67 悪役令嬢、何故か隣国の王子とデートする(イラスト有り)
……どうしてこうなった。
ロベルト王子の乗る、やたらと豪華な馬車の中で、メリアローズはひたすら混乱していた。
そんなメリアローズを、向かいに腰を下ろしたロベルトは何故か楽しそうに眺めているのだ。
「あの、ロベルト殿下……」
「なにか?」
「これから、どこに……」
「あぁ……メリアローズ嬢はどこに行きたい?」
できればこのまま帰して欲しい、とは口が裂けても言えなかった。
しかし彼は何を考えているのだろうか。
読めない。かつてのユリシーズ王子並みに読めない。
まったく、王子という生き物は皆こうなのか!?
全世界の王子に対し失礼なことを思いながら、メリアローズはひたすら自身がどうすべきかを考えていた。
なにしろ相手は隣国の王子だ。
下手な対応をすれば、外交問題に発展する恐れもあるのだ。
パスカルと対峙する時とはまた違った緊張感を覚えながら、メリアローズは小さく息を吐いたのだった。
◇◇◇
「よし、それでは行こうか」
ロベルトがそう言って馬車を止め、向かったのは、何故か王都の旧市街の一角だった。
メリアローズをエスコートして馬車を降りると、彼は勝手知ったる顔で旧市街を進んでいく。
護衛もつけずに堂々と歩くその姿に、メリアローズの方が慌ててしまう。
「ロ、ロベルト殿下……! どちらに行かれるのです!!?」
「行けばわかるさ。それと、ここで『殿下』はよしてくれないか」
「あ……」
隣国の王子であるロベルトは、この辺りではそう顔は知られていないのだろう。
どうやら彼は正体を隠したいようだ。
メリアローズは仕方なく、少々不敬だと思いつつも呟いた。
「ロベルト、様……?」
「様もいらないぞ。ロベルトでいい」
「さすがにそれはまずいです!!」
「む、そういうものなのか」
戸惑うメリアローズの手を引くようにして、ロベルトはずんずん進んでいく。
――いったい、ロベルト様は何をお考えなのかしら……。
マイペースっぷりに関しては、ユリシーズ王子の上を行くのね……と、メリアローズは嘆息した。
やがて二人がたどり着いたのは、小さな料理店だった。
ロベルトは戸惑うことなく古ぼけたドアを開き、中へと入っていく。
「らっしゃい。おっ、ロベルトか!」
店内に足を踏み入れた途端、中年の店主が嬉しそうに声をかけてきた。
年季の入った店の中には、老若男女……そこそこの客が入っているようだ。
その経験したことのない雑多な雰囲気に、メリアローズは思わずきょろきょろとあたりを見回してしまった。
「今日は可愛い子連れてるじゃねぇか。お前の彼女か?」
「だったらいいんだがな」
「ロ、ロベルト様!?」
――か、彼女!?
慌てふためくメリアローズに、店主の男は大きく口を開けて笑った。
「ははっ、まだ口説いてる最中か! いいぜ、うちみたいな汚い店でよければ存分に使ってくれや」
店主の男に軽く手を上げると、ロベルトは勝手知ったる様子で店の奥へと進んでいく。
メリアローズは慌てて彼の後に続き、勧められるままに奥まった席に腰を下ろした。
「メニューは俺に任せてくれないか。この店は料理によって当たり外れが激しいからな」
「は、はい……」
何を頼んでいいのかもわからなかったので、メリアローズは頷いた。
それにしても……先ほどの店主とロベルトは随分親しいようだった。
「ロベルト様、あの店主の方はロベルト様の正体を……」
「いや、知らんだろうな。知ってたらさすがにあんな雑な対応はしないだろう」
「!?」
絶句するメリアローズに、ロベルトはにやりと笑ってみせるのだった。
「……メリアローズ嬢。今の俺はただの『ロベルト』だ。そして君は、ただの『メリアローズ』だ」
「ぁ……」
「たまにはいいだろう? こうでもしないとやってられんからな」
そう言ってテーブルに片肘をついたロベルトを見て、メリアローズは目を丸くした。
メリアローズにとってのロベルトは、ユリシーズと同じように完璧な王子だったのだ。
なのに、まるでロベルトの新たな一面を発見したような気がして、メリアローズは驚いたのだ。
「……ロベルト様は、よくこちらにいらっしゃるのですか」
「あぁ、この雰囲気が好きなんだ。人々の営みを間近に感じられるような気がしてな」
彼の言う通り、ユリシーズと一緒に行くような王室御用達の料理店はすべてが一流で、他の客の雑談などほとんど聞こえなかった。
だがここでは、人々の歓談、通りの雑踏の音、食器やグラスの音などひっきりなしに生活音が聞こえてくるのだ。
箱入り娘のメリアローズには慣れない環境だったが……確かに、どこか温かみを感じるのも事実だ。
……それにしても、ロベルトはよく正体を隠してここに来ているようだ。
隣国の王子である彼が、そんなに大胆な振る舞いをする人物だとはメリアローズは知らなかった。
「まさかお一人で来られているのですか?」
「あぁ、従者がいると何かとうるさいからな。おかげですっかり店主の奴には悲しい男だと思われているようだ」
「まぁ!」
一人で正体を隠して出歩き、下町の住人に交じって何食わぬ顔で食事を取るとは……ロベルトは思った以上に破天荒な人物なのかもしれない。
もしもこの国の王子であるユリシーズがそんなことをすれば、きっと彼を溺愛する大臣たちがショック死しかねないだろう。
ロベルトの周囲の人物の苦労を思い、メリアローズは苦笑いを浮かべた。
「お待たせいたしました」
ロベルトはいつの間にか注文を済ませていたようだ。
やって来たのは、食欲をそそる匂いが香り立つビーフシチューだ。
「君の口に合うかどうかわからないが、食べてみるといい」
そう言うと、ロベルトは早くもスプーンを手に取り優雅にビーフシチューを口に運んでいた。
メリアローズもドキドキしながら一口掬い、そっと口に含む。
「…………おいしい」
一体どんな味が……と戦々恐々としていたが、一口食べた途端にメリアローズはすぐに虜になってしまう。
そんなメリアローズを見て、ロベルトは満足げに口角を上げた。
「なるほど、ユリシーズとリネット嬢の言った通りだな。君はシチューが好物だと」
「なっ……そんなことを……!」
――あの二人、いったい隣国の王子と何の話をしているのかしら!?
仮にも王族同士。もっと建設的な話はいくらでもあるでしょう!……と説教をしたい気分だ。
いったい何がどうなってメリアローズの好物の話になったのかはわからないが、メリアローズが自身が話題に上ったという事実がたまらなく恥ずかしくなった。
まったく、ユリシーズとリネットは何を考えているのか!
「……二人とも君のことが大好きなようだからな」
真顔でそう言われ、メリアローズは頬が熱くなるのを感じた。
そんなメリアローズを、ロベルトはやはり愉快そうに眺めているのだった。




