみ。

 南郷は僅かだが自分から断片的な過去を語るようになった。

 全てを打ち明けてくれる時は遠くないと、園衛は信じていた。


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