70 元悪役令嬢、元当て馬に励まされる
ロベルト王子に諭された翌朝、メリアローズは緊張気味に学園の門をくぐったのだった。
――ウィレムに、話さないと。
ちゃんと話して、謝って、そして今後の対策を考えよう。
そう思い、メリアローズはいつもの求婚攻撃をかわしながら、見慣れたウィレムの姿を探すのだったが……
「あいつ、今日は欠席みたいだぜ」
「欠席……?」
たまたま見つけたバートラムを捕まえウィレムの居場所を尋ねると、帰ってきたのはそんな答えだったのだ。
生真面目な彼が欠席とは珍しい。
一瞬、もしやパスカルが何かしたのでは……との懸念が頭をよぎり、背筋がひやりと寒くなる。
だが、バートラムは軽く笑うのだった。
「なんか最近忙しそうにしてたからな。昨日も授業が終わったら速攻で帰ってたし。用事でもあるんじゃねぇの?」
「…………そう」
メリアローズには、ウィレムの用事で思い当たるふしが無かった。
だが、バートラムの話を聞く限り彼は元気のようだ。メリアローズはほっと胸をなでおろす。
欠席というのなら仕方がない。せっかく決意を固めて登校したのはいいものの、今日は空振りになってしまったようだ。
バートラムに礼を言ってその場を後にしようとすると、不意に背後から呼び止められた。
「……なぁ、お前ら何かあったのか?」
どこか心配そうにそう声を掛けられ、メリアローズは思わず立ち止まってしまった。
その反応で、バートラムもある程度は察したのだろう。
「何があったんだよ。なんなら俺が間に入ってやってもいいぜ」
「大丈夫よ。私がなんとかするわ」
「……メリアローズ」
そっと肩に手を置かれ、メリアローズはバートラムの方を振り返る。
バートラムは、いつものふざけた態度とは違い、真剣な表情でメリアローズの方を見下ろしていた。
「……お前、わかってなさそうだから言っとくけどな。何かあったらちゃんと周りを頼れよ。例えば俺とか」
――『どうも君は一人で頑張りすぎる傾向があるようだ。もう少し、周りを頼ってもいいんじゃないか』
昨晩、ロベルトに言われた言葉が蘇る。
――思ったよりも、皆に気づかれていたのね……。
学園にいるときは努めて普段通りに振舞っていたつもりだったが、どうやら聡い者にはメリアローズの不調は気づかれていたようだ。
だがその事実に、メリアローズはどこかほっとしたものである。
「なぁ、言ってみろよ」
「ありがとう、バートラム。でも……ウィレムに、一番に話したいの」
そう言うと、バートラムは驚いたように目を丸くした。
そして……にやりと不敵に笑ってみせたのだ。
「なっるほどなー、そういうことか!」
「ちょっと、なんでそんなに嬉しそうなのよ……」
「べっつにー? いやいや、学園の女王様にも、やっと春が来たのかと思ってな」
――は、春が来た、ですって!!?
もちろん、その意味が分からないメリアローズではない。
バートラムがニヤニヤしながら告げた言葉に、メリアローズの羞恥心は一気に爆発した。
「ななな、なにを言ってるの!? 私はただ、こういうことを相談するのはあのメガネが適任だと思っただけで別に深い意味はないのよ!!?」
「『ウィレムに、一番に話したいのぉ……』か、あいつに聞かせてやりたかったぜ」
「うるさいうるさい!! 何勘違いしてるのよ!!」
恥ずかしさのあまりぽかぽかとバートラムを叩いたが、彼は少しも堪えてなさそうに笑うのだった。
「わかったわかった。ちゃんとあいつに一番に話してやれよ?」
「……そのつもりよ」
照れ隠しのようにぶっきらぼうにそう言うと、ふとバートラムは真面目な顔になった。
その変化に、メリアローズは不覚にもどきりとしてしまう。
「……なぁ、メリアローズ」
「な、なによ……」
「こんなこと言わなくても十分わかってると思うが……パスカル・スペンサーには気をつけろよ」
聞こえた名前に、メリアローズの鼓動が嫌な音を立てた。
「あいつ、裏じゃいろいろやばいことやってるって話だぜ。お前、あいつに目をつけられてんだろ」
「……安心して。私はあんな奴の思い通りになるつもりはないから」
胸を張ってそう告げたが、バートラムの表情は晴れなかった。
「あいつもよっぽどマクスウェル家を敵に回すような真似はしないと思いたいが……甘い言葉に騙されたりすんなよ」
「……バートラム。あなた、人のことを言えるのかしら?」
「心外だな。俺をあんなのと一緒にするなよ」
「あんなのって……ふふっ」
仮にも公爵家の跡取りであるパスカルを「あんなの」呼ばわりとは……堂々とそう言ってのけるバートラムに、メリアローズは思わず笑ってしまった。
きっと、そのくらいの心意気でいいのだろう。パスカルごとき、「あんなの」扱いで十分なのだ。
バートラムもパスカルも、女たらしとして(一部で)有名な貴公子である。
だが、不思議とバートラムに相対する時はパスカルのような嫌悪感はない。
彼は軽薄なように見えて、まっすぐな人間なのだ。
「忠告ありがとう、バートラム。でも、私なら大丈夫よ。」
「ちゃんと、ウィレムに相談しろよ」
「……えぇ、わかってるわ」
「あいつで力不足なら俺が力になってやってもいいぜ?」
「ありがとう、考えておくわ」
――『君の周りには、君を支えようとしている者たちがたくさんいる』
ロベルト王子に言われた言葉を、メリアローズは反芻した。
きっとバートラムも、その一人なのだ。
――彼は、周りをよく見ていたのね……。
今更ながらに、メリアローズは隣国の王子の観察眼に感心した。
――大丈夫、私は一人じゃないもの。
バートラムに軽く手を振り、メリアローズは背筋を伸ばして歩き出した。




