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ヒト・カタ・ヒト・ヒラ  作者: さんかいきょー
国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと
203/234

ショーダウン・燃え墜ちるイカロス

狂い踊るは炎熱のラストダンス

2025-0630イラスト更新

挿絵(By みてみん)

 -今日がお前の出生の火、命日の火。

 黒き呪怨装甲・七殺火-



 飽きるほど聞いた、発砲音の乾いた多重奏。

 足元の泥を吹き上げる、メタマテリアルスラスターの排気音が死ぬほどに煩い。フル回転する洗濯機の真上に立っているのと同じだ。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 南郷の苦しげな呼吸音など、もう自分でも聞こえなかった。

 反応速度を上げる投薬の点滴が刺さる、首にはじっとりと気持ちの悪い汗が張り付いている。

 意識を失いそうな不快感は、戦闘の緊張で強引に抑え込んでいた。

 網膜に反射するレティクルが、接近する〈アルティ〉をオートでロックした。弾幕を辛うじて突破して、右腕を失い、全身の装甲が蜂の巣になった機体だった。

 南郷がスラスターで加速した重装甲アームを振り回すと、軽金属のガラクタをブチ撒けたような軽い音がした。

 〈アルティ〉は、呆気なくバラバラになって宙を舞っていた。

 圧倒的運動エネルギーと質量と装甲厚による、破壊。

 中空の安物プラモデルを壊したような、軽い手応えしかなかった。

 敵の銃撃は止むことなくヘビーアーマーに打ち付けてくるが、一発たりとてダメージになっていない。

 360℃全方位に、メタマテリアル電磁反応装甲の火花が飛んでいる。

「はっ、はっ、はっ……正面っっ……!」

 ぼやける視界の奥で、赤い警告表示が出た。

 オートでピックアップされた敵〈20式支援戦闘装輪車〉が、200メートル先で対戦車ミサイルの発射体制に入っているが拡大表示された。

 南郷の反応は間に合わない。

 直後、眼前で炎が爆ぜた。

 翡翠色の火花が、飛沫のように猛烈に散った。

「ぬぅぅっ……!」

 敵の対戦車ミサイルの直撃だった。

 爆炎が全身を包み、ヘビーアーマー内部にまでズン……っと爆圧の衝撃が浸透した。

「ATGM、反撃しろ!」

『イエッサー』

 〈タケハヤ〉の火器管制で、ヘビーアーマーの肩部に装備されていた対戦車ミサイルが発射された。

 射点移動の間に合わなかった敵〈20式支援戦闘装輪車〉は、一瞬で上半身を消し飛ばされて大破した。

 ヘビーアーマーを覆っていた白煙が晴れて……装甲を燻らせる巨体が現れた。

 オートで多重展開されたヘビーアーマー前面の電磁反応装甲が、HEAT弾を防御していた。

 しかし、それも完全ではなかった。

 対反応装甲を想定した二段構えのタンデム弾頭は空中に放出されたメタマテリアル被膜を突き破り、本体装甲に到達していた。

「くっ……ダメージチェック……!」

 ヘビーアーマーのコンディションがウインドウで表示された。

 右胸の外部装甲が、防御用のメタマテリアルを使い切って脱落しつつあった。

 いかに鉄壁の重電磁装甲とはいえ、マテリアルの量には限りがある。

 それを使い切れば、ただのデッドウェイトでしかない。

『使用済み部分を パージ します』

 〈タケハヤ〉からの遠隔操作アナウンスが、骨伝導イヤホンを介して鼓膜に伝わってきた。

 電磁的に積層されていた表面装甲が剥がれ落ち、その下の装甲にマーキングされた漢字が露わになった。

 七

 殺

 火

 の赤い縦三文字。

 電磁発火と爆発の熱が伝導したことで塗料が溶け出し、流血めいた字体と化している。

 七殺火とは、ヘビーアーマーに付けられた字名であると同時に、呪いを込めた忌み名だった。

 その名は、中国清代の虐殺者が建立したとされる七殺碑の伝説に由来する。

 天意に報いぬ俗人は、惜しまずにその全てを殺すべし。

 殺! 殺! 殺殺殺殺殺!

 碑文には、そう刻まれていたという。

 果たして伝説が事実なのか、あるいは後世の人間によって歪められたものか、そんなことはどうでも良い。

 ただ目に映る全てを殺し尽くす殺意を込めて、この黒き重装巨人は七殺火の字名をつけられた。

 ギチギチと、妙な音を立てて人工筋肉が震えた。

 スラスターの稼働音にも、時おり風鳴り……あるいは鬼哭のような異音が混ざる。

「本当……なんなんだ、この音は……!」

 南郷は忌々しく奥歯を噛んだ。

 ヘビーアーマーのコンディションに異常はない。

 だが、現にマシントラブルを思わせる異音が鳴り続けている。

 それはまるで、呪いの鎧の意思。

 破壊歓喜。

 下半身を喪失して尚も足元でもがく〈アルティ〉の上半身を、巨大なアームで握り潰す。

 殺戮感謝。

 防御の隙間を狙って機関砲を撃ちこもうとした〈20式支援戦闘装輪車〉を、ワイヤーネイル一本の射出で破砕する。

 この呪怨の鎧に心があるのだとしたら、いま確実に愉悦に極みにある。

 自分を蹴落としてコネやら談合やら陰謀やらで自衛隊に正式配備された最新兵器群を、逆に自分が圧倒しているのだ!

 誰にも認められず! 誰からも求められず! 誰の記憶からも忘れられた呪いの蛭子が! 狂気の残骸が! この世界に確実な傷痕を遺している! 死に至るほどの致命傷を! 焼死するほどの熱傷を!

 黒きヘビーアーマーが、鳴動する。

 それは生まれようとして生まれず、未完の首なし鎧として死体置き場に長年吊るされてきた狂気の残骸が、まかり間違って現世に誕生してしまった──歪な産声。

 よくぞ我を産み直してくれた、と。

 よくぞ我をこうも作り変えてくれた、と。

 ただ殺し、ただ破壊するために作り出された悪しき科学の産物が、その本懐を果たせることに感激している。

 この怪物を設計し、狂気の中で特攻爆死した男の怨霊が、鎧に宿って南郷に感謝を示している。

 よくぞこれを纏ってくれた、と。

 よくぞここまで使いこなしてくれた、と。

 黒い怨霊が、鎧に宿って喜びの叫びを上げている。

 重電磁装甲が待ち望んでいた闘争に戦慄き、武者震いする。

 ヘビーアーマーの頭部カメラが天を仰ぎ、赤い警告色に発光する様は、生なき鎧の感情の爆発のようであった。

 上空からの、再三のプラズマ攻撃が地表で爆ぜる。

 雪が瞬時に湯気となって吹き上がり、蒼炎に干渉した防御フィールドが軋んだ。

『フィールドゲージ 10%低下 リチャージ』

 〈タケハヤ〉のアナウンスと共に、減少したフィールド耐久ゲージが増加していく。

 ヘビーアーマーは、四重の防御機構に守られている。

 背部フレキシブルアームが自在に可動させる、メタマテリアルシールド。

 重電磁反応装甲が多重展開する。メタマテリアル製のリアクティブアーマー。

 幾重にも積層された物理装甲の厚み。

 そして、メタマテリアル推進の副次効果として発生する作用点の仮想力場だ。

 本来なら宇宙空間での推進に利用するこの電磁フィールドを、防御に転用している。

 実体弾は小銃弾程度しか弾けないが、エネルギー兵器に対しては高い防御性能を持っていた。

 南郷は、遠ざかっていく上空のコキュートスを注視していた。

「さっきから、一撃離脱で奴は離れていく……。そして奴の旋回半径……」

 対空レティクルが、急速に離れていくコキュートスを追った。

 肉眼ではもう点にしか見えない。敵の高度は500メートル、距離2000メートル。

 膨大な蒼いプラストを吐いて、熱で生じた飛行機雲を撒きながら、大きく旋回している。

 必要な旋回半径は、その速度に比例する。

 しかし、コキュートスが大きく距離を取って旋回する理由はそれだけではないと読んだ。

「はぁ、はぁ、はぁ……あの高機動と大出力攻撃……奴はプラズマの再チャージの時間を稼いでいる……」

 南郷は苦痛に喘ぎながら、経過時間を見た。

 コキュートスがこちらにプラズマを攻撃を仕掛けて、離脱し、旋回して、再攻撃するまでは約40秒。

(それが……奴のチャージにかかる時間……)

 事実、赤外線センサーで観測したコキュートスの熱分布は、プラズマ攻撃後は急速に萎んでいる。余力があるとしても、それは離脱推進用にキープしていたプラズマだ。

(奴の全力を吐き出させるなら──)

 こちらも、全力を晒すしかないと……南郷は決意した。

 これは、一種の賭けであった。

 コキュートスの人間性、目的を踏まえた上で、南郷自身の命をベットした、ただ一度きりの命賭け。

 確証などない。戦場の全てをコントロールできると思うのは傲慢だ。どんなトラブルを想定しようと、現実は想定外から人間の小賢しさを嘲笑って蹂躙する。

 それでも、南郷にはこの手段しかなかった。

 いつも命を担保にして、自分より遥かに格上の怪物と戦ってきた。

 そして勝ってきた。

 だからといって、次も上手くいくはずだ──などと考えたことはない。

 勝負は技量と時の運と天運とはいうが、

 基本的に南郷の運勢は常に底だ。

 神に祈っても無駄だ。

 幸運に期待しても無意味だ。

 電灯一つない真夜中のトンネルに似た絶望の黄泉路をただ、無念無想に、現実の数値だけを頼りに、進むのだ。

「はぁ、はぁ、はぁ……ウェポンチェック」

 ねっとりと篭る吐息と汗。使用可能武装と残弾を確認する。

 充血した視界が、最接近する上空のコキュートスを捉えた。

「フィールドセーフティ……解除」

『警告 セーフティを解除した場合 フィールド崩壊時に 作用点の暴発が 発生します』

「それをやるって言ってんだよ。さっさと解除しろ」

『イエッサー』

 〈タケハヤ〉は、すぐに言われた通りにシステム管制を行った。

 この旧式の戦闘支援AIは、人間が要求した通りの作業をこなすインターフェース。それ以上でもそれ以下でもない。

 道具とは、これくらいが丁度いいと……南郷は改めて思った。

 敵残存部隊の攻撃はまだ続いている。

 敵の砲火を防御しつつ、南郷はコキュートスを迎え撃つ。

『サザンクロスゥゥゥ……ワタシを失望させなイで! クレェ!』

 コキュートスの狂った叫びが、敵の残骸から聞こえてきた。

 アイサツのようなプラズマ弾がキュンッ! という空裂音ともに飛来し、フィールドに弾かれて霧散する。

『フィールドゲージ 5%低下 セーフティ解除により リチャージは 行いません』

 〈タケハヤ〉のアナウンスを聞きながら、南郷は両腕の重装甲アームを盾のように掲げた。

 上空のコキュートスからは、南郷が堅牢な防御に閉じこもったように見える。

『守りに入るのは……弱者の考えだゾ、サザンクロス? キミは常に攻めて攻めてセメテセメテきた! 攻撃! 的! ナ! トクパァニィ! 人間だっタろウ!』

 また、無駄なプラズマ攻撃が降り注いだ。

 コキュートスの遠距離プラズマ攻撃では、永遠にヘビーアーマーの四重の守りを撃ち抜けない。

 同時に、南郷の対空攻撃もコキュートスの高機動に永遠に当てることが出来ない。

 両者ともに決め手のない膠着的戦況。

 だが──そんなものは、コキュートスの望んだ闘争ではない。

『サザンクロスゥ……ワタシはネ、キミにとても憧れていタんだ。憎み、愛し、羨んでイタンだ』

「ゴホッゴホッ……気色悪ィことを……!」

 南郷は投薬の不快感に咽ながら、陸の敵からの機関砲弾を防御していた。

 コキュートスに南郷の声は通信接続されていない。

 一方的な言葉と感情の投球でしかなかった。

『ははははは……! ワタシは人間の体も、心も、家族すら捨てて強さを手に入れたとイウのニ! キミは逆に人間らしい生活を取り戻してイル。不公平ジャないかネ? キミだけが強いまま、人間に戻れルなンテ?』

 プラズマ弾と共に降り注ぐコキュートスの声は、楽しげだった。

 このサイボーグは妬みも恨みも全ての運命を受け入れて、狂った人生のコッペリアに溺れる演者なのだ。

 自分は他者を巻き込んだ舞台劇の主役だと勘違いしている、機械仕掛けの狂人なのだ。

『あァ! 堕落するな、孤高の強者サザンクロスよ! 最強のサイボーグキラーよ! キミが守りに入るのは許せなイ! キャラクターの崩壊だよ! キミはワタシと同じ人間兵器ダ! 同じステージに立つ同志でアリ、ライバルなンだ!』

「知るかストーカー野郎……!」

『守りに入った人間は! 弱イ! 幸福とイウ生温い鎖で縛られたバビロンの虜囚! 自らの鎖を誇る奴隷は醜悪! ダ! 攻撃するワタシは自由ダ! どこからデモ、キミを撃ち殺せル! 美しきは真の自由! ワタシは決して堕ちぬイカロス、ダ! 知恵の炎で自由ヲ得た超人! ふりぃぃぃぃぃぃぃぃダァム! ホォォォォォォフェイッシュッッッ!!』

 上空のコキュートスがスラスターを吹かして急降下に入った。

 南郷の狙い通り、勝負をかけにきたのだ。

 こちらも形ばかりの対空射撃で消極的な応戦を装う。

 南郷は固い防御の殻の隙間から……一瞬のチャンスを伺っていた。

「こい……撃ってこい……!」

 ヘビーアーマー頭部の最奥、装甲服のバイザー越しに義眼の左目が赤く光る。

 コキュートスが地表スレスレで制動をかけ、100メートルの距離でヘビーアーマーと対峙した。

 自ら高度というアドバンテージを捨て、至近距離からの攻撃に全出力を傾けるために。

『殻から出てこないのナラ! ワタシが殻を砕いてやろウ! 互いに燃え尽きるほどの黙示録の戦い! コソ! ガ! ワタシノ! 願いダァ!』

 開けた雪原に、狂人が咆哮す。

 小高い山からの風が吹きおろし、地吹雪が互いの熱い装甲に降り注ぐ。

 かたや、巨大な重装甲の黒き竜巨人。

 かたや、人の身にプロメテウスの火を宿した白き装甲のイカロス。

 自らを超人とうそぶく者、コキュートスが動いた。

『T・J・M! ブゥゥゥゥゥストッッッ!』

 放出したプラズマ誘導子に蒼炎をまとい、コキュートスが飛翔した。

 プラズマジェットパックのアフターバーナーに点火し、武装と人工筋肉の出力を極限まで上昇させるオーバーブーストを発動したのだ。

 コキュートスは、この最大出力攻撃でヘビーアーマーの防御を撃ち抜くつもりだ。

 地表の雪を溶かし、土砂を撒き上げ、音速に近い速度で、蒼き凶星が翔ぶ。

 ヘビーアーマーを中心に捉えた円周軌道で、大量のプラズマ弾とコールドニードルが撃ち込まれる!

『ははは! ははははははは! 追いつけないだろウ、その重い鎧でハ!』

 氷炎の嵐を操り、コキュートスが笑う。

 事実、ヘビーアーマーは何も出来ない。

 オーバーブーストをかけたコキュートスの戦闘機動はもはや火器管制システムでは捉えられず、レティクルが後追いしてぐるぐると狂ったように回るのみ。

 ヘビーアーマーが高い運動性能を持つとはいえ、相対速度に差がありすぎて格闘戦に持ち込むことも不可能。

 〈タケハヤ〉の支援射撃も空しく空を切るか、レーザーも照射時間が足りず、またプラズマに阻まれてダメージを与えられなかった。

 南郷は、もはや停止した射撃の的だった。

 こちらが何も出来ないのを良いことに、コキュートスは円周軌道を狭めてきた。

 100メートルから80、60、50メートルと次第に近距離に。

 プラズマとコールドニードル、そしてプラズマ誘導子が礫のように体当たりをかける怒涛。

 ヘビーアーマーは電磁反応装甲の火花に包まれていた。

 100発で撃ち抜けない装甲でも、1000発、10000発と撃ち込まれれば耐えられない。

 内部の南郷は、あらゆる警告音に晒されていた。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 電磁反応装甲アーマーゲージ低下、メタマテリアルシールド機能不全、物理装甲損傷、そしてフィールドゲージが20%を切った。

 一つでも防御が撃ち抜かれれば、亀裂の入ったダムのように全てが決壊する。

 そして中の南郷はプラズマに晒されて破裂するか、コールドニードルで全身を貫かれて即死する。

 だが、南郷の心は凪だ。

 風の向きが変わるのを、じっと待っている。

 コキュートスの願いは、映画のようなクライマックスの熱戦だ。

 ダラダラとした引き伸ばしのドラマなどではなく、たとえ打ち切りでも華烈な最終回を望んでいる。

 その絶頂で南郷に勝利、あるいは敗北することで自分の人生に幕を下ろす、倒錯した願いを叶えるためだけに日本に来た狂人だ。

 だから、全力で決着をつけに来ると予測していた。

 後先考えないオーバーブーストで、自らの命の全てを懸けて、燃え尽きるために挑んでくると読んでいた。

 果たして、南郷の予測は的中し──コキュートスを嵌める最後の罠が整った。

「ネイル……アタック!」

 ボイスコマンドで、両腕の重装甲アームから全てのワイヤーネイルを放った。

 計十本のワイヤーが、コキュートスの円周軌道上に投射される。

 だが、一直線の射出軌道は空中では点に過ぎない。

 コキュートスは僅かに飛行軌道を変えることで、全てのネイルアタックを容易に回避した。

『ははははは! そんなモノで! ワタシを絡め取るツモリかい? 他に手はないのかネ、サザンクロスゥゥゥゥッッ!』

 何千発目かのプラズマ攻撃で、ついにヘビーアーマーの左背部フレキシブルアームが溶断された。

 大型メタマテリアルシールドが脱落し、電力供給を絶たれ砕けていく。

 鉄壁の防御壁に……大きな穴が空いてしまった。

『サァ! ワタシも! ジョーカーを切るとシヨウカ!』

 コキュートスが空中で制動をかけた。

 ほんの一秒、戦闘機動の速度が低下する。

 それでも、ヘビーアーマーの反応が間に合うスピードではなかった。

 コキュートスは機動力に割いていたプラズマを攻撃に振り分け、全プラズマカノンへ充填。

 腕部内蔵プラズマカノン、プラズマランチャー、そして背中と両脚のプラズマブースターから、一斉に蒼炎が放たれた。

『プラズマバスター! チャージ・ショット!!』

 渦巻く蒼き炎の奔流が、ヘビーアーマーを飲み込みこまんと迫る。

 着弾まで半秒とかからぬ刹那──

 南郷は、風向きを変える一手を打った。

「……TJMブースト!」

 短いボイスコマンドの入力。

 そして、全てが燃え尽きた。

 ヘビーアーマーの立っていた地上は蒼きプラズマに灼かれた。

 吹雪の中で蒼炎の火柱が立ち上り、帯電した蒸気が火花を散らしている。

 炎の中に、動くものはない。

 うっすらと見えるのは、ヘビーアーマーらしき影が燃える様子だけ。

 一切合切が燃え尽きている。

 世界の終焉の縮図を目の当たりにして、コキュートスの肩が震えた。

『はは……ははははははは! 結末ハ! ワタシの──』

 勝利を宣言しようとした瞬間、頭上に影が落ちた。

 雲よりも遥かに低い高度で、何か巨大な物体が、唐突に空中に現れた。

 それを視認して、コキュートスの笑いが止んだ。

『──な、二?』

 黒い竜人が、ほんの10メートル上空にいる。

 ついさっきまで地上で止まっていたはずのヘビーアーマーが、コキュートスより高い位置に出現していた。

 黒い装甲の隙間から、メタマテリアルが狂ったように赤く発光しているのが見えた。

 地上で燃えているのは、本体からパージされた背部ウェポンバインダーのみ。

 南郷は、防御フィールドの崩壊と同時にオーバーブーストを発動。

 強化された人工筋肉の脚力とスラスター噴射、そしてフィールド崩壊時に生じた反作用によって、1トンを超える巨体を上空まで跳躍させたのだった。

 人工筋肉のオーバーブーストであるTJMブーストの基礎理論を構築したのは、但馬健吾博士。

 彼の名字の頭文字を取って、TJMと名付けられた。

 但馬博士は冷戦後から現在に至るまで、宮元家の協力者だ。

「お望みのクライマックスだぞ、バケモノ……!」

 ヘビーアーマーのワイヤーネイルが、猛烈な勢いで巻き上げられ──コキュートスの周囲に大量の残骸が撒き散らされた。

 ネイルが貫いた、敵ドロイドの残骸だった。

 先程のネイルアタックはコキュートスを狙ったものではなかった。周囲のドロイド達を巻き込み、デブリとして空間にバラ撒くための攻撃だった。

 空中にデブリの壁を作られ、コキュートスは高速機動を封じられた。

 更にプラズマをほとんど使い果たした今、この狂った技術のイカロスは空にいながらにして自由を喪失したのである。

『ははははは! 素晴らしイ! ワタシの翼をもぐか! サザンクロスゥ!』

 コキュートスは歓喜した。

 好敵手と認めた男が、今度もまた自分の予想を超えてくれたのだ。こんなにも嬉しイことはないィィィィ!

 苦し紛れに残ったプラズマをランチャーに込めて発射しようとした時、ヘビーアーマーが落下軌道で突っ込んできた。

「ドッキング・アウト!」

 南郷はボイスコマンドと共に、マニュアルで爆砕スイッチを押しこんだ。

 ヘビーアーマーの上半身と下半身を繋いでいたフレームのロックが爆破され、上半身が500キログラムの質量弾と化してコキュートスめがけて射出された!

 プラズマランチャーの蒼炎がヘビーアーマー上半身を飲み込んだが、その質量を焼き尽くすには至らず。

 焼け焦げた重装巨人の上半身は、まるで自分の意思があるかのように拳を振りかぶり──

 巨大なる鉄拳を、コキュートスに叩き込んだ。

『ぶげっ……』

 メリッ……と鈍い音がした。

 直系70cmの鉄拳が、コキュートスの腹部を完全に叩き潰していた。

 コキュートスの全神経が、電気的に接続された全ての人工的機能が損壊、再起動不能の警告に染まる。

 もはや火器管制システムすら停止寸前。

 装甲の奥の明滅する目が、おぼろげに動く物体を捉えた。

『サ・ザ・ン……くロスゥゥゥゥッッッッ!』

 ノイズまみれの人工声帯が、最後の叫びを上げた。

 辛うじて発射された右腕のプラズマカノンのラストシュートが……黒い影を貫いた。

 確実な直撃だった。

 南郷の通常装甲服では、プラズマ弾には耐えられない。

 相打ちで終わるのもまた、人生の華。

 そう満足して終わろうとしたコキュートスには、別の結末が待っていた。

 南郷は蒼炎の中から、外部装甲をパージしながら突進する。

 R.N.A.ヘビーアーマーは、電磁反応装甲の肉襦袢。

 ヘビーアーマー内にはライトアーマーを装備した通常装甲服の南郷が、マトリョーシカのように入って操作していたのだった。

 コキュートスの最後のプラズマ攻撃はライトアーマーを破壊したに留まり、無傷の南郷がグレネードランチャーつきの突撃銃を構えた。

「これがショーダウンだ、バケモノ……!」

『そのヨウだ、ナ』

 南郷の赤い左目がバイザーの奥で光り、コキュートスの満足げな白眼と交差。

 至近距離からのグレネードが、コキュートスの頭部を吹き飛ばした。

 白きイカロスが自由の果てに、燃えて墜ちる。

 全てを殺す七殺火。

 その怨念を遂げた呪いの鎧ともつれ合って、泥と雪の戦場に、どちゃりと墜ちた。


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