61 元悪役令嬢、無意識にツンデレを発動する(イラスト有り)
仄かに会場の明かりが届く薄暗い庭園には、静かな語らいを楽しむ男女の姿がぼちぼちと見えていた。
そんな中を、ウィレムはメリアローズを誘うようにどんどんと人気のない方へと進んでいく。
辺りに人の姿がなくなったあたりで、メリアローズははっと我に返った。
――いったい、どこまで行くつもりなの……?
こんなひとけのないところにやって来て、いったい何をするつもりなのか。
そう考え、思い付いた答えに顔から火が出そうになってしまう。
メリアローズとて、こういう場で二人きりになった男女が何をするのか、何も知らないわけではない。
実際にパスカルが女性と逢引している場面に遭遇し、ばれないように退散したこともあるのだ。
……と、いうことは
――ま、まさかウィレムは私と……!?
その光景を想像すると、頭が沸騰しそうになってしまう。
その途端ウィレムが足を止めたので、メリアローズは思わず飛び上がりそうになってしまった。
「大丈夫ですか!?」
「え、えぇ……小石に躓いてしまったようね」
実際にはただ驚いただけだったのだが、なんとか平静を装いそう言ってみせる。
すると、ウィレムはくすりと笑った。
「メリアローズさんでも小石に躓きかけたりするんですね」
「な、何言ってるのよ! 悪い!?」
「いえ、そうではなくて……可愛い所もあるんだと」
「か、可愛いですって!?」
これは口説かれているのか!?
それともからかわれているだけなのか!!?
遂に混乱と恥ずかしさが頂点に達して、メリアローズは思わずウィレムの背中をバシバシと叩いてしまう。
「何よ! メガネの癖に!!」
「だからもうメガネはやめましたって!」
「あなたの存在自体がメガネなのよ!!」
「なんですかそれ!」
「あなたの全身からメガネオーラが漂ってるのよ!」
「え……!?」
ウィレムが慌てたように全身を確認するのを見て、メリアローズは何とか落ち着きを取り戻した。
「ばか、冗談よ」
「わ、わかりにくい……」
なんだか今日のウィレムは雰囲気が違うような気がしたが、こうして向き合ってみると、ちゃんとメリアローズのよく知るウィレムのようだ。
そのことに、どこかほっとしている自分がいることに、メリアローズは気づかざるを得なかった。
「ふぅ……でも、どういう風の吹き回しなの?」
「何がですか?」
「あなた……いつもはこういった夜会には来ないじゃない」
だからメリアローズは、てっきり彼がこういう場には興味がないと思っていたのだが……何か心境の変化でもあったのだろうか。
――まさか、アンセルム卿みたいにモテたくて来たんじゃないでしょうね……
彼の兄であるアンセルムは、乙女たちの憧れの存在である。
とにかくモテまくるのだ。
まさかウィレムもその恩恵にあやかろうとやって来たのでは……と考え、メリアローズはモヤモヤしてしまった。
「いや、それがその……」
ウィレムが言いにくそうに視線を逸らしたのを見て、ますますメリアローズの疑念は深まった。
こいつ、いかにも「草食系男子です」みたいな顔をして、頭の中は絶賛ピンク色なのでは……?
そう考えると、らしくもなくイライラしてしまう。
「ご存じでないのならお教えしますけど、先ほどの令嬢はアンヴィル子爵家のイザベルよ」
「え?」
「彼女は三姉妹の長女で、婿入りすれば子爵様よ。とんでもない優良物件ね」
「あの、何を……」
「いいじゃない、お似合いよ」
――なんで、こんなことを言ってしまうのかしら……
自分でもわからないまま、メリアローズはぺらぺらと心にもないことを口走っていた。
以前ウィレムと自分たちの境遇について話した際には、彼は「自分は伯爵家の三男なので相続には期待できない」という話をしていた。
その時彼は、騎士になって王子に仕えたい、というようなことを言っていたはずだ。
だが、ウィレムに選べる道はそれだけではない。
この国では女性でも爵位を相続できないわけではないが、女性が推定相続人である場合、その夫が爵位を継ぐ、というのが一般的である。
イザベルのような女性に婿入りすれば、三男だろうが四男だろうが逆玉の輿に乗れるのである。
ウィレムも、そのことに気がついていよいよお相手探しに乗り出したのではないか。
……そう考えると、何故かメリアローズの胸は痛むのだった。
ウィレムがどんな道を選ぼうと、それはウィレムの自由だ。
それでも、メリアローズは彼に自分の手で自分の道を切り開くような人物であって欲しかったのかもしれない。
――そんなの、勝手よね……
メリアローズの勝手な押し付けで、彼の邪魔をしてはいけないだろう。
そう考え、少々自己嫌悪に陥ってしまう。
「別に、あなたの好きにすればいいわ。私は悪役令嬢をやめたから、イザベルの恋を邪魔したりはしないのよ」
「いやいや、何言ってるんですかさっきから」
「あなたもこんなところにいないで、さっさとイザベルを口説いてきたらどうなの」
「……メリアローズさん」
ウィレムが大きくため息をつくのが聞こえて、いよいよメリアローズの心は沈み込んだ。
きっとウィレムは、このまま会場に戻りイザベルを口説きに行くのだろう。
メリアローズはそう考えたが、だが何故かウィレムは一歩メリアローズの方へと近づいてきたのだ。
そして、彼は口を開いた。
「イザベルって誰ですか」
「……は?」
てっきりとぼけているのかと思ったが、彼は本当に困惑したような表情で、そう言ったのだ。
「誰って……さっきあなたの傍にいたじゃない」
「いや、それらしき女性は何人もいたので誰のことなのかと……」
「……もう! 熱心にあなたに話しかけていた桃色のドレスのレディよ!」
少し語気を強めてそう言うと、ウィレムはやっと思い出した、とでも言いたげに、目を丸くした。
「あぁ、あの茶髪の子……」
「そうよ! あなたは彼女が目当てで来たんじゃないの!?」
「え? 違いますよ!!」
「じゃあ何しに来たのよ!!」
別にウィレムが夜会にやってくることは何の問題もない。
ただ、彼の一挙一動にメリアローズの心がかき乱されてしまうだけなのだ。
――もう、本当になんなのよ……!
「何しに来たって、それは……」
ウィレムにじっと真剣に見つめられ、メリアローズは戸惑った。
鼓動がドキドキと早鐘を打っているのを、嫌でも自覚してしまう。
「俺は、あなたの為に来たんです」
「…………え?」
思わぬ答えに驚いて目を見開くと、ウィレムは困ったように笑うのだった。




