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79 元悪役令嬢、事情を説明する

「いい、ジュリア。言いたいことはあるだろうけど、ちゃんと落ち着いて聞くのよ」


 リネットに連れられてやって来た学園の片隅で、メリアローズはゆっくりとジュリアに言い聞かせた。

 最初にそう凄むと、ジュリアはその勢いに押されたのか、こくこくと何度も頷いている。

 そうしてメリアローズは、まずは王国祭での「勝利の乙女」役を引き受けたことについて、懇切丁寧に説明した。


「だから、私はただの象徴的な役割を引き受けただけであって、それ以上でもそれ以下でもないのよ。あ、でも……」


 別に、剣術大会での優勝者がメリアローズと結婚する権利を得るわけではない。

 だが、ただ一人については話は別なのだ。


 ――ウィレムが、優勝すれば……


 ウィレムが剣術大会で優勝すれば、兄はメリアローズとウィレムとの関係を認めると言っていた。


 ――『……安心してください。必ず、あなたに勝利を捧げます』


 ウィレムはメリアローズの目の前で、必ず優勝して見せると誓ったのだ。

 その時のことを思い出して途端にメリアローズは赤くなってしまう。


「……メリアローズ様?」

「はっ!」


 うっかり回想に耽っていると、目の前のジュリアから心配そうに声を掛けられた。

 そちらに視線を戻すと、ジュリアとリネットが心配そうな瞳でメリアローズを見つめている。


 ――二人には……話しておくべきね。


 メリアローズは二人のことを信頼していた。

 この二人なら、迂闊に噂を広めたりすることはないだろう。

 それに……ウィレムとのことを思い出すととにかく恥ずかしくてたまらないのだが、それでも誰かに話したくて仕方がなかったのだ。


「あのね、この前の夜会の時に……私、ちょっと危険な目に遭って――」

「「えぇっ!?」」


 声をそろえて仰天したリネットとジュリアに、メリアローズは慌てて弁解する。


「で、でもね! ウィレムが助けてくれたの!」

「まぁ……!」

「私がその場にいたら私がメリアローズ様をお助けしていました!!」

「あ、ありがとう……。それでね……」


 嬉しそうなリネットに、何故かジュリアは悔しがっている。

 そんな二人を前に次の言葉を口にするのには勇気がいったが、メリアローズは意を決して口を開いた。


「それで、ウィレムが…………私のことを好きだって……!!」


 ――言っちゃった。言っちゃったわ!!


 意を決してそう告げた途端、メリアローズは猛烈に恥ずかしくなり手で顔を覆ってしまった。

 だが、てっきり驚くかと思ったリネットとジュリアは、特に驚く様子もなく続きを待っているようだった。

 ……これはおかしい。


「……驚かないの?」

「いえ、その……」


 何故か言いよどむリネットの隣で、ジュリアが不思議そうに首をかしげる。


「メリアローズ様。ウィレム様がメリアローズ様を好きだってことなら、普通にみんな知ってますよ」

「えぇっ!!?」


 真顔のジュリアにそう言われ、メリアローズは真っ赤になってしまった。


 ――みんな知ってるって……どういうことなの!!?


「な、何で知ってるの!?」

「だって見てればわかりますもん! ねぇリネット様!!」

「えぇっと……そうですわ! メリアローズ様、それでメリアローズ様はなんとお答えに……」


 リネットにそう問いかけられ、メリアローズはもじもじと俯きながら、ぽそぽそと小さく口を開いた。


「その……私も、あなたと恋がしたいって……」

「ひゃぁぁ……!!」

「おぉっ!!」


 その途端、リネットは照れたように頬に手を当て、ジュリアは目を丸くした。

 その反応に、メリアローズは不思議に思ってしまった。


「…………あまり驚いてないのね」

「えー、だって……メリアローズ様どう見てもウィレム様のこと意識してましたし」

「な、なんですって!?」


 うーん、と腕組みしてそんなことを告げるジュリアに、メリアローズはまたしても頬に熱が集まるのを感じた。

 そんなまさか、メリアローズ自身ですら気づいていなかった想いに、あの鈍感を絵に描いたようなジュリアが気づいていたとは!!

 メリアローズは今度こそ羞恥心が爆発して、手で顔を覆ってずるずるとその場に座り込んでしまった。

 穴があったら入りたい。今ほどそう思ったことはかつてないだろう。


「……まさか、学園中に知られてるのかしら」

「ご安心くださいメリアローズ様! メリアローズ様のひそやかな想いをお察ししたのは、私たちごくごく近辺の者だけです!」


 リネットの力強い宣言に、メリアローズはおずおずと顔を上げる。

 メリアローズをおだてるために大げさなことを言うこともある彼女だが、今は嘘をついているようには見えなかった。


「ごくごく近辺って言うと……」

「私たちと……あとはユリシーズ様とバートラム様くらいでしょうか」

「あぁ、あの二人……」


 バートラムはとにかく色恋沙汰に聡い。ウィレムのことでからかわれたこともある。

 彼なら、メリアローズ自身が気づいていなかった恋心に気づいていてもおかしくはない。

 ユリシーズ王子は……彼なら人の心を覗き見ることくらいできるのかもしれない。

 混乱した思考の中で、メリアローズはそんな突拍子もないことを考えていた。

 それに、想いが通じたからと言って何もかもうまくいったわけではないのだ。


「でも……お兄様が、今のウィレムじゃ私にはふさわしくないって……」

「えぇ……!?」

「……ですが、アーネスト様のお考えもわかります。大事なメリアローズ様を託すのであれば、それなりの相手に……と思うのは仕方ありません」


 じっと考え込むように、リネットはそう口にした。

 メリアローズもそれはよくわかっている。

 メリアローズ達は、ウィレムという者がどんな人間なのかをよく知っている。

 だが、兄はそうではないのだろう。

 彼から見れば、ウィレムも他の貴公子たちと同じように、マクスウェル公爵家の力目当てで寄ってくるハイエナのような存在に見えているのかもしれない。


「でも……お兄様は言ったの。ウィレムが今年の剣術大会で優勝すれば、私たちの関係を認めてくれるって……」

「……大丈夫です、メリアローズ様、ウィレムは必ずや、メリアローズ様の為に優勝を成し遂げるはずです」


 リネットに力強く励まされ、メリアローズは小さく頷いた。


 やっと、自分の気持ちに素直になることができた。

 その相手――ウィレムも、メリアローズのことを好きだと言ってくれた。

 だが、ウィレムが剣術大会で優勝できなければ……二人は引き離されてしまうかもしれない。


 ――大丈夫よ、ウィレムは強いもの……!


 そう自分に言い聞かせ、メリアローズは不安を押し殺す。


「優勝、優勝……?」


 そんなメリアローズを見つめながら、ジュリアはひたすらぶつぶつとそう呟いていたのだった。


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