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ヒト・カタ・ヒト・ヒラ  作者: さんかいきょー
ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと
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ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと13

 アズハの休業は暫く続いた。

 負傷自体は一晩で治った。

 憐の診断では全身打撲、裂傷数か所、鎖骨と肋骨にヒビが入っている可能性高し、とのことだったが実際一晩で治った。

 アズハ自身が生体部品用に作られたクローンであるが故、切った貼ったが治り易いのだろう。

 忌々しい出自が今の自分を救うというのは複雑な気分になるので、深く考えないことにしている。

 忍者の仕事がなければ、普通に高校生として生活できる。

 だが他の一般学生のように、脳天気にモラトリアムを謳歌したり、恋だの青春だのに一喜一憂できる――というわけではなかった。

 ある日の放課後、アズハは青い顔で学校の廊下を歩いていた。

「は、腹減ったぁ……」

 ずるずると、壁にもたれながら体を引き摺る。

 空腹だった。

 頭痛がするほどに血糖値が下がり、エネルギーのストックを使い切った肝臓が悲鳴を上げていた。

 休業とは、無収入を意味する。

 損耗した装備の補充に僅かな貯金を使い切り、アパートの家賃を払うためには何かを犠牲にしなければならなかった。

 すなわち、食費を削る。

 一日一食。耐えられなくはない。昔はもっとひもじかった。

 しかし辛いことに、変わりはない……。

「よー、アズっちぃ。ゲッ、顔色わるぅ……」

 碓氷燐、アズハを一目見てドン引き。

 薬毒に精通する燐は、アズハの健康状態を一目で見抜いた。

「うひゃあ~、栄養失調寸前じゃ~ん。ダイエット中?」

「一日一食……。好きでやっとるんやないわ……」

「え~? じゃあ、テキトーに男捕まえて奢らせれば~? アズっちならラクショーっしょ?」

「そんな気分やない……」

「じゃ、カツアゲでもするぅ? ぎゃひひひひ」

 燐の言っていることの半分は冗談だが、半分は本気だ。

 今まで散々悪事に手を染めてきたのだから、それくらい簡単だろうと。

 卑しい提案だ。余計に気乗りしない。

「冗談やないで、その辺の一般人を恐喝とか……」

「ふ~ん? じゃあ、悪い奴シメてお金貰っちゃえばあ? それなら、ギリギリセーフじゃね?」

 燐が校舎の外に目配せをした。

 ここは二階。道路まで良く見下ろせる。

 何がギリギリなのか。アウトだろうが……と思いながらアズハが視線を追うと、路上駐車している軽トラックが見えた。荷台には何か載っているようだが、ブルーシートがかけられて中は見えない。

「あの軽トラね~。なーんか、さっきからガッコの前ウロウロしてんのよ~」

「だから? 盗撮でもしてると?」

「かもね~? 疑わしきは罰せよ~。悪党成敗、あーしら丸儲けで良いことづくめ。これって正義のニンジャじゃん? うひひひひひ」

 強盗の正当化には同意しかねるが、背に腹は代えられないのも事実である。

 とりあえず、アズハは小型の単眼鏡で軽トラを確認することにした。これは別に特別な忍道具ではなく、大手通販サイトで売っている安物だ。

 軽トラックが仮に盗撮目的だとしたら、裏を返せばこちらからも見えるということ。

 事実、アズハは望遠レンズで軽トラの運転席を覗いて

「あら……?」

 あんぐりと口を開けて、固まった。

 見知った顔がいた。意外な男が乗っていた。

 南郷十字――先日の仕事で知り合った相手だ。

「なんであのお兄さんが……」

「あれ? アズっちの友達ぃ?」

「友達や……ないな」

「じゃ敵? 味方ぁん?」

 どちらとも言えない。

 先の仕事では南郷の命を狙う改造人間のサポートがアズハの仕事だったが、南郷自身とは直接の敵対関係にはなかった。

 かといって、友好関係というわけでもない。

 単純な白か黒かで測れる関係ではなかった。

 とりあえず、アズハは南郷本人と話をしようと思った。

 わざわざ目立つ場所に身を晒すということは、アズハに見つけてほしいのだと考えられる。

 南郷としても、アズハに用があるから……ここに来たのだろう。

 速足で校舎の外に出て、動く気配のない軽トラに近寄ると、運転席のドアが開いた。

 自分から外に出てきたくせに、南郷はばつが悪そうに押し黙って、アズハから目を逸らした。

「ちょ……お兄さん、なしてこないなトコに……」

「すまない。キミに会うには、ここに来るしかなくて……」

 そういえば、最初に会った時に学生証を見せたことをアズハは思い出した。

 あれを手がかりにしたのだろうが、バカ正直にやってくるとは予想していなかった。

「ウチの学生証、偽造だと思わなかったんですか?」

「それでも、他に手は無くて……」

 南郷は申し訳なさそうに俯いた。

 この人は……なんなのだろうか。

 数多の改造人間を倒し、先の戦闘でも神域にまで至った究極の改造人間を討滅した、人間離れした戦闘力の持ち主だというのに、今はまるで人付き合いの苦手な童貞が勇気を出して女の子に会いにきたような顔をしている。

「ブフッ……!」

 なんとも滑稽に見えて、思わずアズハは吹き出した。

 少し遅れて、後から燐もやってきた。

「え~? なに、そのオジサン? あー、もしかしてアレ? キャパ嬢が仕事で愛想振り撒いてあげたら、なんか知らんけどオフの日にトチ狂って馴れ馴れしく会いにきた勘違いの童貞野郎みたいな? うひひひひひ」

 オジサン呼ばわりが気に障ったのか、南郷がげっそりと顔を歪めた。

「おじ……」

「コラコラ、燐! この人まだ27やで? お兄さんの範疇やないか!」

 アズハが注意しても、燐は意に介さず

「あーしらより10歳も年上なんだから、十分オッサンっしょ? ぎゃひひひひ」

「初対面の人に失礼やないか、お前ぇ……」

「じゃ、百歩譲ってオッサンじゃないとしても、童貞なのは否定しないの? ね、ね。お兄さん童貞? 女の子とチョメったことないっしょ? な~んかそういう顔してるし……ひひひひひひ」

 燐は南郷に直接絡み始めた。

「チョメった」という言葉の意味は不明だった。

 南郷は呻きながら燐をスルー。面倒臭そうに側頭部を掻きむしった。

「あぁぁ……とにかく、ここじゃなんだ。場所を移して話がしたい」

「え? あーしとお話? 猥談する? おにーさんのアソコがビッグ☆ボーイになっちゃう猥談、するぅ~?」

「お前じゃねぇから黙ってろ!」

 漫才さながらに燐と揉み合いながら、南郷はアズハに顔を向けた。

「キミに……仕事の話をしたい!」

 これまた意外な提案に、アズハは目を丸くして

「おほっ……マジですか?」

 驚いたような、嬉しいような半笑いで、生温い息を吐いた。


 アズハの通う都立高は、八王子市の中心部から少し外れた場所にある。

 そこは表向きは普通の高校だが、実体はフリーの若い忍者たちを囲っておくための箱庭だった。

 諸々の理由で行き場のない忍者たちに学生という身分を与え、社会生活を保障するのと引き換えに、公にできない裏の仕事を斡旋するのだ。

 同様に学校の周辺施設も、正業とは別の鰓の顔を持っていた。

 一見、どこにでもあるファミレスのチェーン店も、その一つである。

「ここで……話しても良いのか」

 南郷は席について、些か困惑している様子だった。

 当たり前だ。どう見ても普通のファミレス。大きな声で忍者の仕事の話など出来ない。

 だが、ここは普通の店ではないのだ。

「大丈夫ですよ。ここは店長が同業者ですんで。そういう仕事の話が出来るセッティングがしてあるんですわ」

 アズハの横に座る、燐が説明を続けた。

「そ。誰かが仕事の話をする時は、他のニンジャは入店禁止。店内も揉め事禁止~。そういうヤクジョー? のお店なんだよね~。つか、ヤクジョーってなに?」

 燐は一人でスマホを弄り、約定の意味を検索。

「そーそー、ヤクソクね。ちなみに、エロいことも禁止~。そゆことはカラオケ屋でやろーねー」

「カラオケ屋でも禁止や禁止!」

「え~、じゃあ、どこでヤんの~?」

「言わせんなアホ!」

 燐に反射的に突っ込みを入れて、アズハは南郷に向き直った。

 まだ、空腹の頭痛がしていた。

「あのですね、お兄さん。ここも一応ファミレスなんで、場所代として何か注文せなアカンわけで……」

「ああ、構わない。なんでも注文してくれ」

「えっ……オゴリでええんですか?」

「交遊費ということで予算は貰ってる」

 奢ってもらえるのは非常にありがたい。地獄に仏である……が、誰からの予算なのか、誰のための仕事なのか……と想像すると飯が不味くなりそうだった。

 アズハの不安を余所に、横の燐が無遠慮にメニューを開いた。

「ん? 今なんでも良いって言ったよね~? じゃあ、あーしこの和牛ロースステーキ200グラムのスープ&サラダの、あ~んどドリンクバー頼んじゃお~~! いっちゃん高いやつ~」

「お前に奢るとは言ってないんだが……」

 南郷の抗議に耳を貸さず、燐は注文用タブレットを操作してオーダーを完了した。

「可愛い女の子にご飯奢るのは男の義務っしょ、お兄さ~ん?」

「知らんわ……」

「じゃあ、今日から実践しちゃおー! 女の子にご飯おごれる男の人ってポイントたかーい。おにーさんの男レベルあーーっぷ。よかったね~~?」

 燐、棒読みである。感謝の気持ちは微塵もない。

「こういうのって昭和末期~平成初期だとメッサーだかアッシマーとかって言うんだよね~? あっ、おにーさんって昭和生まれじゃないんでしたっけ~? 昭和じゃ100パーオジサンですもんね~? うひひひひ」

「いいから、お前もうドリンクバーでも取ってこい!」

「は~~い」

 燐はドリンクバーに向かって一時退席。テーブルは静かになった。

 関西生まれのアズハとしては本能的に燐の言動に突っ込みたかった。というより燐は確信犯的にボケている疑惑があるが、ここはグッとこらえる。

 今は仕事の話、そして栄養補給のターンなのだ。

「じゃ、お言葉に甘えてウチも注文させてもらいますわ。お兄さんは何頼みます?」

 アズハはタブレット端末を手に取った。代わりに南郷の分も注文するつもりだった。

 南郷は、何故か俄かに言い淀んで、暫しの逡巡の後に

「メロンクリームパフェ・フルドレス。ドリンクバーつきで……」

 顔に似合わぬ注文を口にした。

 メロンクリームパフェ――ファミレスの外に、北海道フェアメニューとして写真尽きのぼりが翻っている。

 夕張メロンソフトを最上部に、夕張メロンのカット、メロン風味フレーク、メロンゼリー、そしてメロンソーダジェルが何層にも重なった大型デザート。ドレスというより十二単。さながらメロンとメロンとが戦って、戦って、戦い抜いて、最後の一人まで潰し合うバトルロイヤルのごとき甘味の蠱毒。胸焼け必至。価格は税抜き880円。単品デザートとしては、割とお高い。

「はあぁぁ……お兄さん、意外と可愛いモン食べるんですねえ……」

「メロンゼリーの……胡散臭い緑色が好きでね」

「さいでっか……。じゃ、ウチはチーズハンバーグセットで……」

 他人の趣味に口を出すのは気が引けるし、奢ってもらう立場なので、アズハは大人しく注文を終えた。

 ちなみに、チーズハンバーグセットは標準的な価格である。燐のように意地汚くがっつかない。

 本当は唐揚げ定食とマグロ丼セットを頼みたかったのだが、空腹に素直にガツガツと貪る様を異性に見られるのは抵抗があるので、ここは堪えるのが女の意地だった。

 とりあえず、アズハには料理が来る前に確認しておきたい一点があった。

「ウチに……仕事を頼みに来たんですよね?」

「そうだな」

「それはアレですか? あのオバハン……宮元園衛に雇われろ、ちゅうことですか?」

 思わず、声に棘が生えた。

 宮元園衛はアズハにとっては怨敵である。どれだけ金を積まれようが、どれだけ困窮していようが、あの女のためにだけは働きたくない。ハッキリ言って、死んだ方がマシとさえ思う。

 忍者とて、割り切れないことだってあるのだ。プライドがあるのだ。

 人として、譲れない一線があるのだ。

 南郷は水のグラスを一飲みしてから、殺気のこもったアズハの顔を見据えた。

「キミを雇おうと思ったのは、俺の独断だ。園衛さんは関係ない」

「ウチは……あのオバハンの手下になる気はないですよ」

「だから、キミを雇うのは園衛さんじゃない。与えられた予算内で俺がキミと嘱託の契約を結ぶだけだ」

 要するに、孫請けのような形になる……と。

 まるで政治家の言葉遊びだが、宮元園衛の直属でないというだけで、アズハの感情は大分軟化した。

「ほんなら、安心しましたわ。お兄さんに雇ってもらえんなら、ウチはなーんも文句ないですよ。後は仕事の内容次第ですが――」

「それは、食べ終わってからにしよう。仕事の話をしながら食うのは好きじゃない」

「同感。食ってる時まで仕事のこと考えたくないですもんね~」

 そして、30分後――アズハ達は料理を食べ終えた。

 アズハは出来るだけ上品に食べたのだが、燐は終始デリカシーに欠けていた。

「ゲップ……。うふぅ、ごちそーさま~~♪」

 人前だろうと構わずにゲップをする。碓氷燐はそういう人間だった。良く言えば奔放で、見栄を張らない。

「で~~、仕事ってさ~~。なーんで、アズっちに頼もうと思ったの? 言っちゃなんだけどサ、あーしらロクな人間じゃないよ? おにーさんの所って人手不足なん~~?」

 燐は当事者でもないのに、真っ先に話の核を突いた。

 核をジリジリと針で削って痛ぶるように、燐は南郷を吟味し始めた。

「あーしらのこと、都合いい鉄砲玉にしたいんじゃないの~~? ナニやらせるつもりなのさ~~? 殺し? 盗み? 人攫い?」

「どれも違う」

「はぇ?」

「手を汚すような仕事じゃない」

 南郷の答が予想外だったのか、燐は露骨に訝しんだ。

「おにーさん……マジで言ってんの?」

「子供に……学生に人殺しをさせるなんて、マトモな人間のすることじゃないだろう」

「そりゃそうだけど……って。なに、その常識っぷり……」

「マトモで悪いのか?」

 燐が珍しく真顔になった。

 こんな雇用主と会うのは初めてだったからだ。

 困惑した様子で、アズハに耳打ちしてきた。

「あのおにーさん、なんなの? 理想主義の甘ちゃん?」

「めっちゃ現実主義やで、あの人。殺し合いの場数もウチら以上や」

「え、マジ? なのにマジで言ってんの、あの人……」

「マジなんやろうねえ……」

 燐は半信半疑の様子で、薄笑いを浮かべて南郷に向き直った。

「ハハ……面白いこと言うねえ、おにーさん。あーしとしては、まだ信用できないけど……」

 南郷はそれに答えず、真剣な面持ちで話を進めた。

「実際、うちは人手不足だ。動ける戦力も、実質的に俺一人だ。なのに敵は強大で、情報があまりにも足りない。このままでは……まずいと思った」

「敵? どこの誰が敵なんです?」

 アズハが問うた。

「恐らく……日本政府」

 南郷が答えると、アズハは吹き出した。

「ブッ……。ハハッ……ハハハハハ! 敵はお上ですって? ハハハハハ……」

「笑う所か?」

「そら笑いますわ。今まで国とつるんで好き放題やってきた宮元のババァが、国に見切りつけられて大ピンチなんでしょ? ざまあないですわ! ウチ的にはザマミロ&スカッとさわやかって感じですよ!」

 にっくき宮元家が没落していくのだから、これほど楽しいことはない。

 アズハは本心から嘲り笑っていた。

 南郷の依頼でも今回は断ってしまおうかと、暗い感情が泉のように湧き上がってきた。

 乗り気でない理由は、感情論以外にもある。

「お上に刃向って、勝ち目あるんですか? そない喧嘩に関わって、ウチらまで睨まれたら敵いませんわ。金持ちケンカせずと言うでしょう?」

「だから、従えと」

「それが賢い生き方やないですか? 家も財産も命も失わずに済む、幸せな人生やないですか?」

「俺は……人を利用して、道具みたいに使い潰す連中の言う幸福なんて、信用しない」

 南郷の言葉が、アズハの軽薄な笑いにずしり、と圧し掛かった。

 道具として生み出され、道具として命を終える宿命にあったアズハだからこそ、笑うことが出来なかった。

 アズハは気後れして、誤魔化すように頬を掻いた。

 笑うのは悪いことをした。言い過ぎたと、謝ろうと思って南郷をちらりと見て、衝撃を受けた。

「な……っ?」

「頼む……。力を貸してほしい」

 南郷は、アズハに頭を下げていた。

 地を這い、蔑まれる最底辺の邪忍に対して、赤心を露わに助力を求めるなど、正気の沙汰ではない。

 だが、南郷は正気なのだ。マトモなのだ。

 この人は純粋に、アズハの忍者としての力量を認めて、必要としてくれているのだと理解して、二人の邪忍少女の世界がぐらりと揺れた。

「あの、お兄さん、頭を上げて――」

 アズハは柄にもなく心乱れていた。まだ整理がつかなかった。仕事に関しても、イエスかノーか答は出ていない。詳細すら聞いていないのだから。

 だが横に座る燐は、呆然自失から一転、下品に笑い始めた。

「ひっ……ひっひひひひひひ……。マジ? それ、マジで言ってんの、おにーさん? マジウケんだけどさァ……」

「ちょ、燐……。やめーや……」

「やめなーい。たーのしぃ~ねぇ~~? このおにーさん、めっちゃ楽しい。めっちゃおもしろ~い。ぎゃひひひひひ……」

 燐は、新しいオモチャを前にした子供のような笑みを浮かべていた。

 だがそれは玩具を弄ぶ喜びではなく、ずっと恋焦がれていたショーケースの中の玩具をやっと手に入れた、目の輝きがあった。

「オッケ~~! あーし、おにーさんの仕事請けた!」

「えっ?」

 勝手に仕事を引き受けた燐に、アズハが目を丸くした。

「ちょ、なに勝手に決めとんねん!」

「あーしが請けるってことは、実質アズっちも請けるってコトっしょ? お互い持ちつ持たれつなんだからサ」

 要はどちらがメインで、どちらがバックアップに回るかの違いでしかない。

 だがバックアップに回ると、ギャラは貰えない。

 アズハと燐はあくまで義理人情の互助関係で、そこに金銭のやり取りは発生しないからだ。

「いや、これウチの仕事やねん!」

「早いモノ勝ち~~。あーしが即決しちゃったし~~。それとも~~、二人とも雇ってみるぅ~~?」

 燐が南郷に二人分の契約を迫った。

 人手不足という弱味を知った上での誘いだ。忍者二人を同時に雇えるなど、コネのない南郷にはまたとないチャンスである。

 断れるはずがないと、自信に満ちた誘惑をふっかけたのだ。

 南郷は観念したように、ふっと鼻息を吐いた。

「……分かった。二人とも雇うよ」

「うひひひひ、まいどあり~~♪」

 こうして、燐によって半ば勝手に契約が結ばれた。

 アズハの休業期間は終わり、新たな仕事が舞い込んだのだった。


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