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ヒト・カタ・ヒト・ヒラ  作者: さんかいきょー
ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと
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ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと33

 関越道下牧パーキングエリアは、上下線ともにトイレのみ設置の簡素なパーキングエリアだ。

 とはいえ、駐車スペースはかなり広々としていて、大型トラックも10台以上が駐車可能となっている。

 年明けを目前に控えた午後10時現在、上りパーキングエリアに降雪はないが軽い積雪あり。

 駐車しているトラックは1台だけだった。

 重機運搬用の大型トレーラーが、エンジンをかけたまま放置されていた。

 トレーラーは1時間ほど前に乗用車と共にパーキングエリアに入ってきて、トレーラーの運転手は乗用車に乗って去っていった。

 不可解な行動だが、目撃者は誰もいないので、不審に思う者もいなかった。

 現在、パーキングエリアに停まっている他の車は1台の軽自動車のみ。

 エンジンは点いているが、窓には日除けのアルミシートがかけられて、ドライバーは仮眠中だった。

 浅い眠りの中にあった軽自動車のドライバーは、不意の振動で目を覚ました。

「あ……なに?」

 車が、いや地面が揺れている。

 地震にしては揺れが小さい。だが、地鳴りが妙に近い。

 まるで、すぐ側の山から巨人か象でも降りてくるような地鳴りが、ズン、ズン、ズンと接近して、一瞬停止したかと思えば、ドン! と巨大な足音が間近で響いた。

「あぁっ! な、なにぃ! なんなのよぉ!」

 ドライバーは驚いて飛び起き、思わず頭を天井にぶつけた。

「あだっ!」

 痛がっている間にも、謎の足音はすぐ近くで動いていた。

 パーキングエリア内、軽自動車の真後ろで、巨大な物体がアスファルトを踏みしめ、金属の荷台を軋ませる音がした。

 やがて、モーターの駆動音やワイヤーがギリギリと鳴るような音がして、大型トレーラーの発進する音が聞こえて、それっきり物音はしなくなった。

 おそるおそる日除けシートの隙間から、駐車場を覗く。

 うっすらと積もった雪に、赤い電灯の光が反射して見えるだけだ。

 ドライバーは、ドアを開けて外に出た。

 何がいたのか、もう何もいないのか、確認しなければ不安でたまらなくて、我慢できずに外に出た。

 そして、異様な痕跡を見つけた。

「な……なんだ、これ……?」

 駐車場に、巨大な足跡があった。

 小雪を踏み抜き、アスファルトを砕き、長辺1メートルはあろうかという、四角形の足跡が刻まれていた。

 それは、まるで巨大な、象以上の体躯の四足動物が歩いたような、異様すぎる痕跡――。


 I県中部の暴走族残党には、伝統があった。

 1980年代の全盛期に一大勢力を誇った巨大暴走族〈零音芸怒(れねげいど)〉。

 最盛時の兵隊の数は150人を超えた、その初代総長――斉木流!

 スキンヘッドに眉を剃った風体から、ハゲバイクの蔑称や、極悪バイクロボ等の異名を持ち、その破壊マシーンのごとき凶暴性と容赦なき破壊行為で県内外の族から恐れられた、正に破壊の大帝! エンペラーオブデストラクション!

 高校を留年すること6年! 斉木の爛れた学生生活は、逮捕、退学という形で終焉を迎えた。

 少年法バリアが無いことに気付かずに一般市民を暴行したのが原因だった。

 逮捕される前夜、斉木は信用できる後輩に後を託した。

「零音芸怒は今日で解散だべ~! 明日からはぁ~! おんめぇが新たなチームのヘッドさやれぇ~~!」

「シャー―――ッ!」

 と、どこぞの赤いエースパイロットのような叫びで応えたのが、当時14歳の田河一臣だった。

 田河は〈零音芸怒〉の精神を受け継ぐ新チーム〈死斗龍軍団〉を結成。

 果てしない暴走行為を繰り返すこと――30年!

 現在、44歳!

 既婚! 二児の父!

 田河は今も、暴走中に半端野郎を見つけると積極的に攻撃する習性があった。

「あんだテメ~~? 族のくせにメット被って信号機守って~~? やる気あンのか、おーーーーーっ!」

 そういう爆音だけ鳴らして暴走した気になっている紛い物のクソガキを見つけると、横にバイクをつけて蹴り倒し、大いに笑ってやるのだ。

「ば~~~か! 家に帰って死ぬまでシコってろやボォゲ!」

 田河は今も昔と変わらず、ノーヘル、ナンバープレート無し、カフェホッパーを著しく曲解した神輿的改造バイクのオールドスタイルで、道交法完全無視で突っ走る!

「これがよぉ~~! 本物のトッコ―なんだよォゃ~~~ッッッ!」

 伝統のラッパを吹かし、騒音を糞のようにバラ撒きながら、I県の夜の王者として君臨――

 していたのは、昨日までのこと。

 現在、田河は自分のバイクに縛りつけられていた。

 二人乗りの形で、違法改造でガタガタになったシート後部に乗せられている。

「むーーーっ! むーーーっ!」

 身を捩って何か叫んでいるが、口をダクトテープでガチガチに塞がれているので無駄な足掻きだった。

 田河に代わってハンドルを握るのは、人間ではなかった。

 人間サイズの異形の自動人形〈祇園神楽〉であった。

 自慢のバイクは空力も重量バランスも無視したカウル拡張のおかげで、いたる所に爆薬を取り付けることが出来た。

 作業を終えた南郷が、同型のパッケージを見せてやった。

「TNTっていうメジャーな爆薬だ。派手に爆発する。これだけあれば一瞬で死ねるから、安心しろ」

「むぅ~~……! むっ、むぅ~~っっっっ!」

 田河が何か喚いている。

 ヘルメットの南郷の頭が、田河の口元に耳を寄せた。

「あ~~、なになに? 子供がいるから勘弁してくれ?」

「むっー! むむっ、むむむっむーーー!」

「下の子供はまだ2歳になったばかりなんだ? 子供を残して死にたくない? はーー、そうなんだ?」

 南郷は田河の懇願をするりと受け流して、次の作業のために移動した。

「お前の都合なんか知らんわ」

 田河はまだ何か必死に訴えているが、どうでも良いので南郷は無視した。

 人気がなく、電灯すらない農道に、大量の違法改造車両がアイドリング状態で駐車してあった。

 それら全てに〈祇園神楽〉が搭乗し、拘束された暴走族を強制同乗させていた。

 その内の一つ、スピーカーを積み、排気マフラーを無駄に延長した改造車にも、爆薬を積む。

 助手席に縛り付けた中年暴走族の足元に、木箱から手りゅう弾やライフルグレネードをボトボトと、無造作に流し込んだ。

「もごぉぉぉぉ……ごっ、ごっごっっ……」

 田河同様に口にテープを巻かれた中年が、涙と鼻水を垂れ流しながら何か言っている。

「ごめん、何言ってっか分かんねーや」

「もぉぉ……!」

「うん。車だけ貰って特攻させるってのも悪い気がしたからさ。せめて愛車と一緒に本物の特攻させてやろうっていうさ、思いやり。温かみだよ」

「んむーーー! むぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

「人様に迷惑かけるだけの何も成せないゴミみたいな人生の最後に、悪と戦ってパーー―っと散れるんだ。カッコイイなあ、お父さん? あんた、子供いる? その子に会ったら、伝えといてやるよ。『お前のパパは悪党どもと戦ったんだ。最高にカッコ良い最期だったんだ。お前は胸を張って誇って良いんだ』ってな」

 南郷はポン、と中年の肩を叩いて励ましてやった。

 中年は必死に身を捩って拘束から逃れようとしているが、無駄なことなので無視する。

 ついでに、車内のオーディオに手を伸ばした。

「そうそう。大昔の戦場では音楽を鳴らしたんだってな」

 オーディオの電源を入れ、音量を最大に設定。

 改造車の後部からハミ出たスピーカーから、半ば音割れした爆音が夜空に響いた。

 南郷は顔を上げて、電灯連なる橋を見た。

 I県中部の大きな湖にかかる、霞ヶ浦大橋。

 南郷はここを戦場に選んだ。

 壊れても問題ない一般車両を徴用し、死んでも構わない一般市民を徴兵したのも、戦術の内だった。園衛が知ったら、きっと厭な顔をされるだろうが、非常時なのだ。手段を選べるほど余裕はない。

「さて――そろそろ、かな?」

 スピーカーから流れる爆音を超えて、南郷は夜天に意識を向けた。

 航空機の、ジェットエンジンの音が近い。

 改造車のオーディオが鳴らす何かの音楽は、前奏を終えて歌唱に入ろうとしていた。

 よりによって、あの忌々しいAIアイドルの歌が――

『ラーメンつけ麺♪ ムネやっけー♪ 脂っこいの無理無理無理――♪ あなたの肝臓さいれんとーーー♪』

 間の抜けた戦場音楽となって、氷熱地獄の開戦を告げた。


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