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一年以上経っていました、また少しづつ書き足していきます。

天井に走る幾つもの亀裂から、染み出してきた水分が一点に集まり、やがて、耐えきれなくなって雫となり床に落ちる。

数えきれないほど、あちらこちらから繰り返し落ちる水滴に、荒く削り出されただけのゴツゴツした石の床は湿り、腐ったような色の苔と、白くて気味の悪い細かな茸、それらに群がる得たいの知れない虫が渾然としている空間。

ギミックタウンの地下にある、牢獄の一部屋だ。

薬草を摘みに来た山中で、いきなり数人の男達に追いかけられ、頭から麻袋を被せられて運ばれてきたのは何日前だろう。

格子窓もなく、今が朝だか夜だかもわからない。

出される食事も回数が不定期で、時間の感覚すら麻痺してきている。


「お爺ちゃん…」


立ち上がる気力も失せ、湿って冷たい床に両足を抱え込んだまま、八重は小さく小さくうずくまって呟く。

湿ってペタペタする薄桃色の長い髪が、顔を覆うのも、お尻の辺りが濡れて服が張りつくのも気持ち悪いが、どうしようもない。

今一番の気がかりは、家に残された寝込みがちな祖父のこと。

捨て子だった自分を拾い、育ててくれただけだから血の繋がりはない。だが、八重にとっては唯一の家族だ。


「薬はまだ残ってるのかな?私が帰らなくて心配してるだろうな、無理して山に探しに来てないといいんだけど…欄さんにも、迷惑かけちゃった」


特別な力もなく、健康だけが取り柄の八重では、ギルドから貰える仕事など数える程度だ。

それでも、この辺り一帯のギルド長をつとめている欄のお陰で、薬草や失せ物探しなどの仕事を優先的に回してもらっていた。

欄は幾つかあるギルドを回っているらしく、たまにやってきては祖父の薬や、滋養のつく食材を土産にくれる。

今回、薬草を採取する仕事を回してもらった時にも、散々注意されたのだ。

この頃、やたらとギミックの奴等が彷徨いているから、街に近い山には行かないように…と。


( 約束……守らなかった )


祖父と八重の住む山小屋は、北の方に近い。

北側は斜面もきつく、陽の当たりも時間が短いため、自生している薬草も種類が限られる。

少しでも高く買い取って貰えそうな種類は、街の横手にある南側に多く自生しているのを、八重は知っていた。

だからあの日、南側へ行ったのだ。

冬になるまでに、少しでも稼いでおきたい。

そんな少しの欲が、こんな事になってしまうなんて思いもせずに。


( もう会えないかも、どうしよう… )


目頭が熱く熱を持ち、膝に押し付けた鼻の奥がツンとした。


「…泣かないでも大丈夫だよ」

「え?」


思わず顔を上げる。

しかし、今いる場所から見える所に、誰かいるようには見えない。


「幻聴とか幽霊じゃないよ」

「ひっ!」

「君の隣、昼に連れてこられたんだよ」


言われて、八重は思い出す。

食事とも言えない、薄いスープと硬いパンを受け取った少し後に、看守が隣の牢獄の扉を明け閉めしていたことを。声からしてまだ若い、八重自身とそう年は変わらない、たぶん、少年だろう。


「あなたも捕まったの?」

「うーん」


しばらく黙ったあと、少年は言った。


「そうとも言うが、違うとも言える」


少年の方から、カシャンと鉄の音が響いた。

牢獄の扉に、寄りかかったのかもしれない。


「たぶん、僕らが探していたのが君なんだ」

「え?」

「僕はキリ、君の名前は?」

「八重…数字の八に重ねるって書いて、ヤエ」

「八に重ねるの?はは、じゃあハッちゃんだね」

「ヤッちゃんじゃなく?」

「え?ハチベエの方がいい?」

「どう聞いたらそうなるのよ!?絶対に嫌!」

「じゃあハッちゃんで」


クスクスと笑った気配がして、八重は目を瞬かせた。会話はそれきりで、キリは小さく異国の言葉で歌を口ずさみ出した。

途端、空気が変わる。

湿り気がなくなり、苔が鮮やかに弾力を増した。

薄ら冷たく、光のないはずの牢獄の中が、なぜか暖かい陽の光のもと、大きな大木の下に座っているように感じる。爽やかな風が吹き抜け、さっきまでベタついて肌にまとわりつく髪の不快感もなくなった。思わず、そっと目を閉じる。

八重の閉じた目蓋の中に、豊かな緑の葉を繁らせる大きな大木と、薄桃色の花を咲かす睡蓮が浮かぶ、澄んだ青い泉の映像が一瞬、泡のように浮かんで消えた。



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