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87 元悪役令嬢、後輩に翻弄される

 ここに連れて来られて、どのくらいの時間が経ったのだろう。

 ひたすらにジェイルとにらみ合っていたメリアローズは、不意に階下から争うような物音が聞こえてくるのに気がついた。


「随分と、騒がしいですね……」


 不快そうに眉を潜め、フォークを手にしたままのジェイルがぽつりと呟く。

 いったいここがどこなのか、何故ジェイルにここに連れて来られたのかすらわからないメリアローズには状況の把握ができないが、何か不測の事態が起こったのだろう。

 じっと彼の甘味攻撃に耐えていたメリアローズは、外の音を聞き取ろうと神経を集中させる。


「侵入者だ……!」

「そっちへ……たぞ……!」


 ……侵入者?

 聞こえてきた物騒な言葉に、メリアローズはまさか……とざわめく胸を押さえた。


 ――侵入者って……まさか、私を探しに……?


 一瞬、丁度今剣術大会に出場しているはずのウィレムの姿が頭をよぎり、メリアローズの鼓動がどくりと大きく音を立てる。

 そんなメリアローズを見て、ジェイルは目を細めて笑う。


「……メリア姉様、今、誰のことを考えましたか?」


 その言葉に、メリアローズはどきりとして顔を上げる。

 ジェイルは相変わらず真意の読めない笑みを浮かべて、微笑みながらメリアローズのことを見つめていた。


「誰のこと、って……」

「僕は貴女のことを誘拐しました。そしてこの屋敷への侵入者。……どこかの誰かが、捕らわれのお姫様を助けに来たのかもしれませんね」


 まるでメリアローズの心の中を見透かしたように、ジェイルは静かにそう口にしたのだ。


「マクスウェル家の手の者でしょうか。それとも……貴女の忠実な騎士かな?」

「っ……!」


 平静を装ったつもりだったが、きっと表情に出てしまっていたのだろう。

 ジェイルは、くすくすと笑っている。


「わかりやすいですね……彼に関することだけは」

「……いったい、何の話をしているのかしら」

「今も、貴女の為に剣術大会で戦っているはずのウィレム先輩の話ですよ」


 メリアローズは思わずジェイルを睨みつけたが、彼はまったく堪えた様子もなく穏やかな笑みを浮かべている。

 だが、その瞳は笑っていない。どこか冷たさすら感じられるほどだった。

 その反応に、メリアローズの背筋にぞくりと冷たいものが走る。


「……なにが、言いたいのよ」

「悩ましい立場ですよね、ウィレム先輩も。貴女の身を一番に考えるのならば、大会を放り出してでも貴女を助けに来るでしょう。ですが、そうなると彼は大会に優勝できなくなり、結果的に貴女を失うことになる。その点、大会を優先すれば彼が優勝する可能性は高い。今のところ、圧倒的ですからね」


 まるで見ていたように……いや、実際に見ていたのだろう。

 ジェイルは冷静に、ウィレムの戦いぶりを評価していた。


「貴女の身柄についても、何も彼自身が出て来なくても、マクスウェル家の者や王家の者が貴方を救出するでしょう。そうすれば、彼は無事に貴女を取り戻し、何もかもを手に入れることができる。……貴女を失うかもしれない、少しのリスクに目を瞑ればね」


 ――ジェイルは、いったい何を考えているの……?


 彼の言葉に惑わされないようにと、メリアローズは必死に自分に言い聞かせ続けた。

 ここで挑発に乗ったり、動揺しては相手の思うつぼだ。

 そうわかっていても……どうしても彼の言葉に胸を揺さぶられてしまう。


 ――ウィレムは、今どこにいるのかしら……。


 今も剣術大会の会場で、戦い続けているのだろうか。

 それとも、もう、すぐ近くに……?


「ウィレム先輩って、かっこいいですよね。主に顔とか」

「……え?」


 いきなりにこりと笑ってそんなことを言いだしたジェイルに、メリアローズは思わず状況も忘れて聞き返してしまった。

 ……駄目だ。まったくジェイルの考えがわからない。

 何故いきなりウィレムの顔の話になったのだろうか……。


「僕の同級生でも、彼に憧れる子はたくさんいるんです」

「……そうなの」

「あ、今ちょっと嫉妬したでしょ」

「してないわ!!」


 咄嗟にそう言い返してしまったメリアローズに、ジェイルは声を上げて笑った。

 恥ずかしくなって、メリアローズはきゅっと唇を噛んだ。

 ……どうにも調子が狂う。

 目の前の青年は、メリアローズをいきなり誘拐したとんでもない人物だ。

 そうわかっているのに……どうしても、幼い頃からよく知る、ジェイルの面影が浮かんでしまう。

 メリアローズにとってのジェイルは、放っておけない可愛い弟のような存在だった。

 今の今でさえ、その感覚が抜けきらないのだ。


 メリアローズにはどうしても、目の前の青年を敵とみなすことができなかった。


「顔はいいし、ユリシーズ王子にも気に入られていて、将来の出世もほぼ確実……。おまけに剣の腕も超一流。まるで……物語の中の騎士みたいですよね」


 ジェイルは立ち上がり、どこか昏い瞳でメリアローズを見下ろしている。

 メリアローズはごくりとつばを飲み込み、気圧されないように自身を鼓舞して彼を見上げる。


「そういえば、メリア姉様は昔から騎士物語が好きでしたよね」

「……えぇ、そうよ」

「僕にもよく読んで聞かせてくれましたよね。……よく、覚えてます」


 ジェイルはどこか寂しそうに笑うと、ふと視線を窓の外へと投げかける。


「……メリア姉様とウィレム先輩が親しくなったのは、ユリシーズ王子とリネット先輩が婚約した頃からだそうですね」


 ジェイルがぽそりと呟いた言葉に、メリアローズはぱちくりと大きな瞳を瞬かせた。

 ……はたから見ると、そう見えていたのだろうか。

 実はその一年ほど前から、メリアローズとウィレムは共に王子とジュリアをくっつけるという作戦のため、秘密裏に行動を共にしていた。

 だから王子とリネットが婚約した頃に親しくなった……というのは、どうにもピンとこない。

 だが、悪役令嬢時代のメリアローズは、表向きは王子の取り巻きであったウィレムにはあえて個人的に声を掛けないようにしていた。

 外部から見れば、メリアローズが悪役令嬢をやめ、ウィレムが眼鏡を外した頃から急に親しくなったように見えていたのかもしれない。

 ……だが、それがなんだというのだ。


「ユリシーズ王子は、婚約者であった貴女を捨て、リネット先輩を選んだ。ちょうどその頃、貴女の大好きな『騎士』を装ったウィレム先輩は、機を見て貴女に近づいた」

「……ジェイル、それは誤解よ」


 もしや、彼はとんでもない勘違いをしているのでは?

 やっとそのことに気がついて、メリアローズは冷静にジェイルを諭そうと口を開く。

 だがジェイルは、メリアローズの言葉を聞き入れるそぶりもなく、思いつめたようにぶつぶつと呟いている。


「そもそも、おかしいじゃないですか。王子は貴方の婚約者だったのに、王子だったら諦められたのに……」

「ジェイル、聞いて」

「リネット先輩は貴女を出し抜いて王子を誘惑し、その隙にウィレム先輩は貴方に近づいた。二人は結託してたんじゃ――」

「ジェイル、やめなさい!」


 思わずメリアローズが声を上げると、ジェイルがはっとしたように振り返る。

 静かに立ち上がり、メリアローズは正面から彼に告げる。


「それ以上、私の友人を侮辱するような発言は許さないわ」


 メリアローズが怒りを押し殺し、凛とした声でそう言い放つと、ジェイルは小さく笑う。


「貴女は……本当に人がいいですね」

「ウィレムもリネットも、あなたの考えているような人じゃないわ。二人とも、そんな卑劣な真似はしない。少なくとも、あなたよりは私の方が二人のことに詳しい自信はあるの」

「それでも僕は……疑っています。特にウィレム先輩は他の男と同じように、あなたの家柄目当てで、失意のあなたにうまく近づいたのではないかと」

「彼は、そんな人じゃない」


 メリアローズは良く知っている。

 ウィレムはいつも一生懸命だった。いつもメリアローズのことを支え、守り……想ってくれていた。

 そんな彼のことを、誰にも否定はさせたくない。


 強い意志を込めてジェイルを睨みつけると、彼はどこかおかしそうに笑う。


「じゃあ、賭けをしましょう。メリア姉様」

「賭け?」

「はい。今階下にいる侵入者は、やがてここにやってくるでしょう。果たしてそれが……ウィレム先輩なのか、それとも他の誰かなのか」

「っ……」


 思わず息をのんだメリアローズを見て、ジェイルはにやりと口角を上げた。


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