68 元悪役令嬢、シチューとケーキを堪能する
ビーフシチューを食べ終わった頃、店主の男がメリアローズの元に小さなケーキを運んできてくれた。
「ほら、美人なお嬢さんにはサービスだ」
「まぁ!」
「ロベルトは悪い奴じゃないんだ。よろしくな」
苦笑しながらそんなことを言われ、メリアローズはしどろもどろになってしまう。
すると、ロベルトは呆れたように笑う。
「おい、余計なお節介だ」
「ははっ! お前もしっかりやれよ!」
まさかロベルトが隣国の王子だとは露ほども思っていないであろう店主は、笑いながらカウンターの奥へと引っ込んでいった。
その背中を見送り、ロベルトは口をとがらせる。
「まったく、ここの店主はいつも一言余計なんだ」
「ふふ、でもロベルト様と仲がよろしいのですね」
「まぁ……あの態度がありがたくもあるんだが」
そう言って笑ったロベルトを、メリアローズは少しだけ羨ましく思った。
少なくともここでの彼は、「隣国の王子ロベルト」ではない。
「ただのロベルト」だと、店主をはじめ皆に思われているのだろう。
「メリアローズ嬢、せっかくの店主の気遣いだ。食べてやってくれ」
「えぇ、ありがたく頂きますわ」
ロベルトに促され、メリアローズはケーキを切り分け口に運ぶ。
たっぷりとクリームが乗せられたケーキは、普段メリアローズが口にする物とは確かに異なった味がした。
だが……美味しい。
「甘ぁい……」
メリアローズは他の多くの少女と同じように、甘味には目がなかった。
じんわりと染み込むようなケーキの甘さに、自然と頬が緩んでしまう。
――美味しい……リネットやジュリアに教えたら喜ぶかしら……。
ゆるゆると緩む頬に手を当て、そんなことを考えたが、そんなメリアローズをロベルトが興味深そうに眺めているのに気づき、慌ててたたずまいを直す。
「あ、あのっ……これはその……」
「はは、美味いだろう? 俺もここのケーキは好きなんだ」
「まぁ、ロベルト様も!?」
恥ずかしげもなくそう告げたロベルトに、メリアローズは親近感を覚え笑みを浮かべる。
すると、ロベルトも満足そうに笑うのだった。
「やはりな」
「え?」
「君は……笑っている方がいい」
美貌のロベルト王子に微笑みながらそんなことを言われ、恥ずかしさで顔が熱くなった。
「じ、冗談はよしてくださいませ……!」
「冗談じゃないさ。近頃の君は、どこか無理をしているようだったからな」
「え?」
「……そろそろ行こうか」
軽く目配せをしてそう告げたロベルトに、メリアローズはゆっくりと頷いた。
……多くの人がいるここでは、話しづらいことなのかもしれない。
ロベルトが慣れた様子で会計を済ませるのを、メリアローズは感心しながら眺めていた。
これだけ人目を惹く美貌を持っているのに、今のロベルトは見事にこの場に溶け込んでいるのだ。
――……彼は、すごいのね。
王子と言う立場でありながら、こうも大胆に振舞えるとは……
常にマクスウェル家の娘として気を張っているメリアローズからすると、その胆力に感心してしまう。
「ロベルトも嬢ちゃんも、また来てくれよ!」
上機嫌でそう告げた店主に軽く手を振り、メリアローズとロベルトは再び旧市街へと足を進めた。
いつの間にか日はすっかり暮れており、通りは闇に包まれている。
――夜会は、当然始まってるわよね……。
メリアローズの欠席を、皆はどう思うのだろうか。
そう思うと少し心が重くなるのと同時に、もうどうにでもなれ、という気分になってくる。
ロベルトに促されるままに、メリアローズはどこかふわふわした足取りで歩みを進めた。
「この先に公園があるんだ。そこで少し休憩しよう」
ロベルトはこの辺りに詳しいのか、迷うことなく進んでいく。
そして、二人は大きな公園にたどり着いたのだった。
ベンチに腰を下ろし、メリアローズはふぅ、と小さく息を吐く。
どうやらここは人通りが多いようで、メリアローズの目の前を幾人もの人が足早に通り過ぎていく。
「たまには悪くないだろう? こうやってくつろぐのも」
そう言って足を組みなおし、ロベルトはベンチに腕を投げ出している。
その王族らしからぬ態度に、メリアローズはくすりと笑ってしまった。
「ふふ、意外でしたわ。ロベルト王子がこういったことがお好きな方だったなんて」
「俺だってたまには羽目を外したくなるんだ」
「あら、本当に『たまに』でしょうか?」
「鋭いな、君は」
他愛のない会話を交わしながら、ロベルトとメリアローズは通り過ぎていく人々を眺めていた。
……ロベルトがここにメリアローズを連れてきたのは、きっと何か言いたいことがあるからだろう。
その内容を、メリアローズはなんとなく察していた。
「……ロベルト様、一つお伺いしてもよろしいでしょうか」
「なんなりと」
「あなたは、もし自分が王族に生まれなかったら、と考えたことがありますか……?」
おそるおそるそう問いかけると、ロベルトはくすりと笑った。
そして、どこか優しい目でメリアローズの方を見つめた。
「あるさ。それこそ何百回もな」
「まぁ……!」
「だから、たまにこうやってふらふら出歩きたくなるんだ。俺を『王子』だとは知らない人々に混じってな」
……ロベルトは、メリアローズの問いかけを予期していたのかもしれない。
彼の言葉には、どこか共感の意が混じっているような気がしてならないのだ。
今までになくこの王子に親近感を覚えるメリアローズに、ロベルトは小さく笑うのだった。




