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77 元悪役令嬢、シスコン兄に釘をさす

 ここクロディール王国では毎年建国記念日の前後に、国を挙げた「王国祭」が開かれている。

 特に王都では多くのイベントが開催されており、その中でも若者向けの剣術大会は特に人気の高いイベントだ。

 参加資格が与えられるのは15~20歳の若者であり、身分は問わない。

 この大会は王国騎士団が有望な若者をスカウトする場だともいわれており、優勝者は将来騎士団での出世が約束されているとも言われている。


 ――その場で優勝しなければ、お兄様は認めてはくださらない……。


 メリアローズは不安になって眉を寄せた。

 毎年剣術大会では、白熱した戦いが繰り広げられている。

 メリアローズとて、ウィレムの強さは知っている。

 だが今の彼は学生の身。毎日鍛錬に身をやつしている騎士団の若手や、各地の有力貴族が送り込む選りすぐりの戦士たち相手に勝ち抜けるかどうかは……


「承知いたしました。必ず優勝して見せます」

「!?」


 だがメリアローズの心配をよそに、ウィレムは少しも動じることなくそう言ってのけた。

 その反応に、アーネストは余裕たっぷりの笑みを浮かべた。


「そうか、では期待しているよ。……メリアローズ、彼と二人で話したい。少しだけ席を外してくれるかい」

「……お兄様。いくらお兄様でも、ウィレムをいじめたら私許しませんからね!」


 念のためそう釘をさしておくと、アーネストはやれやれと肩をすくめた。


「そうだね、可愛い妹に嫌われてしまうのはさすがの僕でも勘弁願いたいな」

「絶対ですからね! もしウィレムをいじめたりしたら……三日間絶交の上に、お兄様が書き溜めてる恥ずかしいポエムを王宮の中で朗読して回りますからね!」

「な、何故そのことを知っている……!?」

「ふふ、貴族にとって情報は命。そう教えてくださったのはお兄様ではありませんか」

「そうか……これは一本取られたな」

「うふふふふ」

「あはははは」


 うっかり和やかなムードになってしまったところで、ウィレムに軽く肘で小突かれ、メリアローズはやっと今の状況を思い出した。

 優雅に一礼し部屋を辞そうと扉に手を掛けたところで、メリアローズは兄に呼び止められた。


「メリアローズ、一つ言っておこう」

「なんですの、お兄様?」

「『あぁ、オーガスタス卿……あなたのその凛とした瞳に見つめられるだけで私は――』」

「ぎゃああぁぁぁぁ!!!」


 いきなり芝居がかった台詞の朗読を始めた兄に、メリアローズは思わず絶叫してしまった。

 それも無理はない。何を隠そう、兄が吟じた台詞は……メリアローズがこっそり書いている小説の一節だったのだ。

 メリアローズの大好きな騎士道物語――その主人公である「オーガスタス卿」への想いを連ねたポエム……と言うより「オーガスタス卿×自分」の夢小説なのである。

 侍女のシンシアにすら見せていない恥ずかしいポエムの中身を朗読され、メリアローズは羞恥に全身を朱に染めた。


「もう一つ教えておこう、メリアローズ。『撃っていいのは、撃たれる覚悟のある者だけだ』」


 ――あ、これ意外と怒ってる……。


 やはり自分ではまだまだ兄に敵いそうにない。

 メリアローズはすごすごと執務室から退散した。




 二人で何を話しているのかはわからないが、ウィレムとアーネストは中々執務室から出てこなかった。

 メリアローズがやきもきしながら廊下を25往復ほどした頃だろうか、ようやく重い扉が開き、中からウィレムが現れた。

 メリアローズは慌てて彼に駆け寄る。


「ねぇ、大丈夫だった!? お兄様は何を――」

「……大丈夫です。あらためて、本気であなたを手に入れるつもりなら覚悟を決めろと話をされました」

「ウィレム……」


 ウィレムには少しも怯んだ様子はない。

 それでも、メリアローズはどうしても心配になってしまうのだ。


 ――もしウィレムが優勝できなかったら、私たちは……


 その時のことを想像して思わず俯くと、そっと頬に触れられ、メリアローズはとっさに顔を上げた。



「……安心してください。必ず、あなたに勝利を捧げます」



 まるで物語の中で戦いに赴く騎士のように、ウィレムはそう告げた。

 その瞬間、メリアローズの頬がぱっと紅潮する。


「も……」

「も?」

「もう! 格好つけすぎよ!! メガネの癖に!!」

「酷っ!」


 ぽかぽかとウィレムの胸を叩きながら、メリアローズはぎゅっと目を瞑った。


 ――メガネの癖にこんなにかっこいいなんて……反則よ!!


 きっと今の自分の顔は、自慢の紅がかった髪と同じくらい真っ赤になっていることだろう。

 そんなメリアローズをなだめるように、ウィレムがそっとメリアローズの肩に触れる。


「……恰好くらい、つけたくなるんですよ」

「なによそれ……」

「待っててください。きっと……いや、絶対に。あなたの隣に立つのにふさわしい男になってみせます」

「ウィレム……」


 ウィレムの強い意志を秘めた翡翠の瞳が、じっとメリアローズを見つめている。

 視線が絡まり合い、まるで捕らわれたように動けなくなってしまう。

 そのまま、二人が無言で見つめ合っていると……


「あぁ、お嬢様にもやっと春が……」

「どんなにこの日を待ちわびたことか……」

「ますます身だしなみにお手入れに手が抜けませんね!」


 メリアローズとウィレムが恥ずかしいやりとりを繰り広げていたのは、まさに公爵邸の執務室の前の廊下の真ん中だったのである。

 曲がり角の柱の陰からは、メリアローズのお付きのメイドたちがきらきらした瞳でばっちり二人の行方を見守っていたのであった。


 ――み、見られてる……!?


「ひゃあああぁぁぁ!!」


 遂に恥ずかしさが極限に達して、メリアローズはその場から逃走し自室への籠城を決め込んだのであった。

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