020 魔女狩りの針
【前回のあらすじ】
・鴉頭の化け物と戦うメルティ
・自身にかけられた呪いの効果により、メルティは死に至る攻撃を受けてもすぐさま回復して応戦する
・タリアが持っていた呪物に触れたメルティは、その呪いを受けてしまう
道具に宿る呪いは、必ずしもその持ち主の思いだけとは限らない。
他者の呪いが複合的に混じり合い、呪物と化す場合もある。
特に死や苦痛を与えるための道具は、そういった類いの呪いが発生しやすい。
『魔女狩りの針』
悪魔と契約したものは体のどこかに契約の証があり、その場所は痛みもなく血も出ない。
そんな言い伝えに乗っ取り、魔女の疑いがあるものの全身を針で刺して確認したと言われている。
魔女を確認するための針。
その針は数十人、数百人の女性の体を何千回、何万回と貫いてきた。
幾人もの罪なき女性に痛みを、苦しみを、そして時には死を与えてきた。
当然のように、その針は呪物と化した。
「う”ぁ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッッ!! い、い”だ……い”ッ! ん”あ”ぁ”あ”あ”ッ!!?」
鈍い声でメルティは悲鳴を上げ続ける。
腕、足、体、全身にいくつもの小さな穴が空き、崩れた足元の周囲は血の水たまりができている。
触れた者に自分たちが感じた苦痛と同じものを与える。
それがこの針に込められた呪い。
「メルティッ! 早く手を離してッ!」
タリアの叫びにメルティはびくんと反応する。
本来なら触れただけで死に至ってもおかしくない激痛と出血量。
だが首を切られても死なない今のメルティであれば、おそらく耐え切ることはできるだろう。
手を離せば呪いの効果は消える。
メルティは痛みに頭を支配される中、触れている針から手を離そうとした。
「《ツルシ》」
だがその瞬間、化け物が新たな魔術を唱える。
「……ッ!?」
メルティの足元から急速に成長したツルが絡みつき、メルティの手足を拘束する。
触れていた針と手にもツルが絡まり、針を離せない状態のまま強く締め付ける。
「あ”あ”ぅ……ッ!? な”に”……こ、れ……っ! はな、せなッ……ぐあ"あ"あ"あ"あ"う”う”ッ!!」
「……そんなッ!?」
呪いの効果を一瞬で理解し、武器として扱う化け物の知性にタリアは驚愕する。
そして、呪いの効果が最も最悪な形で発動してしまい後悔する。
その場から見える光景は凄惨で、メルティは体をツルで拘束されたまま絶叫を繰り返している。
魔女狩りの針の効果により、メルティの体には無数の穴が開き身体中から血を滴らせる。
直後、彼女の再生能力、呪いにより死ぬことが許されない体は、開いた穴をすぐさま修復する。
体に穴を開けられてはすぐに修復し、そしてまた穴を開けられる。
もはや拷問そのものであった。
「メルティ……ッ!」
タリアはメルティを助け出そうと、その場から駆け出す。
だがそんな彼女の足に何かが絡みつき、タリアはその場で勢いよく倒れてしまう。
「いっつぅ…………なっ……!?」
足に絡みついていたのは、地面から突き出したツルだった。
そのツルは驚くべき速さで成長を続け、次第に足だけでなく体や手までを拘束し始める。
「くぅ……こんな、ところで……ッ!」
体の自由さえも奪われ、もはやタリアでもこの状況から脱する方法が思いつかない。
「ぐギャ……ッ!? ガッ…………ア”ギァ……ッ!!?」
メルティの口から、およそ人とは思えない悲鳴が溢れる。
全身をキツく締め上げられ、呼吸すらままならないはずだ。
今メルティは、体中を針で貫かれる痛みと体中を締め上げられる痛みを同時に味わっている。
もはや抵抗の意思すら、痛みでかき消される。
自分の体がどうなっているのか、知覚することさえできない。
手や足の先の感覚はもうなく、メキメキと言う音と共に関節が曲がってはいけない方向に曲げられていく感覚だけはうっすらと感じていた。
いっそのこと、死んでしまった方が間違いなく楽になれるだろう。
だが、彼女にかけられた呪いがそれを許さない。
「ぐ……どうすれば……私の力では、あのバケモノに一撃をを与えることすら……」
「…………イミコ……メッスル……」
化け物がまた、呟くように言葉を発した。
「いみこ……忌子……って言ったんですの……? 滅する……?」
その言葉の意味するところは分からない。
だがその言葉からは、不当にメルティのことを嫌悪しているような印象を覚えた。
いや、メルティ自身というよりも、彼女の持つ膨大な魔力、あるいはあの桁外れの呪いに対しての言葉であったのだろうか。
「はぁ……はぁ……彼女をそんな、生まれてこなければよかったみたいな言い方、許せませんわっ!」
どちらにせよ、タリアは彼女の死を、苦痛を、容認することはできない。
彼女にどんな不幸が訪れようと、どんな相手が敵になろうと、自分だけは彼女の味方でなければならない。
そんな使命感がタリアを突き動かす。
(メルティの力を持ってすれば、あの程度の拘束は簡単に抜けられるはず……なぜしないの……?)
「うっ……んぁ……ッ!」
タリアを拘束するツルの締め付けが強くなっていく。
苦痛の表情を浮かべながらも、タリアはこの状況をひっくり返す策はないかと頭を巡らせ続ける。
(正直者のネックレス……)
鈍く光る彼女のネックレスをタリアは見つめる。
(痛みや苦痛を嘆く感情に支配されている? それが今彼女の中で最も大きい感情だから? ……だとしたら、嘆きの感情より大きな感情の起伏を与えることができたら……ッ!)
タリアは大きく息を吸い、そして叫ぶ。
「メルティ! お願い戦って! メルティッ!!」
「あぎゅ……ッ!? あ”、は……ひっ……っ!」
だが痛みのせいでその声すら届かないのか、メルティの苦悶の表情は変わらない。
(くっ、まだ届かない……だったら……ん? ……え?)
もう一度メルティに呼びかけようとしたその時、絡みつくツルがタリアの首を強く締める。
「……ッ!?あ……ぐッ!?」
まるで意図的にタリアを黙らせるかのようにツルは動く。
意識が遠のき、嗚咽のような声しか上げることができなくなる。
「ぁ……メル…………ティ……」
それでも声にならない声で、タリアはメルティの名を呼び続ける。
景色が霞み、視界が真っ白になろうとしていたその一瞬、彼女と視線が重なった気がした。
「——《カゴメ》」
ドン、と地の震える音が鳴った。
メルティの魔術により、大地が圧縮された音。
「かはっ!? ……め、メルティ……?」
同時にタリアを拘束していたツルの拘束が緩む。
タリアは意識を取り戻し、メルティの姿を探すがさっきまでいた場所に彼女の姿が見当たらない。
どこかに消えた?
一瞬そう思ったが、絡まるツルを払い、うつ伏せの状態から体勢を少し上げると、何が起きたのかタリアはようやく理解することができた。
「自分の……真下の地面を圧縮した……?」
さっきまでメルティがいた場所には大きな穴が空いていた。
彼女にしか作れない、真四角にくり抜かれた穴。
「そうか……自分の真下の地面を圧縮させれば、自分の体を拘束していた植物の根を破壊することが——」
ドン!
再び大きな音が鳴り、新たな大穴が生まれる。
穴ができたのは化け物の真下。
化け物はそれに反応することができず、穴の下へと落ちていく。
重力により落下していく化け物の体。
その落下地点にめがけて、一直線に駆けていく者の姿があった。
メルティだった。
化け物が落ちた穴は、メルティが落ちた穴の真横に空いた。
二つの穴は重なり、一つの穴となる。
メルティは魔術により新たに地面に穴を作った直後、化け物が地面に落下するのよりも早く、その落下地点へと向かう。
体中から血を流しながらも、その瞳には強い意思が秘められている。
今の彼女は苦痛に涙を流したりしない。
「私はッ!! タリアさんを……ッ!! 守るんだぁああッ!!!」
化け物との距離はもう間近。
化け物は落下中の体勢のまま、拳をメルティに向けて振り抜く。
「グオアァァアアアアアッ!!」
メルティはそれを冷静に躱し、右手を化け物の胸に向け伸ばす。
呪われた針を持った、その右手を。
「せやあぁぁあああああッ!!」
化け物が地面に落ち、轟音が響く。
「ゲァ…………エァアアアアアアアッ!!」
少しして化け物の悲痛な叫び声が穴の中に響き渡った。
化け物に突き刺さった針の呪いにより、化け物の体のいたる場所に穴が空いていく。
その体を修復しようと試みているようだが、体に穴が開く速度の方がずっと早い。
大穴の中が、化け物からでた黒い霧で立ち込めていく。
「ア……ガェ…………イミ、コ……ォ!」
化け物は手足の方から少しづつ消滅してゆき、最後にはそのカラスのような頭だけが残った。
何か言葉を紡ごうとした化け物に、メルティは殺意を剥き出しにした表情で手を向ける。
「これで…………終わり、《カゴメ》」
プツン、とまるで世界から音が消えてしまったかのように静寂が訪れた。
黒煙が空を舞う。
その下には膝立ちで虚ろな表情をするメルティと呪われた針が転がっていた。
頭がぼんやりしてそのままぼぅっとしていると、背後から抱擁される感覚があった。
体が痛くて後ろを振り向くこともできないが、匂いと体に触れる細い腕の感覚だけで誰だかすぐに分かった。
後ろから抱きつく彼女はなにも言わない。
その代わり、はしたない嗚咽としゃっくりの音だけが延々と聞こえた。
その時メルティが感じた思いは、安堵や心配させて申し訳なく思う気持ちとは少し違った。
——タリアさんを泣かせてやったぞ。
そんなちょっとした優越感だった。




