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86 勝利の乙女、ピンチに陥る

「うーん……」


 何やら夢を見た気がして、メリアローズはそっと目を開けた。

 ぼんやりする視界の中で、夢の内容を思い出そうとして……メリアローズはすぐに、もっと重要なことに気がついた。


「ここどこ!?」


 メリアローズが目を覚ましたのは、全く知らない部屋のベッドの上だったのだ。

 きょろきょろとあたりを見回すと、それなりに値の張りそうな調度品の数々が目に入る。

 部屋の大きさから考えても、中々立派な邸宅のようだ。


 ――どこかの貴族の屋敷……? それに窓の外の景色は……よかった、ここは王都の中ね。


 窓の外に目をやると、見慣れた王城の姿が目に入り、メリアローズはほっと息を吐いた。

 王城との距離から考えると、幸いにも、少し前までいた剣術大会の試合会場からもさほど離れていないようだ。


 ――私は、少し休憩に出て、そこでジェイルと出会って……その後――


 ジェイルに抱き寄せられたところまでは覚えている。

 そこで記憶が途切れているということは、いきなり意識を失ったメリアローズを、ジェイルが運んでくれたのだろうか。


 ――……いえ、だったらこんなよくわからない場所には連れて来ないはずよ。


 ジェイルが倒れたメリアローズに驚き、救護の者を呼んだ……わけではなさそうだ。

 それに、意識が途切れる寸前に感じた、あの衝撃。

 あれがジェイルによるものだとしたら……?

 そう考えた時、急に部屋の扉の外からバタバタと廊下を駆ける音がした。

 メリアローズは慌てたが、身構える間もなく、勢いよく部屋の扉が開かれる。

 そこから現れたのは、丁度メリアローズの思考を占めていた人物――ジェイルだった。


「メリア姉様、大丈夫ですか!?」


 心配そうな表情で、ジェイルはメリアローズの顔を覗き込んできた。

 そういえば、目覚めたばかりのメリアローズは混乱して「ここどこ!?」などと叫んでしまったのだった。

 おそらく近くにいたジェイルに、その声が届いたのだろう。


「ジェイル……」

「気分はどうですか、メリア姉様。気持ち悪かったりしませんか?」


 必死な様子でそう語りかけてくるジェイルに、メリアローズの心は揺らいだ。

 やはり、彼がメリアローズを昏倒させ誘拐するような真似をするはずが――


「すみません、加減ができなくて。ちょっと眠ってもらおうとしたんですけど……思った以上に力が入っちゃったみたいで」


 ――やっぱりお前かー!


 犯人があっさり自白したので、メリアローズは必死に組み立てた名推理を披露するタイミングを逃してしまった。

 思わず脱力してベッドに倒れ込むと、ジェイルは慌てたように背中をさすってくる。


「……ねぇ、ジェイル」

「なんですか、メリア姉様」


 目の前のジェイルは、人畜無害な少年のようなあどけない表情をしている。

 幼い頃、メリアローズが手を引いて連れ出した時と同じように。


 ――だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。


「私、戻らないと」


 ジェイルを刺激しないように静かにそう告げ、メリアローズはベッドから身を起こし、立ち上がろうとした。

 だが、ジェイルに強く肩を掴まれたかと思うと、そのまま背後に押し倒されるようにしてベッドに戻されてしまう。


「ちょっと――」

「駄目ですよ、メリア姉様。だって……」


 ジェイルは真上からメリアローズを見下ろすような体勢で、にこりと笑った。


「お楽しみは、これからなんですから」


 ――な、なんですってぇー!?


 これはまさか、まさか……! 大臣に貰った本に稀によく出てきた、ヒロインのピンチ展開なのでは……!?

 メリアローズはこの時ほど自身の察しの良さを呪ったことはなかった。


 ――私は(元)悪役令嬢なのに、なんでこんな時だけヒロイン待遇なのよ!!


 一気に顔を青ざめさせるメリアローズに、ジェイルは不思議そうに首をかしげていた。



 ◇◇◇



「ま、まって……」

「そんなにとろけそうな顔で言っても説得力ありませんよ」

「でも、駄目よ。こんなの……」

「メリア姉様だって好きなくせに」


 ジェイルからの苛烈な責めに、メリアローズは陥落しかかっていた。

 だって、抗えるわけがない。

 こんな、こんな……



「ずるいわ! 私がクリームたっぷりのケーキが大好きなのを知ってこんなことをするなんて!!」



 目の前では、ジェイルがふわっふわの生クリームがたっぷり乗ったケーキを、「あーん」とメリアローズの口元に持ってきている。

 甘い匂いがぷんぷんと漂い、思考がとろけそうになってしまう。

 だが、まさか誘拐された先でのん気にスイーツを食すなど、メリアローズのプライドが許さない。

 誇り高き貴族令嬢は、大好きなケーキが相手でも負けるわけにはいかないのだ。

 卑劣な逆兵糧攻めといえども、しっかりと耐えなければならないのである。

 メリアローズは今すぐぱくつきたくなる衝動を押さえ、きゅっと唇を引き結んでそっぽを向いた。


「もったいないなぁ。こんなにおいしいのに」


 ジェイルはメリアローズが頑なに口を開かないのを見て、少しだけ残念そうに、差し出したフォークにぱくりと自ら食らいついた。

 そのままもぐもぐと咀嚼するさまを見て、メリアローズは首をかしげる。


 ――自分で食べてる……ってことは、何か変なものを中に仕込んでるということもなさそうね……。


 そうなると、ジェイルはただ単にメリアローズを喜ばせようとしてこんなケーキを用意したのだろうか。

 ……理解できない。一体彼の目的は何なのか。

 ジェイルを刺激しないように穏やかな態度を保ちながら、メリアローズは必死に思考を巡らせる。


 ――とりあえずは、現状把握ね。


 メリアローズは休憩中にジェイルと出会い、会話を続けるうちに彼に昏倒させられ、この場所に連れて来られた。

 外の景色を見る限り、ここは王都の一角。それなりの広さを持つ屋敷の内部だろう。

 屋敷から脱出することさえできれば、大会の会場に戻るのは容易いはずだ。


 ――でも、問題なのは……


 どうやってここから脱出するか、だろう。

 目の前にはジェイルがいる。不意を突いて彼を殴り飛ばし、その隙に部屋から出ることもできなくはなさそうだが……


 ――おそらく、外にもジェイルの手の者がいる。


 ジェイルがやって来た時や、このケーキを運んできた時など、何度か部屋の扉が開いて外の様子をうかがうことができた。

 その際には、ジェイルと他の者の話声や、何人かの足音が聞こえた。

 おそらく、この屋敷にいるのは、メリアローズとジェイルだけではない。

 隙をついて部屋の外に飛び出したとしても、外の者に捕まってしまう可能性は高いだろう。

 今の状況では、「ジェイル殴り飛ばし作戦」はあまり有益だとは言えなさそうだ。


 それに、なにより……ジェイルがこんなことをした目的がわからない。


 誘拐といって真っ先に思い付くのが身代金目当ての線だが、ジェイルがそこまで金に困っているとは思えない。

 それに、マクスウェル家にそんな手は通じない。

 遅かれ早かれ、マクスウェル家はメリアローズを救出し、こんな馬鹿な真似をしでかした犯人に制裁を食らわせることだろう。

 ジェイルとて、それがわからないはずがない。


 ――私を人質に、どこかに要求を通そうとしている……ようにも見えないのよね。


 彼がすることといえば、こうして目がくらむようなスイーツを用意して、メリアローズを釣ろうとすることくらいなのだ。

 先ほどベッドに押し倒された時には死ぬほど焦ったが、ジェイルは丁寧にメリアローズを寝かせると、拍子抜けするほどあっさり引いてくれた。

 食べ物に何も仕込んでいないことを考えると、今すぐメリアローズをどうにかしようとする意志も感じられない。


 ――こんなタイミングで私を誘拐なんてして、騒ぎになるのは目に見えているのに……


 今は王国祭の剣術大会の真っ最中。勝利の乙女役であるメリアローズがいなくなれば、すぐに誰かが気づいて捜索活動が始まるだろう。

 ジェイルは、それがわからないほど馬鹿ではないと、メリアローズは思っている。


 いったい、彼の目的は何なのか。

 こんな大胆な真似をしでかしたからには、何か大きな目的があるのだろう。

 ……だが、それが読めない。

「ほーら、だんだん食べたくなってきたんじゃないですか?」と、フォークに刺さった苺をアピールするジェイルを眺めながら、メリアローズはなんとか食欲に負けないように思考を巡らせた。


「メリア姉様、そんなに物欲しそうな顔して……」

「変な言い方はやめなさい! 物欲しそうな顔なんてしてないわ!!」

「そうですか? もう我慢できないっ……って表情にでてますよ」

「うそっ!?」

「あはは、メリア姉様は相変わらず面白いなぁ」


 けらけらと少年のように笑うジェイル。

 その笑顔は、昔と同じなのに。


 ――ジェイル、あなたは何をしようとしているの……?


 ため息が出そうなほど美味しそうな苺から目を逸らし、メリアローズはざわめく胸を押さえた。


やっと2章の終わりが見えてきたので、しばらくは毎日更新の予定です!

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