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愚民たる私が成り上がるには呪いの装備に頼るしかない  作者: コロンド
第2章 呪いを持って呪いを制す
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024 血に染まる屋上

【前回のあらすじ】

・かつてのメルティの親友、リムとエイラはなんやかんやでメルティのことを心配していた

・教室に戻ってきたメルティはイルダと共に教室から出ていく

・エイラは二人を追い、リムはタリアと出会い服を脱がされていた


 屋上の屋外へと出る扉を開き一歩を踏みしめると、肌で感じていた空気がジメッとした生暖かいものに変わる。

 いつ雨が降ってきてもおかしくない、一面に広がる曇り空。

 空を遮るのは斜め上に見えるイズン第一島の地表のみ。

 周囲は鉄格子のような柵で囲まれて、さながら牢獄のようだった。

 屋上の真ん中あたりまで歩くと、イルダは長い髪を揺らし振り返る。


「それで、お話とは?」


 今のメルティは正直者のネックレスの呪いを受けた、いわゆる魔力に制限のない状態。

 普段のメルティからは考えられない、尋常ではない量の魔力をイルダも感じているはずだ。

 だが彼女の顔からは驚く様子は感じられず、また強がっているようにも見えない。


「色々と聞きたいことはありますが、まずは…………イルダさんは私のお父さんとお母さんの居場所を知っていますよね」

「はい」


 間髪入れずに、笑顔で返事が返ってきた。


「返してください」

「うーん、嫌です」

「……ッ!」


 メルティは強く拳を握りしめる。

 その綺麗な顔をボコボコにしてしまいたいという憎悪の思いが湧くが、すんでのところで他の感情に抑制される。

 それは心の底から両親の無事を願う思い。

 メルティの中で大きな二つの感情が、体の自由を支配し合う。


「ねぇメルティさん。どうして私が、あなたに対して嫌がらせをするか分かりますか?」


(理由……何か理由があるの……?)


 メルティは沈黙する。

 てっきりイルダのメルティに対する当てつけは特に理由のない、気に食わない相手への嫌がらせ程度のものだと思っていた。


「なるほど、そこはまだ分かってない、と」


 何やら納得したようにイルダは頷く。

 自分一人で話を理解しているかのようなイルダの態度に、メルティの苛立ちが増していく。


「あらあら、不服そうな顔をしてますね。じゃあ折角なので少しだけ教えて上げましょう」


 そう口にしながらイルダはメルティに背を向け、どこかへ歩いていく。

 イルダが歩いて行った方向には屋上に備え付けられた小さな倉庫があった。


「私には成したげたい目的があるんです。その目的を達成するためにはメルティさん、あなたの力が必要なんです」

「私の力……? だったら、こんなことをしなくても、普通に協力を求めればいいじゃないですか!」


 語気を強めて語るメルティの言葉に、イルダは呆れたように首を振る。


「鈍い人」


 そして次に告げたその言葉には、冷ややかな怒りのような感情が込められていた。

 まるで冷気を操る魔術を唱えたかのように、周囲の空気が冷たくなる。


「私が欲しいのはあなたの持つ力、協力とはまた別なんですよッ!」


 そう言って、イルダは倉庫の扉を勢いよく開ける。

 バタバタと音を立てて、倉庫の中から何かが飛び出した。


「……ッ!?」


 メルティは急に現れた異様な光景に、一歩後ろに飛び退く。

 同時に、異臭が鼻をつく。

 この臭いには覚えがあった。

 ——死臭。


 倉庫から出てきたのは、複数人の死体。

 そしてその死体には皆、ある共通点があった。

 頭部が縦に割かれている。

 ものによっては体が完全に分割されているものもいる。

 それを見てメルティは、すぐさまある光景を思い出す。

 宿屋で仮面の男達に襲撃されたあの日、呪いの斧の力で男達の頭蓋を割っていくシャロン、そしてメルティ自身も。

 その光景を思い出すのと同時に、メルティは目の前にある死体が、自分が過去に手がけた男たちなのだと気づく。


「……何で、ここにッ!?」

「さあ、なんででしょう。ああそうそう、最近奇妙な魔獣に出会いませんでしたか?」

「……っ!?」

「魔獣は魔術が世に広まるのと同時に、数を増やしたと言われています。ですが未だに魔獣の発生する明確な理由は不明————と一般的にはそう言われていますよね」

「だから、それの何がッ!」

「…………」


 イルダは小声で何かを呟き出す。

 少し遅れてメルティはそれが何らかの詠唱なのだと気づいた。


「くそッ!」


 メルティはその場でイルダに向けて跳躍する。

 何らかの魔術が発動する前に、その首根っこを掴んで地面に叩きつけようとした。

 メルティの伸ばした腕が、イルダの首元に近づく。

 もう指一本分の距離にまで近づいたその瞬間、メルティの伸ばした腕が何者かに腕を掴まれた。


「え?」


 その腕は明らかにイルダのものではない。

 ついさっきまで、この場にはイルダとメルティしかいなかったというのに。

 横から出てきたその手の持ち主の方へと、メルティへと視線を移す。

 影のような黒い腕。

 人とは思えぬほど長い手足に巨大な体。

 その体には見覚えがあった。

 つい先日、戦ったばかりの謎の魔獣。

 唯一違うのはその頭部。

 民族衣装のような仮面をつけたような頭部は、縦にパックリと割れていた。

 その姿が、あの日メルティたちを襲った者たちの姿と重なり背筋が凍る。


「グォオオッ!」

「あっ——!」


 メルティが気を取られて動けずにいると、その魔獣は掴んでいたメルティの腕を怪力で引っ張り上げ、メルティの体が宙に浮く。

 そしてそのまま、メルティの体を地面に叩きつけた。


「がはぁッ!!」


 視界が揺れる。

 自分の感覚がどこか遠くへ行ってしまったような感覚にメルティは戸惑う。


「カ……ご…………あっ!?」


 そんな状況でも魔術を唱えて、この場を切り抜けようとするが、詠唱が終わるより先に再び体が地面から離れる。

 腕を無理やり引き上げられる痛みに肩が悲鳴をあげる。

 再び感じる浮遊感、そして急降下。


「ぐぁあああああッ!!」


 受け身を取ることもできず、メルティは背中と後頭部を思いっきり地面に叩きつけられた。

 痛みと同時に自分の体があるべき状態から崩れていく感覚を覚える。

 再び腕が引き上げられる。


「んぁああああッッ!!」


 悲鳴のような雄叫びを上げながら、メルティは掴まれていないもう片方の手に魔力を込める。

 そしてその手で腕を掴んでいた魔獣の腕に掌底を入れる。

 すると、魔獣の腕は弾け、霧のように消えていった。


「はぁ、はぁ……これで…………んぇ?」


 息を荒げながらうつ伏せの状態から立ち上がろうとするメルティだったが、そのとき体に妙な感覚が走る。

 足元を掴まれているような——。


 すぐさま、メルティは後ろを振り向く。

 

「……う、そ……っ」


 そこに映る光景は、メルティの表情を絶望に染め上げる。

 先ほどまで対峙していた魔獣とはまた別の魔獣がメルティの足を掴んでいた。

 それだけではない。

 その背後に、複数隊の同じ影が見える。

 魔獣の顔はそれぞれ微妙に違いはあれど、みな割れた仮面のような顔をしていた。


「コロ……シタ…………オマエ、オレヲ……ッ!!」


 くぐもった声で、魔獣が叫ぶ。


「え……ころ、した……?」


 魔獣の形とその言葉、そして先ほど倉庫から出てきた死体。

 メルティの思考が、目の前の存在の意味を無意識に結論づけていく。

 サッと青ざめるメルティ。

 その顔を見て、イルダはクスリと笑う。


「そう、その子達は、あなたが頭を割った子たち。死体を媒介に魔獣を作ってみたんです」


 イルダは完全に蚊帳の外からメルティを眺めていた。

 周囲にいる魔獣達はみなメルティの方を向いており、イルダを襲う様子はない。


「世間では魔獣が現れる原因はまだ解明できていない、ということになっていますが…………ふふっ、私の家系はもう気づいちゃったんですよ。魔獣が現れる理由を。だからこうやって、自らの意思で魔獣を作り出すこともできる。そして、できればそれを世間に公表したくないんです。だってこんな素敵な力、誰にも渡したくないじゃないですか」


 笑いながらそう語るイルダの顔が、メルティには悪魔に見えた。


「全部、お前が…………うぁ……ッ!?」


 強くイルダを睨むメルティだったが、掴まれていた足を強い力で持ち上げられ、また体が宙に浮く。


「このぉおおおッ!!」


 メルティは掴まれていない方の足に魔力を込め、掴んでいた魔獣の腕に叩き落とす。

 けたたましい破裂音と共に、魔獣の腕が粉砕し、足の拘束が解かれる。


「ぐあッ……!?」


 だが、足の拘束を解いたのも束の間。

 地面に着地した瞬間、背後からメルティは頭部を掴まれる。

 巨大な腕を持つ魔獣からしてみれば、人の頭を掴むなど人形の頭を掴むに等しい。

 魔獣は片手でメルティの頭を掴み、そのまま強く握りしめた。


「うあッ、あぁあああああああッ!!?」


 頭蓋が軋む。

 パキパキと頭が圧縮されていく音が鼓膜に響く。

 頭を掴まれたまま持ち上げられ、足が地面から離れバタバタと足を動かして抵抗する。


「イタカッタ…………イタカッタゾ……」


 背後から聞こえる魔獣の声。

 それがかつて自分が手にかけた人間の姿と重なる。

 一瞬、罪悪感に意識を支配され、メルティは目の前に迫る新たな脅威に気づくのが遅れてしまう。


「……あ」


 気づいた時には目の前に拳があった。

 前方にいた魔獣の拳がメルティの腹部にめり込む。


「ごほぁああッ!!?」


 半分嗚咽のような悲鳴をあげながら、メルティは口から胃液の混ざった血を吐き出す。

 頭だけ固定されたメルティの体は、さながらサンドバックのようにぷらぷらと揺れる。


「あ……がぁ……ッ! カ、ゴ……あぐぅううううッ!!」


 魔術を詠唱しきる前に次は横腹を殴られる。


「んガぁああッ!」


 次は顔面。

 メルティが抵抗の意思を見せる度に、魔獣の長い腕が体のどこかにめり込む。


「こんな……ところで…………あっ」


 視界が血に染まり、見えにくくなっていたから気づかなかった。

 今やメルティは周囲を複数隊の魔獣に完全に包囲され、逃げる場所などどこにもない。

 そしてその魔獣達が一斉にメルティに向けて手を伸ばす。

 足を手を体を、魔獣達に掴まれる。


「あっ、いやっ、掴むな……ッ! ひっぱ、あ”があ”ッ!!?」


 そしてメルティの体をオモチャのようにいじりだす。


「あ、やめッ……ぎぁッ、あぎゅッ!?」


 引っ張ったり。


「いゥッ———あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッ!!」


 捻ったり。


「んぉ……ぎゅッ、ギャっ、んぁああああッ!!」


 叩いたり。


「い”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッ!!」


 もう自分の体がどうなっているのかも分からなくなるほどに、魔獣達はメルティの体をいじくりまわす。


 その日、魔術学院高等部の屋上では肉がちぎれ血が滴る音と、少女の鈍い悲鳴が響き続けた。


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