60 元悪役令嬢、何でもないダンスで戸惑う
注目を浴びるのはいつものことだが、何故だか今日は普段よりも緊張してしまうような気がした。
ダンスホールに進み出るウィレムとメリアローズに、四方八方からビシバシと視線が突き刺さるようだ。
「いったい、どういう風の吹き回しなのよ……」
「俺と踊るのは嫌ですか」
「そういうことじゃなくて――」
「あ、曲が始まりますよ」
こそこそとウィレムを問い詰めていると、音楽が流れ始めてしまった。
こうなったら、踊らずに言い争っていては余計に目立ってしまうだろう。
仕方なく、メリアローズは素直にウィレムの手を取った。
彼と踊るのは、初めてではない。
ユリシーズ王子がリネットを選んだ学期末のダンスパーティーで、同じようにメリアローズは彼の手を取ったことがあったのだ。
彼はこういった舞踏会に滅多に出てこない癖に、ダンスの腕は見事なものだ。
それに……
――なぜかしら、体が軽い……
ここ最近の夜会続きで、メリアローズは不本意ながらパスカルや、他の貴公子たちと踊ることも多かった。
メリアローズが踊るような相手は皆、王国選りすぐりの貴公子だ。
当然、エスコートやダンスもトップレベルにスマートだったのだが……ウィレムとこうして踊ってみて、メリアローズは自身の体の軽さに随分と驚いたものだ。
まるで蝶が舞うよう、とメリアローズのダンスを称する者たちがいるが、まさに今のメリアローズはそんな心地だった。
くるり、ふわりと自然に体が動く。
相手に合わせようとか、そんなことは考えなくてもいい。
思いのままに動けば、それでいいのだから。
「やっぱり、あなた上手いのね!」
先ほどまでの緊張や苛立ちはどこへやら、メリアローズはいつの間にか楽しい気分になって、自然と笑顔になっていた。
ただダンスを踊るだけでこんなに楽しい気分になるのは、もしかしたら初めてかもしれない。
ウィレムは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに優しく笑い返してくれた。
「そうでしょうか……。自分ではあまりそうは思えないんですが」
「あなた、運動神経がいいもの。それに……私と相性がいいのかもしれないわ」
メリアローズがそう言った途端、ウィレムは一瞬だけ動きを止めた。
そこでテンポが狂ってよろめきかけたが、すぐにウィレムがリードしてくれる。
いったいなによ……とメリアローズは少し不満げに口を尖らせて、すぐに先ほどの己の発言にたどり着いた。
『私と相性がいいのかもしれないわ』
……もしかして自分は、とんでもなく恥ずかしいことを口走ってしまったのでは!?
あのパスカルも、何度となく同じような言葉でメリアローズを口説こうとしたことがあった。
今の言葉に別にたいした意味はなかったのだが、ウィレムはとんでもない受け取り方をしたのでは!!?
「か、勘違いしないでっ! 相手っていうのはダンスのことであって……!!」
「わかってます! わかってますから落ち着いてください、メリアローズさん!!」
一気に羞恥心が爆発したメリアローズを、ウィレムが必死になだめる。
ふぅ、と息を吐いて、メリアローズはなんとなくウィレムの顔が見られず俯いてしまう。
――どうして、こうなっちゃうのかしら……
マクスウェル家の人間は、どんな時でも優雅であらねばならない。
メリアローズも幼い頃から、ずっとそう気を付けていた。
今までは、それでうまくいっていたのだ。
それなのに……ウィレムを前にすると、うまく「優雅な公爵令嬢」の姿が取り繕えなくなってしまうのだ。
「……メリアローズさん」
そっと声を掛けられ、メリアローズは反射的に顔を上げる。
ウィレムは優しい眼差しでメリアローズを見つめていた。
「ダンスの時に下を向くのはご法度では?」
「わ、わかってるわ!」
からかうようにそう囁かれ、メリアローズはまた頬に熱が集まるのを感じた。
――メガネの癖に、調子に乗りすぎよ……!
心の中でそう毒づいても、不思議と苛立つことはなかった。
それよりも、とにかく熱くて、恥ずかしくて、どこかぽぉっとしてしまうのだ。
……それでも、不快なわけではない。
意識せずとも、体が勝手にステップを踏み、相手もそれに合わせてくれる。
顔を上げれば、ウィレムが笑いかけてくれる。
今、彼の美しい翡翠の瞳に映っているのは自分だけ。
その感覚が、たまらない。
くるり、とターンを繰り返すたびに、会場内の視線が自分たちの元に集まっているのが分かる。
どこか誇らし気な表情のアンセルムに、悔し気な顔を隠そうともしていないのは……先ほどウィレムを誘っていた桃色のドレスの令嬢や、メリアローズの周りに集まっていた貴公子たちだ。
「……メリアローズさん」
先ほどよりも真剣な声色でそう呼びかけられ、メリアローズは慌ててウィレムの方に意識を戻す。
「俺を、見てください」
普段よりも低い声で、懇願するように、それでいて命じるように言われてしまえば……気がつけばメリアローズはこくこくと頷いていた。
――なんか、今日のウィレムは普段とは違うわ……
そう意識すると、途端に体に灯がともったような心地がした。
だが、二人が踊っていた曲が終わりを迎えようとしていることにメリアローズは気がついた。
――もう、終わりなのね……
あれだけ恥ずかしい思いをしたのに、メリアローズは何故か曲が終わるのをとても残念に思っていたのだ。
ダンスが終われば、きっとウィレムはまた乙女たちに囲まれることだろう。
今メリアローズの手を取っているように、次はあの桃色のドレスの令嬢の手を取るのかもしれない。
別に、舞踏会ではおかしなことではない、当然のことだ。
それなのに、その光景を想像するときゅっと胸が痛くなってしまうのだった。
遂に曲が終わり、周囲の者は思い思いの行動を取り始める。
だが、何故かウィレムはメリアローズの手を離そうとはしなかった。
「ウィレム……?」
「メリアローズさん」
ウィレムの強い視線が、まっすぐにメリアローズを射抜いている。
その視線に縫い留められたように、メリアローズは動けなくなってしまう。
「もう少し、二人で話しませんか?」
メリアローズは同じような誘いを、今まで幾度となく受けていた。
もちろん、その提案を回避する方法なら軽く数十通りは思い付くほどだ。
今だって、断ろうと思えば簡単だ。
だが、気がつけばメリアローズは、熱に浮かされたように頷いていたのだ。
「行きましょう」
ウィレムにエスコートされ、どこかぽぉっとした気分のままメリアローズは足を踏み出した。




