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愚民たる私が成り上がるには呪いの装備に頼るしかない  作者: コロンド
第2章 呪いを持って呪いを制す
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018 自縛の呪い

【前回のあらすじ】

・ようやく家に帰って来ることができたメルティ

・クローゼットに引きこもるタリア

・二人はほんの少しだけ仲良くなることができたのでした。


「タリアさーん…………どこ行くんですかー?」


 浮遊国家イズンの外れ。

 街から出るとすごそこには広い森林地帯が広がっている。

 ほとんどの人は馬車が通れる塗装された道を通るのだが、タリアはそこから外れ、獣道のような狭い道を進んでいく。

 パンパンに膨らんだカバンを背負ったタリアの後ろに、メルティはただついていく。


「呪いの調査ですわー」

「調査?」

「ええ、メルティ、あなたの呪いはまだ分からないことだらけ。条件や効果を明白にしていく必要があるんですわー」


 二人は息を荒くしながら、篭るような暑さの森を進んでいく。

 最初のうちは会話する余裕もあったが、長いこと足場の悪い細い道を歩いていると会話も少なくなってくる。

 無言のままもうしばらく進むと、二人の前方に開けた景色が見えてきた。


「わぁー綺麗。こんなところに湖があったんですね」


 二人の目の前に広がるのは透き通るような色をした湖。

 湖の周辺は背丈の高い木々が生えていないためか見晴らしがいい。


「えぇ、通行の多い塗装された道からは大分離れたので、人から見つかる心配もありませんわね」

「あ、そう言う理由で?」

「人目の多い場所だと、呪いの実験とか何だとかで通報されるんですわ。普段は呪いを信じないくせにこう言う時だけ口を出すのは何故なんでしょうね?」

「ああ、何回か通報されてるんですね……」


 そんなタリアの実体験にメルティはやや顔を引きつらせる。

 かくして、メルティにかけられた呪いの調査が始まった。


「メルティ、まずはあなたが使える魔術を教えてくれます?」

「えーっと、学院で習う基本魔術しか使えないです。熱よ光よ、周囲を照らせ——《ハッカ》」


 魔術を唱えると、メルティの手の平の少し上に火の玉が浮かぶ。

 攻撃魔術としてはやや威力不足だが、夜道を歩くときはランタンの代わりとして重宝する。

 学院に通う生徒であれば誰でも使える基本魔術だ。


「えーっと、こんな感じです」

「もっと強そうな魔術は?」

「うーんと、炎系の魔術はこれが限界だったり……」

「……よくわかりませんが、それで魔術学院の高等部にまでいけるんですの?」

「えーっと……かなりギリです」

「じゃあ得意な魔術とかは?」

「得意……ですか……特に……」

「……」

「……」


 メルティには特に得意と言える魔術がなかった。

 全般的に様々な属性の魔法を低水準で扱えるが、秀でている部分は特に思い当たらない。

 少なくとも、呪いによる影響を受けていないうちは。


「自身に強い魔力があるという認識はあります?」

「それがあんまりないんです。子供の頃は神童だ何だ言われてたんですが……気づいたらあんまり強い魔術も使えなくなちゃって。結局人より早熟ですぐに限界が来たものかと思っていたんですけど……」

「けど、呪いに支配されていた時のあなたは確かに膨大な魔力と強力な魔術を駆使していた。そのことに対して何か心当たりは?」

「……すいません、ないです」


 申し訳なさそうにメルティは答える。

 これ以上今の彼女から引き出せる情報はないと踏んだタリアは、ふぅと小さくため息をつく。


「そう、じゃあ今度は呪いの効果を受けてみましょうか」

「……え?」


 タリアがメルティのネックレスに触れる。

 ネックレスについた宝石が光り、メルティの意識を嘘のつけない思考に染め上げていく。


「……はっ!? タリアさん…………タリアさんだ! タリアさーん!」

「うっぷ!?」


 メルティはタリアに強く抱きつき、その頭部がタリアの腹部に激突する。


「タリアさん好きぃ……」


 メルティはタリアを押し倒す形になり、何の恥じらいもなくタリアに頬ずりをする。

 普段のメルティであればまずありえない光景だった。


「うぅ……しまった、そう言えばこうなるんでしたわ……め、メルティ! 離さないと嫌いになりますわよ」

「はっ!? あっ、その、ゴメンナサイ! 何でもするので許して下さいッ!」


 メルティはタリアから少し距離を置き、何度も頭を下げる。


「だから……だから、お願いだから嫌いにならないでぇ……」


 そして涙を流しながら懇願する。


「な、泣くのは卑怯ですわ…………わ、分かったから、嫌いになりませんから」

「わーい、タリアさん大好きっ!」


 そしてまた抱きつかれる。


「あーもう、めんどくさっ! メルティ! お手!」

「はい!」


 タリアが手を差し出すと、メルティは何の躊躇もなくそこに自分の手を置く。

 そのまま次の命令を待つかのように、メルティは上目遣いでタリアを見つめていた。


(あれ、もしかしてこっちのメルティの方がめちゃくちゃ扱いやすいのでは……?)


 もしも彼女に尻尾が生えていたのなら、今頃その尻尾を左右にぶんぶんと振り回していただろう。

 そんな姿がタリアにはイメージできた。


「じゃ、じゃあ、メルティ。ちょっと適当に魔法使ってくれます?」

「はい、《カゴメ》」


 言うなり地面が四角形に抉れ、中心にはポトンと圧縮された土と草の塊が落ちる。

 その魔術の威力にタリアは息を飲む。


「やっぱり、この状態では扱える魔力の量が桁外れですわね」


(なぜ常時は魔力制限されているのに、呪いに意思を支配されると魔術が使えるのか…………おそらくは能力を縛るのではなく、意思を縛られているから。だから自分の体が自分以外の意思で動いているときは強い魔力が使えるんですわ)


 タリアはその光景を見て、自分の考えをまとめていく。


「ちなみにその魔術はどこで覚えたんです?」

「え……? うーん? 誰かから教えてもらった気がするんですけど……忘れちゃいました!」

「忘れちゃいましたって……少なくとも学院で教える類の魔術ではなさそうですわね」


 タリアはメルティの家から拝借してきた『基本魔術一覧』と表紙に書かれた本に目を通す。

 それは魔術学院生に渡される本で、学院で習う魔術は全てここに記載されているはずだ。

 だが、今しがたメルティが使った魔術は見当たらない。


「閉じこもって外に出さない。それが私の魔術の性質らしいです」

「……?」


 メルティは湖の近くで手を掲げる。

 すると湖の中から手のひらに乗るほどの小さな立方体が浮かんでくる。

 それは圧縮された水の塊。


「私の性質を考慮した上で、最も上手く扱える魔術がこれなんだそうです」

「……? それは誰から聞いたんです?」

「うーん、なんか思い出せないんですよねぇ」

「またそれですか、多分嘘はついていないんでしょうけど……」


(ん? あれ? さっきは得意な魔術はないと、言ってましたわよね……?)


 タリアは先ほどとメルティの言動に食い違う部分があることに気づく。

 正直者のネックレスの効果が発動する前のメルティが嘘を付いていたのだろうかと一瞬思ったが、嘘をついいるようには見えなかった上に、嘘をつくメリットが思い当たらない。


(最初はメルティの能力に嫉妬する大衆の意思から生まれた呪いだと思っていた。けどもしそうならば、封じるべき対象は意思ではなく能力のはず。つまりこれは、自縛の呪い。メルティ自身が自分の意思に呪いを————制限をかけた。そして縛っているのはきっと意識だけではない…………おそらく、記憶さえも……)


「……っ!? タリアさん何かくる!」

「えっ」


 言われて気づく。

 木々の向こう側から何者かがこちらにやってくる。


「ガウッ!!」


 それは狼のような姿をした影。

 草むらから飛び出し、タリアに目掛けて襲いかかる。

 完全に不意を突かれたタリアは動くこともできず、その獣は彼女のすぐ目の前にまで近づく。


「《カゴメ》ッ!!」

「ギュッ!?」


 獣の爪が振り下ろそうとされたその瞬間、目の前で体の体が圧縮されていく。

 形を持っていたはずのそれは立方体の形に圧縮され、魔術が解かれるとその瞬間、黒い霧となって霧散した。


「あれは魔獣……?」


 その場にはもう血や肉は一切残っていない。

 動物とは明らかに違うそれは魔獣と呼ばれ、魔術の技術が発展し始めた頃から出現するようになったと言われている。

 行動に食事を必要とはしないが、人を襲い、強い魔力を欲する傾向にある。


「タリアさん、大丈夫ですか!?」

「え、えぇ、ありがとうメルティ。助けられましたわ」

「いや、まだみたいです」

「え?」


 メルティはじっと森のある一点を見つめている。

 その方向にタリアも視線を向ける。

 だがタリアは目を懲らせど、そこに何かがいるようには見えない。


「……メルティ?」


 険しい顔でその一点を見つめるメルティが、右手をその方向に向ける。

 その瞬間、バサァっと大きな音を立てて森の中から上空に向けて何かが飛び上がった。


「……ッ!?」


 タリアはそれを凝視する。

 大きな翼に人のような体を持つ影が見えた。

 それが彼女たちの前に降り立つ。

 着地と同時に轟音暴風が巻き起こる。


「くぅ……ッ!? で、でかい……ッ! なんですの、こいつも魔獣……ッ!?」


 細くて長い手足、巨大な翼、そしてカラスのような頭。

 前傾視線でこちらを見つめているが、その状態でも彼女たちの二倍ほどの高さから見下される。

 目の前の化け物はそれほどまでに巨大だった。


「……ミツケタ……イミコヨ」


 篭った声で、その化け物は確かにそう言った。


「喋りましたわ!?」


 喋る魔獣などタリアの知識の中にはない。

 もちろんメルティの知識の中にも。


「いみ……こよ……? よくわかりませんが倒します! 《カゴ——」


 その一瞬、まるで時が止まったかのような感覚だった。

 気付いた時にはタリアの真横に突風が突き抜け、さっきまで隣にいたはずのメルティの姿はなく、その位置には化け物の右腕があった。


「え?」


 まるで視線が追いつかなかった。

 少し遅れてタリアは魔術が発動される前に、メルティが敵の攻撃を受けたのだと理解する。


「はっ、メルティッ!!?」


 タリアは叫びながら、振り向く。


「あっ……がぁ……っ」


 メルティは化け物の拳から直線上に吹き飛ばされ、遠く離れた位置で腹部を抑えながら倒れていた。


(……まだ生きている。ならばっ!)

「バケモノッ、こっちですわ!」


 タリアはその化け物を陽動しながら、その場から数歩後退する。

 そして自身が背負っているカバンの右ポケットに手を突っ込む。

 包帯越しに金属の冷たさを感じる。

 そこに入っているのはタリアが持つ呪物の中でも、最も凶悪な呪いがかけられた呪物であった。


(これを使うのは最終手段……それでも、メルティを救えるなら……ッ!)


 化け物がタリアを見つめ、拳を構える。

 先ほどは不意を突かれて反応できなかったが、来ると分かれば反撃の一撃を与えることくらいはできるかもしれない。

 

(来る……ッ!)


 突風のような速さで化け物がタリアに近づく。

 タリアは包帯で包まれたナイフのようなものを取り出し、前に突き出す。

 ナイフ一つであの化け物の攻撃を受けきることなどできないだろう。

 だからタリアのこの行動は、自爆覚悟の行動だった。


「……なっ!?」


 だがタリアのその行動は不発に終わる。

 化け物の動きがすんでのところで止まり、素早く後ろに後退したからだ。

 そしてタリアと化け物の間に大きな穴が開く。

 四角くくり抜かれた穴。

 その穴は規則性はあれど、自然界に存在するにはあまりに不自然な形だった。

 化け物とタリアの視線が、さっきまで倒れていたメルティの方へ移る。


「はぁ……あぁ……か、ひっ……」


 メルティは呼吸が安定せず、口から何度か血を吐き出す。

 肋骨と内臓がぐちゃぐちゃに入り混じっているような、そんな感覚がした。

 吐き気と恐怖でくじけそうになるが、それでもメルティは重い体をなんとか持ち上げる。

 そして霞む視界の中、自分に拳を入れた化け物を強い視線で睨みつける。


「がはっ……は、ひっ…………はぁ、はぁ、それ以上……タリアさんに……近づいてみろ…………限界まで、圧縮してやるからな……」


 それは心の奥底から湧いてくる、最も『正直』な思いだった。



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