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ヒト・カタ・ヒト・ヒラ  作者: さんかいきょー
ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと
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ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと36

 民間人の強制徴用による、挺身攻撃作戦。

 徴兵した暴走族たちが好んで使う言い回しに変えれば、いわゆるカミカゼ、特攻というやつだ。

 南郷がこの作戦を採用した最大の理由は、敵に対する心理的プレッシャーにある。

 事前に配置した斥候からの情報で、投入される戦力が陸上自衛隊空挺装輪機大隊であることは分かっていた。

 正規の部隊を動かす以上、駐屯地は何かと騒々しくなる。

 市街地に近く、また防諜能力も低い自衛隊の施設の様子を外部から伺うのは容易であり、斥候は易々と部隊の動きを察知して知らせてくれた。

『おにーさーん、今度さー奈良漬け買ってきてよ~? 明日か明後日、本場の奈良漬け、飛行機で行って買ってきてね~? 本場のじゃなきゃダメだよ~? 買ってくんなきゃゼッコーだかんね~? ぎゃひひひひひ!』

 二日ほど前に、燐から意味不明な電話がかかってきた。

 暗号を用いた通話である。解読すると「習志野駐屯地で動きあり。本格的な実戦部隊が動く予兆あり。明日か明後日に飛行機が飛ぶ。極めて要注意」となる。

 電話を受ける場所も特殊だった。

 商店街の片隅の寂れた個人商店に設置してある旧型の公衆電話だ。

 その個人商店も宮元家の息がかかっており、かつての戦役時には諜報活動の拠点だったそうで、店主の老婆には「そういう用事に使う」とだけ説明して承諾を得ている。

 話は戻るが、陸上自衛隊空挺装輪機大隊といえば、陸自の最精鋭部隊である。

 彼らは想定外の事態にも臨機応変に対応できる練度を常に要求されている――が、現実はそう上手くいくものではない。

 いかに精鋭部隊とはいえ、自衛隊員である以上、実戦経験はゼロといって良い。

 噂では海外でのPKO活動中に非公式の戦闘を経験した者もいるらしいが、そんな政治的腫瘍めいた人材が何人も在籍していられるわけがない。

 そんな0戦0勝0敗の砂上の楼閣に、本物の想定外をぶつけてやったら――どうなるだろうか?

 守るべき自国民が、爆弾を抱えて、「殺さないで!」と助けを求めながら車やバイクで自分たちに突っ込んできたら――彼らはトリガーを引けるだろうか?

 仮にAIが指揮管制に使われているとしても、それは弱点にしかならない。

 あのウカにしても、将来的に政治経済軍事の指導を行うと吹かしてはいるが、最終的な決定権はお飾りの政治家にあるという。

 要するに、あくまで「人間がAIを使っている」「支配されているのではなく支配している」という形式を取るために、AIがどれだけ迅速かつ的確な提案をしても、愚鈍な人間が承諾のボタンを押せないのなら、全くの無意味ということだ。

 南郷の予測の結果は今、橋上の地獄となって眼前に広がっていた。

「どんな道具でも、使う人間がトーシロだと――このザマだな!」

 吐き捨て、南郷が滑走する。

 人工筋肉の肉襦袢、R.N.A.をまとい、脚部から翡翠色のブラスト光を撒き散らして、霞ヶ浦大橋を一直線に、敵デルタムーバー小隊に向かって、突撃している。

 次々と特攻していく暴走族の群れの後を追って、爆炎の先へ。

 路上には、改造車から吹き飛んだオーディオが転がり、ウカのふざけた電波ソングをノイズ混じりに流し続けていた。

 路上には、何人もの中年暴走族が転がっていた。

「うううう……」

「あー……あー……」

 痛みに呻いている。

 こいつらは肉の盾ではあるが、盤上の駒ではなく人間だ。

 なので、本当に必死に全力でもがけば拘束が外れるように細工してあった。

 最後まで生きようと本気で足掻くなら、生きる道は残してやる気だった。

 尤も、路上に投げ出されて手足を折ろうが頭を打とうが知ったことではないし、気絶したまま特攻した奴の生死も関知するところではない。

 こういう作戦を取った以上、都合良く死人がゼロになるわけがない。

 流れていく視界の隅では、火だるまになった人型の物体や、倒れたまま動かない人間もいるが、どうでも良い。

 南郷はお人よしでも博愛主義者でもないし、絵空事のような正義の味方になった覚えもない。

 半死半生の用済みどもを無視して、更に加速、突撃する。

 現在時速44km。

 車両としては遅いが、歩兵とすれば常識はずれの高速。

 感覚としては、子供の頃に履いていたローラーシューズでリノリウムの床を滑走していたのに近い。尤も、足首に少し力を入れるだけで前に進む。脚力は全く使わない。全く摩擦を感じさせない滑らかな走行だ。

 作戦前のレクチャーによると、常温超伝導のマイスナー効果による浮揚と、メタマテリアルの電磁発火による推進なのだという。科学的な理屈はイマイチ良く分からないが。

 約100メートル先で、脚部を破壊されて擱座した〈スモーオロチ〉が、腕部ハードポイントに装備した機関砲を暴走車両に向けるのが見えた。

『止まれぇぇぇぇぇぇ! 止まらないと撃つぞぉぉぉぉぉぉ!』

 半狂乱の搭乗オペレーターが外部スピーカーで必死に叫んでいる。無意味なことだ。

 本気で撃つ気なら、とっくに撃っているはずだ。

 事実、機関砲は直上に空しい威嚇射撃をするに留まった。

 スピーカーは未だ解放されたままで、コクピット内のAIとのやり取りが筒抜けだった。

『警告 射撃してください 障害を 排除してください』

『出来ない! 出来るかぁぁぁぁぁぁ!』

『当機のオペレーターは 任務に不適格と判定 直ちに 射撃管制を 私に 譲渡してくださ――』

 AIの無感情な音声は、新たな爆発に掻き消された。

 この機に、南郷は一気に距離を詰めた。

 接近に気付いたのは、随伴する数機の〈アルティ〉のみだった。

『攻撃対象 確認』

 3機の〈アルティ〉が南郷に20式小銃を向けた。

 暴走族相手と違って最初から敵として入力されているのだから、当然の反応である。

 南郷は足を止めずに、左腕に増設されたデバイスを前方に向けた。

「シールド!」

 ボイスコマンドの入力と共に、翡翠色のメタマテリアルシールドが展開、回転を開始した。

 小銃の射撃は全てメタマテリアルの渦に巻き込まれ、運動エネルギーと指向性を逸らされ、熱に変換され、火花と共に横方向に跳弾していった。

 展開式防盾システム。今回の作戦のために用意された試作兵装だ。メタマテリアルの消費を極限まで減らしつつ、最大の防御効果を得られる。

 そして攻撃の矛は赤色メタマテリアルの刀身を持つ剣、MMEである。

 射撃を無効化しつつ、高速で擦れ違いざまにMMEを一閃。

 原子一個分の薄さの刀身により、〈アルティ〉は横一文字に切断されていた。

 攻撃は、それだけに留まらない。

 橋の反対方向、東側から飛来した射撃が、〈アルティ〉の頭部を消し飛ばした。

 赤い火花が金属片と共に弾け、僅かに遅れてカン! という金属音が鳴り響く。

『警告 後方からの 敵の火力支援を確認』

 〈スモーオロチ〉の開放されたままの外部スピーカーから、敵AIの報告が聞こえた。

『敵は 対物ライフルによる攻撃で 随伴歩兵を攻撃中 増援が 阻まれています』

『どこから! どこから攻撃されているぅぅぅぅぅぅ!』

『敵射点位置 3点確認 3ポイントから 同時に攻撃されています』

 橋の東側で、新たな火花が咲いた。

 〈タケハヤ〉による掩護射撃であった。秘匿した位置から対物ライフルによる狙撃で、小隊に合流しようとする〈アルティ〉を妨害、ないしは各個撃破を行わせている。いかに高性能な人間サイズのロボットとはいえ、一直線の橋の上に乗ってしまえば狙撃など容易だ。

 偽装用に別位置から適当な射撃も行わせている。

 この混乱の中では、射点を特定されても正確な対応は出来ないだろう。

 ついに、南郷は〈スモーオロチ〉を斬撃の間合いに捉えた。

 距離、20メートル。

「アンカー、ショット!」

 増加装甲の腰部に装備されたワイヤーアンカーを射出。アンカーは〈スモーオロチ〉の頭部に引っかかり、南郷はアンカーを巻き上げつつ跳躍した。

 メタマテリアルスラスターの翡翠色のブラストが爆ぜ、筋肉ダルマの装甲鬼は一瞬で〈スモーオロチ〉の頭に取りついた。

 全高4メートルの機動兵器に、人間が肉薄攻撃をする狂気の沙汰。

 単純な質量では100倍近い開きがある。象に兎が挑むようなものだ。間近で見れば、サイズ差による心理的プレッシャーは凄まじく、マトモな人間ならば「敵うわけがない……」と諦めの境地に至るであろう。

 だが、南郷はこの程度の敵は馴れている。

「ツインエッジ! ロング!」

 ボイスコマンドと共に二基のMMEを連結し、〈スモーオロチ〉の首に突き立てた。

 直下に赤色の刀身が伸び、巨体は串刺しにされて機能を停止した。

 MMEの刀身は全ての物質の分子間を切り裂く。物理的な装甲厚など無意味だ。

 異様な人間サイズの敵に気付いた〈スモーオロチ〉小隊長機が、肩部に装備されたM2機関銃をこちらに向けた。

『な、に? 装甲倍力服? ど、どこの部隊……』

『訓練の仮想敵です 撃ってください』

『訓練弾なのか! 実弾なのか! ど、どっちだぁーーー!』

『撃ってください!』

 混乱する小隊長と急かすAIのちぐはぐなやり取りは絶好、必殺の好機。

 南郷はワイヤーアンカーで小隊長機に取りつき、MMEの斬撃で背面コクピットを攻撃した。

 一瞬でコクピットの外部装甲が切削され、中のオペレーターが露わとなる!

「な、なぁ――!」

 小隊長が、理解不能の戦況に戦慄する様が見えた。

「機体を破壊する! 死にたくなければ――」

「うおおおおお! 脱出ゥ!」

 即座にコクピットハッチが爆破され、コクピットから小隊長を乗せたシートがベイルアウトした。

 素早く、正しい判断だ。

 無人となったコクピットのモニタが、明滅している。

『オペレーターの戦線離脱を 確認 以降 機体制御は 私に 委任されます』

 AIに掌握された〈スモーオロチ〉の右腕が振り上げられ、南郷を狙った。

 体にまとわりつく虫を潰す、巨大なマニピュレーターが自傷覚悟で殴りかかる!

 バァン! と轟音が響き渡り、マニピュレーターの鉄拳が〈スモーオロチ〉自身の頭部を破壊した。

 既に南郷は機体を滑り落ち、同時にコクピットのコンソールごとハードディスクを切断していた。

 制御を失った小隊長機は、頭部を自らの手で叩き潰した異様な姿のまま立ち往生する形となった。

 残る2機の〈スモーオロチ〉は特攻による損傷で既に擱座しており、炎上中だった。背面に突き出したコクピットブロックは空で、搭乗オペレーターは脱出済のようだ。

 橋の上は、巨人と機人の死屍累々が散乱する、炎の地獄だった。

 もはや、動く者は誰もいない。

 それでも尚、南郷は戦闘態勢を解かなかった。

 これは所詮、前哨戦に過ぎないと理解しているからだ。

『ファ……ファファファファ……』

 本当の敵の、狂った笑い声が聞こえる。

 路上に転がった〈アルティ〉の上半身が、受信機となって奴の声を届けている。

『素晴らしイィィ↑……メウ・レー! 見事だヨ、サザンクロス! キミの戦いぶり、見せてもらッタ。昂るヨ。舌がピリピリするヨ。上等な食前酒を飲んだ時のヨウニ……』

「余興のピエロになった覚えはない」

『モチロンだ。ワタシもまたプレイヤーだ。舞台の上デ、殺したり殺されたりするためニィ……ここに来たの、ダ!』

 夜空に、妙な音が響いた。

 キィィィィィィン……という甲高い駆動音。ジェットエンジンに近いが、それにしては静穏だ。

 見上げれば、遥か上空に青白いブラスト光があった。

「ズーム……」

 南郷はボイスコマンドを入力して、ヘルメットのカメラで拡大確認する。

 HMD内にノイズ混じりの拡大映像がウインドウで表示された。

 湖上の200メートル上空に、装甲をまとった人間サイズのサイボーグが浮いている。

 顔も頭部もフルフェイスの装甲に覆われ、スリットの奥で右目だけが白く光っていた。

「それがお前の……戦闘形態か」

『ケェム! これがサイボーグソルジャーNo.13、コキュートス! ワタシのフル装備だ!』

 コキュートスの名乗りと共に、背中のジェットパックから青白いプラストが多角形に広がった。

 それはさながら、蒼く燃える氷の結晶……。

『ハハ、ハハハハハハハハ! さァ! 始めよウ、サザンクロス! ワタシとキミの、人生最高のラストバトルをォ!』

「うるせぇんだよ、酔っ払いがぁ……ッ!」

 己の死に酔う狂った改造人間の叫びを跳ね除けて、南郷はシールドを構えた。

 上空の青い光点がチカッと輝いた刹那、蒼く燃えるプラズマがシールドに着弾。南郷は渦巻く蒼炎の中心に飲み込まれた。

「ぬううううううう……!」

『ハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハ! ファファファファファ!』

 コキュートスの人工声帯が狂喜を表現し切れぬエラーを吐いて、哄笑は地獄に謳い、プラズマカノンの連射が南郷へと降り注いだ。

 最強の矛と盾を持つ装甲鬼が、凍れる炎の矛盾地獄に沈んでいく……!


強襲、迎撃、天と地と

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