表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒト・カタ・ヒト・ヒラ  作者: さんかいきょー
国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと
205/234

国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと-決戦編-49-

斬撃地獄・開幕

2025-0630イラスト更新

挿絵(By みてみん)

 -神に会うては神を斬る、断罪の切断者

 かつて主人公だった女〈宮元園衛〉-


 ロケット発射場の北には、湿原が広がっている。

 国道を外れると湿原の周囲には細い農道が走っている程度で、道なき湿原を車両で突っ切るのは不可能に近い。

 冬季で湿原が凍結しているとはいえ、貧弱な足場は大きな加重には耐えられない。

 デルタムーバーのような大型兵器は走破不能であり、遠距離からロケットにミサイルを撃ち込もうにも強力なゴーストジャミングでマトモな照準すらつけられない。

 よって、この湿原に敵が部隊を展開するなら軽量な歩兵戦力に限られる。

 それを見越して、宮元園衛は待ち構えていた。

 雪の積もった湿原に、二体の空繰と共に時を待つ。

 鴉天狗型傀儡〈綾鞍馬〉は羽をたたみ、狛犬型傀儡〈雷応牙〉は主である園衛の椅子になる形で雪上に伏せていた。

 二体ともに、重火器と園衛用の刀剣をフル装備した重武形態だった。

 園衛は、伝統の白衣と緋袴の戦装束をまとう。一見すると巫女装束と区別はつかない。

 ボディアーマー的な装甲の類はなく、仮に銃撃を受ければ一撃で致命傷に至るだろう。

 危機感がないわけではない。

 単純に、当たらなければ良いだけなので

 こういう格好をしているのだ。

「ふん……焦らす奴は好かん」

 園衛は〈雷応牙〉に腰掛け、地平線を眺めていた。

 もう一時間も雪中に待たされている。

「雪の中で待たされるなぞ……全然まったくトレンディではないな」

 ただ呆れて、イライラするだけだ。

 子供の頃には、悪天候の吹雪の中で恋人を待つ的な歌が流行っていた気がする。

 いや、ズボラ女が男と同棲していたアパートから追い出されて悲劇のヒロイン面で真冬の電話ボックスの中で一晩過ごす的な歌だったろうか。

 どちらにせよ冷静に考えると何がロマンチックなのか。ふざけるな。冗談ではない。

「寒い……そして遅い」

 園衛は垂れてきた鼻水を指で拭った。

 こんな格好をしているが寒いものは寒い。達人だろうが精神力が強かろうが寒い。

 情報で敵の到達時間はおおよそ予測できたので、一時間程度なら耐えられるだろうと対応し易い格好で臨んだのは失敗だった。

「約束した時間を守れん奴は確実に悪だな。殺されても文句は言えんぞ……」

 恨めしく目を細めて、地平線を凝視していると──光の反射があった。

 雪よりも鮮やかに太陽光を反射する物体が、多数接近してくる。

 それらは、未塗装状態で投入された〈アルティ〉の一団だった。

 装甲の下地が金属色で派手に煌めいている。

「来たか」

 園衛の表情から、感情が消えた。

 〈雷応牙〉の背から降りて、地平線に向けて歩みだした。

 敵集団との距離は、目測でおよそ500メートル。

 ほとんど遮蔽物のない平坦な湿原を、園衛はスイスイと滑るように進む。

 得物は、腰に下げた刀一振り。

 〈雷応牙〉は主人の後を這うような形で追い、〈綾鞍馬〉は空へと飛びあがった。

 敵〈アルティ〉の光学センサーもまた、既に園衛の姿を捉えていた。

 即、射撃がきた。

 小銃弾10発の同時射撃、

 だが、当たらない。

 正確なはずのAIによる狙撃は、空裂音と共に園衛の横を素通りするか、プスッと間の抜けた音を出して地面に刺さるだけだった。

 理由は、強力なゴーストジャミングにより、敵の電子機器や観測機能に障害が発生しているためだ。

 加えて園衛は第六感にて発射を感知し、僅かな体移動で回避している。

 〈アルティ〉が射撃誤差を修正しようとした時、園衛は敵集団の先頭を100メートル以内に捉えていた。

 もはや、園衛の斬撃の間合。

「ふっ──」

 ひと呼吸と共に、園衛の爪先が雪を蹴った。

 蹴飛ばされた氷塵が散り、〈アルティ〉の索敵範囲から園衛の姿が消失した。

 次の瞬間、一体の〈アルティ〉の首が宙を舞っていた。

 パッという衝撃音と、耳障りな金属の切断音が鳴った。

 気功による縮地を用いれば、園衛にとって100メートルは一足一刀の間合いでしかない。

 その縮地の刹那、園衛の姿は変化していた。

「鬼神神楽、羽那暦……!」

 長い黒髪は透き通る青に、戦装束は甲冑の備わった五色の衣へと、変身していた。

 エネルギーを充填された勾玉により零次元から召喚される、園衛の最強装備だった。

 剣の舞姫と化した園衛の、斬撃が氷雪を散らす。

 明らかに刀の間合いの外にいたはずの〈アルティ〉の胴体が、袈裟斬りに切断されていた。

 園衛の討魔刀法の一つ、〈烈風〉の応用技だ。

 真空の刃にメタマテリアルの粒子を乗せて投射し、あらゆる物体を切り裂く。

 そしてメタマテリアルコーティングされた薄緑の刀身自体も、〈アルティ〉の軽装甲を難なく切断する。

 園衛は、自ら敵部隊の中に飛び込んだ形になった。

 周囲には、目に映るだけで30体以上の〈アルティ〉がいる。

 全機が密集しているわけではなく、10体程度の班ごとに分かれている。1班の大半は小銃持ちの軽装備で、ロケットランチャー持ちの重装備が僅かに混じっている。

 園衛は一瞬で敵の編成を見切った。

 敵集団が、整然と陣形を組み換え始めた。

『最優先攻撃目標 確認』

『対人戦闘 戦術データリンク 開始』

 三方から計9体の〈アルティ〉が園衛に迫る!

 発砲と同時に、ファランクス陣形での銃剣槍衾であった。

 小銃の連射と、死をも恐れぬ機兵の銃剣突撃の併せ技。人間相手には必殺の陣形といえる。

 しかし、それはただの人間相手の話に限る。

 連射された銃弾は全て、園衛には当たらなかった。

 園衛の周囲に展開されている、薄い霞状の防御フィールドに園衛自身の見切りと体捌きが合わさり、銃弾の運動エネルギーをあらぬ方向に逸らしていた。

 通常、槍衾に剣術に対抗するのは無謀といえる。

 横一連に並んだ長得物の突進を一度に切り払うのは不可能であり、仮に槍一本を避けるか折るかしても、別の槍に串刺しにされる。

 槍衾という集団戦術に対しては、個人の戦技や武芸は無力に等しい。

 戦場とは集団の運用能力によって勝敗が左右されるもので、一人か二人の達人の技量なぞは大局に影響を及ぼさぬ誤差の類といえよう。

 しかし、それも普通の人間の範疇にある程度の達人に限る話だった。

「はぁっ!」

 園衛が気合と共にたたらを踏んだ。

 中国拳法の震脚、あるいは相撲の四股のごとく大地に震動を浸透させ──

 園衛を中心に周囲の凍った湿地がシャーベット状に崩壊した。

 脆弱な足場では歩行もままならず、〈アルティ〉たちの槍衾に乱れが生じた。

 その隙に、園衛は間境の内側へと踏み込んだ。

 半身にて銃剣の穂先をかわし、一体の〈アルティ〉の頭部を面打ちで両断。

 銃剣の間合いの内に入られては槍衾の自由は効かず、残る二体も柄頭で頭部を砕かれ、返す刀で胴体を切断された。

 銃剣装備の残る六体は液状化した湿地帯でどうにか姿勢制御を行おうとしていたが、既に園衛の斬撃の結界に捉われていた。

 一秒、一拍子でするりと間合いに入り込み、確実に胴体や頭部を切断して機能停止に追い込む。

 相手は戦闘ドロイドゆえ、人間相手のように刃先を動脈に当てれば良いというものではない。

 動力部かAIユニットを確実に切断するために、深い踏み込みが必要だった。

 更に三体の〈アルティ〉を血祭に上げると、残存した三体が銃剣を捨てた。

 槍衾と足場が崩壊した以上、長柄は不利と判断したのだろう。

 園衛の接近に対して、両手に備わったメタマテリアル製の爪で迎撃せんとした。

 確かに、同じ素材で作られた近接武装ならば斬撃を受け止めることも可能。

 一体が斬撃を受け止めれば、残る二体が園衛を始末する。

 しかし、それは余りにも未熟な対応。

 対人戦闘の読みとして浅はかに過ぎる。

 雪中の虚空にて、メタマテリアルの刀と爪の撃刺が衝突した。

 園衛の刀が翡翠色のマテリアルコーティングに対し、〈アルティ〉の爪は硬度に勝る赤色マテリアル。

 刀身を掴むことが出来れば、そのまま破壊することも可能だった。

 が、次の瞬間には〈アルティ〉の十指が切断されて宙を舞っていた。

 園衛は敵の意図を読んで、その先を撃った。

 すなわち、最小限の動きで刀身を翻しての指切断。

 なまじ人間を模した構造で、人間の兵士の代用品として作られた機兵ゆえに、指の喪失はそのまま戦闘能力の喪失を意味した。

 残る二体への対応も容易だった。

 爪での攻撃は、起こりが見えやすい。

 すなわち、次に敵がどう動くか見切るのは園衛にとっては児戯に等しく、予測した軌道上に刀を突き出すだけで〈アルティ〉は罠にかかった獣のごとく自滅していった。

 叩く間に二体の〈アルティ〉が手首と足首を切断され、何も出来ない無体となって雪上に転がった。

 やや後方に待機していたロケットランチャー装備の〈アルティ〉は、膝を曲げて発射体制に入った所を上空から攻撃されて吹き飛んだ。

 〈綾鞍馬〉の三式破星種子島による徹甲焼夷弾の発射だった。

 更に、両翼に装備されたゴーストフレアを放出。

 青い鬼火が拡散して戦場に降り注ぎ、電子機器に強力なジャミングをかけた。

 残存する敵二班、二十体の〈アルティ〉たちの足が止まった。

『ゴーストジャミング 確認 マニドライブ 展開』

 〈アルティ〉たちが胸部のマニドライブで呪術的な幻惑を払おうとした時、

 眼前で派手な爆炎が上がった。

 〈雷応牙〉の背中に装備された五式大目牙巨砲から発射された、サーモバリック弾による爆発だった。

 サーモバリック弾は、本来なら拡散された気化爆薬の爆圧と、酸素の燃焼による酸欠で生身の兵士を殺傷するための兵器だ。ドロイドである〈アルティ〉には、さほど効果は望めない。

 数十秒間に渡る衝撃波と爆炎は、見た目こそ派手だが〈アルティ〉たちにダメージを与えることはなく、彼らの動きを止める程度の効力しかなかった。

 数体の〈アルティ〉は退避が間に合わず衝撃波を受けて転倒し、弾き飛ばされはしたが損傷はない。

 ほとんどの機体は、耐衝撃用に地面に伏せて爆風を凌いだ。

 つまりは、数に勝る敵集団は長時間に渡って一ヶ所に釘づけにされ、

 たった一人の女を包囲することも出来ず、

 逆に陣形を組む前に斬り込まれることになったのである。

 〈アルティ〉の部隊の中に、上空の〈綾鞍馬〉から五本の刀剣が投下された。

 それらは全て、園衛用の退魔刀剣。

 衝撃と熱で泥沼と化した戦場に、翡翠色の剣閃が奔った。

 地面に伏せていた〈アルティ〉数体を、園衛が滑走しつつ切断したのだった。

『敵攻撃パターン 予測困難』

 〈アルティ〉たちは、混乱していた。

 宮元園衛の動きは、彼らの学習内容に存在しなかった。

 泥沼の湿地帯の上に無重力同然に乗り、沈むより早く動き回る武芸の蘊奥に達した異常者の戦闘パターンなぞ、どこで誰を参考にしろというのか。

 辛うじて立ち上がった〈アルティ〉は、直進してくる園衛に向けて銃剣を構えた。

 射撃が当たらないのだから、刺突で仕留めるしかない。

 対する園衛は、薄目でどこを見ているのか曖昧であり、刀を下段に構えた隙だらけの構えだった。

 当然、〈アルティ〉はその隙だらけの胴体に銃剣を突き込んだが──

「──惰弱なり」

 次の瞬間には、園衛に間合いの内側に入り込まれ、両腕を切断されて無力化されていた。

「誘いの剣に乗る者の、後の先を討つは容易」

 敢えて敵の攻撃を誘うための意図的な隙。

 それを読めずに無為に打ち込めば、カウンターの餌食となって屍を晒す。

 園衛にとっては、この機械人形たちは武術の読みを知らぬ甚だ御し易い素人でしかなかった。

 また、園衛の装束の長い袖はひらひらと揺れて目立つ。

 〈アルティ〉の一体は、その袖を掴んで動きを止めようとしたが、それもまた誘いだった。

 袖を掴んだ〈アルティ〉の指が切断され、ばらりと落ちた。

 袖の内には、メタマテリアルコーティングされた短剣が大量に仕込まれていた。

 園衛たちの戦闘フォーメーションは、〈アルティ〉に対して戦闘機械としてのCPU性能に劣る〈綾鞍馬〉と〈雷応牙〉はひたすら牽制に徹し、園衛がオフェンスとして敵の予測外かつ予想以上の剣戟で撃破するものだ。

 刀以外にも、投下された武装を駆使して園衛は〈アルティ〉たちを駆逐していく。

 念動力で宙を舞う自在剣で牽制してから長巻で薙ぎ払い

 長巻を変型させたブーメランで回避行動を制限したところを、大型手裏剣の投擲で撃破した。

 次々と武器を持ち替え、戦場を蹂躙する麗しき軍神いくさがみ

 戦闘開始から、園衛が最後の〈アルティ〉を始末するまでには、5分とかからなかった。

「は、国民の血税……これで何億円分を壊したんだ?」

 巨大メイスで〈アルティ〉の胴体を叩き潰して、園衛は溜息混じりに呟いた。

「何も知らぬ国民の税金を、よくもここまで無駄遣いして……しかも私に破壊させる。万死に値するな?」

 元締めの政治家と官僚がどこの誰かは知らないが、後で責任を取らせるつもりだった。

 確実に殺す決心をして、殺気の視線を地平線に向ける。

 また……何かがキラリと光った。

「──ンッ?」

 光を確認したのと、園衛が身を屈めたのは同時だった。

 不可視の速度で鋭い物体が空間を切り裂き、園衛の頭上を通過した。

 プラズマ化した大気が割れて、ゴォと衝撃波と突風が吹きつける!

「ほう? コレはアレか。レールガンってやつか……?」

 その辺りの知識は良く知らないが、仕事の都合で発射試験の映像くらいは見たことがあった。

 ちらりと弾体が通過した軌跡を見ると、小質量の弾体が空力加熱により昇化して霧散したと思われる痕跡があった。

「こういう奴への対応は、南郷くんの方が得意なんだがなあ?」

 苦手という割には、園衛の口調は楽しげだった。

 ようやく、手応えのある死合の相手が出てきたのだ。

 片膝で、再び地平線を見る。

 背の低い亀のような物体が、のろのろと近づいてきている。

 恐らくは情報にない敵機動兵器なのだろうが──

「なんだか……妙な気配があるな?」

 園衛は得体のしれぬ第六感のざわつきを覚えた。

 胸騒ぎ、不安、危機感、そして本能的な恐怖が背中のあたりを小突いてくる、この厭な感覚を

 宮元園衛は知っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ