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ヒト・カタ・ヒト・ヒラ  作者: さんかいきょー
国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと
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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと-炎上編-27

 〈ジゾライド改二〉との戦闘の翌日――剣持弾は市ヶ谷の防衛省に呼び出され、その日の昼過ぎにベースとして使用している富士駐屯地に帰ってきた。

 機密保持の都合上、整備スタッフ以外に人間の同僚はいない。

 プレハブ作りの臨時待機所に入ると、剣持の制服のポケットから声がした。

『お疲れ様です 剣持一尉』

 サポートAIであるウルの声だった。

 デルタムーバーに搭載されたAIのはずだが、なぜかポケットのスマホから声がする。

「ちょっと待て! なんだよこりゃあ!」

 予想外の出来事に剣持が慌ててスマホを取り出すと、身に覚えのないアプリが起動していた。

「サポートアプリのUKAだぁ……? こんなモン、俺は入れた覚えないぞ!」

『私は 現在 日本で流通しているスマホの大半に プリセットインストール されています』

 ウルが今、妙なことを言った。

「『私』? いま、お前がスマホにインストールされてるって……」

『正確には 一般向けの日常生活サポートアプリ UKAとしての 私です』

 困惑する剣持が情報を整理しようとするよりも早く、ウルが分かり易い例を挙げてくれた。

『こっちの声の方が、私がウカだと理解し易いでしょうか?』

 ウルの声色が男性的な合成音声から、流暢な少女のそれに変わった。

 剣持も聞き覚えのある声だった。

「この声……テレビのCMとか東京の街中で良く聞く……」

『はいっ! 色んな商品コラボのコマーシャルも、歌も配信も頑張ってますっ!』

 アイドルの営業、あるいはアニメ声優のような甘ったるい声。

 そしてスマホのディスプレイ上ではUKAのマスコットキャラクターが笑顔で踊っている。

 剣持は青ざめた。

「悪いが、その声で喋るの止めてくんないか……」

『えっ、なんでですかっ?』

「あのカーナビ野郎がオカマになったみたいで混乱するっていうか、気持ち悪いっていうか……」

『そもそも私、性別はないんですけどぉ……。それに私、カーナビじゃなくって……』

「あー……」

 剣持は言葉を失った。

 この違和感の理由は、明確に言葉にしなければ伝わらないのだと悟った。

「さっきまで人格のない道具として扱ってたスマホが、急に女の子になって喋り始める……この唐突な展開、普通の人間はついていけないと思うぜ」

『ああ、なるほど。環境の急激な変化には適応し難い……ということですか』

「分かったのなら――」

『剣持一尉がお望みなら、戦闘中もウカとしてナビゲート可能なんですけどぉ……』

「俺は戦闘AIとしての現状復帰を望む」

 戦闘中に女の子の声でアレコレと指示されてもやり難いだけだ。剣持に女の子と一緒に戦争をして喜ぶ趣味はなかった。

『……了解 私は ウルとしての 活動に 戻ります』

 いつもの声に戻って安堵すると同時に、剣持に新たな疑問が浮かんだ。

「お前、ずっとスマホから俺を監視してるのか?」

『否定 あなたは 学習対象であり 任務のパートナー です 監視対象では ありません』

「なら、どうしてこのタイミングで俺に声をかけた」

『ねぎらい 気遣い と ご理解ください』

 要するに、関西方面の自販機が商品を買うと「おおきに!」と客に声をかれるようなものか。

 自販機に出来るのだからAIに出来ないわけがないし、そもそも監視するのならそこら中の監視カメラとリンクすれば良いだけだ。スマホなど関係ない。

『今日は 一段と お疲れである 可能性が高いと 判断しましたので』

「どうして、そう思う?」

 剣持は溜息混じりにパイプ椅子に座った。

 実際、剣持は疲れていた。

 ウルの入っているスマホはデスクの上に立てかける。

『あなたが 市ヶ谷に 召喚された理由は 責任の追及 叱責である可能性が 高いからです』

「正解だ。昨日の戦闘、大騒ぎになっちまったからな」

 剣持と〈ジゾライド改二〉との戦闘は一般市民に目撃され、あまつさえカメラで撮影されていた。

 尤も、電子機器に障害を及ぼすゴーストジャミング下での動画撮影という時点で、それ自体が左大の仕込みである可能性もあるのだが。

「国会の承認を得ない自衛隊の出動が公になったんだから、政治家先生も背広組も大騒ぎさ。で、誰かさんは例のごとく俺に責任を擦り付けようとして――」

『反撃 したのですか』

「そ。責任を取るのは俺じゃなくて、俺を派遣した責任者の誰かさんだからな。責任を取るのが責任者の仕事だ。その辺を履き違えてる奴は、教育だよ」

 剣持は右手を払ってみせた。

 素手で何かを殴り付けたようで、にわかに赤く腫れている。

「あの戦闘で発砲しなかったのは俺の仁義だし、上への最低限の気遣いでもある。撃たなければ結果はどうあれ、最低限の言い訳が立つ。それが政治ってもんだ」

『あなたは先日 一般市民に 無抵抗で 殴打されていました それも 仁義 なのでしょうか』

「俺に明確な非があって、相手に理があるなら罪を受け入れるさ。お前、俺がいつも暴力に暴力で反撃する野蛮人だと思ってたのか?」

 ウルは問いかけに肯定も否定もせず、少し考えるように間を置いた。

『仁義 著しく個人差のある 曖昧な 定義です 学習不足 今の私には 理解し難い』

「ならプライドと言った方が分かり易いか?」

『プライド それに固執する者は 歴史上 ことごとく 破滅していきました』

「あのな、馬や犬だって自分の仕事とか役割にプライドを持ってるんだぜ? プライドを捨てたら獣以下……虫と同じになっちまうよ」

『……貴重なご意見 ありがとうございます』

「メール対応のテンプレみたいな返しはやめろ。もっとウェットにとんだ……」

『では ウカとして 対応 しましょうか』

 剣持は苦笑して首を振った。

 ただの道具にそんなことを要求するのはお門違いと言える。

 再び、ウルが発声するまでに僅かな間が生じた。

『あなたが 我々に 味方するのも プライドの ためですか』

 今度は、剣持が少し考える番だった。

 内なる感情を口にすべきか。噤むべきか。

 感情をどういう表現で言葉にするか。

 剣持は鼻で軽い溜息を吐いて、背もたれに体重をかけた。

「俺がこの件に関わる理由は二つある。一つは、負けず嫌い。左大の野郎に勝ち逃げされるのは我慢ならんのだ」

『武士の誇り というものですか』

「そんな上等なモンだとは思わんがね」

『二つ目は』

「左大みたいな奴を野放しにするのが……危険だと思ったからだ。あいつは自分の欲望を満たすために手段を選ばない奴だと感じた。かといって、もう状況は止められない。だから、俺が相手をするのが最善だと思った」

 状況――ウ計画を取り巻く諸々のことだ。

 政治的に計画のストップは誰にも出来ない。計画を実力で阻止しようとする勢力が生じた以上、武力衝突も避けられない。

 何もかもが左大の望む熱い紛争状態に向かって突き進んでいる。

 激突と破壊の未来を、可能な限り最小限の被害で留めるなら自分が座視するわけにはいかない……それが剣持の自衛官としての責任と矜持だった。

「この答で満足か?」

『はい あなたは 素晴らしい 学習対象 です』

 褒め言葉なのか判断に困るが、とりあえず剣持は納得しておく。

「だが、その状況ってのが良くないんだわな……」

 剣持はスマホのディスプレイをタップして、ネットのニュースサイトを開いた。

 一面には先日の戦闘に関する記事ばかりが並んでいる。

「何もかも……奴の策にハメられている気が……いや気のせいじゃない。確実に……」

『それは 具体的に どのような?』

「分からないのか? 本当に……誰も気づいてないのなら、この国……ヤバいぜ?」

 剣持は舌打ちと共に、記事の見出しを下方向にスライドしていった。

 注目度の低い国内政治関連の下部には、政治と金の生臭い記事が点在していた。

 一見、それらは世間の注目度が低い、ありがちな汚職事件のように見えるが――

「このタイミングでこれはな……」

 剣持の嗅覚は異様なきな臭さを感じていた。


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