027 ヒーローになるんだ
【前回のあらすじ】
・学院内で暴れ回る魔獣達
・生徒だけでなく教師までもが魔獣にやられ、学院内はパニックになる
・その光景を見て自責の念に駆られるメルティを前向きにさせるため、エイラはメルティへと語りかけた
「イルダにお前は友人を捨てたなんて煽られてさ、私何も言い返せなかったよ。それがほんと、悔しくてさ……」
ぎゅっと歯を噛み締めながら、エイラは語る。
「だから決めたんだ。もう私は絶対にメルティを裏切らない」
「エイラちゃん……」
その言葉から伝わる強い意志に、メルティは心を打たれる。
彼女から向けられる真剣な眼差しが、決して偽りではないことを直感的に理解できた。
「それでさ、よく分からないけどあの魔獣、イルダが呼び出したんだろ?」
「はい、そうみたいです」
エイラは屋上の手すりに手をかけ、そこから見える光景を眺める。
鮮血が飛び散る中庭の光景が見え、眉をひそめる。
「メルティ、残りの魔獣達もメルティの力で倒すことできないかな……?」
「それは……」
任せて、とは言いにくい。
一人倒すのにも精一杯だったというのに、残り四体の魔獣を倒すなど簡単なことではない。
「私さ、もしもこの騒動が全て終わったら、イルダがやったことを告発するよ。イルダが魔獣を呼び出して、私が死にそうになったところをメルティに助けられたんですってさ」
それはメルティにとっても好都合な話だ。
現状、イルダが魔獣を生み出したところを見た者は、イルダを除けばメルティしかいないのだから。
「でもきっと私一人の言葉は学院側には届かない。学院は強い魔術の家系を優遇するから、きっとイルダの味方をする。だから、メルティはみんなのヒーローになって欲しいんだ」
「みんなのヒーロー……?」
「そう、メルティが暴れる魔獣の前に颯爽と現れる! そして倒す! みんなはメルティすごいぞって讃えるんだ! 多くの人がメルティに感謝して支持するようになれば、学院側だってメルティや私の主張を無視できなくなる。そう思わない?」
そんな都合よく事が進むだろうか、なんて疑問は浮かばない。
今のメルティはエイラの言葉の全てを無条件で信じる事ができた。
「だからさ、無理を言っているのかもしれないけど…………お願いメルティ。みんなを助けてあげて……ッ! 学校の中にはまだ、私の友達が何人もいるはずなんだッ!」
エイラは再び、深々と頭を下げる。
そんな真摯に頼み込まなくても、メルティはすでに決心していた。
「ありがとうエイラちゃん。私今、すごく胸が熱くて……勇気が湧いてきました!」
数少ない自分に味方をしてくれる学友。
そんな彼女からの頼みごとだ。
どんな内容であれ、メルティは享受しただろう。
「じゃあ私、みんなのヒーローになってきます!」
その瞳は先ほどとは比べ物にならないほど、光に満ちていた。
「うん……うん、そうだよメルティ。あんたは、すごいやつなんだから……ッ! あんたは不当にいじめらるだけの弱い子じゃない。ヒーローになってら成り上がるんだッ!」
感情に任せてエイラは叫んでいた。
メルティはその言葉に振り向くこともなく、屋上の手すりを蹴って魔獣のいる方へと飛んで行った。
その場に残されたエイラ。
一人になったのだと分かったその瞬間、彼女はその場に崩れ落ちた。
「うっ……えっ……!」
胸と口を抑え、吐き気に争う。
一人の孤独が、自分の頭を冷静にしていく。
気が気ではない状態のメルティが気になって、少し声をかけるだけのつもりだった。
気がつけば、また彼女を戦地に赴かせてしまった。
本当にこの選択が正しかったのかは分からない。
一緒に逃げようと言えば良かったんじゃないだろうか。
突発的な自分の言動に動かされた彼女の事を思うと、また胸の奥から吐き気がこみ上げくる。
「大丈夫、大丈夫だ……学内にはまだ先生達が残っているはず……」
そう考えてエイラは無理やり自分を納得させた。
いかに魔獣であろうと魔術学院の教師であれば退けることくらい容易いだろう。
そう考えることでエイラは無理やり自分の行動を肯定することにした。
「って、いつまでここにいるつもりだ、私は……ッ! 私は、メルティの味方をするって決めたんだ。こんなところで、へばっている……わけには……ッ!」
エイラは石のように重くなった自分の足を無理やり持ち上げる。
「そうだ、口だけならなんとでも言える。メルティに頑張れって言っといて…………自分だけ、こんなところで腰抜かしてるなんて、ダサすぎでしょ……ッ」
屋上の手すりにつかまり立ち上がったエイラは、そこから見える凄惨な光景にもう一度目を向ける。
そして、逃げてたまるものかと決心した。
***
メルティは風を操る魔術により学院の上空を低空飛行していた。
逃げる生徒の多くはメルティと同じように風を纏う魔術により上空に逃げていく。
言い方は悪いが、まるで巣を壊された鉢の群れのように見えた。
そんな中メルティだけは皆が逃げる方向とは真逆の方向に進んだ。
そして赤く染まる中庭に、黒い影を見る。
「うわッ、あああああああああッ!!?」
その黒い影、魔獣は今まさに腰を抜かした男子生徒に手を伸ばそうとしていた。
メルティはすかさず右手を前にかざす。
「《カゴメ》ッ!」
「ギッ——!?」
ズドン、と大きな音が響く。
空間が圧縮され、地面に四角い穴が開く。
術を出す瞬間にこちらに気づいた魔獣は、その場から跳躍し攻撃を避けようとした。
だが魔獣の下半身がメルティの魔術に取り込まれ、残った上半身だけが地面に落ちた。
もう少し出力を上げれば全身を取り込み、一撃で魔獣を消滅させることもできただろう。
それをしなかったのは、近くにいた男子生徒まで巻き込んでしまうからだ。
メルティは男子生徒の前に背を向けて着地する。
「大丈夫ですか!?」
「え、あ……あぁ」
声をかけても男子生徒はまだ現状が把握できていないのか、情け無い声で返事をするだけだった。
「逃げてくださいッ! 早くッ!」
「わ、分かった! あ、ありがとうございますッ!」
焦りながらも男子生徒は風の魔術を展開し、上空へと逃げていった。
それを確認した後、メルティは再び魔獣に視線を戻す。
上半身だけになった魔獣はまだその体を再生しきれていない。
なんてことはない、上半身だけになった魔獣にもう一度魔術を打ち込めばそれで終わりだ。
そのはずだった。
「ガェ、サ……《サラク》」
「え?」
それが術名だと気づくのにメルティは一瞬遅れる。
人型の魔獣は魔術を扱う。
それは身をもって知っていたはずだった。
だが目の前の魔獣の媒介となった人間は、魔術を使えない人間だったはずだ。
だからきっと魔術を使えないんだと、そんな思い込みが一瞬の隙を生んだ。
「んぐっ!?」
どこからともなく現れた鎖がメルティの体に絡みつく。
最初に足が絡み取られ移動の自由が封じられる。
続いて首に鎖が絡まり呼吸と発声の自由を奪われる。
「うぁ…………あっ!? ア……か……ッ!!?」
首に食い込む鎖を解こうと指を入れようとするが、その前に両の手首の自由を鎖に奪われる。
腕や足がギチギチと跡ができるくらいに強く締められる。
指の先の感覚がなくなり、もうほとんどの関節が自分の意思で動かせなくなっていた。
「ヨゥ……《ヨウソウ》」
行動の自由を奪われたメルティの目の前で、魔獣は新たな魔術を口にする。
魔獣の目の前に、熱帯びた光の槍が現れる。
「な……このっ…………ま、じゅ……」
一体どこでその魔術を——。
疑問の答えが出るより先に、その槍の先端がメルティの方へと向けられる。
「や——ぁ——」
まず最初に、槍が自分の腹部を貫くのを確認した。
そこからはまるで、景色がゆっくりと動いているかのようだった。
バリスタのように高速で射出された槍はメルティの体を串刺しにした後、返しでも付いているかメルティを貫いたまま、その体を槍の進行方向へと引っ張っる。
そしてそのまま槍は校舎の二階と三階の間の壁に突き刺ささった。
「かは——ッ!?」
銛で貫かれた魚のように、腹部に槍が刺さったままのメルティは壁に体を叩きつけられる。
槍の力で無理やり鎖の拘束を剥がされ、彼女の手足は鎖が擦れた痕でボロボロになっていた。
まるで死刑囚のように壁に打ち付けられたメルティはぐったりとうなだれる。
後頭部を壁に強く打ちつけ、気を失っていた。
「んぐッ……!? あ、がぁあああああッ!!?」
だがすぐさま、腹部が内側から焼かれる痛みに目が覚める。
(んぁあ……っ! これ、早く……外さなきゃ……ッ!)
その魔術は、本来なら貫かれた者を消し炭にするほどの威力を持つ。
だが体が焼かれるたびに、メルティの意図せぬ再生能力が体を再生し、体の焼却と再生を延々と繰り返していた。
メルティは体に刺さった槍を手で掴み引き抜こうとする。
「んっ、うぐううぅぅぅぅ…………ッ!!」
手のひらから、皮膚が焦げる音と共に針で刺されるような痛みを感じる。
槍は強く壁に突き刺さり、力で引き抜くことはできそうにない。
(だったら……ッ! この槍ごと消滅させるッ!)
熱さと痛みに耐えながら、メルティはこの槍を包み込む空間をイメージする。
「コム……スメェ……」
「……え?」
全意識をそれに集中させようとした時、背後から声が聞こえた。
——そう背後から。
メルティは今、校舎の二階と三階の壁に磔のような形で身動きができない状態。
背後は壁だがその少し頭上、三階の窓の向こうに仮面の魔獣の姿があった。
「あ……ぁ……」
絶望の嗚咽を漏らすメルティ。
最悪の状況での、別の魔獣との遭遇。
魔獣は窓ガラスを素手で割り、メルティに向けて手を伸ばす。
「や、やめっ…………んんッ!?」
化け物相手にメルティの声は届かない。
魔獣はその大きな手でメルティの顔を掴む。
「《イカヅチ》」
そして魔術を放つ。
「ン”ン”ン”ン”ーーーーーーーーッ!!?」
少女の悲痛な叫び声が響く。
魔獣の手から流れる電流に、自然と指先がピンと伸びその状態で痙攣する。
何とか抵抗しようと試みるが、断続的に放たれる電流が彼女の思考力を奪い、手足をジタバタと壁に何度も打ち付ける程度の抵抗しかできな買った。
腹部を貫かれ、傷口が焼かれ、頭から電流を流される。
いくらメルティが再生能力を持っていたとしても、強すぎる激痛により思考力を奪われた今、彼女ができることは何も無かった。




