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71 元悪役令嬢、罠にはめられる

 今晩の夜会には、珍しくパスカルが来ていない。

 その事実を確認して、メリアローズはほっと安堵のため息を漏らした。

 きっと、この夜会を乗り切れば、ウィレムに話をする機会がやってくるだろう。


 ――ちゃんとウィレムに話して、今後の対策を考えないとね。


 メリアローズの傍にいることで、彼まで危険に巻き込むことになってしまうかもしれない。

 だがメリアローズには、きっと大丈夫だという漠然とした確信があった。

 悪役令嬢を演じていた時も、何度か危険な目に遭うことがあった。

 だがその度に、危機を乗り越えてきたのだ。

 ……彼と、いっしょに。


 ――そう、きっと大丈夫よ。


 そう自分に言い聞かせ、メリアローズは気を引き締めた。

 周りには今夜も貴公子たちが集まってきているのだ。あまりぼけっとするわけにもいかないだろう。


「よくぞいらっしゃいました、メリアローズ嬢」

「今宵の貴女は一段とお美しい……」

「月の女神も貴女の美貌には嫉妬されるでしょうね」


 いつものようにこっぱずかしい口説き文句を右から左へと聞き流し、メリアローズは優雅に扇で口元を隠して微笑んで見せた。

 彼らもこの国の誇る高位貴族の御曹司たちなのだが、やはりパスカルに比べれば対処は容易だ。

 メリアローズはそれぞれに気を持たせるような、それでいて焦らすような会話を続けていると、やがて彼らはメリアローズを放置してそれぞれ自分のどこか優れているか、という言い争いを始めてしまう。

 ひたすらマウント合戦を繰り返す貴公子たちを眺めながら、メリアローズは大きくため息をついた。


 ――やっぱりね。彼らが欲しいのは私ではなくて、「マクスウェル家の娘」なんだわ。


 高貴で優秀な自分にふさわしいお飾りの妻として確保したい……と言ったところだろうか。

 馬鹿馬鹿しくなってしまい、メリアローズは彼らに気づかれないようにこっそりとその場を後にした。

 すると、ふいに壁の花となっていた令嬢の一人に声を掛けられる。


「今晩は、メリアローズ様」

「あなたは……カーティス家のヘレナ様ですね」

「まぁ! わたくしのことをご存じだったのですね!」


 メリアローズは瞬時に記憶の底から彼女の情報を引っ張り出し、微笑みながらそう答えると、彼女は嬉しそうに目を輝かせた。

 彼女はカーティス子爵家のヘレナ。年はメリアローズより2つか3つほど上だったはずだ。

 何人かの貴公子との噂がないわけではないが、未だ正式な婚約発表には至っていない。

 こうしてパートナーもなく壁の花となっていたということは、今の彼女はフリーなのだろうか。

 そんなことを考えていると、ヘレナはにっこりと笑ってメリアローズに耳打ちした。


「まったく、あの方たちもメリアローズ様を放置して……許せませんわ」


 ヘレナが呆れたように、まだ言い争いを続ける貴公子たちの方へ視線をやったので、メリアローズは苦笑してしまった。


「あんな方たちは放っておいて……もっと面白い所へ行きませんこと?」

「面白い所?」

「えぇ、無粋な殿方はいらっしゃらない、楽しい場所ですわ」


 殿方はいない……ということは、淑女たちの集まりでもあるのだろう。

 少し迷ったが、メリアローズはおとなしくヘレナについていくことにした。

 女性同士の情報網というものも、貴族社会では侮れないものなのだ。


「ふふっ、でもこんな風にメリアローズ様を連れ出したりしたら、多くの殿方に恨まれてしまいますわ」

「あら、構いませんわ。皆が興味をお持ちなのは、狩猟と戦と勲章の話ばかりですもの」


 くすくす笑いながら、ヘレナはメリアローズを会場の外へと連れ出した。

 そして廊下を進み、一つの部屋の扉を開ける。

 その中には、何人かの若い淑女たちがテーブルを囲むようにして集まっていたのだ。


「まぁ、メリアローズ様!」

「メリアローズ様が来てくださるなんて!」


 淑女たちは快くメリアローズを迎え入れてくれた。

 彼女たちが囲むテーブルの上には、最近巷で流行しているカードが散らばっている。

 どうやら年若い令嬢たちは、カード遊びに興じていたようだ。


「皆でこうして練習していたのです」

「メリアローズ様もいかがですか?」


 たかが遊戯と言えど、貴族社会では社交の一つだ。

 慣れておくことに越したことはないだろう。

 それに、メリアローズはかなりの負けず嫌いであった。

 いざという時に下手な腕前を披露するというのは、メリアローズ自身のプライドが許さない。

 そう判断して、メリアローズはありがたく誘いに乗ることにした。


「えぇ、ご一緒させていただきますわ」


 メリアローズがソファに腰かけると、隣に座ったヘレナが笑顔でグラスを勧めてくる。

 喉の渇きを潤して、メリアローズはあらためてゲームに向き直った。

 ……そして、勝負魂に火がついた。

 マクスウェル家の人間は、どんな簡単なゲームでも手を抜いたりはしないのだ。

 右手を構え、メリアローズは高らかに宣言する……!


「私のターン! ドロー!!」




 いつの間にか、随分と時間が過ぎていたようだ。

 たかが遊戯と言ってもなかなか集中力を使う。気がつけばどこか頭がくらくらするような状態になっていた。

 メリアローズが小さく欠伸を噛み殺すと、傍らのヘレナが心配そうに声をかけてくる。


「メリアローズ様、お疲れですか?」

「えぇ、中々神経を使うわ」


 見回せば、ぐったりとソファにもたれ掛かるようにして仮眠を取っている令嬢も少なくなかった。

 貴公子たちにはとても見せられない、死屍累々の有様であったのだ。


「メリアローズ様も休憩されてはいかがですか?」


 気遣わしげなヘレナの言葉に、メリアローズは力なく頷いた。

 集中力を使い果たしたのか、随分と眠く、頭が重い。

 はしたないかしら、と気にはなったが、気がつけばメリアローズがソファに身を預けるようにして目を閉じていたのだ。

 段々と沈み込んでいく意識の中で、メリアローズはただ一人のことを考えていた。


 ――ウィレムに、話さ、ないと……


 気がつけば、思考はそこへと飛んで行ってしまう。


 彼に会いたい。会って、話をしたい。

 本心でないとはいえ、メリアローズは彼に酷いことを言ってしまった。

 許してもらえるかはわからない。だが、それでも会って、話して、謝りたかった。

 できることなら……もう一度笑いかけて欲しい。

 仕方のない人ですね、と、呆れたように彼がそう零すのが、メリアローズは嫌いではなかった。


 ――また、前みたいな関係に戻れるかしら……。


「おはよう」と何気ない挨拶を交わして、今日の日替わりメニューは何かとどうでもいい話をして、愚痴を言い合って、学園の図書館で一緒に勉強をして……


 幸せな記憶に身をゆだねたまま、メリアローズの意識は深い所に沈んでいく。



 ◇◇◇



 背中に柔らかな感触があたり、そこでやっとメリアローズの意識は浮上した。

 さらりと髪を梳く手つきがくすぐったくて、そっと身をよじる。


 ――誰? シンシア……?


 まどろむ意識の中でそう考えた時に、メリアローズははっと我に返った。

 そうだ、自分はまだ夜会の会場である屋敷の一室にいたはずだ。

 だとしたら、これはいったい……


 なんとか重いまぶたを開け、そこでメリアローズは戦慄した。


「やぁ、お目覚めかい? お姫様」


 真上からメリアローズを見下ろすようにしていたのは、最も会いたくない、今この場にいるはずのない相手……


 スペンサー公爵家の、パスカルだったのだから。


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