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ヒト・カタ・ヒト・ヒラ  作者: さんかいきょー
ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと
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ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと22

 薄暗い蔵の中は、空繰の格納庫だった。

 駐機している機体は3体。

 狛犬型の〈雷王牙〉に、鴉天狗型の〈綾鞍馬〉、そしてサソリ型の〈マガツチ〉予備機。

 既に主なき〈マガツチ〉に存在意義はなく、保管用のビニールシートが用意されていた。

「はぁ~~……なんか私、ガックリきちゃいましてねぇ……」

 肩を落とすのは、西本庄篝。

 女子中学生のような幼い見た目だが、これでもれっきとした成人女性である。

「気合入れて設計して作ったマガツチ改が……なんか、跡形もなく砂になっちゃったそうで……。アレ電子戦用だから、直接戦闘で負けちゃったってのは、仕方ないと思うんですけどぉ……」

 ぐちぐちと言い訳を並べているのは、独り言ではない。

 篝は、一人の来訪者と話している。

「私の作ったマシンが瀬織お嬢様をお守りできなかったというのが……無念というか残念というか、とにかく悔恨で……」

 両手で目を覆って、篝は「あぁぁぁ……」と後悔に唸った。

「多分ですけど、敵はマガツチの性能を知った上で、それ以上のスペックの機動兵器を用意してきたと思うんです……。つまり情報が流出していた……。心当たり? ありますよ……。ラボと工場使わせてもらった富岳重工とかぁ――」

 更に心当たりが浮かんだのか、篝の声のトーンが下がっていく。

「――その、あの、方術の解析するのに、スパコン使用の依頼出してたんですよぉ……。理研の凄いスパコン……。はい、だからそのスーパーコンピューター……。園衛様のコネでも半年待ちのはずだったんですけど、急に予約が繰り上げになって……。今思えばそれも、敵の陰謀だったんだなぁって……。あの、だから、つまり、瀬織お嬢様が殺されたのは私にもめっちゃ責任があるっていうことでぇ……」

 圧し掛かる自責の念。

 篝が頭を抱えて底の底へと沈んでいく。

 来訪者が話題を変えて、格納庫の片隅を指差した。

 そこには、バケツがある。

 4杯のバケツの中に、木材を粉砕したような屑が大量に入っていた。

「あぁ……あれはそのぉ……瀬織お嬢様……だったモノ……みたいです。散華して、朽ち果ててしまわれたそうで……。ああ、あのお美しかったお嬢様が、なんとおいたわしい……。なんで、バケツかって? だって、南郷さんがバケツに入れて持ってきたんですよ……。信じらんない本当……、偉大な、あんなに可憐で素晴らしい神様の亡骸をバケツバケツバケツ……」

 篝は、決定的に価値観の違う南郷への呪詛をブツブツと口の中で繰り返していた。

 来訪者が、木屑についての質問をした。

「あのバケツの状態から治るかって……? むりむりむりむり絶対むりですよ! もう霊力の欠片も残っていない、ただの亡骸です! そもそも、神様の再生方法なんて知りませんし! 知ってたら真っ先にやってますよ! かといって……廃棄するというのも気が引けるので、ああして保管してあるんです。放っておいたら、南郷さんがたき火にくべて芋とか焼いちゃいそうだし……」

 南郷への偏見に満ちたコメントを言うだけ言うと、篝は深い溜息を吐いた。

「はぁぁぁぁ……。でも私以上に、園衛様ガックリきてるみたいで……。あの方に戦う意思がないとしたら、空繰たちもお役御免です。マガツチに関しては……もう起動すら出来ませんし」

 〈マガツチ〉予備機は、中枢回路である勾玉の色が赤から黄色に変色していた。

 活性値が低下している証拠だ。

「大元の神様である瀬織お嬢様が亡くなられたので、眷族のマガツチもじきに機能停止ですよ。手の施しようがないです。お手上げです。何してもピクリとも動かないです。また、元の失敗作に逆戻りで倉庫送りでぇ――」

 ギチ……と何かの物音がした。

 〈マガツチ〉の方向から、人工筋肉が軋むような音が聞こえた。

「あれ? なんか今、動いたような……?」

 篝は〈マガツチ〉を確認してみたが、何の変化もない。

 合変わらずの木偶人形という現実があるだけで、僅かでも奇跡を期待した分、自己嫌悪と落胆がつのるだけであった。

「まぁーー……動くワケないですよね。動く要素がないです。瀬織お嬢様が蘇っていらしたのなら兎も角、縁もゆかりもない()()()()()()あなたが来ても、何かが変わるわけないですしぃ……」

 篝は猫背がちに、卑屈な笑いを浮かべた。

 自分とさして背丈の変わらない、その来訪者に向かって――

「で、色々と質問に答えちゃいましたけどぉ……一応、あなた関係者なんですよね? ええと……氷川? さん?」

 今さらな疑問が、篝の頭に浮かんだ。

 目の前の来訪者は、中学生の少女だった。着ている制服が、彼女の身分を確かに証明してくれている。

 少女は、氷川朱音。

 いかにも大人しい優等生といった見た目の、眼鏡をかけた少女だった。

「はい。私はとぉっても関係者……ですよ? うふふふふ」

 だが見た目とは不釣り合いな、不敵な笑みを零した。

 闇の中の朱音には、妖しい雰囲気があった。

 妖艶といって良い。

 僅かな照明に青白く照らされる朱音の姿は、幻想的でさえあった。

 篝は朱音に問われるがままに、事細かな内情を喋ってしまったことに、今になって違和感を覚えていた。

「あれ……なんで私、こんなペチャクチャ喋ったのかな……。それも、初対面の女の子に……」

「どうでも良いじゃないですかあ、そんなコト♪」

 朱音は嘲笑うように言って、するっと篝の耳元に唇を寄せた。

「私とあなたは同じモノ。同志なんですからぁ……」

「へっ? あの? うぇっ?」

「瀬織様という偉大な存在を崇める同志……です、よ」

 甘い吐息が耳にかかる。

 生温く、耳の穴から脳に達して、毒に思考を侵されたような錯覚に酔い痴れて

「あぁ……そうですね。ハイ……」

 篝は全ての疑念を放棄した。


芽吹いた若葉に花が咲き、甘く香るは毒の蜜

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