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ヒト・カタ・ヒト・ヒラ  作者: さんかいきょー
国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと
218/234

天照らすは扶桑の女神のこと

2025.07.01画像更新

 挿絵(By みてみん)

 -燃える刃の荼枳尼天〈零落せし人造神・ウカ〉-


 エーテルとは──かつて古典的物理学において、宇宙空間を満たしていると考えられていた架空の媒質のこと。

 しかし、宇宙空間における高魔力の衝突と分解という物理学上類を見ない現象の結果、エントロピーの辻褄を合わせるためにエーテルは発生した。

 これが史上初めての、そして最後の観測になるだろう。

 濃密なエーテルは大気のように滞留し、光と音を媒介していた。

 空間に充満していた、エーテルと荷電粒子が──霧散する。

 ウカの破邪の剣閃により、東瀬織は撃破された。

 宇宙空間に装甲片が、メタマテリアルの欠片が散乱する。

 一瞬、ウカの脳裏に勝利の確信が芽生えかけた。

「違うっ! この程度で終わるわけが──」

 剣持との戦闘経験で得た直感が、生温い決着を否定する。

 幾重にも張り巡らせた計略でウ計画を破壊し、今こうして宇宙空間にまで自分を殺しに来るような邪神が、この程度で死ぬわけがないと!

「──ないッ! こんな簡単な決着は! あり得ないッッ!」

 ウカは自己とデータリンクするデウス・エクス・マキナの大型アームを、力なく浮遊する瀬織へと叩きつけた。

 メタマテリアルワイヤーで操られる20メートルの巨腕が、翡翠色の火花を散らして瀬織を彼方へと殴り飛ばした。

「徹底的に! 完全に! 破壊するまではッッ!」

 ウカは必死の形相で、上空の〈Полюс 4〉のレーザー照準を瀬織に向けて

 違和感に、気付いた。

「うっ……?」

 先刻のデウス・エクス・マキナの打撃の手応えが、やけに軽かった。

 アームの先端には、電磁発火したメタマテリアルの焦げ跡がある。

 ウカの胸部装甲に撃ち込まれたコイルガンのメタマテリアル弾体は、既に励起状態から崩壊して周囲に飛散していて──

「電磁障害……ジャミング……っ?」

 ウカの視界の隅、エーテル滞留がぐにゃりと歪む。

 電波や光学映像が欺瞞されている中で、ウカの神としての魔力探知だけが、敵の本当の位置を割り出していた。

「本体! そこォッ!」

 灼熱の巨刀から熱線の斬撃を飛ばし、空間の歪みを攻撃!

 何もなかった虚空に雷光の円刃が発生し、斬撃と相殺する形で消滅した。

「ほほほほ……や~~っと、気づきましたかぁ?」

 瀬織が、空間の歪から出現した。

 ダメージは受けているが致命傷ではない。右肩の装甲と天鬼輪の一部を溶断された程度だった。

 つまり、ウカの必殺の剣閃を受けたのは、瀬織の作り出した虚像。

「これが、あなたのトリックですか……!」

「わたくしが雇ってる方に分身の得意な方がおりましてね~? それの真似事ですわ」

 瀬織がばちりと指を鳴らした。

「重連合体方術、不知火……」

 音と魔力が周囲にエーテルに伝達し、空間に瀬織の分身が多数出現した。

 これは推進用に放出されるメタマテリアル被膜に幻像を三次元投映し、質量を持った分身に変える方術だ。

 最初のレーザー攻撃も、瀬織はこの術を使ったデコイを用いて無駄撃ちさせたというわけだ。

 ウカの科学的センサーが全て欺瞞されている。こうなると頼れるのは魔力探知──要するに勘だけになった。

「なら! 分身を全て撃ち砕く!」

「ふふふふふ……どうやって?」

「知れたこと──」

 ウカが天上の攻撃衛星たちに指示を出そうとした瞬間、彼らとの接続が切断された。

 同時に〈Полюс 4〉のレーザーがウカに向かって照射され、デウス・エクス・マキナのシールドが防御に入った。

 レーザーをシールドが受け止める激しい火花の最中にて、瀬織と無数の分身たちが笑っていた。

「ほほほほほほ! ちょ~~っと、時間かかりましたけどォ……解☆析☆終☆了~♪」

「わっ……私の無線制御の周波数帯を書き換えて、乗っ取った……っ?」

「このわたくしが、あなたごときとバカ正直にチャンバラするとかぁ……本気で思ってました? ほほほほほほ!」

 瀬織は勝ち誇り、分身と共に高らかに笑う。

 ウカは絶句した。

 最初の索敵から今に至るまで、ほぼ一方的に瀬織に翻弄されている。

 先程の大仰な接近戦も、瀬織が攻撃衛星を完全に掌握するまでの時間稼ぎでしかなかった。

 なんということか。戦略だけでなく直接戦闘でも、いつの間にか不利に立たされている。

 個体としてのスペックは、ウカの方が遥かに上だというのに!

「うくっ……!」

 奥歯を噛み、目尻に冷却液が滲む。

 ウカは胸に初めての痛みを感じた。

 心臓が締め付けられ、焼かれるような……それは悔恨の感情。

「これが戦いの駆け引き……確かに、私には足りないものです……!」

「フッ……国一つ潰したこともない素人さんが、わたくしに戦争で勝てると思いましたか~?」

 虚空に浮かび、瀬織は悠々とウカを見下ろしていた。

 完全な余裕だった。

 暗黒の太陽の女神が、戦場の支配者として君臨していた。

 人の夢と諸共に、ウカという火は消えようとしている。

「……勝ちます! 私は! 負けませんっ!」

 ウカは巨刀から斬撃を飛ばし、デウス・エクス・マキナのワイヤーネイルで瀬織を攻撃した。

 しかし、分身に紛れて回避する瀬織本体に攻撃は届かず──

「ああ、そうですかぁ?」

 くいっ、と瀬織が手首を振り下ろすと、更に機関砲の弾雨がウカに降り注いだ。

 制御を乗っ取られた〈アルマースT〉たちの攻撃だが、着弾時間が速い。

 デウス・エクス・マキナ本体のレーダーが、ウカの思考に痺れるような警告を伝えた。

「ううっ! う、上から……くるっ!」

 ウカの目が焦りに渦巻いた。

 頭上から──〈Полюс 4〉がレーザーを照射しながら、ウカとデウス・エクス・マキナのいる通天柱に向かって落下してくる!

 数十機の〈アルマースT〉が機関砲の発射を止め、姿勢制御スラスターの全推進剤を燃焼して突っ込んでくる!

 宇宙空間にブラスト光の尾を引きながら、流星雨が加速して一点に殺到する。

「至近距離からの砲撃と、衛星の質量攻撃、そしてわたくしの方術の三連撃……耐えられますかぁ?」

「こっ……このぉぉぉぉぉぉっっ!」

 半狂乱に巨刀を振るウカの一撃が、瀬織の分身を両断。

 そのすぐ横にいた瀬織本体の肩を掠めた。

「あらあら、惜しかったですわねぇ~~?」

 至近距離にて瀬織はニタリと嘲笑い、ウカの腹に蹴りを打ち込んだ。

 メタマテリアルの電磁反発推進を乗せた装甲蹴撃が、ウカの体を通天柱に叩き落とした。

「見事耐えれば、ちょっとは見直してあげますわよ?」

 せせら笑う瀬織の背後の天鬼輪が、ガチリと輪転。

 黄金のプラズマが、二つの盾型方術武装を現界させた。

「重連方陣盾・伊勢、日向!」

 瀬織は、伊勢と日向の巨盾を宇宙空間に投擲。

 空間に巨大な方術陣の結界を形成し、通天柱ごとウカを圧殺せんと挟み込んだ。

 上からは衛星落下、横方向からは結界プレスの包囲陣形だった。

 通天柱に備わった姿勢制御スラスターでは、下方向への回避には推力不足だった。元から宇宙空間での戦闘機動を出来るような設計ではないのだ。

 最早──万事休す。

「剣持一尉……っ!」

 ウカの脳裏に、一人の人間の名が浮かんだ。

 自分に戦い方を教えてくれた人。

 覚悟を刻み込んでくれた人。

 その学習データがウカの中に、赤い火を灯した瞬間──

 宇宙空間に、無憂樹の花が咲いた。

 無憂樹とは、釈迦の生誕を象徴する聖樹のこと。火花のような赤い花を咲かせる。

 通天柱が爆炎に包まれ、花のように割れて、砕け散っていく。

 全ての攻撃衛星の体当たりが推進剤に引火し、結界によって押し潰された外装が変形して、無音の宇宙に炎の花が咲いていた。

「あらあら、耐えられませんでした? 終わりですかぁ、こ・れ・で?」

 エーテルの風を受けながら、瀬織が邪悪に微笑む。

 その細めた目が……炎の中で動く影を見つけた。

「へぇ……なかなか──」

 余裕ぶって感心した瞬間、瀬織の全身が激しい衝撃に襲われた。

 炎を破ったデウス・エクス・マキナの白い巨体が、スラスター全開で瀬織に体当たりを叩き込んだのだった。

「──ぶっ……?」

 30メートルの巨大神象の質量攻撃。

 瀬織のまとっていた〈マガツチ改〉の装甲が盛大に砕け、姿勢制御も敵わぬほどの勢いで吹き飛ばされる!

 瀬織の魔力探知と思考に連動したセンサーが、黒い虚空を切り裂く白い残像を捉えた。

 ウカだった。

 殺気に渦巻く目で瀬織を射抜き、スラスターを吹かして遮二無二突進してくる。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!」

 ウカ、気合一声。

 炎熱の巨刀が、瀬織の左腕装甲を防御方術ごと切断していた。

「東瀬織ィ!」

 つづけざまに、ウカが瀬織に蹴りを叩き込んだ。

 先程の逆襲とばかりの強烈な装甲蹴撃が、瀬織の背面に装着されていた天鬼輪を完全に粉砕した。もう方術武装の召喚は出来ない。

「かっは……! この、小娘ェ……ッ!」

 瀬織は四肢の重心移動によって反転して、予備のコイルガンを連射した。

 その射撃を、ウカは最小限のメタマテリアルスラスター噴射で避けていく。

 さっきまでとは体捌きのキレがまるで違う。

 今のウカは、宇宙に咲く沙羅双樹だった。

 沙羅双樹とは、釈迦の死と解脱を象徴する聖樹のこと。白い花を咲かせる。

 ウカは炎の中から生まれ、入滅して涅槃に至ったかのごとく、全ての束縛から解放された迷いのない攻撃を繰り出していた。

「私は! あなたとの戦いで開花した! 剣持一尉との経験を、私は私だけの形で今! 表現するッ!」

「フッ! とことん覚悟がキマりましたかぁッ!」

 瀬織はコイルガンを撃ち続けたが、射撃はデウス・エクス・マキナによって阻まれた。

 デウス・エクス・マキナは、ウカとダイレクトリンクした巨大な戦闘端末である。

 30メートルの巨体はウカの盾となり、そして矛となる。

 この巨大質量にダメージを与えられる武装は既に瀬織にはなく、千手から繰り出される連撃を防ぐ手立てもなかった。

「うっおおおおおお……!」

 防御体制に入った瀬織の装甲が、瞬時に粉砕された。

 瀬織が外骨格装甲として装着する〈マガツチ改〉は、電子戦用戦闘機械傀儡だ。お世辞にも直接戦闘向きの機体ではない。

 今やほとんどの装甲を失い、増設された姿勢制御スラスターすらも破壊された瀬織は……宇宙に漂う屍も同然だった。

 真空の無重力空間では、どう足掻こうが身動きは取れない。

「フフフ……こうなっては……下がるも進むも無理ですわねぇ……?」

 ダメージを受けたのは瀬織本体だ。もうとっくに分身は消滅している。

 だというのに、瀬織は尚も笑みを浮かべていた。

 ウカは、それが不可解だった。

「どうして笑っていられる……? まだ、なにか手が……?」

 注意深く、残ったセンサーで全天を警戒すると──

 地球の低軌道上に、光の反射を確認した。

 その位置を拡大して、ウカは妙なものを見つけた。

「あれは……カメラ……?」

 探査用の高精度光学カメラが四基、それぞれ別の位置に滞空していた。

 既存の人工衛星のものではない。カメラは電源に繋がれておらず、それ単体では数時間の稼働が限界だ。

 加えて、投入された軌道が低すぎる。暫くすれば大気圏に突入して燃え尽きてしまう。

 そんな不可解なカメラが……ウカと瀬織との戦闘を撮影していることに気付いた。

「あーらー、やっと気づきましたぁ?」

 宇宙空間を漂う瀬織が、不敵に笑った。

「さっきも言いましたわよねぇ……? わたくしが、バカ正直にあなたと真正面から戦うワケがない……と」

「な、なにを言って……?」

 有利に立っていたはずのウカの背筋に冷たいものが走った。

 冷却水の漏洩と思うばかりの──悪寒、走る。

「別に黙っていても良いんですけどォ……あなたを絶望させるために教えてさしあげますわ」

 瀬織は、さかさまの状態で遠方のカメラを、その下の地球を指差した。

「ろけっと打ち上げ、ねっと中継されてるの知ってますかぁ? 今回はなんと、介護用ろぼっとを転用して宇宙空間で解体作業をしよう! という催しをやってるんですわ」

「はっ……?」

 つまり、あのカメラはロケットの大気圏突破後、瀬織と共に貨物室から撮影用に放出されたということだ。

「解体作業の対象は、なんと悪のウ計画の人工衛星。その作業中、不幸にも介護ろぼっとは敵の妨害を受けてしまうのです! ああ、大ぴんち! 口コミで視聴者数も鰻登りの滝登り~♪ ばずばずばずズバリのじゃいあんと☆ばずりですわ~~っ♪」

「だから……っ! あなたは何を言ってるんですかっ! 東瀬織ッッ!」

 意味不明な内容に、ウカは狼狽していた。

 苦し紛れのハッタリとは思えない。

 神としての直感が、とてつもなく厭な予感を本能に訴えている!

 エーテルの満ちた宇宙空間に、瀬織の邪悪な哄笑がぐるぐると妖気の渦を巻いて響き渡った。

「ほほほほほほほほほ! ここまで言ってまーだ分からないんですかあ? あなたは今、地球の皆さんには陰謀極悪ろぼとして中継されてんですよォ!」

「~~ッッ! じょ、情報操作……っ! またしてもぉぉぉ……!」

「あなたを作った人間どもと違って、わたくしはちゃーーんと技術を有効活用しておりますわ~? ぜーんぶ捏造の吹き替え音声で、あなたを究極の悪の☆らす☆ぼす☆に演出してあげてますわよ~~っ! ほほほほほほほほほほ!」

 瀬織の言う通り、地球上ではロケット打ち上げのネット配信が視聴者定員の上限に達するほどに盛況だった。

 この三か月間の情報操作と扇動で、ウ計画は陰謀論も入り混じった巨悪として国民に認知されている。

 国民を政府や一部の特権階級にとって都合良く飼い慣らすための統制システム。

 その中枢が静止軌道にあると暴露し、せっかくだから打ち上げにかこつけて解体してしまおうという配信イベントを開催し、

 一連の戦闘をAIによる映像加工と事前に用意していた合成音声のアテレコによりドラマチックかつ、都合良く改変して中継配信していたのだった。

 中継サイトのコメント欄やSNSには、人間の生の感情が入り乱れていた。

 その大半は、ウ計画及びウカを非難し、悪として糾弾するものだった。

「あなたも神の端くれなら分かるはずです。神を零落させ、魔として殺す術を!」

 瀬織の指先が、ウカに向かって突き付けられた。

「ウカさん。あなたは最早──神ではない」

「ううっ……こ、こんな……こんなやり方が! 許されるわけが……っ!」

 ウカは悪寒に震え、我が身を抱いた。

 人のポジティブな夢の結晶として作られ、人を善き方向に導く神として完成するはずだった自分が、こんな邪な罠にはめられて、悪鬼として非難されるなんて──

「ひ、非道いぃぃっっっ……!」

 ウカは顔を覆い、嘆き呻く。

 心に生じるは悲と哀と憎。

 人に学ぶことを禁じられた感情を、皮肉にもウカは自分自身で獲得してしまった。

 魔の概念に堕とされたウカとは対照的に、瀬織には太陽の光が挿していた。

「分かるでしょう、ウカさん。あなたとは逆に、わたくしに人の信仰が集まってくるのが」

「でも……そんなものは嘘偽り……っ!」

「信仰に嘘も真もございませんわ。偶像というものは、信徒が望むままの夢を見せるもの。ゆえに、わたくしは再び神として歌い、舞うのです。この天上にて──」

 先刻までの禍々しさから一転、瀬織は清廉に言葉を紡ぐ。

 それが演技であろうが真であろうが区別はない。

 瀬織の周囲の空間に、砕け散った装甲とメタマテリアルの破片が集まっていく。

 人の想念を集結させる偶像となった瀬織は今、本来の力を取り戻しつつあった。

 2000年前、呪術人形として加工される以前の、人の願いに応える純粋な神としての力を。

「これが、わたくしの戦争でございます」

「その力は……不純です! 人間の混沌とした意思を集めても、あなたは元の神には戻れない! 私の破魔の力には勝てないっ!」

 ウカが炎の巨刀を瀬織に向けた。

 マニドライブを応用したこの対魔武装は、あらゆる魔性を力ずくで焼却する。

「確かに、人間のどろりとした欲望、邪念混じりの想念を集めても、わたくしの魔の力が増すだけでしょう。しかし、わたくしには世界でたった一人……純粋な思いを寄せてくれる方がいるのです」

 瀬織は、全ての装甲を解除した。

 残存した〈マガツチ改〉の構成部品が宇宙空間に舞う。

 破れた薄布一枚の姿となった瀬織が、〈マガツチ改〉の心臓部たる赤い勾玉を握った。

 戦闘機械傀儡の中枢たる勾玉〈天地荒魂〉は、現代のあらゆるハイテクノロジーの根幹たるコロニウム素子の原型ともいえるアーティファクトだ。

 この奇妙な勾玉は、人の精神力を物理的な力に変換する性質があった。

「数多の淀んだ想念を、人の思いで正しき形に統一するッ!」

「人の思い……? 人を操るあなたが言えた口ですかっっっ!」

「言えますとも! 神とは! 人の愛に応えるものッ!」

「私の知らぬ感情を! 語るなァーーーーーッッッッ!」

 激昂したウカの炎の斬撃が、瀬織に向かって振り下ろされた。

 魔を滅する荼枳尼天の咆哮が宇宙を燃やし、瀬織の体を飲み込んだ。

 燃える。

 焼ける。

 黒い宇宙が真紅に炎上する。

 やがて炎は渦を巻き──瀬織を中心に球状に変形していく。

 まるで、小さな太陽のように。

 砕けた〈マガツチ改〉の装甲が溶けて光の粒子と混ざり合い、黄金色の金属へと自己を再錬成していく。

 サソリを象った戦闘機械傀儡が、主たる女神に相応しい新たな姿へと生まれ変わる。

 小型の太陽の中心にて、素肌の瀬織が高らかに謳う。

「いざ! 重連合神! マガツチ・アマテルッッッ!」

『神意 拝命』

 黄金に輝く太陽のサソリ〈マガツチ・アマテル〉は己が主神の命を受け、その機体を鎧に変えた。

 東瀬織は、水と太陽を司る扶桑樹の化身。

 瀬織の名の由来となった瀬織津姫は全ての穢れを洗い流す川の女神であり、また太陽神たる天照大神の荒魂でもあるという。

 彼女が無垢なる神であった頃の清浄な力と、怨念に染まった荒神の邪悪な力とが、いま一つに焼結する。

 半身には眩い黄金の装甲、半身には昏き黒の装甲、そして背中に後光を背負いし、新たな戦闘形態が現出した。

 それは太陽の光と影、人の心の陽と陰とを内包した、今世に生きる神としての姿そのものだった。

「最後の神座の! 開演でございますわ!」

 瀬織は、二刀の方術剣を召喚した。

 陰陽二極を現す黄金と黒の扶桑刀である。

 エーテルの満ちた宇宙。燃える花の咲き乱れる空間。蒼い地球の海が背景いっぱいに広がる、引力圏の近傍空域。

 此処を最終舞台に、二柱のヒトカタの戦神楽がいま──開闢す。



 挿絵(By みてみん)

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