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「そ、そんな馬鹿な……」


男は自分の鼻下から真っ直ぐに伸びた剣先を憎々しげな視線で追い、そのまま、目の前に立つ少年騎士を睨み付けた。


「目視で数も数えられねぇ頭足りなさそうなガキ一人に、この俺様がお縄を掛けられる羽目になるとは……信じられん!悪夢だ!」

「頭足らずとは、聞き捨てならないセリフですね」


涼しい声がして、剣を持つ少年騎士と男の間に、スッと一人の人物が進み出た。

身長は百八十センチ弱、と言うところか。

高い背にスラリとした長い肢体、腰元まで届くサラサラとした白色の髪と雪色の肌。

上品にまとまった卵形の顔の中には、柳葉のような眉と切れ長の瞳が瞬いている。

長く白い睫毛に縁取られた瞳の色は、石榴のような赤……形の良い鼻梁の下で動く薄い唇と同じ、透けるような赤だ。

先程の少年騎士の話からして、こちらがカクと呼ばれる一見男性しかし女性、と言う人物らしい。

学者か術者か、とにかくどちらにしろロードワーク系には感じられない風体、どこか財ある貴族か宮廷に抱えられているような者の優美さが、カクには備わっていた。


「ずいぶんと息が苦しそうですね」


カクは、地面にべったりと尻をついている男を冷たく見下ろして、やおら手にしていた銀の錫杖を剣の下へ入れて持ち上げる。

必然的に、男の鼻下に当てられていた剣先が、クンッ…と上へ持ち上がった。


「その潰れた鼻でも、息がしやすいよう増やして差し上げましょう」

「わ~~~~~~~っ!よせっ、よせぇっ!」


何とか剣先から逃れようと、精一杯顔を反らす男の首筋に、後方から近づいて来ていた補足人の縄が掛けられる。

どうやらカクが倒した待機部隊の捕縛を完了させ、そのまま雪崩れ込んで来た様子。

あっという間もなく、引き縄はその両端を何度か交差させられてから男の胸下できつく巻かれ、背中に回した両手首へと結わき付けられた。暴れれば、縄が自然と食い込んで、首を締め上げる仕組みになっているらしい。


「くそったれ、覚えてろよ!」

「このままで済むと思うなよ!」


監獄島から呼ばれた数十人という補足人の手で、引き摺られるように歩き去って行く一行が、お決まりの悪態を吐きながら馬車に乗せられていく姿を横目で見送りつつ、少年騎士は小さくバイバイをしている。

その背後に、年配の男を先頭に、ぞろぞろと人の波が付いてくる。


「騎士様、お連れ様、本当に有り難うございました」


深々と頭を下げ、心からの礼を述べたのは、戦いの成り行きを伺っていた村人達だ。

その中には、美しく着飾った娘達もいる。どうやら彼女達こそが、今回のメインにあたる貢ぎ物だったらしい。


「お陰様で、この通り娘達は無事に難を逃れる事が出来ました。騎士様方には何と御礼を申せば宜しいかと……」

「いいっていいって、そんなん」


唐突に、村娘の合間から若い男の声が響く。

綺麗に着飾った娘達の腰に手を回し、お気楽な調子で声をあげたのは黒髪の青年。

こちらが、スケと呼ばれた連れの片割れらしい。

カクより頭一つ分、背が高いだろうか?雪細工のように儚げなカクとは正反対、良く日に焼けた小麦色の肌をしている。

軽く波立つ漆黒の髪も、小麦色の肌も、この中央大陸ではあまり見かけない…太陽の光のように煌めく黄金色の瞳も、極めて珍しい。

耳の少し上、頬にかかる横髪の一束を両方、瞳と同じ金色の組み紐で巻き付けるように纏めている。どことはなしに、垂れた犬の耳のようだ。

スケは、外見からして誰一人否を挙げるものもいないほど、完璧、ロードワーク系。

体つきはゴツくないが、鞭のようにしなやかな筋肉で覆われていて、ガテン系と言うか海の男と言うか、どっちにしろ過酷な状況でも生きていけそうな野生児タイプ。顔付きも精悍な感じで、男らしく上がった両の眉に、芯の強そうな感じすら見て取れる。その口元が、だらしなくにやけてさえいなければ……。

さて。

自分を見つめるカクの険悪な視線に気付いているのかいないのか。スケは娘達の腰から手を外し、ニコニコとしながら村長の方へと近付いていく。


「俺等かて、久しぶりに気晴らしが出来たんだから、礼には及ばないよ、なぁ、カク?」


責任感の欠片も感じられない、やたらに白い歯だけが目立つ笑みを向けられたカクが、無言のまま、スケの腹へ錫杖を突きいれた。


「うごっ……!」


何気ない動きに込められた渾身の一撃に、スケの体が後方へすっ飛ぶ。ドン、と音をさせて、カクが錫杖を地面に突き立てた。


「キリ様を守りもしない貴様が言うセリフではない、黙って寝ていろ」

「カク、ちょっとキツかったみたいよ、今の…」

「まぁまぁ、スケさんもカクさんも二人で仲良く遊ぶのは後にして…これ、いつもの通りにしていいのかな?」


御世辞にも、決してそうは見えない二人のやり取りをよそに、キリが補足人から受け取ったばかりの賞金袋を掲げて見せる。

その反動で、先ほどから落ちかかっていたフードが、するりと両の肩へ滑り落ちた。

年の頃なら十五、六歳、栗色の髪はサラサラと風に遊び、キラキラと輝く大きな瞳は萌木色。健康的な肌中で、笑った右の口元から牙のような糸切り歯が一本覗くところは、愛嬌がある。

軽量でコンパクト、格好いいというより可愛らしいタイプ。

その、真っ直ぐな気性が伺える笑顔もさることながら、栗色の髪と萌木色の瞳の美しさが、見るものを魅了する。ホッとする安堵感、強いていうなら樹木のような…あの日なたの葉陰から見える優しい光の下から見上げる、大きな木に包まれたような感覚とでもいうところか。

そんなキリの掲げる賞金袋に視線を流し、カクはボソリと呟いた。


「そうですね、今回も少し村の備品を壊してしまいましたので…」

「本来受けた仕事の途中で、たまたま請け負った臨時収入だしな~宿代と雑費以外はあげたってもいいんじゃない?パァ~っと気前良く、村長さんにでも…な?」


カクの突きを食らって痛む腹を擦りつつ、スケがのろのろと立ち上がる。にっこりと笑ったキリが、こくん、と頷いた。


「そうだねぇ、じゃあ村長さん」

「え?は、はい?」


訝しげな表情をしている村長の手に、キリは手にした賞金袋の四つの内の二つを、惜しげもなく握らせる。


「ちょっと手間とってごめんなさい、それで壊れたものを直してくれる?」

「そ、そんな、私らは御礼すら…」

「気にする必要はない、我々は一晩の宿をお借りした。その支払いとして受け取ってほしい」

「そうそう、夜はそれなりに気持ちいいことしても……げふっ!」

何事かを口走りかけたスケの腹を、再びカクの錫杖の一撃が襲った。

「では、我々は先を急ぎますので。キリ様…」

「うん!」

「ぐぅ…カク。お前の突っ込みにはちぃ~とも、相方への愛が感じられないのよね?気のせい?俺の気のせいなのかしら?」

「気のせいではない、私が貴様に対する愛を欠片も持ち合わせていないからだ」

「またまたぁ、そないに照れなくてもカクが俺を愛…ぐはぁっ!!」


三撃目の突きに、スケの体が村の出口に向けて飛んで行く。

キリは笑いながら、カクはスンッとしたまま、その後を追うように歩き出す。


「ああ、あの…!」


村人達は名も告げず、来た時と同じく賑やかに去っていく三人の背中を見送りつつ、小さな感嘆の吐息を漏らす。


「噂は本当だった…よろず屋のなりをしつつ、行き先々で悪党を懲らしめる旅の騎士の話は」

「村長様…」

「ん?」

「あの方達はもしかすっと、どこか遠方の王族さん達なんじゃねぇかねぇ」

「ふむ、着ておられた服装も何処か変わっていたしな…そうなのかもしれん」


話の中、三人の姿は遠ざかり、勝手な憶測で感心する村人達の視界から、やがては見えなくなった。

その方向には、一つの街がある。ギミックタウン、無法者の巣くう暗黒街だ。


「盗賊、詐欺師、闇の商人、売人、その他色々……一つくらいは売りに出されてんじゃない?」


ギミックタウンの方向を見据えて、スケがニヤリと笑う。その拍子に、人間にしては鋭い犬歯がちらりと見えた。


「人相手に売りに出されたの、これで最後だと嬉しいんだけど」


キリがふぅ、と溜め息を吐く。

その横で、ふんふん、と鼻を鳴らしていたスケが、う~んと眉をしかめる。


「でもよぉ、やっぱ何かおかしいんだよな~匂いかさ~こう、なんて言うの?生っぽい?」

「脳の腐敗が、とうとう鼻にきたのか?」

「んな訳ないでしょ!初めて聞いたわ!俺の脳ちゃん腐敗してんの?腐敗してねーでしょ?!」

「ここまでくれば、我にも分かる」


カクが、横手に立つキリへ視線を流した。


「やはり、宝珠の欠片はあの街で間違いないようです」

「これで最後になればいいんだけど……」

「御心配なく、御守りは我にお任せ下さい。」

「え?俺抜く?そこで抜いちゃう?」


俺だって御守りするよ~、などと両手を開き、自分に抱きつこうとしたスケを、カクが無機質に錫杖で突き倒した。


「うん、ありがとう!二人がついて来てくれたこと、本当に感謝してるんだ。だって二人は、御守り役としても、最強コンビだもんね」


頷いて、二人を振り仰ぐキリ。

その顔には世辞など微塵も感じさせない、全幅の信頼と邪気のない笑みが広がっている。

初めて、無機質だったカクの唇に、淡い笑みが浮かぶ。


「はい、お任せ下さい」

「おう、巨乳ロリとスレンダーな美女は俺に任せろよ」


顎を押さえつつスケが立ち上がりかけたが、カクの錫杖の一撃がそれを阻止した。


「貴様は筋肉で圧死すればいい」


二人のやり取りを見ながら、キリはゆっくりと一歩を踏み出した。眼下に広がる街へ向けて。





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