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ヒト・カタ・ヒト・ヒラ  作者: さんかいきょー
竜血の乙女、暴君を穿つのこと
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竜血の乙女、暴君を穿つのこと17

 激怒混沌、爆破騒音の火中。

 竜が猿を蹴散らす絵図を背に、デイビス・ブラックは吼える。

「ドゲザしろっ! 頭を下げろっ! 死んでドタマを地べたに擦りつけてぇっ、俺と父祖と同胞に詫びを入れろォォッッッ!」

 左大に殴りかかる、突風の鉄拳。疾く、そして重い一撃一撃。

 腕で打撃を防御する左大。みしり、と肉と骨が軋む。捌けない。左大の筋力と恐竜酔拳を持ってしても。

「いぃい打撃だァ……! 覚悟と激情と憎しみが人を強くする! 俺はこの時を待っていたァ!」

 左大の爪がデイビスの顔面を狙う。皮と肉を食い千切り、握り潰そうとする高速の掌撃。

 デイビスはその掌撃に拳骨を叩き込んだ。

 高速で衝突した拳と掌では、強度に勝る前者が有利。

 左大は踏みとどまれず、初めて後に弾き飛ばされた。

「いい感じだァぁ……。とぉーたるウォー……! 財産も命も人生も全てを投げ捨てて戦う。その極限の土壇場でこそ、人間は限界を超えて輝けるゥ……、とぉーーたるウォー―――!」

 左大は今、アルコールで得られる以上の酩酊至極に達していた。

 ずっと待ち焦がれていた生き場所と死に場所を得られた。これ以上の喜びがどこにあるというのか。

 興奮に息を荒げて獣のように唸り声を上げるデイビスに、笑いかける。凶暴に。

「気づいてるかデェェェイビスゥゥゥゥ……。お前は俺そのものだ」

「たァわけたことを~~~ッッ!」

「自覚しろよ? 俺一人ブッ殺すためだけによ? 体鍛えて変な拳法を編み出す。大金はたいてゴリラメカ軍団揃える。で、わざわざ日本くんだりまで攻め込んできたんだぜ? 冷静に考えて頭おかしいだろ? ここまで極めたバカは古今東西……俺とお前しかぁいないぜっ!」

 憎い仇と同類だと言われて素直に納得できるわけがない。ああそうだろう。そうだろうとも。

 左大は安直なシンパシーなど求めていない。煽って煽って煽り立てて、限界以上にデイビスの力を引き出してやるだけだ。

 案の定、デイビスは白目を剥いて額に血管を浮かべた。

「拳銃の一丁でも持ってくるべきだった……! もはや貴様を殺すのに何の躊躇もないわ~~ッ!」

 デイビスが地を蹴った。猛烈な突撃。繰り出される音速の手刀。

 それを左大は恐竜酔拳ピンポイント・アンキロアーマーにて強化した素手で無刀取り。受け止め、力比べの様相に持ち込む。

 二人の背後では、また〈ウェンディゴ〉が〈ジゾライド〉に倒され、粉塵を上げて地に沈んだ。

 デイビスと至近距離で掴み合っている左大が〈ジゾライド〉を操作している気配はない。

「サダイィィ~~ッ! きっさま~~っ! 俺と戦いながら、どうやってレギュラスを動かしているゥ!」

「クククク……テメーらとは違うんだよ本物はよォ!」

 左大はぐっと力を込めて、デイビスの腕を押し返した。

「恐竜との完全同調! いちいち考える必要なんざねえ! 俺の脳ミソの奥の原始の本能がジゾライドを動かしてんのさ!」

 恐竜に近しい思考の人間が精神を同調させることで、無意識に戦闘機械傀儡を制御する。それは兵器の操縦というより、訓練された馬や犬との関係に近い。左大は〈ジゾライド〉の激流のような闘争本能の向かう先を誘導して、適度に暴れさせてやっている。

 火器を使う必要もない。その程度の敵は、寝起きの準備運動代わりに踏み潰してやれ、と肩を叩いてやっているだけだ。

 知識と実践の両者において戦闘機械傀儡のすべてを知り尽くした左大だからこそ出来る芸当。そして、それを可能とするハードウェアとソフトウェアの完成度。テクノ・ゴーレムなぞ足元にも及ばない。

「でぇぇぇぃビスよぉぉぉぉぉ? 本家のウチがちっとばっかし休業中なのを狙ってよぉーーっ、あんな出来損ないのゴリラメカで天下取れるとか思ってた? あ? あんなパチモンでっ、よぉーーーーっ?」

「ぬぅぐぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 肉体攻撃と精神攻撃の両方でデイビスが圧迫される。

 背後では左大の言葉が現実となり、〈ジゾライド〉の尻尾に〈ウェンディゴ〉が貫かれ、対戦車ミサイルの盾にされて、赤イ火花を散らして弾け飛んでいた。

「はっはーーっ! 見た目だけ真似た偽物の分際でぇ、本物に勝てるわきゃぁねぇぇぇぇだろォ~~~~が~~~ぁっ!!」

「おっおっぉーーー……っっ!」

 怒りと屈辱に顔を真っ赤に燃え上がらせて、デイビスは渾身の力で左大を押し返した。

「俺はぁーーーっ。勝つ! 勝つためにここまで来た! 血反吐を吐いてきたぁ! 貴様なぞ想像もできんほどの惨めな暮らしにも耐えてきたァ! 敗北に土を甞めた! 生きるためにゴミすらも漁った!」

「その努力と苦労を一瞬で踏み潰す! 積み重ねた歴史も段取りも何もかもブッ壊す! こんな快感が他にあるかん! 破壊ィ! 破壊破壊破壊破壊だァーーーーーっ!」

 今や左大は〈ジゾライド〉そのもの。破壊と殺戮の喜悦に吼える。

 怨み積もった左大の家を潰すために来たデイビスたちは、今や逆に自分達の一族諸共一切合切が破壊されようとしていた。

 土壇場に立たされたデイビスは恐怖を払うように己を奮い立たせる。

「俺は勝つ! 俺は強いっ! 強い強い強いっっ! 我が飛竜の拳は無敵なりぃ~~~っっっっ!」

 デイビス、左大との力比べから脱して、高速の拳で切り返す。

 空裂音と共に左大の顔面にクリーンヒット。吹き出る鼻血。

 その痛みすら心地良しと、左大が嗤う。

「ばぁーーーーっ! しゃあっ!」

 下方向からすくい上げる反撃の恐竜拳打。

 ボッ、パンッと肉の弾ける音が鳴り、デイヒスの腹を拳が掠める。

 至近距離の応酬。互いに鎬を削る音が鳴り続けた。


 ゴースト・ジャミングで指揮系統を分断された〈ウェンディゴ〉部隊は混乱の極みにあった。

「ミサイルの再装填を早くしろぉ! 奴がそこまで来てる!」

「これでも急いでる! 半分死んで人手がないんだよ!」

「えーっ? なんだってーー? 聞こえな――」

 〈ウェンディゴ〉を駐機して対戦車ミサイルの再装填作業を行っていた黒フードたちは、一瞬で残骸の下敷きになり、あるいは衝撃で数十メートルも吹き飛んでいった。

 〈ジゾライド〉が尻尾で貫いて盾にした〈ウェンディゴ〉を用済みとして投棄し、それが運悪く直撃したのだった。

 やや遠巻きに破壊と殺戮のカオスを眺めて、東瀬織が笑う。

「ほほほ……良い感じに混沌としておりますねぇ。それでは、もぉーーーっとグチャグチャにしてさしあげましょうか~?」

 横目で後の闇を見やると、静かに土が盛り上がった。

 音もなく、うやうやしく、主の下に闇色のサソリ型戦闘機械傀儡が土中より馳せ参じた。

 改装を完了した〈マガツチ改〉であった。

 装甲は一新され、新造された尾の側面には左右合わせて八つの勾玉がはめ込まれている。

『我 直参 拝謁 イタシ 候』

 〈マガツチ改〉が新設されたスピーカーから音声を発した。強引に空洞を震動させていた以前より聞き取り易い電子音だった。

 そのスピーカーから、続いて人間の声がした。

『聞こえてますか、お嬢様ぁ? ジゾライドのジャミング受けない周波数帯なんですけどぉ……』

 西本庄篝からの通信だった。ノイズもなく良く通じる。

「ええ、大丈夫ですわ。ご苦労様でした西本庄さん」

 瀬織が返すと、篝は歓喜で気持ちの悪い笑いを零した。

『うひっ、うひひひひ……。ありがたき幸せぇ! っと、それはそうとして、電子戦のイロハは一応マニュアルに――』

「不要でございます」

『ほぇ?』

 篝の素っ頓狂な声を背に、瀬織はとん、とんと爪先で地を叩いた。靴を直すように、戦場のリズムを自分に合わせるように。

「傀儡使いの意識の流れは糸と同じ。その糸を手繰るも千切るも自由自在。わたくしには容易きこと」

 戦火に照らされる闇の中で、人外の少女は冷たく微笑んだ。

 手をかざす。舞の仕手のごとく。

「いざ、祇園の神楽。戦舞台の傀儡舞をば」

『上意 拝命』

 主上の意を受け、〈マガツチ改〉がその身を開いた。

 対妖魔電子戦用戦闘機械傀儡として再調整された機体が、荒神の機能拡張装置として瀬織に重なり、連なり、合一する。

 瘴気に塗れた人工筋肉が瀬織の体にまとわりつき、古式ゆかしき空繰の神経伝達に現代の光ファイバーが食いこむ。

 瞬く間に装甲がロックされ、瀬織は〈マガツチ改〉の洗練された戦装束をまとった。

「ん~~……。さて?」

 さっそく、瀬織は右目を凝らして戦場を見た。

 〈マガツチ改〉の複合センサーが視覚と連動し、光学映像だけでなく赤外線や磁気反応のデータを瀬織の頭脳に送る。つらつらと並ぶ横文字の電子データは知識としては良く分からないが、感覚としては理解できた。

「おやおや、繰り手を無くした傀儡がいますわねぇ。四体……ですか」

 人間と意識的に接続されていない〈ウェンディゴ〉が四体いた。

 〈ジゾライド〉起動時の稲妻にトレーラーを撃ち抜かれて、オペレーターが死亡して放置されている機体だった。

「傀儡に糸を通すのは容易きこと」

 瀬織が腕を組むと、背中の〈天鬼輪〉がガシャリと音を立てて左右に展開した。内蔵されていた合計八本の突起が剥き出し、その根元の勾玉の中身が液体のように蠢き、淀んだ。

「さあ、踊りなさい。哀れで惨めな傀儡舞を……!」

 瀬織が酷薄に嗤った。

 八個の勾玉が紫色にどろりと蠢くと、〈天鬼輪〉の突起から音もなく何かが放射された。

 〈マガツチ改〉のラジエターが俄かに熱を持ち始める。

 撃ち放たれたのは、人には見えない意識の糸であった。


 〈ジゾライド〉にただ蹂躙されていく〈ウェンディゴ〉部隊が後ずさる。

 ミサイルは当たらない。再装填する暇もない。果敢にも格闘戦を挑んだ機体もいたが、無帽な兆戦だった。

 油圧駆動の〈ウェンディゴ〉の動きはあまりにも緩慢。こちらが腕を振り上げようとした間に、〈ジゾライド〉は間合いに飛び込んで一撃で頭部を噛み砕いていた。モーションの速度には十倍以上もの差がある。

『どうすれば良い! 指示をくれ指示を!』

『離脱して良いのか? 援軍はいないのか!』

 指揮車との連絡はとうに途絶し、オペレーターが機体を捨てて戦闘を放棄しようかと考え始めた矢先、後方から味方の信号が近づいてきた。

『味方機! 電波状態が回復したのか!』

 HUD上のブロックノイズはさっきまでが嘘のようにクリアに晴れていた。

 山の天気でもあるまいし、ゴースト・ジャミングが急に払拭されるわけがない。素人オペレーターの判断は至らず、希望を持って振り返った視界に飛び込んできたのは、対戦車ミサイルの弾頭だった。

 友軍のはずの機体の対戦車ミサイルに頭部を撃ち抜かれ、〈ウェンディゴ〉は後頭部から熱い粉塵を吹いて倒れた。

『なにっ!』

 もう一機の〈ウェンディゴ〉も瞬く間にミサイルに胴体を撃ち抜かれ、横合いに倒れて機能を停止した。

 もはや役に立たない指揮車両のトレーラーも、味方からの攻撃を受けていた。

 〈ウェンディゴ〉がゆったりとした動きで腕を振り上げ、トレーラーの運転席を潰した。間一髪で逃げ出す運転手。

 別の〈ウェンディゴ〉は荷台の扉を破壊し、内部の指揮所に上体を突っ込んだ。

「だっ、誰が動かしている! ここはーーーっ!」

 響き渡る指揮官の悲鳴。

 〈ウェンディゴ〉の目が無言で赤く輝き、指揮所に対戦車ミサイルが放たれた。

 爆風が荷台を膨脹させ、貫通したメタルジェットがトレーラーの燃料タンクに達して、〈ウェンディゴ〉諸共に全てが炎に飲み込まれた。

 異常はそれだけに留まらず、別のトレーラーで操縦しているオベレーター達にも発生した。

 何の前触れもなく、一人のオペレーターがHUDを外した。操縦用のジョイスティックと石英も手放して、シートからゆらりと立ち上がり、他のオベレーターの襟元に掴みかかった。

「なにっ! なにをするお前――――っ!」

 揉み合う二人のオベレーター。

 仲間に襲いかかったオペレーターは虚ろな目で、歓喜の笑みを浮かべていた。

「こんなことはもう止めましょう。くだらないことです。ズライグなんてどうでもいい。我々はもっと素晴らしい存在のために命を捧げて、心を捧げて、幸福幸福真の幸福」

 見えない糸を通して精神を汚染されたオペレーターは、仲間の首に全体重をかけて圧し掛かった。


 無惨なる同士討ちの糸を引く。

 これは〈マガツチ改〉の対妖魔電子戦能力の応用だった。

 まず、敵の脆弱な管制機能を乗っ取って欺瞞情報を流した。更に瀬織の人格をコピーした勾玉を媒体にハッキングをかけ、無人の〈ウェンディゴ〉の制御を奪い、またオペレーターの精神を汚染して発狂させた。

 本来なら複数の大型統制システムや電子戦システムの機材が必要な電子戦も、瀬織にとっては絡まった糸を解き、切断し、繋ぎ合わせるのと同じだった。

 感じ取る世界が違う人間以上の存在に道具を与えた結果である。

 欠点といえば〈マガツチ改〉の発熱が大きく、長時間の連続使用は難がある、ということか。電子戦システムに発熱は付き物であり、それをここまで小型化しているのだから、機械的には相当な無理をしている。冷却が追いつかないのは当然だった。

「あっついですわね……。ま、こんなもんでしょう」

 瀬織は〈天鬼輪〉を収納して「ふう」と息を吐いて、手で首元を扇いだ。

 景に頼まれた助太刀もこの程度で良かろう。〈ジゾライド〉は放っておいてもデイビス達の傀儡モドキを全滅させてくれる……と思いきや、側頭部にピクリと痺れを感じた。

「ン……これはぁ……」

 再び目を凝らす。

 人間の強い意思の反応がある。一際大きな熱源と音源が戦場に近づいてくる。

 エンジン音の異なる赤い〈ウェンディゴ〉が、〈Mk.2〉が高い走行能力で前線に合流しようとしている。

「中々どうして……。手練れもいるようですね。では、お手並み拝見」

 瀬織は余裕の笑みで、破壊に抗う人間の足掻きを眺めることにした。


 赤い〈MK.2〉が跳ぶように走る。

 ゴリラのように両拳を地につけ、後ろ足で瓦礫を蹴って戦場を疾走する。

 ガスタービンエンジン特有の大きな駆動音に掻き消されぬように、機体の外部スピーカーから軍事顧問が大声で叫ぶ。

『動ける機体は俺に続け! 逃げたい奴はとっとと失せろ! やる気のある奴だけついてこい!』

 通信が潰された状態では、大声という原始的な方法が唯一有効な手段だった。

 のろのろとした動きで稼働状態にある〈ウェンディゴ〉が集まってきた。

 総勢は……七体。

『たった……これだけか』

 叱責するでもなく、諦めるでもなく、可能なだけ感情を殺して言った。

 集まった〈ウェンディゴ〉の一体のスピーカーからは、震える声。

『全機……ミサイルの残弾……ありません』

 残存した機体は後方から射撃を行ったから、今まで生き残れた。接近された機体が一秒と経たずにどういう結末を迎えるかは、周囲の死屍累々を見れば明白。

『了解した。作戦を伝える』

 軍事顧問の声に動揺はない。元より射撃精度がゼロに等しき素人のミサイル攻撃なぞアテにしていない。

『お前たちは全機で一斉にレギュラスに飛びかかれ。掴みかかって一瞬でも良いから動きを止めろ。そこを俺が仕留める』

 遠隔操作とはいえ、特攻当然の作戦に一同は唾を飲んだ。

 テクノ・ゴーレムの操縦は痛覚を機体と共有する。死の痛みを味わう恐怖に逡巡する。

『本当に死ぬよりはマシと思えば、出来ないことはない。覚悟を決めろ』

 軍事顧問の言葉に、〈ウェンディゴ〉達はぞろぞろと背を向けて動き出した。

 向かう先は、〈ジゾライド〉の暴風吹き荒れる前線だった。

 ここに至るまで〈ジゾライド〉は一度も火器を攻撃に使っていない。慢心なのか、戦いを楽しむためなのか、いずれにせよ、そこが付け入る唯一の隙だと軍事顧問は判断した。

 テクノ・ゴーレムの最大の強みは遠隔操作ということ。

 機体が破壊されてもオペレーターはせいぜい失神する程度で済む。死にはしない。

 自らの命を賭ける必要がないのだから、特攻への躊躇も和らぐというもの。

 決死ではなくとも必死の肉薄が可能なのだ。

 今、七体の〈ウェンディゴ〉は破壊されるのを覚悟の上で総員突撃をかける。

 〈ジゾライド〉の目には、なんとも緩慢な動きで向かってくる七匹の猿に映るだろう。逃げもせず、迎撃に向かうこともない不動で待ち構える姿勢には、尾の一振りで全て薙ぎ払えるという絶対の自信が見て取れる。

 それこそが勝機――!

 七体の〈ウェンディゴ〉が一斉に、しかし各々別方向から飛びかかった。

 一体は〈ジゾライド〉の尾撃をまともに受けたが、それを両腕で抱きかかえるように抑え込んだ。機体がひしゃげ、胴体の半分まで圧潰する。オペレーターは腹が潰れる激痛に意識を失ったが、機体は尾を掴んで離さなかった。

 他の六体は足に、腕に、胴体に、頭にかじりついて、自らを重石として〈ジゾライド〉の動きを止めた。

 〈ジゾライド〉のパワーを以てすれば一瞬で振り払える儚き枷。

 だが、一瞬で十分だった。

『ファイア』

 〈Mk.2〉が全てのミサイルを一斉に発射。

 四発のヘルファイヤが、TOWミサイルランチャーの砲撃が五本のブラストの束となって、〈ジゾライド〉に殺到する。計五発の対戦車ミサイルの直撃。いかに最強の戦闘機械傀儡とて踏み留まるのは不可能。

 勝利と敗北が交錯する刹那の妙味を噛み締めて、〈ジゾライド〉は嗤った。

 口角を俄かに開けて、牙を見せて竜王が嗤う。

 よくぞ自分をここまで追い込んだものだ、と。

 これより披露するのは、弱き者へのせめての手向け。賞賛と感謝を込めた破壊。

 〈ジゾライド〉の背ビレに青白い電光が走る。機体各部が放電版を展開し、火花が散った次の瞬間――閃光が、爆ぜた。

 視界の全てを染める白雷。

 地の竜を象った傀儡の雷の怒りが、周囲一帯を灰塵とせしめる。

 それは、ターボシャフトエンジンが生み出す膨大な電力を人工筋肉の駆動から放電に切り替えた、電撃の体内放射だった。

 電光のカッターに切り裂かれた〈ウェンディゴ〉が微塵に砕けて吹き飛んだ。

 サージ電流の奔流はミサイルの信管を誤作動させ、あるいは弾体を焼き尽くして空中で爆発させた。

 僅かに遅れて爆風と雷音が吹き荒れて、〈MK.2〉の機体を打った。

『ば……バカな……』

 軍事顧問の声が初めて恐怖に震えた。

 〈ジゾライド〉の周囲、半径30メートルが更地になっている。瓦礫もテクノ・ゴーレムの残骸も、全てが吹き飛ばされた。

 帯電する大気の中心で、〈ジゾライド〉は首を上げて小さく唸った。

 最後に残った勇敢な敵を誘っている。

 勇敢なる者よ。早く俺に挑んでこい、と。

『は……上等ォ……!』

 軍事顧問の声が震える。奥歯ががちがちと音を立てる。恐怖にではなく、戦斗の昂ぶりに震え奮えていきり立つ。

 己の仕事の始末をつける。結果など関係ない。己の戦いの結末を相手が受けて止めてくれるのは、戦士として最高の喜びだった。

『立てウェンディゴMk.2! ここが俺とお前の花道だ!』

 束の間の愛機に呼びかける。暴君なる竜王に怯える〈MK.2〉の悪霊を、人の心で鼓舞する。

 テクノ・ゴーレムとオペレーターとの完全同調。

 〈MK.2〉の目が赤く燃え上がり、己を鼓舞するように胸を両の平手で叩いた。装甲を打ち鳴らす情熱のドラミング。それは正に、最後の戦いを告げる鋼鉄の陣鐘(アイアンゴング)であった。

『ゴー!』

 軍事顧問のボイスコマンドと共に背中のパワーエクステンダーが両足のバネを強化し、〈MK.2〉は爆発的な加速で突っ込んだ。

 ガスタービンエンジンが最大出力で駆動し、両腕の人工筋肉が装甲を押し上げて膨れ上がる。

 赤き〈MK.2〉は、全出力と全質量を乗せた鉄拳を振りかぶった。

『アイアンナックルビート! アタック!』

 ボイスコマンドと同時に放たれる真紅の連撃。打突用の特殊装甲に覆われた拳の二連撃が〈ジゾライド〉に叩き込まれた。

 火花が散り、装甲が軋む一瞬の相克。

 結果は分かり切っていた。

 〈ジゾライド〉は難なく〈MK.2〉の打撃を爪で受け止めていた。

 赤い拳から伝わる衝撃を満足げに味わい、返礼として爪が拳を握り潰した。

 装甲が弾け、潰れた人工筋肉から潤滑液が飛び散る。

 そして〈ジゾライド〉は大きく咢を開いて、〈MK.2〉の頭部に向かった。

『ここまでっだぁぁっ!』

 自分の仕事を全てやり終えた軍事顧問が機体との精神接続をカットしたのと同時に、〈MK.2〉の頭部は噛み砕かれた。


「ほほほ……ああ、怖い怖い」

 肩をすくめて、瀬織は笑った。

 〈ジゾライド〉の戦いぶりには、瀬織ですら恐怖を感じた。笑顔が引きつっている。

 神である自分より以前に存在した恐竜という原始の生物を、あんな怪物兵器に仕立てあげた人間の技術と殺意には寒気がした。

 あんなものを作られて、倒されてしまった〈禍津神〉なる存在が気の毒にさえ思う。

 ともあれ、〈ジゾライド〉は攻撃対象の選別は確かなようで、戦場に踏み入った瀬織を狙う気配はない。

「さぁて、あのお猿さん達は全滅でしょうか?」

 食べ残しがいないかと、瀬織は再度索敵をかけた。

 センサーに動態反応。前方の瓦礫が動いている。

 瓦礫の下敷きになって破壊からも探知からも逃れていた〈ウェンディゴ〉がいた。

 どうにか瓦礫を押し退けて脱出したその機体は、瀬織にとって良い演習の的だった。

「試運転に丁度いいのがいましたねぇ♪」

 〈ウェンディゴ〉が瀬織に気付いた。

『なんだこいつ……。厭な感じが……』

 妙な風体の少女に戸惑うも、その体から発せられる得体の知れない威圧感と瘴気に後ずさった。

 瀬織の右腕の手甲が展開し、内部に収納された鉄扇が円を描いて回転を始める。

 鉄扇は電光を帯び、やがて巨大な紫電の光輪を描いた。

「確か……こぉんな感じでしたかぁ?」

 瀬織は腰をくの字に曲げて、光輪を抱く腕を大きく背後に持ち上げて、体移動と共に前方に投げ出した。

「重連合体方術……矢矧!」

 それは、ボーリングの投擲フォームを模した動きだった。

 右腕から投射された光輪は高速で〈ウェンディゴ〉に衝突し、縦一直線に切断していた。

 電位操作の方術をごく小規模で発生させ、それを機械的に増幅して放つ電光の切断術。それが矢矧であった。

 改装された〈マガツチ改〉の機能なら可能だろうと思い、哀れな〈ウェンディゴ〉に生贄になってもらった。

「さぁて、これでお仕事は――」

 終わり、と溜息を吐こうとした矢先、またしてもセンサーに痺れを感じた。

「――まだすこーし、残っているようですね」

 モーターの駆動する機械音の中で、三台のトレーラーの荷台が大きく開いていくのが見えた。

 開き切った荷台の上には、大型のテクノ・ゴーレムの姿があった。

 竜を模した意匠の機体が三体。畳んでいた翼と尾を広げた全長は10メートルを超している。

 全身に火砲を備えた、四本足のワイバーン型。三体は同型だが、機体の色だけが異なっている。白いカラーリングが二体。黒いカラーリングが一体。

 黒いワイバーンゴーレムの足元には、カチナの姿があった。

「人の子はアテにならぬゆえ……我が自ら手を下すとしよう」

 その冷たい声色の奥に、瀬織は自分と似たものを感じた。

「あら……中々に素敵なものが見れそうですわねえ?」

 瀬織は身を引き、再び観戦の構えに入った。

 自分が直接戦う必要などない。既に〈ジゾライド〉は臨戦態勢に入り、カチナの方向に進み始めていた。

 カチナもまた、怨敵の接近に気付いて薄く笑った。

「くるが良いレギュラス……。我の新たな映し身たち、ズライグ・ブラックとズライグ・ホワイトが、お前の始末を――」

 その静かな宣戦布告の最中、〈ジゾライド〉が吼えた。

 赤熱する口内を赤く光らせて、大気を震動させて吼えた。

 いかなる悪霊、悪鬼すら竦ませる竜王の咆哮にカチナはびくりと震え、それに同調した白いワイバーンゴーレム〈ズライグ・ホワイト〉の一体が萎縮。

 その隙を狙って、〈ジゾライド〉が突撃した。

 空気など読まない。相手の都合なぞ知らない。口上も布告も聞く耳持たぬ。左大億三郎と同じ強襲突撃。

 瞬きほどの時の後、〈ジゾライド〉の爪が深々と〈ズライグ・ホワイト〉の胸に突き刺さっていた。


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