010 呪い達の物語
【前回のあらすじ】
・タリアが泊まっている宿屋にやってきたメルティ。
・謎の女性シャロンと二人っきりにされ気まずい感じになる。
・そんな中、偽装工作に向かったタリアはレオの死体がないことに気づく。
「おー、お湯が出る! すごーい!」
「シャ、シャロンさん、浴室では静かに」
宿屋の浴室にて。
お湯の出るシャワーが珍しいのか、メルティははしゃぐシャロンをなだめようと、てんやわんやしていた。
宿屋の浴槽は共用のものだが、随分と遅い時間なためか室内にはメルティとシャロンしかいない。
4、5人入れば一杯になる浴槽の中へとシャロンを引っ張ったところで、ようやく彼女は大人しくなった。
「はぁ~、今は取っ手を捻ればお湯が出てくる技術があるんですねぇ。すごいな~。私お水じゃないお風呂って初めてかも~」
シャロンは浴槽に肩まで浸かり、顔をとろけさせていた。
「シャワーとかお湯が出るのってそんなに珍しいんですか? 私はこの街の外ってあんまり出たことなくて、やっぱり他所の国だと珍しかったりするんでしょうか?」
熱いのが苦手なメルティはタオルをまとい、足だけを浴槽につけていた。
「そだねー、少なくとも私が生きていた時代には無かったと思うよ」
「生きていた……? 時代……?」
メルティはなんだか会話にズレがあると気づく。
シャロンは身にまとっていた服は全て脱いで浴槽に浸かっているが、ただ一つ鎖のついた首輪だけはつけたままだった。
「ん、これ気になる?」
首輪を見つめるメルティの視線に気づいたシャロンは、自分の首輪を指差して言う。
「あっ、いえ……」
気にはなるが、その首輪は明らかにファッションとは違う。
奴隷につけるような首枷だ。
なんだか軽い気持ちで聞いてはいけないような気がして、メルティはすぐ視線を落とす。
「ん、こっちが気になるの?」
メルティが落とした視線の先にあるもの。
シャロンは自身の胸(同じ女性として敬意を表するに値するほどすくすくと育ったそれ)を指さす。
「なッ、ちゃががっ!? 違いますッ!!」
(気になるけどッ! すごく気になるけどッ!!)
もう焦ってどこを見たらいいのかよく分からなくなったメルティはとりあえず天井を見上げる。
「にしても……メルティちゃん結構酷い目にあったって言う割には、肌綺麗だよねー」
「そ、そうでしょうか……? そういえば昔から傷はついてもあんまり残らないんですよね。そういう体質なのかも。でも、それを言ったらシャロンさんも肌、すごく綺麗です」
「どういたしまして。ま、私は死んでるからこれ以上傷つくこととかないしね」
死んでいる。
その言葉が頭の中を渦巻き、2、3秒ほど、なんと言葉を返すか迷う。
「……やっぱり……死ん……でるんですか? タリアさんが幽霊を具現化したとかなんとか言ってましたけど……私、あんまり理解できてなくて……」
「あるじ説明下手くそだよね…………ああ、あるじってのはさっきいた白い髪の子ね」
「タリアさんですよね」
「そうそう。それでね、私の生い立ちなんだけど、私すっごくつまらない人生を送ってきたの。それはもう退屈で退屈で、それで気がついたら死んでたの」
「お……おおぅ……それは辛いですね」
あまりにもざっくりとした説明に、メルティの口から普段出ないタイプの感嘆の声が漏れる。
「それで、どうやらそのあまりにも退屈すぎる無念の気持ちが、この首輪に呪いとして残ったらしいの。それをあるじに拾われたのね」
「その首輪に、ですか?」
「うん、まーもうちょっと詳しく説明すると私もともと奴隷だったの。だけど結構な金持ちに拾われてね。いい服も着せてもらったし、そこはちょっと感謝」
「あ、あの最初に着てた給仕服ですか? 私最初見たときから素敵な衣装だなって思ってたんです!」
少し興奮気味にメルティが食いつく。
シャロンの着ていた給仕服は、黒地のロングスカートの上からエプロンをかけた衣装になっている。
決して目立つ装飾などがあるわけではないが、ドレスにも似たきめ細やかな布地からは高級感が伝わり、それがメルティの瞳を輝かせていた。
「ふふ、ありがと。でもあの服は……その時の元あるじの見栄。人を信用できない人だったから、身の回りの世話も全部奴隷にさせてたんだ。奴隷とはいえ元あるじは金持ちだったから、自分の奴隷にみすぼらしい衣服は着せない。ま、奴隷の象徴である首輪だけは外して貰えなかったけどね」
少し寂しそうな表情を見せながら、シャロンは続ける。
「で、仕事は家事炊事それだけ、ぶっちゃけ楽。ただそれ以外の待時間はずーーーーっと小さな部屋で待機。娯楽は何もなし。それだけ、本当にそれだけ。死ぬまでそんな生活をずーーーーーーっと、続けてました。以上、私の人生。自分の人生語ろうと思えば10秒で語れちゃうんだ。ね、次はもっと楽しい人生を送りたいって呪いたくもなるでしょ?」
笑顔で言うシャロンを前に、メルティはなんと言葉を返したらいいか分からなくなる。
奴隷という境遇を考えれば、今の自分の境遇が可愛くさえ思えてくる。
「そんで、一度死んだんだけどなぜか目が覚めた。多分時間で言うと100年以上は経ったんじゃないかな。で、目の前には白い髪のニューあるじがいた。適度に私のお手伝いをしてくれれば、適度にあなたの願いを叶えてあげますわ(裏声)、なーんて言われたら協力したくなっちゃうよね。そんな感じだよ」
「……いい人ですよね、タリアさん」
どうしてタリアは自分のような、出会ってすぐの人間に味方してくれるのか。
メルティはずっと疑問に思っていた。
だがきっとタリアは不幸な境遇にいる者であれば、それが人であれ呪いであれ関係なく手を差し伸べる人間なのだろう。
シャロンの話を聞いて、そう納得することができた。
「そういえばあのネックレス。確か『正直者のネックレス』でしたっけ。あれにもまた、誰かの呪いがかけられているんですよね。一体どんな人生を送ればあんな呪いが……」
「教えてあげよっか?」
「え、分かるんですか?」
「多分ね。じゃ、おふろ上がったら教えてあげる」
***
「うーん、この辺にあったような……」
「あのいいんですか……? 勝手に漁って……それタリアさんのですよね」
「いいのいいの」
シャロンは部屋に置かれていた大きめのカバンの中を漁っていた。
この部屋は元々タリアが借りていた部屋なので、室内にある荷物は全てタリアのもののはずだ。
シャロンはそれを気にする様子はなく、あれでもないこれでもないと物色を続ける。
「あ、あった!」
目当ての物が見つかったのか、シャロンはタリアのカバンの中から紐で一つに束ねられた書物を取り出す。
それを一枚一枚めくって中身を確認していく。
「えーっと、正直者のネックレス……あった。はいどうぞ」
シャロンが持っていた書物をメルティに手渡す。
軽く目を通すと、手書きの文字がびっしりと書き込まれていた。
「これは……タリアさんの書記か何かですかね」
差し出されたページに『正直者のネックレス』の記載を見つけ、メルティはそこから目を通していく。
『【呪物名称】
正直者のネックレス
【概要】
海辺に佇む小さな町。
そこに、ある少年に思いを寄せる一人の少女がいた。
彼女の名前は『ミリー・レイカー』。
幼少の頃から毎日のように遊んでいた少年に恋心を寄せ、そしてまたその思い人も彼女のことを好いていたように見えた。』
「なんか小説みたいな書き出しですね」
「いいからいいから、続き読んでみて」
シャロンに急かされて、メルティは続くページへと視線を向ける。
『彼女と思い人が18になる頃、思い人は急に町から出ていくことになった。
徴兵だった。
この町は至って平和ではあるものの、国境沿いの地域では毎日のように何千、何万の人が命を落とす戦争の真っ只中であった。
思い人が町を出る最後の日、彼女は思い人に対して告白することを決意する。
大切なネックレスを懐にしまい、最後の挨拶をしに来る思い人を待った。
この町には、子が生まれるのと同時にその子にネックレスが渡す風習がある。
そしてそのネックレスを大事に保管し、愛する者が現れたときそのネックレスを渡す、という習わしであった。
彼女は思い人にこのネックレスを渡して、自分の愛を伝える。はずだった。
渡せなかった。
今から死地へと向かう思い人を前に頭が真っ白になって、何も言い出すことができなかったのだ。
そしてまた、思い人も彼女に自分の思いを伝えることはなかった。
彼はこの町から徴兵された男が、誰一人として帰って来ないことを知っている。
もう会えないというのに、残された人に対して愛の言葉を伝えるなど酷なことはできなかったのだ。
互いに互いを愛し合っているというのに、言葉として、証としての愛を証明するものは何一つ作ることができなかった。
思い人がこの町を去った後、彼女はなんともないかのように毎日を過ごしていたが、その心にはぽっかりと穴が空いていた。
結局思い人がどうなったのか、彼女は最期まで知ることができなかった。
国は戦争で亡くなった兵士の一人一人を記録したりはしない。
ただ、帰ってこなかったということは、そういうことなのだろう。
そう割り切ることしかできなかった。
晩年、彼女は一生をその小さな町で暮らした。
伴侶も子供も作らなかった。
両親が他界し、家族と呼べる存在がいなくなった彼女は家の整理をしていた時にあるものを見つける。
それは思い人に愛を伝えるためのネックレス。
思い人と最後に会った日を最後に、戸棚の奥底へと仕舞っていたものだった。
もう彼女が自分からそのネックレスを誰かに渡すことはないだろう。
そう思い、彼女はそのネックレスを自分の首にかける。
それから彼女が死に至るまで、彼女は自分に嘘をつかず正直に生きた。
自分のように伝えたいことを伝えられずに苦しむ人が現れませんように、と。
そんな呪いをこのネックレスに込めて。
【呪いの効果】
ネックレスをつけた者の自制心を奪い、自分の思ったままの行動を取ってしまう。
また一部彼女の意識が伝染する。
【呪いの発動条件】
① ネックレスを装着する。
② 心を持つ生命がネックレスの宝石に触れる。
③ ①と②の条件を満たした上で、気まぐれで発動する。』
読み終えたメルティは、長い溜め息を漏らす。
読んでいる最中、まるで一度も息継ぎができないような、そんな感覚だった。
メルティは机の上に置いてあるネックレスを手に取る。
浴室で着替えた際に、もう一度つけることをためらってそこに置きっ放しにしていたのだ。
そしてそれを、再び自分の首につける。
「ごめんなさい、シャロンさん。私、まだ呪いってものに抵抗があったんです」
「それ当然の感覚だと思いますよ」
メルティは自分に言い聞かせるように語る。
「このネックレスのせいでレオさんが死んだ。そう思ってたんです。でもレオさんを殺したのは私。私の正直な気持ちがレオさんを殺したんですよね。それについてはまだ、後悔が残ってます……でも、あの時このネックレスがなかったら私は今頃……」
メルティはネックレスの宝石を触れぬよう紐の部分を持ち、その呪いの込められた宝石と向き合う。
「私を守ってくれてありがとう」
その呪いに人としての意識が残っているのかどうかは定かではない。
だけどメルティは今自分が思っている正直な思いを伝えたいと、そう思ったのだ。




