011 頭蓋割りの斧
【前回のあらすじ】
・いつの間にかお風呂に入っているメルティとシャロン。
・シャロンと打ち解け、彼女の生い立ちを知る。
・そして正直者のネックレスに込められた呪いの意味も知る。
——コンコン。
部屋にノックの音が響き渡る。
「あ、タリアさん帰ってきたみたいです」
メルティは部屋のドアを開けようと立ち上がる。
部屋のドアを開けに向かう彼女を見て、シャロンはある違和感を覚えた。
それはうまく明言できない違和感。
ノックの叩き加減とか、そもそもこの部屋を借りているタリアがノックをするのだろうかとか、色々な何かが違うという感覚が重なる。
ドアの向こう側にいるのがタリアではない。
自分の感覚を信じ、シャロンはそう確信する。
「開けてはダメ!」
「——え?」
叫ぶ。
だがもう遅い。
ドアノブを捻ったその瞬間、外側から強い力でドアが勢いよく開けられる。
メルティの瞳に、黒いフードに仮面で顔を隠した何者かが映る。
——誰?
そう問う間も無く、何者かの手がメルティの首を掴む。
「あっ!? ——ぐアッ!?」
とても片手とは思えない力で首を締められ、必死で抵抗するもビクともしない。
メルティはそのまま態勢を崩し、地面を背に崩れ落ちる。
「かッ……はァ……ッ!」
足をジタバタさせ何度も仮面の者に蹴りを入れるが、まるで赤子の戯れをあやすようにもう片方の手で抑えられる。
「こん……のおッ!!」
見かねてシャロンが動き出す。
仮面の者を振り払うように布で巻かれた何か(おそらくはタリアの私物)を振り回す。
「——チッ」
一瞬舌打ちの音が聞こえ、仮面の者は軽快な動きで背後に飛び退く。
シャロンの攻撃は空を切った。
「逃げるよッ!」
「え……あッ!?」
シャロンはメルティを抱え、室内の窓に向かって走り出す。
そしてそのまま力任せに窓を開け、外に飛び出した。
部屋は二階。
小柄とはいえ人一人分の体重があるメルティを小脇に抱え、もう片方の手には先ほど振るった布で包まれた何かを手にしている。
そんな状態でもシャロンは華麗に地面に着地を決めた。
「す、すごっ……」
感嘆の声を漏らすメルティ。
「いや、どうもまだ危機は脱していないみたい」
言われてメルティも気づく。
街路に飛び出したシャロンとメルティだったが、彼女たちを囲むように複数人の仮面を被った男たちが立っていた。
その手には斧や鈍器などの物騒な道具もいくつか見える。
「逃げるよ!」
「はい、わっ!? うわああッ!!」
シャロンはその場で跳躍し、男たちの頭上を超える。
「逃すな、追えッ!」
そんな声を背後に聴きながら、シャロンはメルティを抱えて街の中を駆け回る。
「シャロンさん、なんか武道とかやってたんですか?」
「いいや、もう人じゃないからある程度は人としてのルールから外れているのかもね」
確かそれは人間離れした能力で、普通に逃走すればいつかは逃げ切れるかのように思えた。
だが、ここは勝手知らない街の夜道。
土地勘は0に等しく、どこへ向かえば安全なのかも分からない。
後ろを振り向くと、まだ追っ手が何人かいる。
それどころか、時折待ち伏せするよう正面から仮面の男が現れることもあり、その度シャロンは適当な狭い道へと逃げる。
「このままじゃいつか捕まる……メルティちゃん、なんかすごい魔法であいつら蹴散らせたりしないの?」
「む、無理です! 私そんな魔法知らないです!」
「でも、なんかすごい魔力持ってるって話じゃなかったの?」
「そ、それもよく分からなくて……私ずっと魔力がすごいって言われてたのはただ単に他の人より早熟だっただけかと、今の今までずっとそう思ってたんです。ただ……」
「ただ?」
「正直者のネックレスが光った時、どういうわけかすごい魔法を使った記憶が……ぼんやり残ってるんです。なんで使えたのかは私もよく……」
ネックレスの効果が発動しているとき、メルティの意識は夢の中にいるようなハッキリとしない感覚に陥る。
そして効果が切れると、まるで夢から覚めて夢の内容を思い出すような、そんな感覚に近い。
ぼんやりとはしているが、正直者のネックレスの呪いが発動している状態の時でも、その行動はきちんとメルティの記憶の中に残っている。
「へぇ、じゃあもう一回ネックレスに触れれば強い魔法使えるかも、ってことだよね? できる?」
「……はい、やってみます」
呪いの力に頼る。
それは、また自分が人を殺すかもしれないということだ。
ほんの少しだけ躊躇したが、メルティは決心する。
(タリアさんに言われたんだ、もう開き直れって)
この絶望的な状態でただ一人、自分に手を差し伸べてくれた彼女。
彼女の言葉なら信じられる。
メルティは意を決し、ネックレスの宝石に触れ————ようとした。
「——あれ?」
「……どうしたの?」
「ない」
「何が?」
「ネックレス」
「うそやん」
首についているはずのそれが、あるべき場所に見当たらない。
何度首回りを触れても、ネックレスの感覚はない。
「な、なな、なんでッ!? さっきつけたはずなのに!?」
「もしかして……あの時?」
「え?」
「ほら、首絞められた時」
メルティの顔が青ざめる。
大切な品を奪われたという失望感。
そして、まさかあの仮面の者はそれが狙いだったのだろうか、という焦り。
「あっ……」
「チッ……」
シャロンの足が止まり、二人はほぼ同時に小さく声をあげる。
行き止まり。
振り向けば、仮面の男たちがゆっくりと近づいてきている。
追いかけっこの時間は急に終わりを告げた。
彼女たちはこの場所に誘導されていたのだ。
「立てる?」
「……はい」
小声で会話する二人。
シャロンはゆっくりとメルティを地面に下ろす。
「ま、私がなんとかするからさ。隙を見て逃げて」
「……で、でも」
「死人に情けは無用」
そう言ってシャロンはメルティに微笑む。
そして前を向き、一歩を踏み出すとその表情は一変する。
(数は……7人……でも後ろにもっといると考えた方が良さそうね)
睨むような視線で仮面の男たち一人一人に視線を向ける。
「後ろの女に用がある、どいてくれるなら命は取らない」
先頭にいる男がそう言った。
「ぷっ、ふふっ……命は取らないって……」
男の言葉がツボに入ったのか、シャロンは口を押さえて静かに笑う。
その態度を否定と捉えて仮面の男たちは、彼女に対して武器を構える。
「……ふぅ、どこの誰だか知らないけど、人の自由を奪う者は私の敵。人に武器を向けるってことは、やり返されても文句言えないってことだよねぇッ!」
シャロンは跳躍する。
給仕服が音を立てて宙を舞い、同時に手に持っていた何か、それを包む布を振りほどく。
布はひらひらと風に揺られ飛んでゆき、中からは小ぶりな斧が姿を見せる。
仮面の男はシャロンが持っていたものが武器だと気づくと、すぐさま防御体制をとる。
持っていた剣の腹をシャロンに向け、落下しながら振り下ろしてくる彼女の斧を受け止めようとする。
「バァーン!!」
大声で擬音を上げながら、シャロンは勢いよく斧を振り下ろす。
同時に声とは別のいくつかの音が響いた。
一つは鉄の折れる音。
仮面の男が持っていた剣が二つに折れて地面に転がる。
そして二つ目は、頭蓋の割れる音。
仮面の男の頭部に斧がめり込んでいる。
頭蓋と一緒に割れた仮面が地面に落ちると、見るも無残な男の顔が中から出てくる。
斧は男の鼻のあたりまでめり込み、男はまるで自分に何が起きたのか一切理解できていないような表情で固まっていた。
男の足が崩れる。
地面に崩れ落ちた男の頭部からは地と共に、半個体のゼリー状の何かが一緒に漏れ出した。
周囲がざわつく。
その光景を見て絶句していたのは仮面の男たちだけではなく、メルティもそうだった。
「シャロン……さん?」
怯えながら呟くと彼女がゆっくりとこちらに振り向く。
「うん? なんですかぁ、メルティちゃぁん……」
ギラギラとした高揚感にあふれた瞳に射抜かれ、動けなくなる。
顔は同じシャロンなのに、まるでそこにいるのは別人かのようだった。
彼女は斧についた血液をひと舐めし、子供が甘いものを食べた時のように顔を綻ばせる。
その斧の名前は『頭蓋割りの斧』。
かつて存在した、幾人もの罪なき人の頭蓋を斧の一振りでかち割る殺人鬼が愛用した斧。
彼が死刑された後も、彼の思いはこの斧の中に呪いとして生きている。




