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001 絶望へのカウントダウン -3-

【前回のあらすじ】

・魔術国家に呪物を売りに来た商人タリア。

・商売中に出会った少女にやばい呪いがついている!

・放っておくとやばいことになりそう! 追え!

「おはよー」


 メルティ・アルメリアの一日はこの一言から始める。


「おはよう、メルティ」

「おはよう、髪ボサボサじゃない。早く顔洗ってきなさい」


 父と母から返ってくる言葉もいつも通り。


「はーい、でも朝ご飯食べてからねー」


 そう適当に流すとメルティは椅子に座り、テーブルに用意されていた朝食に目を輝かせる。

 最初に目に映るのは、皿の中心にあるイズンチキンの卵を使った目玉焼き。

 最先端の魔術研究により育てられたイズンチキンは、黄身が一般的な鶏卵よりも大きく、旨味が凝縮されている。

 その皿を着飾るように添えつけられたサラダとパンがあり、隣のボウルに入っているのはじゃがいもとニンジンのスープ。

 野菜は近所の老夫婦がいつもおすそ分けしてくれるもの。

 パンは強面だけど笑顔が素敵なおじさんが経営する隣のパン屋のものだ。


「いっただきまーす! はむっ、うまぁ……」

「メルティ、もうちょっと品位を……」

「大丈夫だよお父さん、お外ではちゃんと淑女的に食べるからね」

「美味しい、メルティ?」

「うん、お母さんの作る料理は百億万点!」

「この子その辺の草食べても一億点くらいつけそうで怖いわ」


 いつもの朝、いつもの日常。

 ただ朝ごはんを食べているだけ。

 ただ両親と話をしているだけ。

 それだけなのにこんなに楽しい。

 メルティは思う。

 こんな日常がいつまでも続けばいいと。

 切に、切に……。



 ***



「学校行く前にミークおばさんのところ寄っていくね」

「はいはい、気をつけて行ってらっしゃい」

「いってきます、お母さん!」

「いってらっしゃい、メルティ」

「いってきます、お父さん!」


 そう言い残し、魔術学院の制服に着替えたメルティは家を出る。

 向かう先は三件隣の孤児院。

 石造りの民家と変わらないその家に、メルティはノックもせずに入り込む。


「ミークおばさーん! メルティでーす!」


 玄関先でメルティがそう叫ぶと、家の奥からドタドタと足音が聞こえてくる。


「メルティきた!」

「メルティあそぼー!」

「わー、メルティだー!」


 幾人もの子供達が群れを成すようにやってきて、メルティを囲む。


「わ、ちょ、動けないって」


 子供の群れを優しく払いのけながら、メルティは前に進んでいく。

 そうして家のリビングにまでつくと、一人の老婆がテーブルの上の食器を片付けていた。

 老婆はメルティが来たことに気づくと、にこりと微笑む。


「あらおはよう、メルティ」

「おはようございます、ミークおばさん。食器の片付け手伝いますね」

「悪いわねぇ」

「じゃ、みんな。そういうことだから、遊ぶのは少しあとね」

「はーい」


 メルティを囲っていた子供達は散り散りにまたどこかへ駆けていく。

 これがメルティの毎朝の日課。

 この孤児院は院長のミークが一人で管理しており、メルティはその手伝いをしている。

 ミークは一度、腰を痛めて動けなくなったことがあり、ミークが動けない間孤児院の子供達を誰かが面倒を見る必要があった。

 誰もが気の毒だとは思いながらも、面倒ごとは引き受けたくないと躊躇する中、手をあげたのがアルメリア一家だった。

 それからミークの腰が回復した後も、メルティだけは毎日孤児院に通うのが日課になっていた。

 子供達の世話を面倒と思ったことは一度もない。

 彼らの笑顔が何よりもメルティに元気を与えてくれるからだ。


「私も手伝いますよ」

「あ、僕も」


 食器を片付けるメルティの横に、二人の子供が寄ってくる。


「ありがと、ミキちゃん、アキくん」


 双子の孤児、姉のミキに弟のアキ。

 二人ともメルティより身長は一回り低いが、この孤児院では最も年長のしっかり者だ。

 ミキは長い髪を後ろでまとめたポニーテールで、アキは無造作なショートヘア。

 双子だけあってキリッとした目つきがよく似ている。

 同じ髪型にされたら、案外違いが分からないかもしれない。


「手伝ってくれるなんて二人はしっかり者だねー」

「ミークおばさんが倒れた時に思ったんです。僕らおばさんがいないと何もできないなって……だからせめて自分の周りのことくらいは、僕らだけでなんとかできるようにならなきゃって」

「うんうん、えらいえらい!」

「おばさんが倒れた時はありがとね、メルティお姉ちゃんたちがいなかったら私たちどうなってたか」

「うんうん……う……ん? ……お……お姉ちゃ!?」

「ほんと、僕らメルティお姉さんには感謝してもしきれないというか」

「お、おおおおお姉さんッ!? ふ、ふへへ……」

「ん? どうしたの、顔を隠して」

「にゃ、にゃんでもにゃい。にゃんでもにゃいの……」

「「……?」」


 メルティは二人に見えないように必死ににやけ顔を隠す。

 日常的に人からあまり敬れることのないメルティ。

 普段言われることない『姉』というワードが、メルティに致命の一撃を与えた。


(お姉さん……お姉ちゃん……うふふ……)


 メルティはしばらくニヤケ顔が元に戻らなくなるほど、心を輝かせていた。



 ***



 オムツの交換、喧嘩の制裁、赤子への授乳(哺乳瓶)。

 朝の孤児院は想像以上に忙しい。


「メルティ、あなたもう学校の時間でしょう?」

「ああ、ほんとだ!」


 ミークに言われて、メルティはようやく時間の経過に気づく。

 室内の時計を確認すると、登校時間が間近に迫っていた。


「あとは私がやっておくから、行っておいで」

「はい、あとはお願いします、ミークおばさん!」

「あ、メルティお姉ちゃん、いってらっしゃい」

「いってらっしゃい、お姉さん、また明日ね」

「うん、いってきまーす」


 背後からおばさんや子供達が見送る声を聴きながら、メルティは孤児院を後にする。

 孤児院から少し離れたところで、メルティはそっと目を瞑り、集中力を高める。


(風よ、その力で通り道を作れ)

「《カゼマトイ》」


 そう唱えると。メルティの体がふわりと浮く。

 魔術学院生なら誰もが覚える、基礎の飛行魔術だ。


「すごーい、メルティ飛んでる」

「私も飛びたーい」

「あはは、また今度ね」


 外に出ていた子供たちが興味深そうにメルティを見つめる。

 だが登校時間が迫っている今、遊んでいる暇はない。

 メルティは子供たちに手を振りながら上昇していく。


「しろ! しろ!」

「……?」


 男の子の一人がそう言いながらメルティを指差している。

 最初は何を言っているのかよく分からなかったが、男の子の指がメルティのスカートの中を指差しているのだと気づき、メルティは顔がかぁっと熱くなる。


「あ、ちょっと! そういうのめッ!」


 慌てて、カバンを椅子のようにしてスカートの中が見えないように隠す。


「もー、あの子ったら……」


 むすっとするメルティだったが、この国では飛行魔法を使う女性は箒などでスカートを隠すのがエチケット。

 決して男の子に罪はないのである。



 ***



「よっと」


 メルティは石畳の上に降り立つ。

 メルティの通う学院はイズン第二島トルカティオという浮遊島に位置する。

 そこは浮遊国家イズンの4つある浮遊島のうち、2番目に高い位置にある島。

 島内には学院の他に魔術研究の施設や、魔術に関わる知識を持った人々の住まいが多くある。


(よし、遅刻ではなさそう)


 周囲には同じ制服を着た学生たちが、校門を目指し歩いている。

 いつも通りの登校風景。

 目の前に映るには、周囲の建造物と比べても荘厳たる佇まいのイズン魔術学院高等部。

 自分がこの学校の生徒であると思うだけで、誇らしい気持ちになる。

 

(やばい、校舎前に先生が立ってる。少し急がなきゃ——あ!?)


 教師の姿を見つけ焦るメルティは、校門を切り抜け、校舎前まで小走りで向かう。

 だがその足に何かが引っかかり、メルティは前方に勢いよく倒れてしまう。


「あいたッ! いったた……」

「あらあら……誰かと思えば、元貴族のメルティさんではございませんか」


 その声を聞いただけで、無意識に背筋がピンと跳ねる。

 地面に倒れたまま声のした方へ振り向くと、ウェーブのかかった金髪の女性が立っていた。

 彼女から差し出された手を恐る恐る掴み、メルティは立ち上がる。


「ごきげんよう、メルティさん。大丈夫ですか? 走ると危ないですことよ」

「……ご、ごきげんよう、イルダさん。少し、急いでいたもので」


 声が上擦る。

 沸き上がる畏怖の感情。

 そんなメルティの表情を見て満足したのか金髪の女性、イルダは不適に笑う。

 同じ学院の制服に身を包み、背丈はメルティと比べ顔ひとつ分くらい高い。

 ゆえに、ただ立っているだけで見下されているかのような威圧感を覚える。


 「足を掛けたのはあなたですよね?」とは怖くて口が裂けても言えない。

 それに、イルダが今までメルティにしてきたイジメまがいの嫌がらせに比べれば、こんなものは本当に挨拶のようなものだ。


「ふふっ、知ってます? 今日の戦闘訓練は試合形式だそうですよ」

「試合形式……ですか……」

「ええ、楽しみですわね」

「そう……ですね、はは。あはは……」


 ちっとも楽しみではないが、適当に話を合わせる。

 そんなメルティの横を、イルダは微笑みながら通り過ぎていく。


「元貴族様はどんな戦いを見せてくれるのかしら? あははっ、楽しみです」


 最後に、メルティの耳元でそっとそう呟いて、イルダは校舎の方へと歩いていった。

 肌がピリピリとして、全身が粟立つ。

 彼女の姿が見えなくなるまで、メルティはその場から動くことができなかった。


 視界から色が消えていく。


 メルティの愛する朝の時間は終わった。


 ここから先は灰色の時間が始まる。

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