82 勝利の乙女、さすらいの剣士(仮)に振り回される
謎の言葉を残し失踪した(と思われていた)ジュリア。
だが彼女は、なんと下手な男装をして剣術大会の出場者に紛れ込んでいたのだ……!
とりあえずメリアローズは瞬時に現状を整理してみたが、何の解決にもならなかった。
「いえーい!」とこちらに向かって上機嫌でピースサインをするジュリアを見ていると、今にも気が遠くなりそうだ。
「……とりあえず、このまま進行させよう」
傍らのユリシーズに小声でそう囁かれ、メリアローズははっと我に返る。
さすがの彼も、この事態を予測はできなかったのだろう。その表情は困惑に満ちていた。だが、このまま開幕式を中断するわけにもいかない。
そうだ、今は王国祭の催しの一つの真っ最中。メリアローズたちの一挙一動に、観衆が注目しているのである。
メリアローズ達の私情で、進行を妨げるわけにはいかないだろう。
――あの馬鹿娘……あとでとっちめてやるんだから……!
白目をむきそうになるのをなんとか堪え、メリアローズは脳内から大会の進行表を引っ張り出す。
後はメリアローズが「勝利の乙女」として戦士たちを激励すれば、開幕式は完了となる。
あえてジュリアから目を逸らし、メリアローズは勝利の乙女になりきって口を開いた。
「勇ましき我がクロディールの戦士たちよ。この良き日に貴君らに巡り合えたこと、戦女神に感謝いたします」
メリアローズが天に向かって儀礼剣を掲げると、集まった剣士たちは一斉に跪いた。
ぽかんとしていたジュリアも、いつの間にか隣に移動してきたウィレムに腕を引かれ、慌てて跪いていた。
メリアローズはその様子を見てほっと胸をなでおろす。
「どうか、堂々たる戦いが行われんことを」
メリアローズのその言葉が、剣術大会の開幕宣言となる。
思い思いに周囲を牽制したり、武具の確認を始める参加者たちの中、ウィレムがジュリアの腕をひっつかんでものすごい勢いで控え室の方へ駆けていくのが視界の端に見えた。
後の段取りを王子たちに任せ、メリアローズもこっそりとその後を追った。
◇◇◇
「このおバカ! いったいどういうつもりなのよ!!」
「だ、だってぇ……」
控え室の中の一つに、メリアローズ、ウィレム、ジュリア、それにどこから現れたのかバートラムまでやってきていた。
他者に聞かれないようにきっちり扉を閉め、メリアローズが開口一番叱りつけると、ジュリアは心外だとでも言いたげに口を尖らせたのだ。
「剣術大会に参加なんて……いったい何を考えてるの!? しかもそんな下手くそな変装なんてして!!」
「下手くそ!? メリアローズ様酷いです! どっからどうみてもさすらいの旅の剣士じゃないですか!!」
そう言って、ジュリアは得意気に、ばさりと羽織っていたマントをはためかせてみせた。
……なるほど、ジュリアの格好は「さすらいの剣士」のつもりだったのか。
言われなければわからないその奇妙なスタイルに、メリアローズは痛むこめかみを押さえた。
しかし、一応貴族令嬢であるはずの彼女を、大会運営側はよく参加させたものだ。
「……あなた、どうやって受付を突破したの?」
「さすらいの剣士、ジュリオです! って言ったら普通にエントリーさせてくれました」
「どうなってるのよ! ガバガバすぎるじゃない!!」
せめて身元確認位しなさいよ!……とメリアローズはその場に崩れ落ちた。
ウィレムが慌てたように体を支えてくれる。
「名目上は誰でも参加できる大会ってことになってるからなぁ。下手に追い返すわけにもいかなかったんだろ」
「それにしても杜撰すぎるわよ……」
バートラムは納得したように頷いているが、メリアローズはこの大会の運営体制が心配になってしまった。
男装した貴族令嬢を強者ばかりの剣術大会に放り込むなど、どう考えても問題しかない。
「それで……こんな馬鹿な真似をした了見を聞かせてもらいましょうか」
「もー、メリアローズ様さっきからバカバカって……馬鹿っていう方が馬鹿なんですよ?」
「お黙りなさい!」
子供の浅知恵のようなことを言いだしたジュリアにげんこつをお見舞いすると、意外と痛かったのか涙目になっていた。
まったく、この子いったいいくつだったかしら……とメリアローズは現実逃避しかけたが、よく考えなくてもジュリアは同級生。メリアローズと同い年という事実は覆せないのだった。
「なんで、いきなり大会に参加しようなんて思ったのよ」
「だって……この大会の優勝者が、メリアローズ様のお婿さんになるって聞いたから……」
「えっ?」
そう言えば、以前にもジュリアは同じようなことを言っていた。
あの時はっきり否定したはずだが、この意外と思い込みが激しい少女には通じなかったのかもしれない。
「私……とんでもないゴリラみたいな人が優勝したらどうしようって、心配になって……」
言葉の途中で、ジュリアの綺麗な空色の瞳が潤み始めた。
その変化を目の当たりにして、メリアローズは彼女にきつくあたってしまったことを少しだけ後悔した。
――心配、かけてしまったのかしら……
今の話の流れから何故彼女が剣術大会に出場しようと思ったのかはよくわからないが、きっと彼女なりにメリアローズのことを案じて行動を起こした結果なのだろう。
メリアローズがなんて声を掛けようか逡巡していると、今まで黙っていたウィレムがそっと口を開く。
「……ジュリア」
ウィレムの呼びかけに、ジュリアは顔を上げる。
「それで君は、メリアローズさんがゴリラみたいな奴と結婚するのを阻止するために、この大会に出場しようとしたわけか」
「はい、その通りです。ウィレム様」
――なんでそうなるのよ……!
ジュリアの思考回路は、まったくもってメリアローズには理解できそうになかった。
だが不思議なことに、この場でそこまで混乱をきたしているのは、メリアローズ一人だけのようだった。
ウィレムは真剣な表情でジュリアに向き合い、バートラムは何かに納得したように頷いているのだから。
――いやいや、おかしいじゃない。おかしい……わよね?
メリアローズはだんだんと、おかしいのがジュリアなのか自分なのか自信がなくなってきた。
ユリシーズ王子とリネットもここに連れてくるべきだったかもしれない。
少なくともあの二人であれば、多少はまともな判断が下せたことだろう。
「君の懸念はわかった、ジュリア。だが、安心して欲しい」
ウィレムが言い聞かせるようにゆっくりと、ジュリアに語り掛けている。
メリアローズも現実逃避を始めた思考を、慌ててこの場に呼び戻した。
「この大会……俺が、必ず優勝して見せる。メリアローズさんがゴリラの手に落ちるようなことはない」
ウィレムの力強い宣言に、メリアローズの胸は熱くなった。
――ウィレム……ちゃんと、私のことを……
ここ最近会えてなかったので少し不安になったりしていたのだが、彼の決意は変わっていないようだ。
「ウィレム様……」
ウィレムの宣言に、ジュリアは驚いたように目を丸くした後……小さく首を左右に振った。
「いいえ、ウィレム様」
「ジュリア……?」
「私、考えたんです。ゴリラが優勝してメリアローズ様がゴリラローズになるのなら――」
「ならないわよ」
……なるほど、やっと謎の言葉の意味がわかった。
あまりにくだらなすぎて、メリアローズは脱力しかけてしまう。
だがジュリアは何かを決意したように、瞳をきらめかせて宣言した。
「そんなの絶対イヤだから、私が阻止してやろうって! だから私も頑張ります!!」
「いや、君には危険だから――」
「大丈夫です! 私結構打たれ強いんで!!」
何故か自信満々にそう宣言すると、ジュリアはぽかんとするメリアローズとウィレムにぴょこんと元気よくお辞儀をしてみせた。
そして、何かに気づいたように慌てだしたのだ。
「あっ、そろそろ一回戦が始まっちゃう! ウィレム様も急いだほうがいいですよ!」
「ジュリア、待――」
メリアローズの制止もむなしく、ジュリアは風のように瞬く間に部屋を出て走り去ってしまった。
呆然とするメリアローズとウィレムに、バートラムがそっと声をかけてくる。
「まぁ、その……あいつのことは俺が何とかするから、お前たちは自分の役目に集中しろよ?」
あまりにも訳が分からない状況に、メリアローズはまたしてもその場に崩れ落ちてしまった。
「メリアローズさん!」
「なんで、なんでこうなるのよ……!」
ウィレムに支えられるようにして起き上がりながら、メリアローズは固く誓った。
次にジュリアに会ったら、もう一発げんこつをお見舞いしてやろう……と。




