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ヒト・カタ・ヒト・ヒラ  作者: さんかいきょー
竜血の乙女、暴君を穿つのこと
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竜血の乙女、暴君を穿つのこと23

 格納庫内では、作戦の準備が最終段階に入っていた。

 装備換装を終えた〈綾鞍馬〉の前で、左大がカチナに簡単なレクチャーを行っている。

 左大は〈綾鞍馬〉の大腿部ハードポイントに接続された増設スラスターを指差した。

「こいつの両足にくっつけたのはマニューバスラスターユニット。最大で20秒間のロケット噴射が可能だ。空中での緊急回避に使え。断続的に噴射すれば最大で6回程度は使えるはずだ」

「ろ……ロケットだとぉ……?」

「ロケット、分かんだろ?」

「戦争中にドイツ軍がロンドンに撃ち込んだとか、アメリカ人が月に行ったとかは……聞いたことある」

 頼りない返答だった。

 カチナの中に納まっているのは長年ウェールズのド田舎に隠遁していた上、1960年代から最近までミイラになって干からびていた黒竜である。具体的にロケット推進がどういうものか良く分かっていないようだ。

 ワイバーン・ゴーレムの武装にロケット弾もあったはずだが、実際にそれを使って自分が飛ぶのは想像し難いらしい。

 だが、左大はお構いなしに続けた。

「脚部の可動でロケットの推進ベクトルを操作できる。有人機なら目玉が飛び出るような高G機動も可能だ。その辺はテメーの本能を綾鞍馬にシンクロさせて自動でやれ」

「簡単に言ってくれる……」

「さっき使ってた空飛ぶトカゲメカと同じと思え。基本は大体同じだ」

 細々と教える時間はない。カチナを一応の経験者として扱って。感覚でこなせと無理強いするしかないのだ。

 そして、左大は更なる無理を指示した。

「武装して重くなった綾鞍馬を、アレで上空に撃ちだす」

 ギシギシと音を立てて〈祇園神楽〉たちがバックヤードから大型の機材を運んできた。

 異様な機材だった。

 風車を横倒しにしたような形のそれには、回転式のレバーと台車が付いている。折り畳まれた状態だが、それでも大きい。高さは3メートル、前後の幅は5メートルはある。

「アレって……な、なんじゃ……?」

 引きつった顔でカチナが問うた。一見しただけでは何にどう使う機材なのか想像がつかなかった。

「手動式遠心カタパルトだ。どこでも人力で空繰や戦闘機械傀儡を投射できる優れモンだ」

 つまり、あのレバーを手動でグルグルと回転させて、その遠心力で風車の端に設置した〈綾鞍馬〉を飛ばすのだという。

 一転してアナクロ極まる手段にカチナは何か言いたげに、同時に恨めしげに左大を睨んだ。

 どうしてこんなモノを使うのか。イヤガラセのつもりか貴様……そんな意思が込められている。が、左大はカチナの感情面を無視した。

「上空から攻撃するには短時間で高度を稼ぐ必要があるんだよ。自力の短距離離陸も可能だが、そんなことに燃料を使いたくない。分かるな? 現状、他に手段はねぇ」

「ぐう……」

 左大の理屈は通っているので、カチナは分かるしかなかった。

 カチナは悪趣味な遠心カタパルトを複雑な顔をして睨んでいた。

 その一方で、瀬織は〈マガツチ改〉の整備をしていた。

 機体内部のカーゴスペースから予備の勾玉が収納されたボックスを取り出し、破壊された勾玉と交換する。再設計に伴って整備性も向上したわけだが、本来ならこんな泥臭い雑事は他人にやらせることだ。

 今は篝の手が空いていないので、仕方なく自分でやっている。

「なんだかあ……」

 瀬織は現状を鑑みて、妙な引っかかりを感じた。

「左大さんの思い通りに動かされている……。そんな気がしますわねえ……」

 左大の作戦指揮について言っているのではない。デイビスたち一派の襲撃からジゾライド起動、そして暴走とその始末に至るまで、何か作為的なものを感じるのだ。

 本来なら言霊と呪術で人間を操るのを得意とする瀬織が、逆に人間に操られている……というのは何とも面白くない話だった。

 園衛も同じことを考えていたようで、複雑な表情をしていた。

「政治の上手い人間というのは……自分の目的をいつの間にか組織の目的にすり替える。左大の爺さんもそうだった」

「おじい様は恐竜復活をまんまと手段と目的にして、お孫さんは恐竜を活躍させて華々しく散らすなんていうバカげた目的を……わたくし達にやらせようとしている。ああ、いやだいやだ……」

「だが、もはや是非もなし……。やるしかないのだ」

「やむを得ず、ですか。そんな言い訳をしてしまう辺り、完全にハメられましたわね」

 逃げれば破滅。進んで地獄を突きぬけなければ参加者一同未来はない、という状況であった。

「景くんを帰したのは。せめてもの良識だと信じたいものです」

 仮に左大が景をダシに瀬織を利用するほど悪辣な人間ならば、瀬織は作戦終了後に有無を言わさず殺そうと考えていた。しかし、ここで瀬織に歯止めを効かせるのもまた、左大の策なのかも知れない。

 考えれば考えるほど左大は計り知れない人間に思える。これ以上は考えても意味はあるまい。

「とはいえ、それで素直に帰るとも思えませんがあ……」

 一見ひ弱に見える景だが、あれで中々芯が強い。かつての瀬織を腕力と気合だけで捻じ伏せ、腕力と気合で左大の祖父と渡り合った男の血を受け継いでいるだけのことはある。

 期待と不安を抱きつつ、瀬織は勾玉の再装填を終えて、〈マガツチ改〉の尾のカバーをガシャリと閉じた。


 〈雷王牙〉のハンガーの固定が解除された。

 装備換装を終え、頭部にはタテガミのごとくEMSSが配置され、前足のハードポイントにはワイヤーアンカー、後ろ足のハードポイントには二連装のマルチディスチャージャーが装備されている。

 同じく換装を終えた〈綾鞍馬〉は翼下にゴーストフレアディスペンサーを懸架し、三式破星種子島を両手で抱えて、自力歩行で屋外に出ていった。背中の小型ジェットエンジンにはコンプレッサーから空気の供給が開始されており、静かな駆動音を鳴らしている。

 それに続いて遠心カタパルトも、数体の〈祇園神楽〉の手押しで搬出された。

「さぁて、わたくしも頑張りますかあ」

 肩を軽く鳴らして、瀬織は〈マガツチ改〉の背中に座った。

 主の意図を理解した〈マガツチ改〉は8個の目を赤く光らせ、軽快に歩行を開始した。

 それを〈雷王牙〉が追い越して、作戦地点まで先行する。

 遠心カタパルトは格納庫の駐車場に搬出され、〈綾鞍馬〉の固定作業を完了した。カタパルトは斜め上方の夜天に向く。空気抵抗を減らして高初速を得るため、翼は折り畳んでいる。既にジェットエンジンは始動し、ゆっくりと回転数を上げている。駆動音が次第に音量を増していく。

 カチナは格納庫の屋上に登り、そこから〈綾鞍馬〉と精神接続、遠隔操作をする手筈となっている。

 駐車場の左大がライトを振って、カチナに合図を送った。今からカタパルトを使用する、と。

 カチナは覚悟を決めて、屋上に座り込んだ。

「やるならやるで、とっととせい!」

 冷たい海風が体を打つ。意思と関係なく鼻水が垂れてくる。

「なんたるヤワな体……ッ!」

 眼下の駐車場で、遠心カタパルトがせり上がった。高さは5メートルにまで伸び、その下の三本のレバーを三体の〈祇園神楽〉が握った。

「おっしゃ回せーーーっ!」

 左大の号令と共に、〈綾鞍馬〉のジェットエンジンが本格始動。キ――――ンという甲高い駆動音を周囲に響かせた。

 〈祇園神楽〉たちがレバーを押し、カタパルトを回転させる。一心不乱に足踏み、前進、走り抜けて、遠心カタパルトがぐいぐいと回転加速する。一見、滑稽ですらある原始的投射装置はしかし、確実に〈綾鞍馬〉に上昇のためのエネルギーを加算し、一定の速度に達した。

「放てぇーーーーっ!」

 エンジン音に掻き消されぬよう叫んだ左大の一声と同時に、〈綾鞍馬〉はアフターバーナーを点火。固定用フックを解除し、遠心力を以てして、我が身を夜天の高みへ撃ち出した。

 遠心力とアフターバーナーの推力を併用して、〈綾鞍馬〉は瞬く間に上空300メートルの高度まで到達。揚力を得るために翼を展開し、巡航モードに移行した。

 地上からアフターバーナーのブラスト光を確認した左大は。無線機を片手に、速足でトレーラーへ向かった。

「こちら左大。綾鞍馬の射出は成功。俺は埠頭で爆薬の敷設を行う。作戦は5分後に開始だ。どうぞ」

 無線の相手は瀬織とカチナだ。

 カチナは渋々「了解……」と短く返答した。

 もう一方の瀬織は、気だるげに左大に応答した。

『こちら東瀬織。了解ですわぁ。でも左大さん、これってどれくらい勝算のある戦いなんですのぉ?』

 左大はトレーラーの運転席に乗った。

 瀬織は頭の切れる人形だ。知能や洞察力も並大抵ではない。これが勝算の低い戦いだと分かっていて、わざわざ試すように聞いてくるのだ。

 左大はそれを理解していた。

 ここで答を誤れば。瀬織を御することなぞ不可能であろう。

 戦局が悪化すればアッサリと見切りをつけられる。瀬織は躊躇なく戦線を離脱するだろう。彼女にしてみれば、人生を快適に生きるために重要な戦いではあっても、命をかけるほどではないのだから。

 しかし、左大は迷わずに答えた。

「数字なんて関係ねぇよ」

 直感で、思ったままの戦いの回答を、笑みを浮かべて答えた。

「覚悟を決めた人間の行動ってのは、確率も数字も覆す。俺たちは、そうやって戦ってきたんだ」

 無線の奥から、「ふっ」と瀬織の吹き出す声がした。

『……ごもっともですわ』

「文句でもあるかい?」

『逆ですわ。人間は、そうでなくてはいけません。人間の覚悟の妙味というのは、わたくし死ぬほど思い知っていますからね。ねぇ、カチナさん?』

 含み笑いをしながら、瀬織は無線を聞いているカチナに言った。

 カチナは複雑な心境を込めた「むうう……」という唸り声を出すだけだった。

 巨大な存在に挑んだ人間たちが、いつもどういう結果にたどり着いたかは、人外の少女たちが最も良く知ることだ。比喩でもなく、実際に死ぬほどに思い知らされている。

『確率なんてクソくらえ……良い答ですわ。それでは左大さん、ごきげんよう』

 瀬織は通信を終えた。

 別れの言葉は左大の武運を期待するようでもあり、死に行く者を黄泉路に送り出す弔辞のようでもあった。

 きっと、その両方の意味を込めてあるのだと、左大は思った。

「さぁ~て、いくかねぇ! 俺の最後の花道によォ!」

 未練の全てを焼き尽くすために清々と、左大は思いきり良くエンジンのキーを回した。


 トレーラーは往く。

 ほんの500メートル先の戦場に向かって、排気ガスを盛大に吹き出して。

 通り過ぎるディーゼルエンジンの排気に咳き込みながら、場違いな少年、東景は格納庫に戻ってきた。

 格納庫の中を覗き込むと、園衛が有線式の固定電話をどこからか引っ張ってきて、受話器に齧りついているのが見えた。

「こちらの作戦は今しがた開始されました。百里からの発進は……はい。15分後……ですね」

 園衛はスマホの時計に目をやりつつ、受話器に首を傾けた。景からは表情は見えなかった。

「半分はこちらの不手際です。責任の半分は認めます。続きは夜が明けてから、お話しましょう。それでは」

 通話を終えると、園衛は景の方に振り返った。電話中でも既に気配を察知していたらしい。

「やはり……帰ってきたか」

 景は恨めしげに園衛を見ている。

 大人の思いやりだと分かっていても、除け者にされるのは良い気分はしないのだろう。

 景の背後には、鏡花が付き添っていた。

「申し訳ありません、園衛様。景くんはどうしても戻りたいと……」

「構わん。無理に家に帰せとは言っていない。好きにさせてやれ」

 園衛は景の前に歩み寄ると、腰を曲げて少年の目線を合わせた。

「戦いを……瀬織のことを見届けにきたのか?」

「……それもあります」

「他には?」

「左大さんのことを……憶えておきたいんだ……」

 先程、景は左大に戦いの記録者になってほしいと言われたが、それに愚直に従っているわけではないだろう。左大は別に景の上司でも親でもない。命令を聞く義理はなく、そんな気休めの言葉に縛られる必要もない。

 景は、見知った人間が消えてしまうのを恐れている。

 死んで物理的に消えてしまうこと以上に、誰の記憶からも忘れられて、痕跡すら消えてしまうことを潜在的に恐怖しているのだろう。

 これについて景自身を問い詰めても、具体的な回答は得られまい。自分の中のモヤモヤを言葉にするには、まだ時間が必要な年齢なのだ。

 故に、園衛はそれ以上は何も問わない。

「分かった。だが一つ言っておく。ここも機関砲の射程内だ。安全な場所だと思うな」

 〈ジゾライド〉に装備された35mm機関砲の射程は約5km。対空砲としても使用されるその砲撃は掠めただけでも生身の人間は即死に至る。この格納庫の壁程度は障壁にすらならず、容易く貫通されるだろう。流れ弾が飛んでこない保障はどこにもない。即ち、ここもまた最前線なのだ。

 景は口をぎゅっと結んで、息を呑んで頷いた。

「ついてこい。外に行くぞ」

 園衛は景の真横を通り過ぎ、格納庫の外に向かった。

 壁なぞ流れ弾には無意味なのだから、引きこもっている理由はない。堂々と風に吹かれて観戦しようというのだ。

 自分と鏡花に挟まれて、ちょこちょこと後についてくる景を横目で見やって、園衛はそれとなく口を開いた。

「左大さんは……昔、私が現役の頃は……傀儡の開発部門にいたんだ。といっても、研究室や工場で仕事するより、現場で実際に運用をしてみせる人だった」

「実演販売……みたいな?」

「そんな所だ。仕様書にある通りの運用が出来ないとクレームを飛ばす現場に行って、実際に戦闘機械傀儡を動かしてみた。『ほぉ~ら! 仕様書通りに使えるじゃあねぇか! できねぇのはテメーらのやる気が足りねぇからだよ~~っ!』ってな。それで、かなりの無茶をやって見せて、現場を黙らせていた」

 当時の様子は景にも容易に想像できたようで、苦笑いを零した。

「あの人は戦闘機械傀儡を最強たらしめるのが生き甲斐だったのかも知れない。なのに、自分は最後の戦いに参加できなかった。本当は強引にでも参加する気だったようだが、連日の調整作業で疲れて寝坊して……そんな些細な失敗で死に場所を無くしてしまった。死ぬほど悔しかったと思う。今までずっと燻っていたのだと思う。その無念を、今日この時に晴らせるのだとしたら……」

 戦いに狂喜するのも、自ら死に向かっていくのも、分かる話のような気がした。

 左大は10年前に、死すべき時に死ねなかった。手塩にかけた戦闘機械傀儡たちの最期の戦いを見届けてやることも出来なかった。彼の10年間は無念を抱えて生き続ける死体の日々だったのだろう。

 その地獄が今日、終わる。

 尤も、見方を変えれば単なる自己満足の死に舞台である。公開自殺、あるいは葬式会場のセッティングのために周囲を巻き込むのは、とてつもない迷惑だということには変わらない。

 理解はできても、100%の同情と共感を得ることは出来ない。

 それを知った景の表情は複雑だった。

「左大さんは、もう生きていたくないの? この戦いに勝ったら、その時は……?」

「さあな。あの人曰く、先のことなど考えるだけ無駄だそうだ」

「何も考えてないってこと?」

「まるでバカみたいに聞こえるが、戦いの中では一理ある。目の前の敵すら倒せずに明日明後日のことを考えるのは阿呆。10年後、100年後に思いを巡らせるのはただの夢想家だ。私から見ても……そんな奴は隙だらけの巻き藁だな」

 園衛は吐き捨てるように言った。実際に心当たりがあるようで、拳をギリギリと握っている。

 たぶん、過去にそんな戯言を吐いた夢想家を次の瞬間に殴り倒した、いや殴り殺した経験があるのだ。

 幾百、幾千の実戦を経た経験者の気迫を間近に感じては、景が口を挟む余地などなかった。

 景の怯えを察して、園衛は感情を抑えて拳を緩めた。

「逆に……これから死ぬ人間が明日のことなど考えても意味がない、と思って……。いや、他人のことをアレコレと邪推するのはもう止めよう」

 親戚として付き合いが長く、人となりを知っていても、左大億三郎という人間の全てを計り知ったような口を効くのは良識に欠けると、園衛は思い留まった。

 それに、もう目的の場所には着いた。

 格納庫と隣の工場の間の空き地からは、埠頭が良く見渡せた。とうに人は避難しているが、ライトやクレーンの航空障害灯は点灯している。

 その埠頭の方向から、この世ならざる雄叫びが響いてきた。

「始まったな」

 園衛は目を細めて姿勢を低くした。

 既に滅んだはずの太古の竜王の咆哮が戦闘再開の合図であることは、景にも理解できた。

 とっさに身を屈める景の耳に、ポップコーンが弾けるような音が聞こえた。存外に地味な機関砲の発射音に拍子抜けした次の瞬間、道路の反対側のアスファルトが弾け飛んだ。

 機関砲の流れ弾が跳弾したのだとすぐに気づいて、景は初めて戦場を実感して

「うぅっ……っ」

 と押し殺した悲鳴を漏らした。


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