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愚民たる私が成り上がるには呪いの装備に頼るしかない  作者: コロンド
第2章 呪いを持って呪いを制す
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026 蹂躙される学院

【前回のあらすじ】

・魔獣に襲われるエイラ

・手足を失いながらも必死にエイラを助けようとするメルティ

・複数いる魔獣のうち一体は倒したが、残りの魔獣は学院内で暴れ出した

 魔術学院において、実際に魔術を扱う実技の時間はあまり多くない。

 学院は生徒に対して、実技よりも魔術を使う上での知識の習得に多くの時間を注いでいる。

 そのため、強い魔力や魔術を持つ者よりもルールを重んじて魔術を使える者を評価する傾向にある。

 それほどまでに魔術とは危険なものなの。

 魔術を正しく扱える者にのみ、魔術学院の生徒を名乗ることを許される。


 その日、魔術学院の一階、中庭の真横にある教室で魔術法律の試験が行われていた。

 規則正しく着席した生徒達が必死な顔で紙面にペンを走らせる中、試験を担当する教師のフィーユは窓の向こうの中庭を眺める。

 フィーユは魔術学院の教師の中でも特に若く、元々はこの学院の生徒だったこともあって現役の生徒からも人気のある教師だった。

 

 もう何年も見てきた中庭の景色。

 特に目を引く何かがあるわけではないが、一度目を向けると引き込まれるようにずっとその景色を見続けてしまう。

 そして、そのいつもの景色の中に異物が混じる。


「……え…………魔獣?」


 フィーユの視界の中に一点の影が写る。

 それは人のように二足で歩く魔獣の姿。

 中庭を歩くその魔獣と、フィーユの視線が重なった。

 仮面の魔獣に目があるかどうかはともかく、その瞬間互いに互いを認識しあったのは間違いなかった。

 魔術学院を卒業し、そのまま教師になる道を選んだ彼女にとっても学院内で魔獣の姿を見るなど初めてのことだった。


「——みなさん、ペンを置いて。廊下側にゆっくりと移動して下さい」


 フィーユの澄んだ声が室内に響く。

 筆記試験を行っていた生徒たちは、急にどうしたのかとざわつき始める。


「なんだなんだ……?」

「先生、何かあったんで——」

「いいから早く離れて!」


 怒号に近い彼女の声を聞き、生徒達も何か異常な事態が起きているのだと察する。

 何人かの生徒は言われるがままに廊下側に移動し、何人かの生徒はフィーユがさっきからずっと視線を向けている中庭の方へ視線を向ける。

 そして、すでに窓の横まで迫っている魔獣の姿を視界に入れてしまう。


「え、なに……あれ?」

「魔獣、なのか……これやばくないか……ッ!?」

「いいから早く部屋から出てッ!!」


 パニックになる室内。

 フィーユの声はもはや生徒たちに届かない。


「ガァアアアアアアアッ!!」


 その混乱に反応したのか、魔獣が壁ごと窓をぶち抜いて室内へと入り込んできた。


「きゃああああああッ!!」

「逃げろッ! 早くッ!!」


 生徒達は血相を変えて部屋の出口へと走り出す。

 だが数十人が一斉に部屋から出られるほど、教室の入り口は大きくない。


「あ、いや……ッ」


 押し出され、尻餅をついた生徒の一人に魔獣の手が伸びる


「《サラク》ッ!!」


 それは敵を拘束し縛り上げる魔術。

 どこからともなく現れた鎖が、魔獣に絡みつき縛り上げる。


「ガェ……アェ……ッ」


 手を伸ばしたままの体勢で魔獣の動きは止まった。

 ピクピクと体を動かそうと抵抗している姿は見えるが、フィーユの魔術による拘束を解くには至らない。


「熱よ光よ、槍となりて敵を貫け」


 生徒達がパニックに陥る中、フィーユだけは真っ直ぐに敵を見据え、冷静に次なる魔術の詠唱を口ずさんでいた。


「グガァアアアアッ!! オン……ナァッ!!」

「——ッ!?」


 魔獣が言葉を発したように聞こえた。

 喋る魔獣など、フィーユであっても知り得ない存在だった。


「よ、《ヨウソウ》ッ!!」


 焦りながらもフィーユは魔術を放つ。

 その瞬間室内は光に包まれる。

 熱帯びた光の矢が、魔獣の胸に突き刺さる。


「アギャッ!!? アガァアアアアアアアッ!!」


 甲高い叫び声をあげながら、魔獣の体が蒸発していく。

 胸を中心に魔獣の体が崩壊してゆき、黒い煙が立ちこもる。

 いつしか室内から生徒の悲鳴は消え、魔獣の断末魔だけが響いた。

 

 胸に刺さった光の矢は消滅し、再び室内に静寂が戻った。


「び、びっくりしたー、なんでこんなところに魔獣が……?」


 ふっと一息つき、我に戻ったフィーユはこの出来事をどう報告したものかと考える。


「と、とりあえず今日の試験は中止です! 臨時休校です! みんさん帰る準備を——」

「フィーユせんせッ! 後ろッ!」


 生徒の誰かが、フィーユの言葉を遮り叫んだ。


「えっ——」


 フィーユは一つ失態を犯した。

 机が並んだ室内で、距離の離れた敵の足元を確認するのは難しい。

 フィーユは敵が完全に消滅したと思っていた。

 だが魔獣のくるぶしより下、足元だけは消滅せずに残っていたのだ。

 そしてこの魔獣は、体の一部さえ残っていればその体を再生させることができる。


 気づいた時にはもう遅い。

 魔獣の体は、すでに首より下までが復活していた。


「逃ぎゃ——」


 背後から伸びた魔獣の手がフィーユの体を力任せに掴み、握りつぶす。

 一瞬だった。

 それはまるで泥でできた人形を握りつぶすかのよう。

 魔獣の指の合間からは、フィーユの血や内臓が勢いよく溢れ出し、首はコルクの栓のように勢いよくどこかへ飛んで行った。




 静まる室内。

 教師であるフィーユが死んだ。

 それはこの教室内で最も能力のある魔術師が殺されたも同義である。

 それを皆が理解したとき、教室内は阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わった。

 室内にいた生徒の動向は様々だった。


 教師の死に恐怖しつつも魔獣に立ち向かい魔術を放つ者。

 恐怖に怯え動けずにいる者。

 そしてそんな者達を守るため、防護魔術を発動する者。


 それらの者達は全て死んだ。

 今は床や壁を彩るグラデーションの一つになっている。

 魔獣が室内に侵入してから、ほんの一瞬の出来事だった。

 もう室内に生きている人間は残っていない。

 

 では室内を飛び出し、逃げ出した者達は懸命な判断をしたと言えるのだろうか。

 彼らもまた、目の前に映る光景に絶望していた。

 廊下の窓から外を見ると、先ほど教室内に入ってきた魔獣とはまた別の魔獣の姿があった。

 そして学院内のあちらこちらから悲鳴や怒号が聞こえる。

 もうこの学院内に安全な場所などないのだと気づかされるのだった。



 ***



「どうしよう……どうしよう……っ!」


 ——屋上。

 メルティは髪をくしゃくしゃとかき回しながらその場に崩れ落ちる。


「どうしてこんな…………私が……私がイルダさんを問い詰めたから……?」


 考えようによってはそうとも考えられるが、今のメルティはとにかく焦りの感情に支配されていた。

 正直者のネックレスの弱点は感情の浮き沈みに行動の自由を奪われてしまう点にある。

 何らかの感情でメルティの感情を上書きしなければ、きっと彼女はこの場でいつまでも動けずにいるだろう。


「……ルティ……」

「私が……私が……っ!」

「ねぇメルティってば!」

「ひぁいッ!!?」


 後ろからかけられる声に気づかない程焦燥していたメルティだったが、流石に耳元で大声を出されれば振り返る。

 振り返った先にいたのはエイラだった。


「なんか私、状況よく分かってないんだけどさ…………その、さっきは助けてくれてありがとう。かっこよかったよ」


 照れ臭そうな顔でエイラはそう言う。


「えっと……どういたし、まして……?」

「それと……ごめん! 私メルティの友達なのに、今までずっとメルティの味方になれなくて……ッ!」

「え、いや、いいんだよエイラちゃん! そんな、頭下げないでよ!」


 いくらメルティが声をかけてもエイラは頭を下げることをやめない。

 その後、メルティが力づくでエイラの頭を持ち上げようとするのがおかしくて、エイラは小笑いしながら顔をあげた。


「あはは、メルティは優しいなぁ」

「そんな、別に優しくなんか……」


 友人同士でありながら、面と向かっての会話するのは本当に久しぶりだった。

 それがなんだか小恥ずかしくて、メルティの感情は温かい気持ちに支配される。


「ほんと、メルティは私のヒーローだよ」

「そんな、ヒーローなんて言い過ぎです」

「でも私に襲いかかった魔獣を倒したのメルティなんでしょ? どんな魔術を使ったのか分からないけど、一撃で倒すなんて凄いよね! それにリムから聞いたよ、メルティ本当はすごい魔力隠し持ってたんだって? 隠すなよな〜」

「別に隠してたわけじゃ……」


 人からここまでべた褒めされるのは本当に久しぶりで、こんな状況だというのに胸が熱くなっていく。

 そんなメルティの姿を見て安心したのか、エイラはふっと一息つく。

 そして真剣な眼差しで言葉を繋げた。


「別に、私だけのヒーローじゃなくていいんだよ?」

「……え?」

「みんなのヒーローになりに行こうよ」


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