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ヒト・カタ・ヒト・ヒラ  作者: さんかいきょー
国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと
210/234

国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと-決戦編-52-

2025-0629イラスト更新

 挿絵(By みてみん)

「雪の中で制服目立つって……当たり前じゃ~ん? キャハハハ!」

 -恋するJK忍者 碓氷燐…?-


 アズハの正常な思考を阻害していた見えない壁が崩れた。

 皮肉にも、全てのまやかしを祓うマニドライブの照射が、認識操作の幻術を消滅させたのだった。

 敵に捕捉されている危機的状況ながら、アズハは相棒の顔をした別人を睨んだ。

「お前……ナニモンやっ!」

 どうして今まで気付かなかったのか──改めて見れば、雰囲気がまるで別人だ。

 燐は下品な性格だったが仕草は幼く、全体的に子供っぽい少女だった。男受けの良さなぞ微塵もない小娘だった。

 それが今では色気を通り越した妖気すらまとっている。

 自分の外見的魅力、容姿や若さを自覚して、それを武器にする魔性の少女……それが今の碓氷燐。

 長い銀髪を祓って、燐は妖艶に笑った。

「フフッ……。ふわっとした言い方をすれば、悪魔もしくは悪霊。ハッキリした言い方をすれば私は辰野佳澄。この間、あの別荘で遇ったわよねぇ~?」

 燐の顔をした魔性がニタリと開き直った。

 直後、燐とアズハは同時に跳んだ。依然として敵に捕捉されているのは分かっていた。

 0.5秒前まで乗っていた木の枝が、〈アルティ〉のレーザーに焼かれて切断されていた。

 また別の木に飛び移ったアズハは、燐のやけにキレの良い動きの理由を理解した。

「アンタが燐の体を操って……っ!」

「言い方ァ~~! 鏡花って子でも見たでしょ? 私がやってるのは魂の融合、一体化。今の私は辰野佳澄であると同時に碓氷燐でもあるの」

「はぁ? 乗っ取ってるだけやろ!」

「私は強制なんかしないの。この子と私の魂の親和性が高かったから、こうして一つになれた。動きが良いのは、私がそれだけ馴染んでるってこと」

「ほんなら、なして燐でなくアンタが話しとるんやっ!」

 二人は会話しながら、更なるレーザー攻撃を回避。

 木の上部に跳びながら、燐は別人の声色で解説を続けた。

「この子はね、十字に拒絶されるのが怖いのよ。だから引っ込んでるの」

「はあ? 南郷さんに? 拒絶?」

「簡単に言えば、自分で告白する勇気がないのよ~」

 燐の顔をした別人は、溜息混じりに言った。

 アズハは複雑な表情で、空中にジャミング兼レーザー攪乱用のチャフ袋をバラ撒いた。これで多少は時間を稼げる。

「この大事な時に、そんなことでトラブル起こしよって……」

 燐が南郷に特別な感情を抱いていたのは知っている。

 だが自分達は所詮は邪忍。人を愛するには穢れ過ぎている。

 そういう劣等感、気負いがあるのは確かだ。

 しかし燐が時と場合も考えず、仕事に支障を及ぼすレベルの、こんなワケの分からない状況に自分を追い込むなど……困惑するしかなかった。

 当の燐は、まさしく他人事で余裕の表情だった。

「あなたも女の子なら分かるでしょ? 恋の悩みって、本人にとっては世界の存亡と同じくらい大問題なの。それに、これってパワーアップイベントじゃなぁい? ポジディブに考えなさいよ」

「アンタなぁ! 長年の相棒が別人になってるウチの感情は無視かいっ!」

「少なくとも──今の状況はこの子自身が望んだことよ」

 燐は、やけに大人びた雰囲気でアズハの感情を受け流した。

 アズハの知る情報では辰野佳澄は19歳で死亡している。それでも、僅かながらアズハたちより人生経験はあるということなのか。

 人外の魔性はどこか憂いを帯びた顔で……溜息のように「はぁ……」と、しっとり白い息を吐いた。

「この子の願いは、十字に自分の気持ちを伝えること。十字のために働くこと。どっちも今の自分じゃ出来ないから、私に頼った。だから契約が成立したのよ」

「契約? アンタの目的は……なんや?」

「言ったでしょ? この子と私は同じなの。私にもね、好きな人に気持ちを伝えられなかった未練があるのよ。十字のために戦って、十字に思いを告げる。当面の目的は……そんな感じよ」

 確かに納得のいくスジの通った答だ。

 表情にも声色も嘘を言っている風ではない。説得力がある。

 しかし、額面通りに話を聞くほどアズハは世間知らずではない。

「分かる話やが……そもそもアンタは悪魔で悪霊やろ? そんな奴がバカ正直に本音を話すワケないやろがっ」

「それは一理あるわね~? 私は人間を弄んでグチャグチャに壊すのが大好き♪ でもね、悪魔にとって契約は絶対なの。知ってる~? 悪魔って神様よりもずーーっと、義理堅いのよ~?」

 人外には人外の理屈がある、というのはアズハにも分かる。

 先日に辰野佳澄が鏡花に憑依していた一件でも、南郷の交渉を受け入れてアッサリ引き下がったのを見たばかりだ。

「つまり……この戦闘が終わるまでは信用してええってことか」

「そういうコト♪」

 燐は横目で地上を見下ろした。

 紫に光る邪眼が木の葉の隙間から全てを見通し、敵の配置を透視する。

「敵のロボットは10体……だけど半分は体調悪いみたいね~?」

 指揮所の周囲に配置されていた〈アルティ〉には片膝をつく機体や、バッテリーが上がって警告ランプが点灯する機体がいた。

 それらの故障に関しては、アズハに心当たりがある。

「ナントカって議員先生が補給で手配した機体やろうな」

「ああ、私らのスパイの議員先生だっけ?」

「せや。連中に味方すると見せかけて、元から不良品を混ぜて出荷したんや」

 事前工作の効果が出ているのは好機だ。

 燐は「ふぅん……」と鼻を鳴らして、腕を組んだ。

「私たちの目的はかく乱工作。ここにいる連中を始末するのが手っ取り早いけど、それはNGなんでしょ? なら、あのトラックに積んであるアンテナを壊すっていうのは?」

「どうやって?」

 件のトラックに積まれている電子戦システムのアンテナは長さ4メートルの金属柱だ。

 これを破壊すれば指揮系統を封殺することが出来る。

 アンテナは装甲化はされていないが、火器なしで一撃で破壊するのは難しい。

 作戦を考えた燐は長い銀髪を弄りながら、悪魔の笑みを浮かべた。

「あなた、囮になりなさい」

「はあ?」

「私の術はね、あのロボットの分解光線くらうと無効化されちゃうのよ。でも人間のあなたは食らってもノーダメでしょ? それに、ほら……攻撃弾けるアーマー持ってるじゃない」

「それはそうやけど……」

 口で言うのは簡単だが、ほとんど生身でレーザーと小銃弾の弾雨に突っ込むのは覚悟が要る。

 こんなこともあろうかと、アズハはバッグの中に巻物型式神ドローンと増加装甲のアウターシノビプロテクターを持ってきているのだが……。

「装甲のない所にくらったら、普通に死ぬんやけど……」

「あなたが死ぬ前に、あのロボット全部ぶった斬れば良いじゃない?」

「殺られる前に殺れて……。キッツいなあ……」

「もしくは、あなたが死ぬ前に私がアンテナ壊してあげるわよ♪」

 元の燐なら絶対に口にしないような殺気に満ちた発言だ。かつて南郷と互角以上に戦った魔女というだけあって、言うことが物騒すぎる。

 アズハは観念して、バッグからプロテクターを取り出した。

 薄型の緑色メタマテリアル装甲を、両肩、両脚、両腕の防刃防弾制服に電磁的に二段装着する。

 目立つ装備だが、もう敵に見つかっているのだから隠密性など関係ない。

 武装のメタマテリアル製変幻忍者刀〈次蕾夜〉と〈阿火影〉の二刀も抜刀する。

「ほな、ウチが敵を惹き付けたる。裏切ったら承知せぇへんで?」

「おっけー、アズっち♪」

 敢えて燐の声色で馴染みの呼び方をされた。

「チッ……!」

 思わず舌打ち、アズハは木から飛び降りた。

 即座に敵のレーザー攻撃。木陰の隙間から光点が煌めいたのが見えた。

「柳生忍術、朝顔ッ!」

 アズハのボイスコマンドと同時に、放出されたドローン式神が分身を投映形成。

 デコイとなって身代わりにレーザーを受け止めた。

 柳生忍術小豆畑流〈朝顔〉は、本来なら傀儡を用いた変わり身術の一種だ。

 着地の瞬間、アズハは木の幹を蹴って跳躍。更にプロクターのメタマテリアルを歯噛みの音で強制発火し、空中で加速した。

 捕捉を困難とする、空中での変則的高速機動だった。

「よっ……せいっ!」

 翡翠色の残像を虚空に映しながらの、二刀斬撃二閃がシャンと金属音を鳴らした。

 アズハは刀身伝いに、金属を切断する手応えを感じた。

 林の中から高速で飛び出すと同時に、一体の〈アルティ〉を切断撃破していた。

『攻撃対象 確認』

 〈アルティ〉たちの注意が一斉にアズハに集中した。

「そんじゃ、私もいきますかぁ~♪」

 樹上の燐が動いた。

 メタマテリアル製の槍に邪悪な呪力を込め、ふわりと空中に浮遊する。

 ごく自然に、何の力みもなく、魔女は自由に空を歩む。

 燐は足元の地上でアズハの剣戟が火花を散らす音を楽しみながら、魔女としての呪力を練っていく。

「ま、死なない程度に頑張ってね~?」

 余裕の燐とは対照的に、地上のアズハは必死だった。

「冗談や……ないでえっ!」

 ほとんど運頼みで、レーザーを腕のプロテクターで防御する。

 翡翠色の火花が散る中、包囲されまいと常に駆けまわり、前後左右からの銃撃を避け続けていた。

「ふっ……はぁっ!」

 アズハの個人としての戦闘能力は高くとも、忍者は戦闘が主任務ではない。

 装備も隠密性と機動性に主眼が置かれ、暗殺の闇討ちや一対一の戦いならともかく、一対多の戦闘など完全な想定外だった。

 一応、訓練は受けているが、それは逃走を目的としたもので敵の殲滅など論外である。

 また、小銃弾が肩のプロテクターを掠めて火花を散らした。

「うっっっ……ひぃっ!」

 心底肝を冷やしながら、アズハを忍者刀を振った。

 斬撃は〈アルティ〉のメタマテリアルクローに弾かれ、刀身を掴まれる寸前でアズハは刀を引いた。

「くっそ! マジでしんどいわっ!」

 奇襲ならともかく、真っ向勝負では簡単に〈アルティ〉を始末できない。

 カタログスペックでは南郷の装甲服と大差ない装備でも、アズハのプロテクターの防御面積は圧倒的に小さい。全身を覆う南郷の装甲服とは違う。

 どうしても防御の薄さを気にするあまり、踏み込みが足りない。

 死が恐ろしいのではない。忍務に失敗することが何よりも恐ろしいのだ。

 忍務を果たせないのは、忍者にとっての最大の屈辱だ。門閥なき邪忍にとっては、信用を失うことは仕事を失うことと同意。

(まだ死ねんから、こないな無様な戦いをしてるんや……ッ!)

 時間稼ぎのために、いちいち防御を気にした体捌きをしなくてはならない。

 攻撃こそが最大の防御である、というのはアズハも理解している。

 情報では、宮元園衛は更に軽装で30体以上の〈アルティ〉を殲滅するそうだが──

「ウチはっっ! あないなバケモノババァとちゃうわっ!」

 あのイカれた女の戦い方を真似るなぞ冗談ではない!

 正気の沙汰ではないし、なによりアズハのプライドその他諸々が許さなかった。 

 愚痴りながら、空中に巻物を放出。内蔵されていた極薄49個の式神ドローンを起動した。

 敵の不具合のせいか、レーザーの照準が甘いのが幸いした。ドローンの半数はレーザー攻撃を掻い潜って展開。

 アズハの姿を投映する分身となって〈アルティ〉たちを撹乱した。

「は・や・く・しろぉーーっ!」

 必死の叫びで、燐の姿をした魔女を急かした。

「分かってるわよ~~♪」

 上空──燐は誰にも邪魔されずに、呪力の充填を終えていた。

 今の燐を霊感のある人間が見れば卒倒しているに違いない。

 燐は──台風のように渦巻く膨大な邪気の中心に浮かぶ魔女だった。

 場違いな制服姿の銀髪の魔女が、ゆらめく紫煙がまとわりつく槍の穂先を地上の目標へと向けた。

「無様に♪ なさけな~~く……中折れしちゃえ♪ ざーーーこ♪ キャハハハハハ!」

 瞬間、不可視の呪いが大気を伝って、トラックに積まれた電子戦システムへと到達した。

 竜の魔女ドラゴンカースの特異能力たる、分子運動の操作だ。

 物体の分子運動の指向性が捻じれていく。

 歪んでいく。

 トラックは荷台ごと雑巾しぼりのように変形していく。金属がギリギリと音を立てて捻じれ、魔がり、禍って、凶がり果てて、アンテナは針金のように曲がりくねって、塑性限界に達して──ボキリ! と、火花と共に折れた。

 そして電子戦システムに供給されていた電気の電子運動すらも呪力によって掻き乱された。

 安定性を失った電気は暴走し、トラックの荷台が激しい放電と共に爆散した。

 すぐ近くに駐車していた96式装輪装甲車と、指揮所のテントにも破片が降り注いだ。

「うわあああああああああ!」

 菰池とオペレーター達の悲鳴が轟き、異常を察知した〈アルティ〉たちの動きに混乱が生じた。

 そこへ──上空から燐が降り立った。

「おまたせ~♪」

 金属の切削音が響いた。

 燐は着地と同時に〈アルティ〉を串刺しにしていた。

 その残骸をローファーで踏みにじり、蹴り倒して、燐は余裕の表情で戦場を一瞥した。。

「じゃ、後始末しちゃおっか♪」

「し、始末て……?」

「賢しくも私の邪魔をした、このクソむかつく人形どもを……ブッ壊すの♪」

 燐が、絶大な殺気と共に槍を構えた。

 空間が歪むほどの邪気が、重力となって全ての物質に圧し掛かる。

「くっ……」

 アズハは肩に荷重を感じた。

 外から見えない何かが圧し掛かり、内側からは肩凝りを数百倍に重症化させたような痛みが生じた。

 それは一種の霊障。霊的な重さだった。

 有無を言わせぬ魔女の妖気は、他者の精神すら侵食する。

 アズハは半ばその気迫に飲まれるように、自然と二刀を構え、式神ドローンたちにコマンドを発した。

「柳生忍術……千紫万紅ッ!」

「碓氷流活殺法……垂氷たるひ落とし」

 燐は、槍で空に円を描き一振り。

 穂先に滴る氷柱を払いのけるように。

 その一拍子にて。紫煙の呪力が微細な千本針となって〈アルティ〉たちのAIユニットを貫通。集積回路を毒で溶かし、運動機能を奪った。

 本来なら毒針を乱射する碓氷流の忍術を、魔女の呪力で拡張した技だった。

 そして動きの止まった〈アルティ〉たちを──

「はぁ―――ッ! 散・華ッッッッ!」

 アズハと24体の分身が赤き二刀連撃にて切断した。

 赤色マテリアルに再錬成された刃が微細な破片が散り、雪中に焔の火花が咲き乱れる。

 機械の手足と首とが宙に舞う、命なき機兵たちの散華の図。

 毒々しき刹那の妙味の果てに、ぼとりぼとりと残骸落ちて、

 地には切断された機兵の死屍累々。

 背後には炎上するトラックの残骸と、逃げ惑う人の悲鳴。

 そんな奇妙な地獄の上で、魔女が踊っていた。

「壊したり殺したりって、やっぱさいっこーー! あぁ、殺しはダメなんだっけ? キャハハハハハ!」

 燐の姿の魔女が、ローファーの爪先を立てて、銀の髪を振り乱して、くるくると回転乱舞。

「なんやねん、この状況……」

 アズハは憔悴して、突っ込む気力もなくへたりこんだ。

「忍務成功やけど……これ……南郷さんにどう説明するんや……?」

 達成感などあったものではない。

 燐が魔女に体を乗っ取られて、南郷に愛の告白をしようとしている──なんて意味の分からない状況を、一体どんなタイミングで切り出せば良いのだろうか……。

 アズハが頭を抱えていると──北の方角から咆哮が聞こえた。

 この地上に存在する、どんな獣とも違う咆哮。

 それは人類以前に存在した、竜の種族の叫び声だった。

「ム……あの恐竜メカの……。始まったか」

 アズハは本能的恐怖を覚えて、思わず肩をさすった。

 鳥肌が立っている。

 遺伝子が、最強の捕食者に対して恐怖している。

 あの咆哮の発生源では──最後の、そして最大の地上戦が始まったのだ。

 竜王と大蛇との、人知を超えた決戦が。


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