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愚民たる私が成り上がるには呪いの装備に頼るしかない  作者: コロンド
第2章 呪いを持って呪いを制す
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017 決意の夜

【前回のあらすじ】

・ミキと再開するメルティ

・刻々と悪評の広まるタリア

・ミキちゃん良い子


「……やっと、やっと帰ってこれました。すごく……長かった気がします」




「今もまだ、夢だったらいいのにって思うんです。いつものようにこの向こうにはお父さんとお母さんがいて……」




「手、握っててくれますか? 知っての通り、私弱虫なので……」




「……もう、さっきからずっと握ってますわよ」




 左手に触れるタリアの右手。

 色白で細いその手から伝わる体温は、以外にもメルティの体温より少し高い。 

 そして右手は冷たいドアノブに触れる。

 何百回と開けてきた扉。

 それを普段と同じように、開ける。




「ただいま」




 おかえりの声は当然聞こえない。

 これは夢ではないのだから。




 ***




「……大丈夫、ですわよね」


 自分にしか聞こえないほどの小さな声で呟く。

 タリアは常にメルティを警戒したいた。

 明るい時の彼女と一緒にいるときは忘れがちだが、彼女は膨大な量の呪いをその身に背負い続けている。

 メルティの心が揺らげば呪いも揺らぐ。

 あの惨劇があったこの家に帰って来たならば、少なからずその心に揺らぎが生まれるだろう。

 タリアはそう思っていた。


「本当に、いつも通りの我が家ですね。あの時の……アレもない」

「ええ、そうですわね……」


 だが意外なことにメルティの心に揺らぎは見えなかった。

 レオの遺体があったリビングを見ても、心を乱す様子はない。

 血や匂いが撤去され、見た目だけはいつも通りのリビングに見えるからだろうか。

 それを加味しても、今のメルティは随分と心が据わっているように見えた。


「無理、してません?」

「大丈夫です。でも、手離さないで下さいね。離したら私泣きますからね」

「ふふっ」


 こちらはメルティを心づける為に手を握ってあげている立場だというのに、まるでメルティの方が主導権を握っているようで面白かった。


(決して、弱い子ではないんですわよね)


 きっとメルティはもう、現実を受け止める決意を済ませているのだろう。

 彼女の横顔を見て、タリアにはそう確信する。


「あれ、コンロにお鍋が置きっ放しだ」


 キッチンを覗いたメルティはハッと目を見開き、駆け出す。

 そして蓋をされた鍋の中を覗く。


「やっぱり! お母さんシチュー作ってくれてたんだ! 食べましょタリアさん! お腹空いてるでしょ? 今からあっためますねー!」


 タリアの返事も聞かずに、メルティは焜炉に火を付け鍋の中身をかき混ぜ始める。

 空になった手のひらを、タリアは少し寂しそうな瞳で見つめる。


「なーにが手離したら泣きますよー、ですわ。全然泣かないじゃない」


 そして優しく微笑む。

 いつまでも同じことでくよくよするほど、彼女は弱くはない。



 ***



「ごちそうさまでした。お店では味わえない、家庭の味を堪能できましたわ」

「でしょ〜」


 テーブル越しにタリアとメルティは語り合う。

 色々と話し合わなければならないことはたくさんあった。

 それでも二人は、メルティの母が残した食事を前に辛気臭い話をする気にはなれず、ただ食事と何気ない会話を楽しんだ。

 だが今はもう二人の皿は空。

 憩いの時間は終わったのだと、そんな空気を二人は感じ取る。


 これからのことを話し合わなければならない。


「……ねぇタリアさん。私、今日からこの家に戻ろうと思うんです」


 目を伏せながらメルティが呟く。

 メルティの方から話を切り出したのが少しだけ意外で、タリアはほんの少しだけ驚いた顔を見せる。

 だがすぐにその表情は真剣なものに変わった。


「大丈夫……ですの?」

「うん……いや、ちょっと心配……かな。だから……」


 メルティは顔をあげ、タリアの瞳をじっと見つめる。

 強く願うような、それでいて少し申し訳なさそうな、そんなつかみどころのない表情を見せる。


「タリアさんもここに住んでくれませんか?」

「ここに、ですか?」

「……はい」


 室内がしんと静まる。

 タリアの返事を待つメルティの視線が泳ぎだす。

 きっと彼女も勇気を出して口にした言葉だったのだろう。

 どちらかといえばそれは、メルティのわがままなお願いに近い言葉だったからだ。


「そうですわね…………まぁ、それもありかもしれませんわね」


 それはメルティが求めていたはずの返答。

 それなのに、メルティはなぜか浮かない顔をしていた。


「……おかしいよ」

「……え?」


 言われてタリアはキョトンとした顔をする。

 頼みごとをされ、はいと答えたらおかしいと返される。

 こんな理不尽な問答はない。


「だって……幾ら何でも、タリアさんは私に優しすぎるよ。タリアさんはみんなにもそういう風に優しいの?」

「いや。それは——」

「タリアさんが私に優しくしてくれるのは、私が————呪われているからですか?」


 タリアは、少しだけ驚く。

 だがすぐに「やっぱり気づいていたのか」という納得が追いつく。


「……そうですわね。この際だから全部言ってしまいますわ。メルティ、あなたの体には私がかつて見たことないほどの呪いがかけられているんですわ」

「かつてないほど……?」

「ええ、もし引き金を引いたら。この国が丸ごと滅んでしまうレベルの凶悪な呪いですわ」


 言われても、実感はできない。

 確かに人より少し不幸な機会が多いかもしれないと思ったことはある。

 だが、魔術を使える才を持っている時点で自分を不幸だと思うのはおこがましいと考えていたからだ。


「……それは、たいそうな呪いですね。誰かがその呪いを私にかけたということですか?」

「人は誰しも心の内側に呪いを抱えているもの。誰かを妬み、嫌い、そして誰かに妬まれ嫌われる。誰かを呪い、誰かに呪われ、そんな小さな呪いのやりとりが常日頃色んなところで行われている。それは人が生まれつき持っている機能の一つなんですわ。でもメルティ、どうやらあなたの心の機能は少し壊れているみたい」

「壊れ……?」

「普通の人間は呪われた分だけ誰かを呪うから、自身が持つ呪いの総量が変わることはあまりない。だけどメルティ、私はあなたと出会ってから、まだ一度もあなたが誰かを呪う姿を見ていない」

「いや、でも、人を呪うなんてそんな——」

「言ったでしょう。呪いに大層な儀式は必要ない。誰かを妬んだり恨んだりするときに人はその者に呪いを送る。メルティ、あなたはそれができないんですわ。おそらくあなたは人を呪う機能が壊れていて、呪いを溜めるだけ溜め込んで、外に出すことができないの」


 自分が壊れているど、誰かに言われたのは初めてだ。

 ずっと自分は人として正常に動いていると思っていたために、その言葉は簡単には信じられない。

 だが、タリアが嘘をついているとはもっと思えない。


「これは特定の誰かから強い呪いを受けた結果というわけではない。常日頃、色んな人から受ける小さな呪いの集合体。それを背負っているのがあなたなんですわ」

「……どうすれば、この呪いを消せますか?」

「それは…………分かりませんわ」


 そこで二人の会話が途切れる。

 それはメルティにとって残酷な宣言だった。

 メルティの表情が曇る。




「でも、なんとかしますわ」


 二人の間に訪れた静寂を、タリアはその一言で切り裂く。


「メルティ、私は決して誰にでも優しく振る舞うお人好しではありませんわ。私はただの貧乏商人。私にできることなんて限られていて、どちらかと言えば人を救うのは正義感のある誰かに任せれておけばいいと、本気でそう思っていますわ」


 メルティは何も言わずに、ただタリアの話を聞き続ける。


「でもどういうわけか、私のこの瞳に映る呪いという存在は、ほとんどの人には見ることすらできない。どんな強い力を持った人でも、どんな優しい心の持ち主でも、見えないものは救えない」


 タリアは大きく目を見開いてメルティを見つめる。

 メルティの目から見ても、その瞳からはまるで万華鏡のような、吸い込まれてしまいそうな輝きを感じる。

 そこに映る呪いという存在がどういう姿をしているのか、メルティはただ想像することしかできない。


「例えば道端に呪いの込められた指輪が落ちていたとして、それに気づくことができるのが私だけだとしたら? もしそこで私が知らないふりをして通り過ぎてしまったら? きっとその後その指輪はは風に吹かれ、地に埋まり、指輪に込められた無念の思いごと地の底に永遠に埋められてしまうでしょう。そんなの…………そんなの放っておけるわけがわりませんわ!!」


 狭い室内にタリアの怒号が響く。

 その言葉には普段タリアがあまり見せることのない、憤りの感情が含まれていた。


「私は老いて死ぬ直前、あの時ああしておけば良かったこうしておけば良かったなんてうだうだしながら死ぬのは御免ですわ! やりたいことをやりきって、なんて楽しい人生だったんだろうと思いながら大往生する。後世に呪いも後腐れも残さない。そんな人生を送りたいんですわ」


 その言葉はメルティに言い聞かせているというよりも、自分自身に言い聞かせているかのような言葉だった。


「だから……メルティ。あなたを初めて見たとき確信しましたわ。あなたを救えるのは私しかいない……と。未知の呪いに立ち向かうのは胃液全部吐き出しそうなほど怖いですわ。でもここで逃げ出したら、その後悔は一生私に付いてくる。だから——」




「——だからあなたを救いたい。そんな理由じゃ、ダメかしら……?」


 メルティは初めて、タリアの口から心の底の言葉を聞いた気がした。

 自分の心の内側を晒してくれたその姿が嬉しくて、メルティは口元を緩ます。


「ふふっ、いいですよ。なんか全部納得しちゃいました」


 その一言で二人の間にあった緊迫した空気が、一気に緩む。


「納得も納得です。タリアさん、ほんと呪いが好きですよね。出会ってまだ少しですが、それだけは確信めいて言えます。私みたいな呪われっ子を前に、呪い大好きタリアさんが黙っていられるわけないですよね」

「それは……まぁ……否定はしませんわ」


 何も言い返せず、タリアは頬を赤くして視線をそらす。


「なにせ、呪いに込められた思いを全部ノートに書いているような人なんですもんね」

「……え? 待って待って、ちょっと待って」


 メルティはタリアを褒め称えたつもりだったのだが、どういうわけかタリアの方は妙に焦った顔を見せている。


「え? 今なんて言いいました?」

「え、いや、呪に込められた思いを全部ノートに——」

「見たの?」

「え?」

「ノート」

「……え、あ……はい」


 タリアは固まり、首筋のあたりがスッと赤くなっていく。


「……見た…………みた……」

「あれ、見ちゃいけないものでした?」

「見ちゃいけないって…………そりゃ……だって、だって……た、例えば他人の自伝を勝手に書いてニヤニヤしている人がいたら、あなたはどう思います?」

「え? それは……」


 そういえばノートに書かれていた呪いの解説欄が、妙に小説めいていたことをメルティは思い出す。


「ちょっと痛い人ですかね?」


 メルティはほんの少し頭を捻らせ、そして頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出した。

 出してしまった。

 その一言でタリアは首筋から頭のてっぺんまで、一気に顔が真っ赤になり、そしてその目尻には涙が溜まる。


「ほ……ほらねぇーーーーッ!! ばかーーーーッ!!」


 羞恥にまみれた表情でタリアはそう叫ぶと、近くにあったクローゼットの中に全速力で入り込んだ。


「た、タリアさん? タリアさーん?」

「見られた……うぅ……死にたい……」


 クローゼットの中からは呪詛のような呟きが延々と聞こえた。


(怖っ……ちょっと前まですごくカッコよく見えたのに……)


 そう思いながらも、メルティはそんなタリアの姿を見て微笑んでいた。

 タリアの思いを知った今、彼女の存在は前よりもずっと魅力的なものに見える。

 メルティはクローゼットに背を向け、もたれかかかるように腰を下ろす。


「タリアさん、私負けませんから」


 これはメルティの宣誓。

 聞いていなくてもいいし返事もいらない。

 そう思いながらメルティは語り続ける。


「来週からはちゃんと学院にも行きます。消えたレオさんの遺体のこと、お父さんとお母さんのこと、そしてイルダさんが何を考えているのか。まだまだ分からないことだらけで、これから先私にどんな仕打ちが待っているんだろうと思うと心が苦しくなりますが…………それでも負けません」




「そして…………タリアさんがいつか自分の人生を振り返る時に、私を救って良かったなと、そう思わせてあげますからね」


 クローゼットの中からクスリと笑う声が聞こえた気がした。


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