竜血の乙女、暴君を穿つのこと20
最強の恐竜型戦闘機械傀儡〈ジゾライド〉。
何とも古めかしい直立二足歩行の恐竜復元図を模した外見に反して、ティラノサウルスの闘争本能は荒々しく、常人では動かすことも出来ない。
その凶暴性が高い戦闘能力に繋がっている反面、制御には著しい難点がある。
操手との精神接続が切断されて1分が経過すると、敵味方の区別なく暴れ回るようになるのだ。
これは、たとえ操者が死亡しても敵妖魔だけは、是が非でも殺し尽くすという絶対の殺意の表れであり、欠陥というより仕様として黙認されてきた。
暴走状態になった〈ジゾライド〉はエンジンの燃料と、そのエンジンから供給される電力を蓄えるコンデンサが空になるまで止まらない。
その最大連続稼働時間は6時間である。
暴走時の対処方法もある程度はマニュアル化されており、大抵はごく初期段階で鎮圧された。
戦闘機械傀儡は対妖魔戦術兵器であり、単独で運用することは稀だった。随伴する他の戦闘機械傀儡は〈ジゾライド〉の僚機であると同時に、抑止力でもあったのだ。
ある時はトリケラトプス型戦闘機械傀儡が真正面から突撃。二本の大型マグニーザーで〈ジゾライド〉の前面装甲を貫通し、鼻先のパイルドライバーでエンジンを破壊して暴走を止めた。
ある時は翼竜型戦闘機械傀儡が高高度から対装甲スブレットニードルを投下。ターボシャフトエンジンの吸気口を破壊して、エネルギー供給を経った。
またある時は、若き対妖魔猟兵の光速のボウリング投擲で脚部を粉砕して動きを封じた。
些か乱暴ではあるが、欠陥もそれをフォローする部隊運用と用兵により補っていた。
部隊運用が肝である〈ジゾライド〉に関する重大な欠陥は、他にも存在する。
それは機械的欠陥であり、同時に運動する物体である以上は決して逃れられない法則でもある。
「簡単に言えばな、アレの関節はオーバーヒートするんだ」
説明をしてきた園衛が腕を組んで、そう言った。
背後には、〈ジゾライド〉の三面図がプロジェクターで投映されている。
現在の経過として、〈ジゾライド〉の進行は停止していた。
県道を進み、港湾の北埠頭まで直線距離にして400メートルの場所で直立不動となっている。
現場の警察と消防には、建設会社が輸入したアメリカ製の大型重機がGPSとAIのバグにより自動運転状態で暴走した、というシナリオが通達されていた。上層部への園衛の根回しの結果だ。
デイビスたち一派の死体も、その重機の関係者として回収された。
生き残りは左大が威嚇して、残っていたトレーラーの荷台に押し込んである。
その過程で
「テメーらのせいで服もよーッ! 車もよーッ! なくなっちまったんだよーーーッ! どうしてくれんだよ、おーーーー!」
と、上半身裸の左大は生き残りの黒フードの襟首を掴んで恫喝。
「そっ……そんなこと言われましてもぉ……」
「もうイジメないでくださいよぉ~……」
戦意をとっくに喪失して怯える黒フードにも容赦せず、左大は彼らの上着を剥ぎ取った。
「犯罪者の分際でなァに被害者面してんだこの萎びた陳皮がァーーーッ!」
そうして左大は上着を手に入れた。
現在、(ジゾライド)が格納されていた建屋の一室を即席の作戦室として、現場に到着した園衛と篝、そして秘書の右大鏡花も入れた関係者一同が集まっている。
「続きは篝、お前が説明せよ」
「あっ……はい? って、私ですかあ?」
端っこのパイプ椅子に座っていた篝は指名を受けて困惑した。
「いやあの、私こういうスピーチとか苦手でしてえ……。高校の時の国語の授業で小論文書かされたと思ったらいきなりスピーチやらされたトラウマが……」
「マイクもあるから心配するな。瀬織だけ見てスピーチしろ」
園衛に妙な励ましを受けて、篝は言われた通りに瀬織に意識を集中。
瀬織が愛想笑いを浮かべただけで、篝の心は溶かされて、緊張もトラウマも崇拝する存在への奉仕精神に塗り替わった。
「えー、ジゾライドの関節はタジマ式人工筋肉とサーボモーターの併用で動いてるんですが、この人工筋肉はカーボンを使っているので燃えます。要は炭ですからね。そこに不燃性を持たせるために弾性セラミックスを織り込み、酸化マンガンを主成分とした潤滑液兼修復材を充填してあるんです。これにより強い自己修復機能を持っているのが、タジマ式人工筋肉の特徴なんですね。でも、ジゾライドは戦車並に重い。この重い機体を思いっきり機動させると、人工筋肉の発熱に対して冷却と修復が追いつかなくなる。修復材も漏れて蒸発してしまいます。そして限界がくると、AIが自己判断で強制停止をかけるんです」
説明の間を狙って、瀬織が挙手をした。科学的な話はいまいち飲み込めないが、要点は分かった。
「つまり、あの恐竜さんは放っておいても良いんですの?」
「いえ、そういうワケでは……」
篝が言葉に詰まると、代わってパイプ椅子に座っている左大が口を開いた。
「冷却が終わったらまた普通に動き出すぜ」
「動けない今の内に破壊するというのは?」
「その程度の対策、してないと思うか? アレの腹と背中の部分を見てみな」
左大は正面に投映されている〈ジゾライド〉の三面図を指差した。
近代改修されたバージョンの図面。その腹部には二門の機関砲が、背中のターボシャフトエンジンの周囲には四基のロケット弾ポッドが装備されている。
「敵意の接近に反応して、アレで迎撃される。冷却中だろうと関係なく、火器管制用AIがオートで撃ってくる」
「避けるのは……」
「まず無理だな。腹のは35mm機関砲。1分間に550発の砲弾を撃ち込んでくる。背中のはハイドラ70ってロケット弾の一種でな、一発につき2500発のフレシェット弾を空中にバラ撒く。一個のポッドにつきロケット弾19発。合計76発のロケット弾が19万発の散弾の壁を形成する。避けられると思うか?」
どう考えても不可能だ。実戦配備されていた戦闘機械傀儡ゆえ、寝込みを襲われるのも想定の範囲内というわけか。
なので、瀬織は話を切り替えた。
「冷却完了までの時間は?」
「自然冷却だと約4時間」
「それはまた随分と気長ですわね」
「材質の関係で熱が逃げ難いんだよ。本来なら冷却材注入して早く済む」
〈ジゾライド〉が停止してから、まだ30分程度しか経っていない。
園衛はスマホで時刻を確認すると、部屋の隅に歩いていった。
暗がりの中に〈雷王牙〉と〈綾鞍馬〉が座り込んでいるが、二体の間に挟まれる小さな人影が見えた。
「故に、冷却が完了する前にジゾライドを止める。そのために、こいつにも協力してもらう」
園衛は部屋の暗がりにしゃがみ込んでいた何者かの首根っこを掴み、強引に立たせて連れてきた。
カチナだった。
服は所々擦り切れているが体に特に外傷はない。それでも既に戦意もなければ逃走する意思すらないようで、居心地が悪そうに目を逸らしている。
「デイビスとかいう首魁は左大さんが殺ってしまったのでな。捕虜を尋問したら現在はこの小娘が最高責任者だそうだ。相違ないな?」
園衛に頭を見下ろされて、カチナは床に目を逸らした。
「間違いではないが……。あやつら、我に厄介事を丸投げしおって……」
「ならば、これにサインしろ」
園衛が目配せをするや、鏡花が何かの書類を持ってきた。
書類のトップには〈財産譲渡契約書〉と、日本語で実に分かり易い題が付いている。
「日本語は読めるか? これにはな、お前らの財産、物資、身ぐるみその他諸々一切合切を示談金として私に譲り渡す旨が書いてある」
「はぁ? おぬし、なにを言っておる! そんなふざけた契約――」
カチナの反論は途中で文字通り握り潰された。
園衛が殺気の篭った冷たい表情で、カチナの襟首を捩じ上げている。
「ふざけているだと? 嘗めているのか貴様。貴様らのテロ行為で、どれだけ多くの人達が迷惑を被ったと思っている。私の家は、昔から貴様らのようなヤリ逃げクソ野郎どもに責任を取らせるのも仕事なのだ」
「め、迷惑……?なななっ…… な、なにを言って……」
「幸いにも死者は出なかったが、道路も工場もメチャクチャだ。その修理代を払え。一般の皆さまに誠意を見せろ。とりあえずは私が立て替えて払うので、お前らは私に借金をするという形になる。有り金すべて寄越してそれでも足りなければ働いて返済するのだ。払い終わるまで絶対に逃がさん」
園衛の鬼神のごとき迫力に圧され、背の低い少女と化した黒龍の目に涙が浮かんだ。
「ひぃぃぃ~~っ! 誰か~~っ! 誰でもいいーーっ! 誰か早く我を助けるのじゃ~~!」
助けを求めても、カチナの配下にあたる一族は全員拘束されてここにはいない。
長き時を生きた黒龍とて、その人格は霊体だけで成立するものではない。肉体の分泌物や伝達物質もまた人格に影響を及ぼし、精神は肉体に引きずられる。
見た目に不釣り合いな口調で泣き叫ぶカチナにも、園衛は容赦しなかつた。手招きで鏡花を呼び出し、朱肉を持ってこさせた。
「サインをしろ。拇印でも構わんぞ。さあ押せ。自分の意思で」
「この女こわいのじゃ~~!」
やがて抵抗は無意味だと悟り、カチナは観念して契約書にサインをした。
園衛は契約書を鏡花に手渡すと、片膝をついてカチナの目線に合わせた。
「よろしい。それで、お前らが持ち込んだ資産はアレで全てなんだな?」
「そうじゃよ……。トレーラーに全部積んで常に道路を走っておった。警察にもバレんようにな。後は同胞たちの財布でも漁れば良かろう……」
カチナは園衛に目を合わせようとしない。気丈に振る舞おうとしているが怯えが隠し切れない。
とはいえ、今さら嘘を吐いても仕方ないので、言っていることに虚偽はなさそうだった。
次に、園衛は左大に目を向けた。
「左大さん、あなたにも責任を取ってもらう」
厳しい目線の園衛に対して、左大は楽しげな薄笑いを浮かべていた。
「良くいうぜ。元から難癖つけて爺さんの隠し財産持ってく気だったんだろ? 鏡花ちゃんは、俺へのお目付けと取り立て役ってワケだ」
左大は鏡花に向かって挑発めいた手招きをした。かかってこい、と言わんばかりに。
「ホラ、来いよ鏡花ちゃん。そのガキと同じ契約書、用意してあんだろ? 俺と口喧嘩してみっか? ぬははははは」
「あなたと議論するつもりはありません」
鏡花は毅然とした態度で冷たく言った。左大のことは野蛮で、知能の低い浅慮な男だと見下しているのが傍目にも分かる。
左大はチッチッチッと舌を鳴らして、指を立てて左右に振った。
「甘いなあ~っ。交渉ってのは、ケンカ腰相手でも言葉を武器に譲歩を引き出す戦いなんだ。上から目線で一方的に条件を押し付けるんじゃあ、相手の態度が硬化する。学歴良いんだか何だか知らねぇが、場数は足りんと見えるな、鏡花ちゃんよ?」
「気安く呼ばないでください……!」
「それで頭良いつもりなんだろ? それと、もう一つ教えといてやる。世の中には言葉の通じない人間もいるんだぜ、鏡花ちゃん?」
左大は横柄に椅子に深く腰を落として、右手をメキメキと鳴らして見せた。有無を言わさずこの場で殴り殺してやっても良いんだぞ、とインテリ気取りを暗に恫喝している。
ぐう、と小さく息を呑む鏡花。
現に左大のやった殺戮を目の当たりにすれば、それが単なるハッタリと無視することは出来なかった。
知らぬ内に、鏡花はすっかり左大のペースに乗せられている。交渉の前段階の時点で敗北していた。
見かねた園衛がパン、と手を叩いた。
「そこまで。左大さん、若い子を苛めるのはその辺で勘弁してもらいたい」
「フッ! 兵隊も事務方も女子供しかいない。散々な有様だな。金が無いだの役目は終わっただので組織を解体してこの有様かい」
「水掛け論で話を逸らす手には乗らない。ここまで大事になった責任はあなたにある」
園衛はパチリと指を鳴らし、左大に人差し指を向けた。
「あなたの実力なら、ジゾライドを持ち出す必要はなかった。敵の人員だけを全滅させるのも容易かったはず」
「ご名答。最初は、連中の泊まってるホテルに乗り込んで、灯油ぶっかけていぶり出して、全員殴り殺すつもりだった」
「その方がまだ処理し易かった。こんなことにはならなかった」
「気が変わったんだよ。もっと派手で、華々しい花道が欲しかった。俺にも、ジゾライドにもな」
「つまり、殺された連中はあなたの身勝手な欲望の生贄だったというワケだ」
わざとデイビスを追いこんで力を引き出したのも、テクノ・ゴーレムの群れを用意させたのも、全ては左大の自己満足のためであったとの白状を聞かされて、園衛の全身に殺気が篭った。
左大は笑って肩をすくめた。
「今さら身内で喧嘩することもあるめぇ。それよりも今は一致団結。ジゾライドを止めることを考えようぜ」
「……最悪、アレを破壊することになりますがね」
園衛は殺気を抑えて、議論に戻ることにした。
腕を組み、今度は左大だけでなく場の全員に向かって話す。
「ジゾライドは今、本能のままに埠頭のガントリークレーンに向かっている。恐らく、アレを破壊するつもりだ。その頃には夜も明けているだろう。報道規制にも限界がある。よって、我々がジゾライドを止められなかった場合、別のシナリオで事態を終息させる」
宮元家は、かつて政府や自衛隊と連携して妖魔と戦っていた。
当時の政治的パイプは今でも残っており、大小の荒事に関して社会的混乱を抑えるための対処マニュアル、隠蔽シナリオが複数用意されている。
園衛は眉間に皺を寄せ、苦労の重みで小さく溜息を吐いた。
「防衛省の方に話は通した。空自の訓練飛行中の機体が、誤って装備していた誘導爆弾を、事故で投下してしまった……ということで処理される」
「つまりJDAMをジゾライドにぶち込んで破壊するってワケか。確かにそれじゃ奴も耐えられんだろうな」
愛着のある戦闘機械傀儡が破壊されると聞いても、左大の表情は楽しげだった。
「だけど、それじゃ園衛ちゃんの立場も苦しくなるよな?」
「表向きは民間の港湾施設に爆弾を撃ち込んだ、という形になりますからね。下手をすれば防衛大臣の首がすげ代わる。我が家も裏からバッシングを受けるのは確実でしょう」
「それに、爆弾でアレを破壊し切れる確証もない」
依然、左大はニタニタと笑っていた。
事情を知る園衛の表情は冷たく、篝はアワアワと口を開閉させて狼狽えていた。
瀬織は現代の航空爆弾の威力は具体的には知らないが、いかに〈ジゾライド〉とて直撃を受けて耐え切れるのか疑わしく思った。
「あの……爆弾も効かない、というのは……いくらなんでも盛り過ぎなのでは?」
「物理構造は破壊されるさ。アレは単なる鉄の塊だからな。今の戦車より柔らかい。だが、ジゾライドを追い込み過ぎるのはヤバいんだよ」
左大は鏡花の方を見て、手振りをした。
「資料、持ってきてあんだろ。見せてやりな」
鏡花はお前の命令に従う義理はないと目を逸らすが、園衛が言う通りにしろ、と目配せをしたので、それに従った。
プロジェクターに別のデータカードを入れて、再生する。
映し出されたのは、不鮮明な古い写真。雪原の中で、何体もの〈ジゾライド〉が炎上しているように……否、機体の輪郭を保ったまま物理構造が炎と成っているように見えた。
「なんですか、これ……?」
瀬織が問うと、左大は実に愉快げに
「あいつはとことん追い込まれると、ああいう風に変化する」
憧れと破滅への願望を込めて笑って
「全身の物理構造のプラズマ化。観測された範囲で最大で摂氏6000度。世界の全てを焼き尽くす、炎の竜になるのさ」
絶望的な現実を告げた。




