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愚民たる私が成り上がるには呪いの装備に頼るしかない  作者: コロンド
第2章 呪いを持って呪いを制す
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025 魔獣の咆哮

【前回のあらすじ】

・屋上で話し合うメルティとイルダ

・イルダは過去にメルティが手にかけた男達を媒介に魔獣を作り出す

・複数体の魔獣を前にメルティであっても歯が立たなかった


「なに……これ……」


 エイラはその凄惨な光景を、声を殺して見つめていた。

 彼女が屋上にたどり着いた時、すでにメルティは影のような体を持つ魔獣に囲まれていた。

 そしてその中心からは、ボロ切れのように扱われるかつての友人の姿が見え、とても友人の口から発されているとは思えない凄惨な濁音混じりの悲鳴が聞こえる。


「ひっ……いっ……」


 エイラは漏れそうになる悲鳴と嗚咽を無理やり手で押さえ、屋上へ出る扉の横に身を寄せる。

 見つかったら間違いなく自分もああなる。

 それを想像しただけで足が震え、その場から動けなくなる。


『メルティを助けなけなければ』


 そう思って教室を飛び出したはずだった。

 それがこのざまだ。


(や、やだ……やだッ!! ……怖い…………こんな、知らない……っ)


 こんな光景、想定しているはずもない。

 できるはずもない。

 もしも口論になっていたら間に入って仲裁してやろう程度の想像しかしていなかった。

 あんな化け物を前に、自分に何ができるというのか。


「あら、誰かいるんですか?」

「ひっ——!?」


 ガタンと、背にしていた扉が大きく揺れる。

 イルダの声に反応し、自分の後頭部が扉に当たる音だった。


(ば、バレた……ッ!?)


 エイラはすぐさまその場から逃げようとする。

 だが足が動かない。

 立ち上がることもできず、両腕両足で這いつくばるように下に降りる階段を目指す。

 必死に涙を流しながら体を動かしているのに、その移動速度は人が歩くのよりも遅い。

 扉が開き、後ろから何者かが迫る気配を感じる。


「うぁ……やだッ……いやだぁあああッ!!!」


 エイラは今までの人生で一度もあげたこともないような、無様な悲鳴を上げる。

 後ろを振り向くことはできない。

 あの化け物の姿を見えてしまえば、頭が全て恐怖に支配される。

 くしゃくしゃになった顔で、エイラは下に降りる階段の一段目に手をかける。


 ガゴォン!


 けたたましい音が響いたのはそんな時だった。

 土煙が上がり、何が起きたのかも分からない。

 その音が前から聞こえたのか、後ろから聞こえたのかも分からない。

 ただエイラは動きを止め、身をかがめ、自分はここにいないのだと必死にアピールすることしかできなかった。


「メル……ティ……?」


 震えの混じった声で、エイラは無意識にそう口にしていた。

 屋上から下の階に降りる階段の踊り場に、メルティが転がっていた。

 それもいつも見るメルティとは違う、無残な姿。

 両足と左腕をもがれ、ただでさえエイラに比べ小柄なメルティがいつもよりも小さく見える。

 とても生きている人間の姿には見えない。


 何があったのかを理解するためにエイラは周囲を見渡す。

 彼女の少し上の壁はクレーターのように何かがぶつかり崩れた跡があった。

 おそらくは魔獣の怪力でメルティが放り投げられ、屋上の扉や手すりに何度か体を打ち付けた後、踊り場の壁に叩きつけられた。

 そして地面に落ちたのだろう。


「けほッ……う……くっ……」

「あぁ……メル、ティ……ッ!?」


 もう動かないんじゃないかと思っていたメルティの体が動き出す。

 彼女は血の塊を口から吐き出し、残ったたった一本の腕で体を起こそうとする。

 この状態でもなお、立ち上がろうとする彼女の姿は異常に見えた。

 絶望を感じていないのか、彼女の瞳には目の前の敵に立ち向かう強い意志が感じられた。

 そしてその瞳と、恐怖に染まったエイラの視線が重なる。


「あっ……」


 その瞬間、エイラの中に二つの感情が生まれる。

 一つはこの状況に置いてなお、諦めを知らないメルティの瞳を見て自分だって負けてはいられないという重いから宿る勇気。

 そして二つ目は、そんな勇気など簡単にへし折ってしまうほどの凶悪な恐怖。

 肺を押しつぶされるような吐き気がエイラを襲う。


「う”ッ……あ”……っ!?」


 それは精神的な不安や焦りからくるものとは違う。

 触覚を通じて感じる、背中を大きな手で押されるような感覚。


「い”っ……あ”ッ……!?」


 そこでエイラは、必死に自分の意思で禁じてきた、背後を振り向くという行為を実行してしまう。

 瞳に映るのは割れた仮面。

 その魔獣には表情などないはずなのに、笑っているように見えた。


「ああ……ッ!? いやぁあああッ!!」


「《カゴメ》」


 ズドンという音が響き、空間が圧縮される。


「え……」


 床を削り、魔獣の腕と顔以外が消滅する。

 エイラは何が起きたのかも分からぬまま、腕と顔だけになった魔獣の姿を眺めていた。


「ギァアアアアアアッ!!」


 けたたましい声を上げる魔獣。

 苦しんでいる様子はあるが、首と腕の切断面から影のような肉体が瞬く間に再生が始まっていく。

 やはりあの魔獣も、湖の前で会った魔獣と同様に体を再生させることができるようだ。

 以前は動きを止め、体を完全に消滅させることで倒すことができた。

 頭と腕だけが残った今なら、もう一度魔術を放つことで消滅させることができるかもしれない。

 だが魔獣の腕はその体を失ってもなお、エイラの体を掴んだまま放さない。

 そうしている今も魔獣の体は再生してゆき、頭から伸びた首と手首から伸びた腕が肩で繋がる。

 これ以上再生させ続けるわけには行かないが、魔獣がエイラの体を掴んでいる限り、エイラを巻き込んでしまう。


「だっ、たら……」


 メルティは一本だけ残った腕を魔獣に向け、全神経を集中させる。

 頭の中で、立方体の空間を捻じ曲げていく。

 圧縮する空間を、敵の形に合わせて変形させていく。


「誰かッ、たすけ——」


 いつも隣にいた彼女が助けを求めている。


 ——彼女を助けたい。


 心の奥底で湧き上がる感情が、最速で行動へと変換される。


「——《ワタリカゴメ》」


 目を大きく見開き、メルティはどこで覚えたのかも分からない頭に浮かんだその魔術を唱えた。




 シュゴウッ……

 それは強風が吹くような、あるいは何かが焼き切れるような、そんな音だった。


 エイラはすっと背中が引き寄せられるような違和感を覚えた後、自分の体が軽くなったことに気づく。

 そしてふと後ろを振り返る。


「……えっ」


 さっきまで自分の体を掴んでいたはずの魔獣の姿はそこにはなかった。

 宙を舞う黒い煙だけが、その場に余韻のように残っていた。


「エイラちゃんッ!!」

「——おぉうッ!?」


 体を持ち上げようとしたエイラの背後から、メルティが抱きつく。


「エイラちゃん……っ、エイラちゃんッ!! 大丈夫だった……?」


 涙で顔をくしゃくしゃにして何度も名前を叫ぶ彼女は、間違いなくエイラの友達のメルティだった。


「え、あ……うん、だいじょ……うぶ……」


 だがエイラはなんと言葉を返したらいいのかよく分からなくて、適当な返事をしてしまう。

 友人の前で泣き叫んで助けを求める姿を見せてしまったことを恥ずかしく思う気持ちもあった。

 だがそれ以上に、さも当然のように生えているメルティの腕と足を見て困惑する。


(なんで……さっきまで片腕と両腕……なかった、よね……?)


 きっとあの魔獣も、手足をもがれたメルティも、全部夢か何かだったのだろう。

 そう思いたいところだが、メルティの制服には尋常ではないほどの血液がこびり付いていて、とても先ほどまでの光景が嘘だったとは思えない。

 それに何かメルティが知らない魔術を口ずさんだようにも見えた。

 もうエイラは頭がこんがらがって、何が起きているのかまるで理解できていなかった。




「あらあら、覗き見しているネズミはエイラさんでしたか」

「はっ、イルダ……お前ッ!」


 屋上へと繋がる扉の前にはイルダが立っていた。

 そしてその背後には、4体の魔獣の姿が見える。


「その様子も見る限り、屋上へ行った私とメルティさんを仲裁にでも来たというところでしょうか? そして目の前で繰り広げられる光景を見て、何もできずに腰を抜かした。と、いったところでしょうかね?」

「……ぐっ」


 エイラは強く唇を噛む。

 言い返したいが、おおよそその通りだったので言い返せない。

 今だって腕の力で上半身を起こしたものの、下半身に力が入らず立ち上がることができない。

 そんな彼女の前にメルティが立つ。


「メルティ……?」


 メルティはただ目の前に立つイルダだけを見つめ、イルダとエイラの間に立つ。

 強い敵対心をむき出しにしながら。


「あらら、エイラさんを助けるんですか? その人は我が身可愛さにメルティさんと友達であることをやめた人で——」

「うるさい!」


 イルダの声を遮り、メルティは叫ぶ。


「あなたは私の親友に手をかけた! もう許さない!」


 そしてイルダに向けて右手を差し出し、魔力を込める。


「《カゴ——」

「退け」


 その一言で、その場で静止していた魔獣達が一斉に動き出す。

 魔獣達はそれぞれ個別の方向へと向かい、屋上から飛び降りていった。


「なっ——!?」

「学校に放たれた4体の魔獣。さて、どうなるんでしょうね?」


 メルティは慌てて、扉の先の屋上へと駆け出す。

 その場にはもう魔獣の姿はなく、イルダの姿さえも見つからなかった。

 右から左から、魔獣達の咆哮が聞こえてくる。

 同時に生徒達の阿鼻叫喚の声も。


「あ、あぁ……っ!」


 最悪の事態が起きてしまったのだと気づき、メルティはその光景を青ざめた顔で見つめていた。


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