国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと-終局のこと-57
2025-0701イラスト、前書き更新
「これにて──わたくしの生活は元通りでございます」
-人の陰陽を知る扶桑樹の化身・東瀬織-
わたくしは、東瀬織。
わたくしは、人の願いに応える神であり、言い換えれば偶像、あいどるでございました。
神樹からヒトのカタちに作り変えられてから芸歴およそ2000年。
所詮、芸歴10年足らずのウカという小娘なぞ敵ではございませんでしたわ~?
一番苦労したのは、宇宙から地上に帰還する時でしたわね。
人の意思の力で形成した戦闘機械傀儡〈マガツチ・アマテル〉は、使用に時間制限がありました。
流行や話題というものは、すぐに飽きられてしまいますからね。
わたくしが装着した〈マガツチ・アマテル〉の力が失われる前に、低軌道から大気圏内に降下して、慣性制御で断続的に減速して──と、説明が長くなりそうなので省略!
最後は装甲が完全解除されるのと同時に、わたくしが誘導した〈カリュウゴウ〉とかいう恐竜だか翼竜だかのバケモノと高度二万で接触して、キリモミ状態になりつつも、どうにか姿勢制御して帰還に成功いたしました。
宇宙から制服の女学生が落っこちてくるなんて、まるで映画みたいですわね~?
女の子が空から落ちてくる話は、てれびで何回も見たことありますわ。
ま、大気圏突入するような女の子は滅多にいないでしょうが。
ちなみに、なんでわたくしは制服姿なのか? という疑問に対する答は簡単です。
この制服はわたくしにとって、初めて袖を通した今世の服、
ゆえに、神としての戦いの終わりに相応しい戦装束でもあるのです
これにて、ウ計画との戦争は終了いたしました。
もはやウカの本体は失われ、ウカにまつわる一切は悪として忌避され、誰からも顧みられることはないでしょう。
情報戦でも実戦でも、わたくし達の完全勝利でございます。
事後処理は園衛様にお任せして、わたくしは久しぶりに我が家に帰宅ですわぁ~♪
「ただいまですわぁ~っ!」
玄関をドーン! と開いて、ローファーを履き捨てて、そのまま二階の景くんの部屋に直行!
春休みだからと正午まで寝ている景くんを急襲いたします。
戦とは先手必勝。
実戦とはお遊戯ではありませんからね。相手に対応される前にトドメを刺せばそれでオワリなのです。
有無を言わさずドアを蹴破り、やっとわたくしに気付いた景くんへと──
「いただきまぁぁぁぁぁぁす!」
べっどにだいぶ☆いん♪
「うわぁぁぁぁぁぁ! ちょっ! 帰ってきていきなりっ!」
「知りませんわよ! わたくし、この三か月間ずぅぅぅぅぅっと! 我慢してたんですのよ! 景くんを食べたくって食べたくって! 景くんという人生の栄養が不足して鼻血出して死にそうだったんですのよぉぉぉぉぉぉ!」
「意味わかんないよぉぉぉぉぉぉぉ!」
「うへへへへへへ! 景くんおいしいですわぁぁぁぁぁ! ぐじゅるるるるる!」
ふぅ~~……久々に本能解放してしまいましたわ。
たっぷり、ねっとり、景くんを味わいましたわ。
暫くして落ち着いたので、わたくしは事の子細を景くんに説明することにしました。
居間でお茶を用意して、わたくしの汁でぐちよぐちょになった顔を洗い終えた景くんと談話をいたします。
「ねっと配信されたの見てくれましたか? あんな感じで、わたくし宇宙で最終決戦してきました~♪」
「うん……映像はかなり加工されてたけど、大体分かったよ。瀬織が戦ってるって。途中で配信切れちゃったけど」
「ま~、ウカさん予想以上に抵抗しましたからね~? 予期せぬ被害も出てしまいましたわ」
すまほのニュースサイトを開くと、人工衛星が墜落したせいで起きた諸々の障害が報じられていました。
原因についても色々と推測されておりますが、どれも真実に辿りついている記事はございません。
一部の素人さんが「配信されてた介護ロボットのアレと関係あるんじゃね?」と中々鋭い推測をしておりますが、真実も中々に荒唐無稽なので──
「まあ、色々と妄想される方もおりますが、これだけ想像力が豊かだと自分でらのべでも書いたら良いんじゃないですかね~? ほほほほ……」
例のごとく、おかるとや陰謀論が入り乱れております。マトモな議論が崩壊するのに、さして時間はかからないでしょう。
これでは永遠に真相には辿りつけませんわね。
「ところでさあ、瀬織……」
景くんが何やら、不安げな顔をしておりますね。
「ネットで色々やってたみたいだけど……」
「ああ、工作とか扇動とか、そのことですか?」
「うん。その人達、元に戻してあげたの?」
これまた難しいことを仰りますね。
無知とは恐ろしいものです。だから人に希望など抱いてしまうのですね。
愚かで可哀想な景くん……。
「はぁ~……まあ、園衛様にも言われたので、やるだけはやってみたんですけどねぇ~~?」
苦笑いしつつ、すまほを操作して景くんに現実を見せてあげましょう。
「ぶっちゃけたネタバレしてあげたんですけどねぇ~?」
すまほに表示したのは、ウカを非難するまとめさいと、でございます。
ここにウカを排除するために取った工作の手段と目的を、おおまかに解説して書き込んであげたのですが──
「だぁれも、わたくしの話を信じませんのよ~」
「えっ、なんで……?」
「一つは、自分たちが利用されていた……なんて信じたくないからですわ。他人事に勝手に憎悪と義憤を燃やして一日中こんな吹き溜まりに張り付いている暇人は、ぷらいどだけは無駄に高いのですよね~?」
すまほの画面を下に移動させると、今度はわたくしの書き込みを「お前は奴らの工作員だろ!」と非難する、仕様もない原始的集団心理の発現が表示されました。
「神を魔に零落させるというのは、一種の原始宗教なのですよね。神を妖怪に堕とす過程で、人間は色々な設定を付加する。これは宗教の教典でございますから、その教典を否定する内容は異端、すなわち悪魔の手先……と解釈されるのです。故に、彼らは設定を根幹から覆す真実は絶対に認めない」
「えっ、瀬織が言いだしっぺなのに? その発言も否定されちゃうの?」
「それが宗教であり、歴史なのですよ。時と共に教えは都合良く変質していきます。仮に何千年も前の教祖が復活して『いや俺そんなこと言ってないよ?』『事実はこうだよ?』とツッコミを入れても、現代では逆に否定されてしまうのです」
すまほの内容は、もう興味もないので閉じてしまいます。
「この方たちはきっと、永遠に戦い続けるのですよ。死ぬまで元には戻りませんわ」
「ウカはもういないのに?」
「自分たちが騒いだことでウカは潰れた! 政府も非を認めた……という勘違いの成功体験を味わってしまいましたからね。みんなで一体になって悪と戦うのも気持ちが良い。くだらないゴミのような人生でも、悪を叩いている間だけは主人公になれるのです。止める理由がありませんわ~?」
「バカバカしくならないの、それ……?」
「それが分かるようなおミソなら、最初からこんなことで人生の時間を浪費しませんわ。そうでなくても、ウカが滅んだ時点で解散してますわよ」
わたくは鼻で笑って、肩をすくめます。
だって悪と戦う戦士だの主人公だの、歯の浮くような話ではありませんか。
「景くんも、勘違いしてはいけませんわよ。人は主人公などではありません。星屑のようなものです。塵芥で終わるのも輝くのも、自分の選択次第なのです」
「でも、誰だって主人公に憧れるのは当たり前じゃない?」
「実際に主人公だった園衛様や南郷さんは、どんな人生を送っていますか?」
「うっ……」
景くんが言葉に詰まりました。
実例が身近にいたことを思い出して、身につまされる気分になったのでしょう。
園衛様は重責に苦しみ、南郷さんは全てを失って人生を破壊された。
主人公はそんなに良いものではありまんし、順風満帆な幸せな人生を送るとは限らないのです。
「戦いとは……人生の全てを投げ打って挑むもの。その覚悟がないから、安全なところから石を投げる、片手間の主人公ごっこに興じている。彼らは怒りも憎しみも全てが偽りなのです。理解はしても共感はすべきではありませんわ」
景くんに冷たく現実を告げて、別の話題に移るとします。
ニュースサイトのIT関連の見出しを開くと、ウカの提携あぷりに関する悲しいお知らせがズラッと並んでおります。
「儚いですわねぇ~? ウカに関わったあぷりのサ終や運営移管の告知がどんどん出てきますわぁ~~? ばーちゃるナントカの配信も打ち切り、と」
「なんかちょっと、可哀想じゃない? ウカのことを純粋に楽しんでた人も、便利に使ってた人もいたのに……」
「あいどるやあぷりの代わりなんて、いくらでもありますわよ。一ヶ月もすれば新しい楽しみ、もしくは依存先を見つけているでしょう。でも……イヤな気持ちになりたくないなら簡単な方法がありますわ?」
わたくしは一番単純で、冴えたやり方を実践してさしあげます。
すまほの電源を切って、ポイと座布団の上に投げてしまいました。
「ね、簡単でしょう?」
「うーん……電話もネットも見れなくなるのは……。SNSにはフォロワーもいるし……」
「不便な生活の退化と見るか、呪いからの解放と見るかは人それぞれです。好きにすれば良いのです。わたくしも景くんも自由ですからね」
景くんは複雑な顔をして「ううん……」と悩んでおります。
こうして悩めるのも、選択肢が多いが故ですね。
「わたくしはウカのように『アレを使え、コレを使え』などと強制などしませんわ。景くんは誰にも惑わされない、自分で考える人間になってくださいまし」
「自由の代償は不便さかあ……」
「ですわね」
一口、お茶を優雅にすすります。
ウカの言っていた「私を破壊すれば人類社会の発展が200年は遅れる!」云々は負け惜しみではなく事実なのでしょう。
冷房がなくても生きていれるが暑くて不便ですし、自動車がなくても移動できるが遅くて不便でございます。
それと同様に、人工知能の発展が遅れた世界は不便になるのでしょうね。
わたくしは人類の幸福、科学の可能性を否定することで勝利いたしました。
この行いは歴史を俯瞰すれば悪なのでしょう。
しかし、歴史に正しい道のりなどございません。
かといって、わたくしや園衛様がウカに代わって人類を指導する気など微塵もないのですが。
「瀬織は……これからどうするの?」
景くんが、どうでも良い疑問を口にしました。
答など決まっております。
「どうもしませんわよ? いつも通りの日常に戻るだけですわ」
わたくは、ゆらりと立ち上がって──
「また景くんのお世話をしたり、学校に行ってクローリクさんとバカな話をしたりするんですのよ?」
景の頭を、ふわりと抱きます。
母のように、姉のように、そして恋人のように。
「それが、わたくしのしあわせなのです」
景くんは抗いもせず、わたくしの抱擁を受け入れて、ちょっと照れ臭そうに俯いております。
「ずっと……うちにいてくれるの?」
「はい。景くんが望んでくださるのなら」
「10年後も、20年後も?」
「いつか景くんに素敵な人が出来て、その方と結婚して……そうしたら、景くんの子供のお世話をしましょうかねぇ~?」
冗談めかして、景くんを抱いたまま……わたくし右に左にゆらゆらと揺れます。
わたくしは、東瀬織。
かつて神だった──ヒトカタのヒトヒラでございます。
次回──最終話




