002 絶望へのカウントダウン -2-
【前回のあらすじ】
・魔術学院に通う少女メルティ。
・朝の日課を済ませていざ学園へ。
・登校直後、同級生からの嫌がらせ。不穏な空気!
「今日の戦闘訓練は魔具戦を試合形式で行う。みんな、2人1組でペアを作ってくれ」
体格の良い教師が大声で告げると、集まっていた生徒たちは談笑交えつつ1組み2組みと自然にグループができていく。
(ど、どうしよう……)
そんな中、メルティは一人動けずにいた。
メルティは今、クラスの中で腫れ物扱いにされている。
クラスの中にはかつて友人と呼べるような仲だった人も何人かいる。
だがメルティがイルダに目をつけられたことがキッカケとなり、今となっては話すこともほとんどない。
メルティはそんなかつての友人たちに向けて、申し訳なさそうに視線を向ける。
(もし良かったら…………うぅ、目をそらされた……だよね……)
その友人たちも決してメルティのことを卑下しているわけではない。
それでも友人たちがメルティと関わろうとしないのは、もしもここでメルティと仲良くしようものなら、自分自身もメルティと同様にイルダに目を付けられかねないからだ。
イルダはこのクラスで最も権威の高い貴族の娘。
もし逆らえば、何をされるか分かったものではない。
だからみな、それを恐れてメルティに声をかけることができないのだ。
(そうだよね……私に声をかけてくれる人なんて……一人も——)
「メルティさん1人?」
「へぁ……ッ!? いや、え、あ、はい!」
急に背後から声をかけられ、飛び退くメルティ。
振り返るとそこには青い瞳の男が立っていた。
「だったら僕とペア組もうよ。いっつもペア組んでる友達が今日休みでさ」
「え、えぇ!? レオさんが私とペア? そ、それはまずいですよ!!?」
彼の名はレオ。
メルティのクラスメイトで、100年以上続く格式ある貴族の息子。
整った顔立ちに誰にでも平等に接する性格、クラスの中で彼を嫌う者はいない。
メルティのクラスの女子の中心人物がイルダであるとすれば、彼は男子の中心人物だ。
「え、まずい? なんで?」
「なんで……って……その……」
(ううっ……レオさんの優しさが眩しい……ッ! で、でも、周囲からの視線が怖いぃ……)
家柄、顔立ち、性格、全てにおいて非の打ち所のないレオは無論、女子からの人気は高い。
そんなレオがクラスの腫れ物とペアを組むなど、クラスの女子から見えればいい気はしないはずだ。
(レオさんとペアなんか組んだら、あとでみんなにボコボコにされかねない……ッ! でも……なんて断り方をすれば…………ペアを組む相手がいないのは確かだし……)
「えーと……そのぉ……」
「いいじゃん、ほら周りももうほとんどペアが出来上がっちゃってるよ。だから、ね?」
確かに今からレオの誘いを断ってもペアを組める人はいなそうだ。
レオは優しく手を差し出す。
このクラスでただ一人、メルティの味方になってくれる彼。
そんな彼を見て、メルティは自分の体が熱くなっていることに気づく。
(こ、これは不可抗力……だって仕方ないじゃん、他に組む人いないんだから…………だから、これは仕方のないこと、だから……)
恐る恐る、メルティは差し出されたレオの手を握ろうと手を伸ばす。
「——メルティさんは私と組みましょう? ね?」
その手が触れ合う寸前、背後からメルティの肩が捕まれグッと後ろに引き寄せられる。
振り向くと、蛇のような目に睨むイルダがいた。
「え……ぁ……」
心臓がギュッと鷲掴みにされたような感覚になり、まともに言葉を発することさえできなくなる。
「えー、最初に声かけたの僕なのに」
「私、声をかけるのが遅れましたが、朝メルティさんと一緒にペアを組もうとお話ししていたのですよ。ね?」
「……ッ!? ぁ……そう、です……」
スッと消えてしまいそうな、小さな声で返事をする。
今のメルティでは、そうとしか返事できない。
「それにこれは戦闘訓練。紳士たるもの、淑女に手を出すのは気が引けるのではなくて?」
「まあ、それを言われちゃ反論できないね。しょうがない、僕は他のペアを探すよ。またね、メルティさん」
「ぁ……はい……」
伸ばした手から力が抜け、ぷらんと垂れる。
心の中に残る喪失感。
もう少しで、クラスで一番人気のある男子とペアを組めたのに。
(はは、何期待してんだろ、私……)
メルティはまだ自分がそんな夢見がちな期待をしていたのだと気づき、無性に腹が立った。
「さ、行きましょう、メルティさん」
「……はい、そうですね。誘ってくれてありがとうございます、イルダさん」
心無い声でメルティはそう答える。
「ふふ、どういたしまして」
嗜虐的に微笑みながら、イルダはそう返した。
***
浮遊国家イズン、4つある浮遊等の下にある、浮遊していない地平地区。
そこは太陽が上がる昼間は、宙に浮かぶ4つの島が影となり、地域によってはほとんど日が当たらない場所も多い。
だが今この時間。
接する海へと沈んでいく夕刻の光は、ほぼ真横から地平地区を平等に照らし、街並みをオレンジ色へと染め上げる。
この時間に限っては浮遊島が影にならないのだ。
「よし、整理券全部回収。今日はここまでかね」
オレンジ色に染まる路地の片隅で、占い師は帰り支度を始めていた。
「ちょっとよろしいですか?」
そんな中、背後から声をかけられる。
占い師の老婆は声のした方へ振り向く。
「あんたは……昨日の白い嬢ちゃん」
そこにいたのは、昨日隣で呪物の商店を開いていたタリアだった。
白いドレスと帽子が夕日の光で茜色に染まっている。
「少し聞きたいことがあるのですが」
「……やだ」
「はぇ?」
「今日はもう店じまいだ、帰んな」
「ああ、ちょっと待ってくださいな!」
タリアは帰り支度を始める老婆の肩を掴み、何度も揺する。
「あっ、こら、やめい」
「あなた占い師なのでしょう!」
「その言い方をする奴にろくな奴はいないんだよ! わたしゃ占い師ではあっても一般市民だ。就業時間が終われば帰るんだよ!」
そしていつの間にか取っ組み合いが始まる。
だが互いに体力不足の二人は少ししたらはぁはぁと息を切らし、地面に座り込んだ。
「はぁはぁ……この国では誠意を表すとき、どうすれば良いのですか?」
「はぁ?」
「本来私は占いなど絶対に信じない……のですが、状況が状況なのですわ。人を探しているのですが、情報が少なすぎて見つかりませんの。今は藁にでもすがる思いで占い師の力を借りたいのですわ。だから、もし誠意を見せれば話を聞いてくれるというのなら、今の私は地面に頭をつけるくらいのことならやってみせますわ」
「人探し……ねぇ……」
占いに来る人間の悩みなど、多くはくだらないものだ。
好きな人が自分をどう思っているかとか、お金落ちになるにはどうしたらいいかとか。
それに対して老婆は回りくどい言い方をして、彼らが行動するように促すだけ。
息を切らしながら占ってくれと懇願してくる者など稀だ。
タリアのその真剣な瞳に、老婆は少しだけ心を動かされた。
「はぁ……わーったよ、今日の分は嬢ちゃんで最後だ」
「……ッ! 感謝ですわッ!」
「で、探している人ってのは?」
「名前はメルティ・アルメリア。昨日私の店の商品を購入していった魔術学院の女の子ですわ」
その名を聞いた瞬間、老婆の眉がピクリと動く。
「なるほどね、彼女自身が今どこにいるかは分からないが、彼女の家なら知っている」
「!? どこですわッ!?」
「地平地区の北区。ここの路地を左に抜けて、突き当たりまで行ったら右に曲がる。そのまま進んで行けば右手にパン屋が見えるからその左隣だ」
「ほ……本当ですの? で、でもどうやってそれを…………魔力の残滓も呪力の残滓も、まるで感じませんでしたわ……占いとは私の知っている力とは全く別の力……?」
「いや、今のは占いじゃない。そのパン屋の右隣が私の家だから、普通に知ってただけよ。アルメリアさん家は私もお世話になってるしねぇ」
「……」
タリアは目を丸くしたまま固まる。
昨日一日中探し回って見つからず、恥を忍んで占い師に頼み込んだというのに、まさか占いでも何でもないただの人脈で見つかってしまった。
「にしても、あそこん家の嬢ちゃんは不幸体質ね。親が貴族落ちするわ、こんなよく分からん奴に目をつけられるわ」
「んんーー!? よく分からん奴とは、私のことですかねぇ……?」
タリアは引きつった笑顔で老婆を見つめる。
いや、顔は笑っているが、睨むと形容した方が正しそうだ。
「あんた以外にいないでしょう、見た目といい売り物といい、自覚がないのかい?」
「自覚はありますが人に言われるとイラっとくるのですわ。……それにしても、貴族落ち? この国は貴族制ではありませんわよね?」
「そうだが、とは言え他の国の文化や言葉は入ってくる。下に住む民衆からすれば、上に住む金落ちはみんな貴族さ」
「下に住む……ということはこの国、イズンの地平地区に住む方々は下流階層、上に浮かんでいる4つの島に住む人々は上流階級、ということですか?」
タリアは空に浮かぶ島々を見つめながら質問する。
そう言われると、浮かんで島々がこの地平に住む人々を見下しているように見えてきた。
「そうだよ、高い位置にある島ほど金持ちが住んでいるのさ。そんでアルメリアさん一家は1年くらい前に上から引っ越してきたのよ。ま、深い事情は知らないけどね。色々あったんじゃない」
「少し前まで良い暮らしをしていた貴族が、急に下流階層の地域に引っ越してきたら、周囲の住民は彼らを受け入れることができるのでしょうか? 治安の良い国には見えますが、わだかまりはあるでしょう?」
貴族というだけで民衆の前に出れば迫害される、タリアはそんな光景をいくつも見てきた。
貧富の激しい国にありがちな光景だ。
だから元貴族のアルメリア家が、下流階層の地域で普通に暮らしていることに違和感を覚えたのだ。
「最初の1、2ヶ月はそうだったね、家に卵投げられたり、嫌がらせとかもあったようだ。でもスッと馴染んだよ。夫婦共に元貴族とは思えないほど腰が低くての気のいい人だったからね。それにあそこん家の嬢ちゃんが近くの孤児院の子供たちと仲良くなって、気づけば彼らを迫害しようものなら、そいつの方が悪役になってしまう空気になっていたよ」
「……なるほど、それはいいことを聞きましたわ。情報提供、ありがとうございました。じゃあ私はそろそろ」
タリアは占い師に一礼し、そのままその場を後にしようとする。
が——
「代金」
「……」
「代金」
差し出された老婆の右手をタリアは色のない瞳でジッと見つめる。
そして固まる。
「い、今のは占いでは——」
「占いとは、人の悩みを聞いて、適切なアドバイスをし、人を向かうべき方向へ正しく導くことだと私は定義している。だから今のは占い、代金はいただくよ」
「………………ちなみに、おいくらですの?」
「金貨1枚」
「イーーッ!!」
タリアは奇声を発し、ビクビクと震えだす。
そして彼女の体の震えが止まったかと思うと、次の瞬間、羽のようにジャケットを翻し、美しいフォームで路地の奥へと走り出す。
「あっ、コラッ! 逃げるなッ!!」
「ちょーっと人の居場所を聞いただけで、私の商品十数個分とかありえませんわーーッ!!」
叫びながら、タリアは茜色に染まる路地を前走力で駆けていった。