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ヒト・カタ・ヒト・ヒラ  作者: さんかいきょー
竜血の乙女、暴君を穿つのこと
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竜血の乙女、暴君を穿つのこと6

 園衛に教えられた左大億三郎の住所は、隣のつくし市の田園地帯にある。

 瀬織と景はバスを降りると、暫く歩くことになった。景は大きな箱の入った紙袋を持っているが、見た目よりも軽いらしく特に苦労はないようだった。

 10月だがまだ気温は高く、晴天ということもあって散歩するには丁度いい。

 道端の彼岸花は枯れ、代わりに山を紅葉が彩る季節。

 古い市街地を抜けて里山の麓に至ると、目的の家が見えてきた。

 瀬織はスマホのナビに入力した住所を、もう一度確認してみる。

「ん~~? ここが左大さんのお宅……ですかあ?」

 目の前にある家は、事前に聞いていた左大家の恐竜的スケールとは相当な乖離があると感じざるを得ない。

 里山を背に、敷地はせいぜい50坪ほどの、ごく一般的な二階建て住宅が建っているだけだ。財産を保管できるような大きな蔵の類も見当たらない。

「なんだか、聞いていたよりショボいですわねえ……」

 目を凝らして更に良く観察すると、壁や塀の表面には所々ヒビが入り、手入れも怠っている状態なのが見て取れた。

「ねえ、景くん。左大さんのお宅ってお金持ちだと聞いていたのですが」

「んー……僕も良く知らないけど、お爺さんの遺産相続で何か揉めた……って、昔父さんが言ってたかな」

 話に聞いた恐竜愛狂家の左大千一郎が亡くなったのは五年前。景がまだ小学生の頃なので、子細を知らないのは無理もない。

 確か、その葬式については園衛も話そうとはしなかった。

 何か事情があるのは確かだが、ここで議論しても仕様がないので瀬織は件の家に近づいていった。

 すると、玄関の前に誰かがいるのが見えた。

 日本の田舎に不釣り合いな格好の少女がいる。エキゾチックな民族衣装を着た、褐色の肌の外国人の少女。

 少女は玄関脇のインターホンを何度も押して、家の中に呼びかけているようだった。

「オネガイしマース! カエして! カエしてくだサ―イ!」

 片言の悲痛な声で懇願しているが、インターホンは壊れているらしくカチカチと空しくボタンを鳴らすだけ。

 瀬織はやや遠巻きに、その様子を眺めていた。

「うーん……どうしましょ?」

「どうって……ねえ?」

 景と顔を見合わせる。どうしようもない。他人の家の問題なのだから首を突っ込む義理などないのだ。

 インターホンは壊れていても少女の声は届いていたらしく、玄関のドアが小さく開いた。

 その隙間から、住人と思しき男が睨みを効かせて少女を見下ろした。

「しつっけーなテメェ……。返すも何も知らねっっつの!」

「ワタシの故郷からアナタのグランパ取っていった! カチナ! 竜のカチナ! カエしてくだサ―イ!」

「爺さんのことならイタコにでも頼んで本人に聞け。日本語分かる? 分かるよな? そもそもパスポート持ってんの? 何人だよテメーおいコラ」

 話している内に感情がエスカレートしたのか、ドアが開いて中の男が出てきた。

 大柄な男だった。筋肉の塊のような男だった。肩幅は眼前の少女の二倍以上ある。身長は2メートル近く、長袖をまくった腕は丸太のように太い。

 そんな大男が少女を遥か高みから見下ろした。

「あのよ、俺が怒らない内にとっとと出てってくんねーかな。ここ俺の土地。お前勝手に入ってる。分かるな? 分かるよな? 俺なんか間違ったこと言ってっか?」

「カ……返シテ……」

「出てけっつってんだよあーーーーーっ!」

 男が叫び、地面を踏んで威嚇すると少女はビクリと肩を震わせ、後ずさり、敷地の外へと走り出した。

 少女は瀬織と景の脇を走り抜けていった。涙を浮かばせた悲痛な面持ちだった。

 なんとも声をかけ難い雰囲気で景は萎縮したが、瀬織は空気など読まずにスイスイと敷地内に入っていった。

「どうもお邪魔しまぁす。こちら左大さんのお宅でよろしいでしょうか?」

「あ……なに、きみ?」

 男は粗暴な雰囲気をいくらか和らげた。

 宮元学院の制服を着ているから、少なくともさっきの少女より身分はハッキリしているし、流石に見ず知らずの女子高生をいきなり怒鳴りつけるほど凶暴ではないらしい。

 瀬織はそこまで計算づくで踏み込んだのだ。

「わたくし、東瀬織と申します。左大億三郎さんでしょうか? 実は今日は、宮元園衛様から左大様のお宅を見てきて欲しいと頼まれまして」

 軽く会釈をして簡潔に挨拶をすると、左大億三郎は怪訝な顔をした。

「あん……園衛ちゃんの? それに東っていうと……」

 瀬織の後の景の姿を見ると、表情は一転。親しげな笑顔に変わった。

「おー、景ちゃんじゃないか。久しぶりだなあ」

「えーと……会ったことありましたっけ」

「ちっちゃい頃だから憶えてないかな? 恐竜のオモチャで遊んであげた左大のお兄ちゃんだよ~っ」

「憶えてるような憶えてないような……」

 景は判然しない記憶を辿っているが、憶えていないのも無理はない。

 瀬織が園衛に聞いた所、景が2歳か3歳の頃に親戚の集まりで左大は良く遊び相手になってくれたのだという。景に同行してもらった理由がそれだ。赤ん坊の頃から知っている親戚の少年を連れていけば、左大が偏屈な人間でも態度は和らぐ。

 そして、打つ手はもう一つある。

「あの、左大さん」

 景が持っていた紙袋から箱を取り出した。

「うちの蔵にあったんですけど、こういうの好きなのかなー……って」

「うおっ! こっ、これはっっ!」

 その箱を見た途端、左大は満面の笑みで瀬織と景を歓迎して、日当たりの良い縁側に上げてくれた。

 縁側にて、左大はニヤニヤしながら箱を眺めていた。

「これ良いね~っ。実にいいっ! 箱は一切日焼けしてないし保存状態は最高! 開封するのも勿体ないつ! 景ちゃん、これがどんだけ凄いモンか分かる? 分かるぅ?」

 見た目は単なる白い紙製の箱で、表面に〈1/24 Regulus Mk.2 Prototype Assemble plastic kit〉と黒いインクで判が押されているだけだ。封をしているテープは黄色く劣化しているが剥がれてはおらず、景にしてみれば中身は不明だった。

「うちの蔵にあったので昔のプラモだと思うんですけど……」

「そう! 昔のプラモなんだけど市販品じゃあないぜっ! うちの爺さんがプレゼン用に少数作った1/24戦闘機械傀儡シリーズだ! しかも、こいつは合計20個しか作られなかった海外セールス用の超限定品! ジゾライドの近代改修型の幻の海外仕様! レギュラス・マーク2!」

 左大は饒舌に自らの知識を披露した。ご覧のとおり、かなりの好きモノである。

「確か海外版はシールと成型色が違うんだよ! 未組み立ての実物は初めて見たぜ~っ! 俺も国内版なら持ってんだよね~っ! あぁっ、ちょっと待ってて!」

 そう言って、左大は速足で廊下を進み、二階へと上がっていった。

 全ては瀬織の思惑通りだった。

「思った通り。ちょろいですわねぇ、人間って」

 園衛からの情報では、左大億三郎は祖父と同じ大の恐竜愛狂家なのだという。祖父の作り上げた戦闘機械傀儡にも深い愛着があり、ならばと思って瀬織は景の協力で蔵から貴重な過去のプラモデルを発掘。左大を懐柔する道具として投入したのだった。

 ちなみに〈レギュラス〉というのはティラノサウルス型戦闘機械傀儡〈ジゾライド〉の海外セールス用の名称らしい。

 程なく、左大が行きと同じ速度でばたばたと音を立てて階段を降りてきた。

「これが国内版だよ~っ!」

 左大が持ってきたのは、大型の恐竜型戦闘機械傀儡のプラモデル。その完成品だった。尾を含めた全長は30cmを超え、背中のハードポイントに装着された二門の巨大な榴弾砲が目を引く。

 瀬織としてはどうでも良いのだが、景はその完成品に目を輝かせていた。

「わぁ! おっきい!」

「ふふふふ……分かる? 分かってくれるかあ、景ちゃんは! こいつはね、モーター駆動するんだよ!」

 景の反応に気を良くした左大は完成品を縁側に置き、背中のレバーを〈ON〉に入れた。

 すると、ジ――というモーターの駆動音と共に、ゆっくりと動き始めた。

「こいつはジゾライドの近代改修型、ジゾライド改だな! ターボシャフトエンジンを背中に積んでパワーは従来型の10倍! ペイロードも大幅に上がって、155㎜榴弾砲を二門装備可能! 他にもロケット弾ポッドや35mm機関砲、赤外線センサー等の兵装を積んだ最強の戦闘機械傀儡なんだぜっ!」

 誇らしげに語られる重武〈ジゾライド改〉の性能。そのかつての栄光を再現するかのように、モーター駆動でアッセンブルプラスチックモデルが動く。

 両目を赤く光らせ、首を振り、両腕を振り、のしのしと歩く。背中のターボシャフトエンジンは音を立ててファンを回している。

 景が特に注目したのは、エンジンのファンの動作だった。

「ぎゅんぎゅん動いてますね! これどうなってるんですか!」

「これはね、輪ゴムがギアと連動して回転してるのさ。経年劣化で千切れちゃうのが注意点だな。実際、ここのエンジンファンがジゾライド改の唯一の弱点なんだ」

 件のファンの周囲には、対空防御用なのか4基のロケット弾ポッドが装備されていた。

 左大は〈ジゾライド改〉の背中に設置された、別のパワーユニットのスイッチも入れた。

「そして、こいつは必殺のチェイン・マグニーザーだ! メインエンジンとは別のAPUから動力を伝達するチェーンソーさ。こいつでどんな妖魔でもグチャグチャの粉々ってえワケだ!」

 手動で〈ジゾライド改〉の右腕部に装着されたコンテナを展開すると、背中のパワーユニットからチューブを通して動力が伝達され、チェーンソーが音を立てて回転駆動を始めた。

「か……かっこいいっ! モーターライズの醍醐味ってやつですね!」

 景は本心から感激して、スマホで写真と動画を撮り始めた。

 瀬織としても、景が喜ぶのなら結構なことである。

(やっぱり景くんも男の子ですわねえ)

 と微笑ましく思うも、それはそれとして本懐は果たさねばならない。

「ところで左大さん。お仕事の方は最近どんな調子なのでしょう? 園衛様が心配なさっておられましたが……」

 さりげない話題で探りを入れる。

「あん? まあ……ギリギリ食っていけるって感じかな」

 左大は景と遊びながら答えた。

 仕事は自営業らしいが、実際何をやっているのかはハッキリしない。

 上の空といった感だが、どことなくばつの悪さが滲み出ている。家の様子から察しても、あまり儲かってはいないのだろう。

 庭の隅に停まっている車も型落ちの軽自動車。とても資産家には見えない。

「おじい様の遺産とか、もう全部処分されたのでしょうか?」

「ははっ、遺産ねぇ」

 左大は肩をすくめ、自嘲気味に笑った。

「爺さんの遺産といったら、この他愛もない恐竜のオモチャだけさ。他がどうなったか……園衛ちゃんから聞いてない?」

「それについては、何故か園衛様も言葉を濁しておられましたが……」

「ぶっちゃけるとね、爺さんの遺言で全部吹っ飛んじまったのさ」

 左大は瀬織の方に向き直ると、胡坐をかいたまま、頭をかきむしって「カーッ……」と喉を鳴らした。

 どことなく、無念そうな表情をしていた。

「爺さんの遺言は葬式で発表された。遺族や取り巻きの連中はおこぼれに預かろうとワクワクしてたが、すぐに真っ青になったよ。遺言は『恐竜の巨大博物館を作り、末代まで経営する者に遺産を相続させる。俺の骨は恐竜の骨格標本に混ぜて飾ってくれ。それが出来なければ遺産は恐竜の研究機関に全額寄付する』って内容だった」

「誰も相続しなかったんですの?」

「爺さんの言う巨大博物館ってのは、この辺の山全部丸ごとテーマパークにするって内容だったのさ。そんなモン建設して経営したら、あっという間に遺産は溶けて大赤字。全くの夢物語さ。遺族会は荒れの大荒れした末に、爺さんの取り巻きはみんないなくなった。金の切れ目が縁の切れ目よ」

「諸行無常……盛者必衰の理、でございますか」

 いつの世も変わらぬ離散集合の儚さと空しさ。左大家は正しく恐竜のように肥大化し、恐竜のごとく滅んだというわけか。

 瀬織は、左大の表情の奥に人生の辛酸を垣間見た。左大億三郎は現在32歳。5年前に家は没落し、親族間のいざこざに巻き込まれ、人の濁った面を否応なく見せつけられたのだろう。

 この世捨て人めいた生活の理由も、それとなく察することが出来る。

 園衛は左大家に隠し財産の疑惑があると言うが、そんな気配は微塵もない。

 戦闘機械傀儡を隠し持っているにしても、それをこの狭い家のどこに隠すというのか。稼働状態の維持、モスボールできる環境で保存するにしても金はかかる。

 遺産のフル装備の戦闘機械傀儡というのは、目の前で動いているこのプラモデルのことが曲解されて伝わっただけなのではないだろうか……。

 瀬織はモーター駆動する〈ジゾライド改〉を眺めて、そんな疑念を抱きつつあった。

 1時間後、縁側には〈ジゾライド改〉のほか、翼竜型やステゴサウルス型、トリケラトプス型の1/24戦闘機械傀儡が並んでいた。

 景はモーターライズプラモデルの数々を十分に堪能して帰り支度を整えたが、持ってきた白箱は縁側に置いたままだった。

「いやぁ、マジで貰っちゃって良いのアレ?」

 左大は上機嫌に笑って頭を掻いた。

 景が発掘した〈レギュラス・マーク2〉のキットは左大に譲渡するために持ってきたものだ。

「はい。僕は写真と動画さえ撮れれば、それで良いんで」

「そっかー! ありがとね、景ちゃん!」

 実物を欲するコレクターと、記録だけ残せれば良い蒐集家との違いか。ともあれ景と左大はWINWINの良好な関係に収まった。

 これで今後も左大に近づき易くなる。瀬織の思惑通りであるが、景を利用する形になったのは正直あまり良い気分ではなかった。

 人を利用して罪悪感を覚えるのは、瀬織にとって初めて感じる痛みだった。

「それでは左大様。今日はこれにて失礼いたします」

 会釈をして、瀬織は景と共に左大の家を出た。

 瀬織の隣で、景は歩きながら左大から狙った大判の本を開いていた。

「お返しに貰ったんですの?」

「うん。戦闘機械傀儡の資料本なんだって」

 本のタイトルは〈戦闘機械傀儡のすべて〉。表紙には〈ジゾライド〉の実物写真が掲載され、在りし日の姿を留めていた。編集者名も表紙の隅に記載されている。左大億三郎と。

 時代に翻弄され、栄華の果てに失われてしまった戦闘機械傀儡たちの姿を残すことは彼の祖父の生きた証を残すのと同意だったのかも知れない。

 それは切なる人の願いの一端を見るようで、瀬織の胸が俄かに疼いた。

 空は、日が傾いた秋の逢魔が刻。

 鮮烈な夕焼けが西の空を染めた頃、里山の風の中に妙な違和感を覚えた。

「あら……?」

 瀬織は立ち止まり、既に50メートルは離れた左大の家に振り返った。

「何か……いますわね」

 冷たい視線で、家の塀の影を見る。

 そこには、ぼろを被った異様な人影が列を成していた。

 列はぞろぞろと蠢き、左大の家の玄関に至るとインターホンに手を伸ばして呻いた。

『カァァァァァ……エェェェェェ……せェェェェェェ……』

 死霊の列が一斉に、しゃがれた声で唸った。

『カァァァァァァェェェェェェェセぇェェェェェェェ……』


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