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9 悪役令嬢、当て馬を解き放つ

 あの食堂の戦いから数日。

 てっきりすぐにでもジュリアをいびったことで、王子に文句を言われるかと思ったが、ユリシーズときたらいつも通りに何を考えているのかわからない王子スマイルを浮かべていたのである。

 今は婚約者らしく二人で王宮の庭を散策している最中である。

 周囲に聞かれたくない話をするのにはぴったりな状況であるのに、ユリシーズはここの花がどうやらとか、あそこの鳥がどうたらという普段と変わり映えのない話しかしないのであった。


 仕方がないので、メリアローズは自ら仕掛けることにしたのである。


「そういえば、少し前にロックウェル家のジュリアさんという方とお話ししましたの」


 ジュリアの名前を出した途端、ユリシーズはぴたりと話をやめ驚いたようにメリアローズの方を振り返った。

 やはり意中の女性の話ときたら、食いつかずにはいられなかったようである。

 何を考えているかわからないユリシーズにしてはわかりやすい反応に、メリアローズは心の中で盛大に笑ってやった。


「ユリシーズ様はジュリアさんと親しいんですのね。驚きましたわ」

「あぁ、学園に入学する前に、少し彼女とは親交があったんだ……」


 ユリシーズは少々ばつが悪そうに、珍しく歯切れの悪い声でそう口にする。

 やはり、婚約者であるメリアローズに本当に好きな相手の話をするのは気が乗らないのだろう。


「彼女はその……少々、変わっていらっしゃる方ですのね」


 率直には言わない。だが、十分に推察できるだけの含みを持たせて、メリアローズはそう言葉に乗せた。

 これぞ、貴族式会話の基本なのである。

 ジュリアは貴族らしからぬ、変わった少女だ。故に、王子たるユリシーズが交友を結ぶ相手にはふさわしくない、と。

 ユリシーズは完璧な王子。メリアローズの真意を悟れないはずはないだろう。

 だが……


「そうだろう? ジュリアはすごく面白い子なんだ!」


 メリアローズの婚約者であるユリシーズは、満面の笑みを浮かべてそんなことを言いだしたのだ。

 これにはメリアローズも面食らった。

 婚約者の目の前で、ひどく嬉しそうに別の女性を褒めるなど、子供でもやってはいけないとわかりそうなタブー行動だ。

 それなのに、この完璧王子がそんなミスを犯すとは!

 メリアローズは驚きすぎて、しばらくの間うまく言葉が出てこなかった。


 しかし、すぐに思い直す。

 恋は盲目、と昔から言うではないか。ユリシーズはジュリアに恋い焦がれるあまり、今までの常識やマナーなどが吹っ飛んでしまったのかもしれない。

 そうだ、きっとそうに違いない。

 思った以上に、王子はジュリアに入れ込んでいるようだ。これなら、作戦をさらなるフェーズへと移行させてもいいのかもしれない。


「えぇ、学園の食堂で堂々と自作弁当を広げるなんて、思わず笑ってしまいましたわ」

「しかし、メリアローズがジュリアと交友があったとは意外だね。君たちはその……少しタイプが違うから」

「ユリシーズ様と仲の良い方、と聞いて私もジュリアさんにお会いしたくなったのです」


 もちろん、釘をさしておくことも忘れない。

 お前の大事なジュリアの存在は、既に悪役令嬢に知られているのだぞ、と。


 ユリシーズは相変わらず何を考えているのかわからない、完璧な王子スマイルを浮かべていた。

 だがその仮面の下ではさぞかし焦っているのだろう、とメリアローズは内心でほくそ笑んだ。



 ◇◇◇



 さて目論見通り王子とジュリアが接近したのなら、そろそろ作戦を次の段階へ進めるべきだろう。

 つまりは当て馬役――バートラムの出撃である。


「やっとか。待ちくたびれたぜ」


 学園内の一室、何度目かの作戦会議の折にそう伝えると、彼はまるで獲物を狙う獣のような目をしながらぺろりと舌なめずりをしてみせたのだ。


「言っておくけど、本気でジュリアに手を出したらあんた打ち首よ」

「わかってるって! 俺はそんなへまはしない。スマートにジュリアに近づいて見せるさ」


 バートラムは自信満々にそう言ったが、メリアローズは半信半疑であった。

 どうにも、この男は何かやらかしそうな気配がぷんぷんしているような気がするのである。


「いい、メガネ。何かあったらちゃんと止めてちょうだい」

「ウィレムです、メリアローズさん。王子の取り巻きとして常にジュリアの動向は見張ってますのでご安心を」


 王子の取り巻き役であるウィレムにもそう念押しして、メリアローズはふぅ、と大きく息を吐いた。

 せっかく自分が見事に悪役令嬢を演じているのだから、それを台無しにしてくれるなよ、と。


「でもお前もよくやるよなぁ。例の食堂での事件、ジュリア嬢に対する許しがたい侮辱だって水面下で非難されてるぜ」

「あら、当然よ。だって私は悪役令嬢ですもの」


 オーホッホッホ!……と扇子を手に高笑いを演じて見せると、バートラムは感心したように笑った。




 そして数日後には、学園内を新たな噂が席巻することとなる。

 王子に次いでの人気貴公子、メイヤール侯爵家のバートラムがジュリアに心惹かれ、積極的なアプローチを始めたと……


「不相応に王子に近づくだけじゃなく、バートラム様をも誘惑するなんて……!」

「きっと姑息な手を使ったに違いありませんわ!!」

「田舎娘が生意気に……!」


 当然、噂はメリアローズとその取り巻きたちの元へも届いている。

 悪役令嬢の取り巻きたちは、皆口々にジュリアが卑怯な手を使ってバートラムを誘惑したのだとピーピー喚いていた。


「皆さん、お静まりなさい」


 ぱちん、と扇を閉じてそう口を開くと、取り巻きたちは物足りなそうな顔をしつつも静まり返った。


「バートラム様はご立派な貴公子です。きちんと見る目は持っていらっしゃるはずですわ」

「ですがメリアローズ様……」

「まぁ、あまりに目に余るようでしたら少しお話が必要かもしれませんけどね。学園の秩序の為に」


 静かな笑みを浮かべてそう告げると、集まっていた取り巻きたちがぶるりと背筋を震わせた。

 不運にも同じ教室に居合わせた無関係の生徒は、かわいそうにがたがたと体を震わせメリアローズからの逃亡を図ろうとしているではないか。


 悪役令嬢は今はまだ静観の構えを崩さない。

 だが、「目に余る」状態が続けば、彼女は動くと宣言したのだ。

 哀れなジュリアは、またしても悪役令嬢の怒りを買ってしまったのだ……!


 善良な生徒たちはただ、何も知らない無垢なジュリアが悪役令嬢の毒牙に掛からないことを祈るだけであった。




「…………疲れる」


 放課後、メリアローズは取り巻きたちから離れこそこそとひとけのない学園の裏庭でため息をついた。

 悪役令嬢を演じるのは楽しい。だが、間違いなく疲れるのも確かであったのだ。

 こんな風に気を抜いているところを誰かに見られないようにしないと……とあたりに気を配ったところ、ふいに誰かの足音が近づいてきた。

 焦ったメリアローズはとっさに近くの茂みに飛び込んだ。


 こんなところを見られたら王子の婚約者、学園の女王たる悪役令嬢の権威は一瞬で地に堕ちるだろうが、幸運なことに誰にも見られなかったようである。

 早く行け……と念じながら、メリアローズは見つからないように身を縮こませた。

 そして、茂みの隙間から見えたのは……


「おっ、今なんか音がしたな。ウサギの子でもいたのか?」

「えっ、この学園ってウサギもいるんですか!?」

「うーん……いるな。ここに」

「えっ?」

「……ここに、かわいい子ウサギちゃんが一匹」


 そう言って、やって来た二人組の一人――バートラムがそっともう一人の髪を撫でた。

 学園の人気ナンバー2のイケメンに髪を撫でられ、卒倒しそうなほど甘い台詞を向けられた少女――ジュリアは、ぽかんとした後不服そうに頬を膨らませる。


「もぅ、猫とかウサギとか……私は人間です!」

「悪い悪い、子猫ちゃんがあんまりにもおもしろい反応するからさ」

「バートラム様は、またそうやってからかうんですから!」


 バートラムとジュリアは、軽口を叩き合いながら仲良さそうに裏庭を散策しているようだ。

 メリアローズは息をひそめてその様子を見送った。

 なんだ……意外とやるではないか、とメリアローズは感心した。

 メリアローズの悪役令嬢っぷりに負けず劣らず、バートラムは敗北の待ち受ける当て馬を演じるのが板についているようだ。


 甘い台詞でヒロインを誘惑するが、決して無理強いはしない。

 好意を匂わせるギリギリのラインをうまく攻める、その塩梅をバートラムはきちんと心得ていたようである。

 この様子を目にすれば、きっと王子も焦ってますますジュリアに強く迫るであろうことが予期される。

 そうして見目麗しい貴公子二人に迫られたジュリアは、自分が真にどちらを愛しているのか自分自身に問いかけるのだ。


 そして出てくる答えは、最初に自分を救ってくれた相手――ユリシーズ王子を愛していると気づく……はずである。


 そうなれば後は簡単。メリアローズが二人の愛の障壁として立ちふさがり、ユリシーズがびしっと婚約破棄を宣言し、ジュリアをパートナーに選べば完璧だ。

 メリアローズも、この楽しくも疲れる悪役令嬢役ともおさらばすることになるのだ。


「だったら、もうちょっと遊んどかないとね」


 一度善良な公爵令嬢に戻れば、きっともうこんな傍若無人に振舞うことはできないだろう。

 だったら、今のうちにたっぷり悪役令嬢ライフを満喫しておかなければ。

 そう決意して、メリアローズは立ち上がった。その制服や、縦ロールの中にまで、たっぷりと折れた枝や木の葉が付着していたのである。



「きゃあああ、お嬢様! いったいどうしたらこんなことになるんです!?」


 誰にも見つからないようにこそこそと公爵邸に帰還すると、侍女シンシアは卒倒しそうな叫びをあげた。


「い、いったいどこの誰がこんなことを……!」

「大丈夫よシンシア、自分でやっただけだから」

「お嬢様ああぁぁ!!?」


 あぁ、悪役令嬢とはそんなに辛いものなのだろうか、小枝や木の葉まみれの主人の着替えを手伝いながら、シンシアはそんなメリアローズの苦労を思い涙したのである。

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[一言] 王子、最低か……。 絶対、付き合ってはいけない男ランキング5位以内には入ってるよ……。
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