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009 小休止、そして次の不穏へ

【前回のあらすじ】

・今までの事情をタリアに全て話すメルティ。

・タリアは強がるメルティの感情を見破る。

・泣き崩れるメルティを前に、タリアは彼女を守ることを決意する。

「どうぞ、お入りになって」

「お、お邪魔しまーす」


 タリアに借りたフードのついたコートを被り、出来るだけ人目に映らぬようメルティはここまでやってきた。

 連れてこられたのは繁華街はずれにある宿屋、その一室。

 場所が場所だけに放置されたままの壁のヒビや床のシミなど、やや気になる部分はあるが生活する分には支障はなさそうだ。


「あれが放置されたままの家では眠れないでしょう? 今日はここに泊まるといいですわ」

「は、はい……」


 あれ、とはすなわち立方体になったレオの死体のこと。

 きっと思い出すだけで苦痛だろうと思い、言葉を濁して伝える。


「ああそれと、寝る前にちょっとだけよろしいですか」

「え、いいですけど……え? ええ?」


 言いながらタリアはカバンの中からハサミと注射器を取り出す。

 物騒な組み合わせにメルティの顔が青さめる。


「ちょっと偽装工作をしてきますわ」

「偽装、工作?」

「そうですわ。ごめんなさい、ちょっとだけメルティの髪と血液が欲しいのですが、構いませんか?」

「そ、それくらい……なら」


 何に使うのかは分からないが、メルティは椅子に座って姿勢を固定させる。


「こんな感じでいいですか?」

「ありがとう、毛先をちょびっとだけいただきますわ」


 タリアはメルティの毛先を丁寧に切っていく。

 目立たない前髪以外にハサミを入れてゆき、床に指の爪程度の髪がパラパラと落ちていく。

 その間メルティは背筋をピンと伸ばし、ただただ動かないように努力する。

 何度か整ったタリアの顔が近づき、その度になぜだか緊張し背中がむず痒くなる。


(な、何で緊張してるんだろ……? お母さん以外に髪切ってもらったことないからかな……?)


「はい、もういいですわ」


 そう言うと、タリアはハサミをしまい、床に散らばった栗色の髪を寄せ集め、袋に入れていく。

 その間メルティは鏡を見て自分の髪を確認する。

 前髪は切っていないので、あまり変化は感じない。


「じゃあ次は採血ですわ」

「あの、これ何に使うか聞いてもいいですか? もしかして……呪いの儀式?」

「ちがいますわ。……まあちょっと、あなたに死んだことになっていただくだけですわ」

「し、死んッ!? ええ……ッ!?」

「そう周囲に思わせるだけですわ。あなたの家にはあのレオと言う男の死体があるでしょう? それを放置しておけば、一番最初に彼を殺したと疑われるのはあなた。だからあの死体にあなたの毛髪や血を混ぜて偽装するのですわ。あの死体では元の人物を特定することはほぼ不可能。鑑定魔法を使われた時にあなたの血や毛髪が混ざっていれば、あの死体の中にあなたも含まれているときっと勘違いしますわ。何らかの強い魔術を使う者によって二人の学生が命を落とした。そう言う筋書きですわ」


 タリアは自慢げに計画を話すも、メルティは顔を青ざめわなわなと震える。


「じゃあ、私これから——」

「メルティと言う名前は捨てなさい。そのほうが生きやすいでしょう。知り合いの整形師を紹介してあげますわ」

「で、でも、わたし……レオさんを殺したのは、本当で……」

「それは事故ですわ。それにあなたの話を聞く限り、ヤツは死んで当然の男だったのでしょう?」

「でも……っ、私、人を殺して」

「メルティ」

「はうっ」


 また泣き出しそうになるメルティの頬を、タリアはペチンと両手で挟む。


「もう開き直りなさい。あなたは今まで自分の幸せを削って、他者に幸せを配ってきた。それがいつか自分の幸せに繋がると信じて。でもその結果が今なのですわ。どんなに人に優しくしようと、つけあがる奴はつけあがる。これからは選別して生きなさい。信用できる人間だけを愛し、それができない相手は敵なのですわ」

「そんなの、急には……無理……」

「でしょうね、今はそれでもいいですわ。少しづつ、自分を改めていきましょう」

「……うん」


 どこか納得しきっていなそうな表情だが、メルティは素直に頷いた。


(この子は結構重症ですわね、遺恨という感情はないのかしら)


 あまりにも人を恨まないメルティに、タリアは少し心配になる。

 正直者のネックレスの影響で感情を爆発させた時も、悲しみこそすれど恨みや怒りという感情は見えなかった。

 レオを殺したということはそういう感情が一切ないわけではないだろうが、一般的な人間よりもそれが希薄。

 人を恨むより運命を恨むような、少なくともタリアにはメルティの内側がそのように見えていた。



 ***



 採血を済ませ、タリアは部屋の扉の前で振り向く。


「それじゃあ、ちょっと偽装工作に行ってきますわ。ここでゆっくり休んでいてちょうだい。知らない人が来てもドアを開けちゃダメですわよ」

「は、はい」


 その返事はどこか疲れ切っていて元気がない。

 そんな彼女を見ていると心配になり、タリアは足を止める。


(今日は色々とあったんですもの、彼女を今一人にするのはちょっと心苦しいですわね)


「……そうですわ! 彼女を置いていきますわね」

「彼女……?」


 メルティが首を傾げている横で、タリアはポーチの中からあるものを取り出す。

 それは短く切れた鎖のついた、鉄製の枷だった。


「来なさい、シャロン」


 その呼びかけに応じるように、目の前に魔力の渦が形成される。

 そして、まるであらかじめ定められた型にはまっていくかのように、魔力の渦が一つの形を作り始める。

 胸が腕が生え、その先から手が生え、指が生え、少しづつ人の形が作られていく。

 気づいた時には、そこに給仕服を来た若い女性が立っていた。

 まっすぐに伸びる手入れの行き届いた美しい髪に、メルティは見惚れる。

 後ろ髪は腰の辺りまで伸び、前髪は眉の上でまっすぐ線を引くように整えられている。

 背筋を伸ばした気品ある佇まいと、ロングスカートの給仕服がよく似合っている。

 ただ、首につけられた錆びた首輪だけが妙にアンマッチだった。

 彼女はそっと目を開き、鷹のような鋭い瞳がメルティを見つめる。


「わ、え、あ、あああの……はじめ、まして?」


 慌てふためくメルティが、彼女を前に最初に口にした言葉がそれだった。


「あ、ども」


 想像以上にフランクな返事が帰ってきて、メルティはさらに困惑する。


「彼女はシャロン。呪物に取り付く霊体を魔力で具現化させたものですわ」


 給仕服の彼女の肩をぽんぽんと叩きながら、タリアは自慢げに言う。


「え、れ、霊体? 魔力でぐげん? え、ん……? なんか分かんないけどすごいですね!」

「も、もう少し詳しく説明すると呪いには死後、生前の強い思いが幽霊のような形で物に取り付く場合があるんですわ。霊体とは生前の形を保ったままの呪いであり、その呪物に一定の波長で魔力を加えることでその霊体を具現化させることができるのですわ」

「あ……ふ~ん、なるほど~…………すごいですね!」

(あ、分かってないな)

「まあいいですわ。彼女を置いていくので、ここで待っていてください。では」


 そう言い残してタリアは急ぎ足で部屋を出て行ってしまった。


「は、はぁ……」


 扉の向こうからバタバタとした足音が聞こえなくなると、部屋の中はしんと静まり、部屋に残された二人は視線を合わせる。


(ど、どうしよう……こ、これ……友達の友達と二人っきりになった時の空気だ……ッ!)


 タリアにとってはメルティのことを思っての行動だったのかもしれないが、むしろ気まずい空気が流れるだけだった。


「あのー」

「は、はい! 何でしょうか!?」


 具現化した霊体であるシャロンは顔こそ若く見えるがスラリとした長身のため、メルティは自然と敬語を使ってしまう。

 上から見下さられるような視線に、メルティは唇を噛み締めてじっと返事を待つ。


「これ今どう言う状況です?」

「……やっぱそこからですよねー」



 ***



「よかった、まだ騒ぎにはなってないみたいですわね」


 メルティの家の前まで来たタリアは、ホッと胸をなでおろす。

 死臭は広がりやすいので近所に住む誰かが怪訝に思い、メルティの家を訪ねに来てもおかしくはない。


 家の扉に鍵はかかっておらず、たやすく侵入することができた。

 誰かがこの現場を見つけるかもしれないのに、タリアは鍵をかけずに家を飛び出してしまった自分の不用意さを反省する。


「おじゃましますわー」


 家に入り、前回と同じように手持ちのランプに明かりをつける。


(……おかしい)


 そこでタリアはある違和感に気づく。

 死臭がしない。

 それどころか、あんなに広がっていた血溜まりすら見えない。

 血が床に染み込んだ形跡すらない。


 タリアは焦ってリビングの扉を勢いよく開ける。


(……ッ! ばかな……)


 タリアは驚愕し、困惑する。

 そこにはあったはずの立方体の死体が見つからない。

 他の部屋も探すが、やはり死体は見つからない。

 そもそも、今この家には不穏な空気を一切感じなかった。


(回収された……ッ!? そんな、こんな短時間で……?)


 時間もそうだが、そもそも床に染み込んだ血液や臭いを全て回収しきるなど、1日や2日できることじゃない。

 ありえない。

 そう頭の中で何度も呟く。

 だがここは魔術の総本山。

 その程度のありえない、という思いは通用しないのだと、そう割り切る。

 もしもこの事実が、イズンにおける上層部の人間に知られたら——

 それを考え出したとき、最悪の情景がタリアの脳裏に浮かぶ。


「——メルティ……っ! 早くメルティの元に戻らなくてはッ!!」


 タリアは周囲の視線も気にせず走り出す。

 胸がざわつく。

 レオの死体に気づいたのが何者なのかは分からないが、その者はレオの死体を隠匿した。

 何のため——?

 幾度も思考を巡らすが何をどう考えても、幸福に向かうイメージができなかった。


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