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ヒト・カタ・ヒト・ヒラ  作者: さんかいきょー
ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと
134/234

ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと40

高速飛行サイボーグvs増加装甲パワードスーツ! の巻

 湖上の橋は今、蒼く燃えていた。

 サイボーグソルジャー・コキュートスの右腕に内蔵されたプラズマカノンは、マイクロ波で生成されたリチウムイオンをローレンツ力で投射するシステムだった。

 宇宙用イオンエンジンの開発失敗による副産物ともいえるこの兵器は、生物の殺傷、あるいは電子機器の破壊を目的としたもので、装甲厚をアテにした防御はほとんど意味がない。

 直撃すれば、人体は瞬時に沸騰して破裂する。

 それをコキュートスとの事前の会話から予測して、南郷はスタッフに電磁的な防御システムの強化を依頼していた。

 装甲服の左腕に装着された展開式シールドは、直撃コースのプラズマ弾を逸らし、路上に撒き散らした。

 プラズマの見た目は派手だが質量はゼロに等しい。

 どれだけ加速されて射出されようが、着弾時の衝撃がないのは幸いだった。

 蒼炎の中を、南郷は翡翠色のブラストを吹きながら疾走した。

 同じ位置に1秒と留まっていられない。足を止めれば、一方的に狙い撃ちにされる。

「銃を……借りる、ぞっ!」

 右腕を足元に伸ばす、もちろん届かない、が増加装甲に備わったマシンアームが展開して右腕の動作をトレース。

 地面に転がっていた〈アルティ〉の残骸から、20式小銃を拾い上げた。

 マシンアームから小銃を受け取り、右手に装備。人工筋肉のパワーアシストで、フル装備4キログラム超の小銃が、拳銃どころかプラスチック製水鉄砲ほどの軽量に感じられた。

「IFEチェック、光学照準!」

 ボイスコマンドを入力すると、HMD内にレティクルが表示された。

 新規に増設されたセンサーユニットと連動したFCSが起動し、ヘルメットのバイザー上に赤い紋様として透過表示される。夜間では目立ちすぎる明らかな不具合だが、視認性は走行に伴う足元の派手なブラスト光も含めて最初から諦めている。

 南郷のレティクルは視線と同調して動き、上空の青いプラスト光を捕捉、滞空するコキュートスの姿を拡大、

 レティクルに捉えたコキュートスに向けて、片手で小銃を発砲した。

 曳光弾を装填されていない通常弾の弾道は、肉眼で捉えることは出来ない。

 確実なのは、コキュートスが僅かに横方向にスラスターを吹かしたことだけだ。

 地上からの、しかも走行中に撃った小銃の射撃なぞ、当たるわけがない。

「チッ……牽制にもならんな!

 気休めだと分かっていながらも、南郷は断続的に射撃を続けた。

 20式小銃は3点バーストが廃止されているため、こういう局面ではトリガー制御が面倒だと感じざるを得ない。

 R.N.A.のパワーアシストがあれば重機関銃の携行も可能だが、今回は機動性重視のために装備していない。

 敵の残骸から現地調達しようにも、〈スモーオロチ〉が装備しているM2機関銃は個人が携行できるような設計になっていない。ボタン式のトリガーでは小銃や軽機関銃のように手で持って撃つのは不可能だ。

 ともあれ、こちらも動いている限りコキュートスもまた正確な射撃は出来ない。

 プラズマカノンは南郷の後を追うように道路に着弾し、キュン! キュン! キュン! と金属的な空裂音を夜天に響かせていた。

「タケハヤ! 上空の奴が見えるか!」

 狙撃担当の〈タケハヤ〉に向かって叫ぶ。

 といっても、火力支援を期待しているわけではない。そもそも対物ライフルを当てられるような相手ではない。

 間を置かず、無感情な声が返ってきた。

『確認済 です』

「これから射撃する! 奴の動きを解析しろ! 不自然な点、あったら……教えろ!」

 その何度目かの対空射撃で、小銃は弾切れになった。

 マガジンを拾う余裕はないので、その場で投棄する。

 南郷から確認できたコキュートスの動きは、僅かな横移動のみだったが――

『敵サイボーグの 体表に 可動部位を複数確認 イルミネーターの可能性大』

「イルミネーターだ?」

『球状の小型センサーユニットです セミアクィブレーダーを照射して 敵弾の接近を感知――』

「つまりは外付けの……目!」

 コキュートスの回避運動のカラクリが解けた。

 BMIチップで外部装甲のセンサーユニットと接続し、肉体の一部として使用しているのだ。

 全身に設置されたイルミネーターは360°全周囲を知覚する、コキュートスの神経と考えて良いだろう。

 だが、神経というのは都合良く自分でオンとオフを切り替えられるモノではあるまい。

(おそらく、そこが奴の隙……)

 戦術を思考する。撃破の道筋を組み立てる材料は揃った。

 後は設計図を組んで。自分で作って渡るだけ。

 〈タケハヤ〉と連携して作戦に当たるのがベストであるが、そう上手く事は運ばない。

『アラームメッセージ 当機は 敵ドロイド部隊に 捕捉されました 戦闘レンジ内です』

 不利な状況でも、〈タケハヤ〉は淡々と報告するだけだった。

『エンカウントメッセージ 戦闘開始 合流は 困難です』

「ならSAMは全弾発射しろ。もう邪魔なだけだ!」

『イエッサー ご武運を』

 別れの定型句を最後に、〈タケハヤ〉は通信を切った。

 同時に、霞ヶ浦東対岸から3発のブラスト光が上昇するのが見えた。

 〈タケハヤ〉が装備していた対空ミサイルの全残弾だった。

 ミサイルは上空のコキュートスに向かって加速、飛翔するがイルミネーターによって探知された。

 コキュートスはミサイルが回避し切る前に自ら突っ込み、その旋回半径内に侵入。

 空中で舞うような高機動を披露し、易々とミサイルを全弾回避した。

 それだけに留まらず、すれ違い様にプラズマを帯びた手刀でミサイルを切断し、蹴とばし、プラズマカノンで撃墜し、戦闘機動で夜空に螺旋状のブラスト航跡を描いて見せた。

 余裕を誇示するかのように。

 現代の対空ミサイルは亜音速で機動する人間サイズの飛行ユニットへの攻撃は想定されていない。当然ともいえる結果だった。

 しかし、携帯式地対空ミサイルとはいえ至近弾を受ければただでは済まない誘導兵器である。

 牽制にはなった。

 この隙に南郷は擱座した〈スモーオロチ〉の肩へと跳躍。

 設置されたスモークディスチャージャーを蹴とばし、暴発させた。

 無軌道に放出されたチャフ入りスモーク弾の煙幕が、橋全体を覆う。

 南郷は〈スモーオロチ〉の機体下部に滑り込んだ。ここなら、上空から狙うのは困難だ。一時的な退避壕になる。

 ここで過熱気味の脚部スラスターとバッテリーを僅かでも休ませつつ、戦術を思考する。

『ちょっとしたインターバルか。それもイイだろう……ファファファファ』

 また、〈アルティ〉の残骸を通してコキュートスの声が聞こえた。

 どうでも良い。好きなだけ言わせておく。

『サザンクロス……キミはワタシが狂っていると思っているだろウ? 家族を殺されて狂った哀れな男ォ……? いやあ、違う違う。大きな誤解だよ、それワ』

 狂った機械の自分語りなど興味もなかった。言語として認識しないことにした。

 南郷の息遣いの向こうで、機械越しに機械の雑音が垂れ流しになっていた。

『ワタシはただ――解放されたんダ。家族、人間関係、労働、ローン、税金、組織、地位、階級、国籍、倫理、法律、人種、そして人間の脆弱な肉体。全ての束縛から解放された、真の自由ゥ……。フリィィィィィィだぁム! ホー・フェィシュ! ワタシの本当の望み! 本当の救済! キミもその一部! そウ、サザンクロス! キミもワタシの人生の一部! キミはワタシを生という最後の呪いから解放してくれルノ、ダ!』

 ノイズを意思の彼方に追いやって、南郷は黙々と装備の確認をする。

 武装はMMEと腰部ハードポイントのナイフ二つ。

 腰と肩のワイヤーアンカーは直撃させても装甲対象には致命傷にはならない。武器としては使えない。

 右腕のマシンアームは、義手の動きをトレースするだけの物まね人形だ。

 可動肢の制御用ソフトウェアは依然として未完成で、代替処置として南郷の右義手の神経接続ハブに直結させてある。

 なので、南郷が右腕を動かそうと念じれば、右腕本体を喪失しても代わりに動いてくれる。

 武器としては使えないが、何かの保険にはなるだろう。

 いつものマフラーはマシンアームの可動の邪魔になりそうなので、増加装甲と胸元の隙間に押し込んである。元よりコレはアテにしていない。南郷に名残惜しく憑りついているだけの、気ままな昔の女に頼っても無意味だ。

 展開式シールドのメタマテリアル残量は70%。余裕はある。

 脚部スラスターの推進用マテリアルは残り50%。稼働時間に難がありすぎる。だが、元より短期決戦のつもりだ。

 敵は常に飛行している。

 こちらの間合いには――

『互いの能力を最大限にぶつけ合う命の輝きィ……。だからワタシはワタシの戦闘領域で戦う。都合よくキミの剣の攻撃範囲には入らない、ヨ? さあ、どう戦う? どうやってワタシを殺す? とても楽しみだァ……』

 そう、奴は入ってこない。

 MMEの最大攻撃範囲は約50メートル。それも刀身を延伸させた刺突に限られる。

 体積を引き延ばされたメタマテリアルは縦方向の衝撃には強いが、横方向からの力には脆い。

 パワーアシストの力任せに振れば、途中でポッキリと折れてオシマイだ。

 要するに、仮にコキュートスをギリギリ間合いに捉えても、刺突というピンポイントの攻撃しか行えない。

 高機動の飛行能力を持ち、自在に姿勢制御を行うサイボーグ相手に当てるのは、まず無理と考えるべきだ。

 マトモにやり合えば、勝ち目はない。

 同時に、奴もまた決め手に欠ける。

 プラズマカノンはこちらのシールドに阻まれ、南郷に致命傷を与えられない。

 そこに奴が焦りを見せれば、手はある。

 煙幕が、晴れようとしていた。

『ファファファ……千日手をご希望かナ? だが、ワタシは待ちくたびれた。もう何年も……この瞬間を待っていたんダ!』

 歓喜に震える狂人の声が響く。

 煙幕の切れ間に、南郷のバイザー上の赤いレティクルがギョロリと向いた。

 100メートル先の湖上に、低空でコキュートスが滞空していた。

 高度は南郷のいる橋と同じ高さ。誤差は1cmとない。

 コキュートスが左腕から何かを発射したのと、南郷がシールドを展開したのは、ほぼ同時だった。

 カシッ――と小さな音が、シールド表面から聞こえた。

「うっ……?」

 違和感に、南郷の首筋が軋んだ。

 なんだ、今の音……音!

 聞き慣れたメタマテリアルの弾着発火音ではない。瞬間的に水が凍りついたような、音。

 何かが着弾したと思しきシールドの一部分が、真っ白に凍結しているのが見えた。

『コレが、ワタシがコキュートスと名付けられた……由縁、ダ』

 コキュートスの言葉に続いて、プラズマカノンがシールドに着弾した。

 シールドの一部は機能せず、ガラスのように割れて吹き飛んだ。メタマテリアルの流体化による発火現象すら起こらなかった。

 防ぎ切れなかったプラズマの欠片がR.N.A.本体の装甲に達し、電磁反応装甲が激しい火花を吹き上げる!

「うおおおおおおおっ!」

 閃光の中で南郷は叫ぶ。

 ここに留まっていてはまずい。負ける。死ぬ。確実に!

 半ば無意識に〈スモーオロチ〉の足元から脱出し、スラスターを吹かして回避運動を取った。

 回避した空間を何かが貫き、それは橋の手摺に突き刺さって、連続で乾いた音を出した。

 カシッ、カシッ……という、あの音だ。

 一瞬、そこに目を向ければ着弾点を中心に手摺が真っ白に凍結しているのが見えた。

 弾痕は見えない。おそらく、ごく細いニードル弾が刺さったのだ。

 それだけで、南郷はシールドが破壊された原因を悟った。

 極低温ニードルによる、物体の凍結。

 メタマテリアルは流体化できず、熱と運動エネルギーの変換機能を喪失し、防御機能を失うのだ。

『前の職場にいた時も、キミのような反応装甲を使う敵と戦ったのでネ。まあ、その、対策済みなんダ』

 コキュートスが、また高度を上げた。

 南郷を退避壕から追い出したのだから、もう低空に留まる必要はないというわけだ。

 降り注ぐニードルを本体にくらうワケにはいかない。電磁反応装甲を破壊されると分かりつつも、シールドで受けるしかない。

 シールドを犠牲にしながら、南郷は脚部スラスターの機動性で辛うじてプラズマカノンをかわしていた。

 HMDに表示されるスラスターのマテリアル残量が30%を切っていた。

(どうするかねぇ……?)

 思案する。

 回避機動を取りながら、どうやって勝つかを思考する。

 既に防御力という唯一のアドバンテージは喪失した。

 コキュートスに戦闘機動を取らせる手段がない以上、ジェットパックの推進剤切れを待っても無駄だ。プラズマカノンとニードル弾の残弾数にも十分に余裕があると見るべきだ。

 確実に、こちらが先に殺られる。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 自分の息遣いだけが、生死の境界で静かに響く。

 焦りはない。恐怖もない。後悔もない。未練もない。

 自らの死も、敗北も、客観的な結果の一つでしかない。

 不要だ。戦術という数字のせめぎ合いの中では、全てが無意味で無価値だ。

 ただ、この不自由で制限だらけの己という手駒を以て、どうやって劣勢を覆すかを計算する。

『ファファファ……自分の命など勝敗には関係ない。そう思っているだろウ、サザンクロス?』

 なにかまた、耳障りな音がする。

『我々という愚かしき人間兵器は生ありきではなく、死ありき。メメント・モリィィィィィィィッッッッ!』

 怒涛のようにニードルが降り注ぐ。

 その千本針をシールドで受け止める! メタマテリアルが全凍結し、翡翠色のシールドが完全に白く染まった。もう使い物にならない。

 間髪置かず蒼きプラズマが燃える熱河となって南郷を飲み込んだ。

 全てを焼き尽くす電熱の業火が橋を覆う。

『ファファファ……終わり? いやいや……そ……と……な……』

 〈アルティ〉の残骸から響くコキュートスの声には、大量のノイズが混じっていた。マトモに聞き取ることも出来ない。

 帯電したイオンは大気を電離させ、電波障害を引き起こす。

 障害は通信だけに留まらず。コキュートスの索敵にも影響を及ぼした。

『シマッタ……良い気分になりすぎ、タ……』

 コキュートスはBMIの影響の少ない、左の肉眼で南郷を探した。

 だが機械と接続された視覚野と聴覚野にいちいちエラーメッセージが送られて邪魔になる。

 その上、人間の目だけで夜間索敵など不可能だった。

 故に――南郷の発見が遅れた。

 プラズマの影響が消えた途端、脳に一斉にBMIチップからの情報が流入してきた。

(Caution Caution)

(Enemy soldier approaching)

 航空機の緊急警報を思わせる警告は神経を逆なでし、本能的危機感が喚起。

『ウッ、ヌッ!』

 全身のイルミネーターが下に向いたかと思えば、半分が橋の方向に向き直った。

(Caution Caution)

(Enemy over there)

「グゥゥゥゥゥ?」

 体が自動的にイルミネーターに追随し、左半身と右半身が別々の方向に動く。

 大量の情報信号の網膜投映により、白く発光する右目がFCSと自動同期し、橋の手摺からこちらを狙う人影をロックオンした。

『あれ、かァ!』

 右腕のプラズマカノンを発射。

 即、着弾。

 人影は青い炎に包まれる。

 だが、それだけだ。

 電磁反応装甲の発火がない。

『ウッ……!』

 コキュートスが危機感を覚える。

 センサーと連動した右目が炎上する人影を拡大。南郷ではない。切断された〈アルティ〉の残骸だ。切り離されたワイヤーアンカーで手摺に固定されていたのだ。

 つまり、本物の南郷は――

『し・た・かァァァァァッッッッ!』

 左腕内蔵のニードルガンがオートで下を狙った。

 カン! カン! カン! 乾いた音を立てて湖面に白い凍結点が発生した。ニードルガンは全て回避された。

 そしてコキュートスは、自分の左足首に何かが衝突、下に引っ張られるのを感じた。

『オオオオオオオオオオ!』

 左足を確認。

 ワイヤーアンカーが巻き付いている。

 その100メートル下の湖面に、翡翠色のブラストを放出してホバー状態の南郷が浮いていた。

 ワイヤーアンカーの牽引に抗おうと、オートでジェットパックが推力を上げた。

『やめろ! 推力を下げろ!』

 コキュートスの判断は、もう遅かった。

 推力上昇に合わせてワイヤーが高速で巻き上げられ、南郷がコキュートスに迫る!

 南郷の右腕には、ツインエッジモードのMME。

 距離、既に50メートル以内。間合いの内側点……!

「ツインエッジ、ロング!」

『コールドソード!』

 お互いのボイスコマンド入力は、ほぼ同時だった。

 コキュートスの極低温ソードがワイヤーを切断し、南郷のMMEがジェットパックを貫いた。

 破壊されたジェットパックは燃料に引火し、夜空に青い火球となって爆ぜた。

 支えを失い、南郷は昏き水面に落ちていく。

 イカロスの翼を無くし、コキュートスは蒼炎に包まれながら墜ちていく。

『ファファファ……見事ダ。あぁ、人生は楽しいなぁ……サザンクロス?』

 炎の中で、狂ったサイボーグは笑っていた。

 満足げに、この戦いの全てを満喫したように、しかし――

『今がワタシの……クライマックス、ダ!』

 まだまだ、欲の炎が燃え足りないと渇望していた。

 更なる力を、更なる戦いを、遥か高みに飛翔して、心の芯まで燃え尽きようと、コキュートスの蒼炎が弾けた。

 ジェットパックのスタビライザー先端から、小型の球体ユニットが放出、拡散。

 球体ユニットは、電磁場を帯びたプラズマ誘導子だった。

 炎は無数の蒼い火球となって、引力に引かれる遊星となって、コキュートスの周囲を周回し始めた。

『TJMブースト……』

(READY GO)

 コキュートスのコマンド入力と共に、全身のイルミネーターが一斉に南郷を捉えた。

「ンッ……!」

 異常を感じた南郷が空中で構えようとした瞬間、蒼い航跡が至近距離を駆け抜けていった。

 その瞬間、胸の増加装甲が切断されていた。

 重電磁反応装甲が何の反応もなく、パックリと割れていた。

 一瞬の内に、コキュートスの極低温ソードで切られていた!

「な、に……!」

 落下中、着水まで1秒とかからぬ間に、コキュートスは想像を絶する高機動近接攻撃をかけてきた。

 南郷は着水と共に脚部スラスターで制動、ホバーに移行する。

 夜空には、蒼く燃える流星が飛翔していた。

『ハハ! ハハハハハハハハハ! 人間でワタシにコレを使わせたのは、キミが初めてダ! サザンクロス!』

 流星から、コキュートスの哄笑が響く。

 南郷のヘルメットのバイザーで赤いレティクルが縦横無尽に動いている。FCSがコキュートスの動きを追おうとしているが、圧倒的高機動に追随できない!

 相対速度に差があり過ぎる。

 今の南郷はコキュートスから見れば止まった的も同然だ。流星から無数のプラズマが、コールドニードルが一方的に撃ち込まれる!

 もはや、回避不能だった。

「うぐぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」

 砕け散る火花、砕け散る装甲。

 HMD上に全身のダメージポイントが赤く表示され、警告音が止まらない。

 それでも、南郷は必死に回避運動を取り、ガンモードのMMEからスブレット弾で反撃した。

 回避も、対空攻撃も無駄だった。

 緩慢な円機動ではコキュートスの攻撃はかわせない。

 光学照準のみで放たれる短射程の散弾は、高機動モードのコキュートスには当たらない、届かない。

 今の南郷は、さながら航空戦力に圧倒される旧世代の艦艇であった。

 湖面は凍り、そして蒼く燃えていた。

 南郷はダメージ警告の嵐の中で、冷徹にコキュートスとの相対距離を測っていた……。

(ジェットパックは破壊した。高度は確実に落ちている。奴はサブスラスターを使ったオーバーブーストで攻勢をかけてきて……いる)

 今のコキュートスは派手で、凄まじい機動力に見える。

 だが実際は全ての燃料を一気に燃焼し、残弾を惜しまずに畳みかけてきているだけだ。

 後がないのは、奴も同じ。

 コキュートスの高度は水上から約60メートルを維持している。

 こちらが散弾で弾幕を張っても、それ以上は上昇しない。いや、出来ないのだ。

 かといって、それ以下に高度を落とせばMMEの攻撃範囲内となる。

 コキュートスとしても、ギリギリの戦いなのだ。

 だから――

(奴は確実に……勝負をしかけて……くる!)

 確信、した。

 蒼き流星と化したコキュートスが、一直線に南郷の直上60メートルに突っ込んでくる!

『ファファファファ! そろそろエンディングといこうじゃあ、ないカ!』

 コールドニードルが飛来!

 だが、南郷は避けない。

 敢えて、その場でニードルを受ける!

「ぐゥッ!」

 破壊された増加装甲を三発のニードルが貫通。その下の装甲服すらも貫き、南郷の胸に凍った針先が突き刺さった。

 逸れた四発のニードルは南郷の足元に刺さり、水面を氷結させた。

 南郷の不可解な行動に、コキュートスの動きが一瞬鈍った。

『な? 避け・な・い?』

 ほんの一瞬、1秒にも満たぬ逡巡の間が生じた。

 コキュートスの脳と、BMIチップの判断とに齟齬が生じ、プラズマカノンの発射が遅れた。

「い・ま・だーーーーーーッ!」

 南郷は脚部スラスターの全マテリアルを放出。

 同時にMMEツインエッジの切っ先を、凍った水面に向かって打ち込んだ。

 メタマテリアルは極低温に氷結した水面に接触し、流体から固体化。翡翠色の結晶体が膨張し、そこへ打ち込まれた刀身は結晶を切断できず、如意棒のごとく南郷の体を空中に押し上げた。

 敵の攻撃を逆手に取った、MMEを応用した高空への棒高跳びであった。

 高層ビルに匹敵する高さへの、自殺同然の片道ジャンプ。

 南郷は、60メートルの空中へと、コキュートスの突っ込む鼻先へと、自分自身を最後の武器として投射したのだ。

 そして――片刃となったMMEをコキュートスへと振り下ろす。

 近接航空迎撃――!

『う、おおおおおおおおおお!』

 コキュートスの絶叫が響き、蒼きプラズマと赤の斬撃が交錯。

 先に攻撃を繰り出したのは――反応速度に勝るコキュートスの方だった。

 高機動の勢いに乗った右手プラズマソードが、MMEと衝突。互いの武器が、互いの腕が、砕け散った。

 赤色メタマテリアルと、蒼いプラズマの欠片が宙に舞った。

 コキュートスの右マシンアームと、南郷の右の義手が、潤滑液と人工筋肉を撒き散らして跡形もなく吹き飛んだ。

 南郷に、もう武器はない。

 だが、コキュートスには左腕がある。極低温ソードが残っている。

『ファふあふぁファー―! ワタシの、勝・ち・ダァァァァァ!』

 勝利を確信したコキュートスの狂喜の右目に、あり得ないモノが映った。

 南郷の砕けた右腕の背後から、もう一本の腕が、細いチタンフレームに人工筋肉が剥き出しのマシンアームが、伸びている。

 マシンアームには、一本のナイフが逆手に握られていて――

『ぶっ……!』

 擦れ違いざまに、コキュートスの喉を深々と切り裂いていた。

「残念……だったな……」

 南郷の声には、熱が失われていた。

 致命傷の人間の声だった。

 コキュートスもまた、喉を半分まで切り裂かれていた。

『いいや。満足ダ……ヨ』

 本心からの感謝を残して、遊星まといし蒼き流星が墜ちていく。

 南郷を通り過ぎ、橋の向こうの湖面に向かって墜ちていった。

 計算通りの、戦術的勝利を南郷は得た。

 そこに自分の生存という無意味な数字は――入っていない。

 全ての力を吐き出した装甲鬼は、暗黒の水面に落ちた。

 ぼとん、と存外に小さな音と水柱は一瞬で消えて……人間一人の重さを物語っていた。


十字星、流星と共に墜つ……

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