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57 淑女三人、お茶会に興じる

 ロベルト王子の登場で、またしても学園の勢力図は塗り替えられた。

 なにしろ相手は隣国の王族。しかも決まったお相手のいないフリーなのである。女生徒たちは一気に燃え上がったのだ。

 通常ならば、王子のお眼鏡にかなうなど夢物語だと思うだろう。

 だが、彼女たちの身近にはその夢を叶えたリネットという存在がいる。

 もしかしたら、ロベルト王子に見初められ、隣国の王家に嫁ぐことも夢ではないのでは……との野心を抱いたのである。

 かくして、ユリシーズ王子がお相手を見つけてしばしの平和を迎えた学園は、またしても戦乱の時代に突入したのであった……。




「はぁ……毎日騒がしいったらないわ」


 何度目かの淑女レッスンが終わり、貴族令嬢三人は優雅にティータイムに興じていた。

 ため息をつきながら優雅に紅茶を嗜むメリアローズの目の前で、ぽりぽりとクッキーを貪っていたジュリアが顔を上げる。


「ロベルト王子の件、ですか?」

「えぇ、そうよ。まさしくそうなのよ! まったく、一応学園って学び舎でしょう?」


 悪役令嬢メリアローズという牽制役がいたユリシーズの時と違って、ロベルト王子を巡る争いはまさに無法地帯。なんでもありな状況なのである。

 あちこちで高度な情報戦が繰り広げられ、頻発する同盟と裏切り、そして制裁……。

 昨年度に散々学園を引っ掻きまわしたメリアローズが言えたことではないが、さすがに目に余る状況だ。

 その動物園のような騒がしさに、メリアローズはほとほと嫌気がさしていた。


「貴族として、もう少し品位は保つべきだわ。嘆かわしい」

「わぁ、さすがメリアローズ様! 意識高いですね~」

「それでこそメリアローズ様ですわ!」


 ジュリアとリネットの称賛も、今のメリアローズの気分を盛り上げるには至らなかった。

 ロベルト王子を巡る騒動が、毎日憂鬱で仕方がないのである。

 それというのも……


「メリアローズ様はロベルト王子と親しくしてらっしゃいますからね。お気になさるのも当然ですわ」


 リネットがにっこりと笑って告げた言葉が、ますますメリアローズの心を重くする。

 親しくする……と言うほどではないが、ロベルト王子とメリアローズは既知の間柄である。

 ロベルト王子もよく知る相手の方が話しやすいのか、たびたびメリアローズに声をかけてくれ、ともに行動することも多い。それは確かだ。

 だが、それだけで「メリアローズ様はロベルト王子の妃の座を狙ってるのでは!?」とぺちゃくちゃ噂されるのは勘弁してほしい。

 ユリシーズの時はわざとそのような行動を取っていたので気にすることはなかったが、そんな気もないのにあることないこと囁かれるのは、中々精神的なダメージを負うものである。


「大変ですね~、メリアローズ様は」


 のん気にそう口にするジュリアに少しむっとして、メリアローズは少し彼女をからかってやろうと口角を上げた。


「あら、あなたはいいでしょうね。ロベルト殿下の登場で、バートラムに群がる女生徒が少し減ったもの」

「え! 全然!! まったく気にしてないし気づいてもいませんでしたけど!!」


 急に顔を真っ赤にしてムキになって否定するジュリアに、メリアローズはニヤニヤするのを抑えられなかった。

 いまだジュリアとバートラムの仲は修復されてはいないようだが、この反応を見る限り、ジュリアはバートラムのことが気になって仕方がないのだろう。

 にやつくメリアローズにジュリアはぷくぅ、と頬を膨らませ、じとりとした視線を向けてきた。


「それを言うならメリアローズ様もじゃないですかー!」

「え、私?」

「そうですよ! だってウィレム様に近づく女生徒の数も減りましたもんね!」

「な、なんでそこであのメガネが出てくるのよ!!」

「え、だってメリアローズ様は――もぎゅ」


 ジュリアの放ちかけた言葉は、素早い動きでリネットがジュリアの口にねじ込んだマドレーヌに吸い込まれていった。

 ジュリアは目を白黒させながらもぐもぐと口を動かし……


「おいしい! すっごくおいしいです、これ!!」

「それはよかったわ。ほら、まだたくさんあるもの」


 目を輝かせるジュリアに、リネットは次々と菓子を手渡していく。

 次から次へと繰り出されるお菓子攻撃に、ジュリアは自身が言おうとしたことをさっぱりと忘れてしまったようだ。

 リスのようにもぐもぐと口を動かすジュリアを見て、メリアローズはほっとした。


 あの「もしかしたらキス未遂だったかもしれない事件(命名メリアローズ)」以来、なんとなくメリアローズは恥ずかしくてウィレムと二人になるのを避けていたのだ。

 今も少しジュリアに言及されただけで、どきどきと鼓動が暴れている。


 ――どうして、こんな風になるのかしら……。


 考えてみたが、メリアローズにはよくわからなかった。

 同じようにメリアローズに近づこうとする貴公子に接近されたこともあるし、とりあえず既成事実を、と唇を奪われそうになったこともないわけではない。もちろん、寸前で阻止はしたが。

 その時は嫌な気分にしかならなかったのに、今は……とにかく恥ずかしい。

 恥ずかしくて、まともにウィレムの顔が見られないほどなのだ。


 確かに、ジュリアの言う通り、ロベルト王子の登場でウィレムに群がっていた女子たちの関心がそちらに向いたのは確かである。

 そのことに、メリアローズが安堵したのも……まぁ、おおむね事実である。


 ――……どうして私は安心してるの?


 そう考えた時一瞬何かを掴みかけ、メリアローズは慌てて頭を振ってその考えを追い払った。

 いや、悪役令嬢をやっていたメリアローズだからこそ、わらわらと周囲に群がられる煩わしさはよく知っている。

 だから、友人であるウィレムがそんな境遇にあることが気になっていたのだろう。

 多少の違和感は残っていたが、メリアローズは無理矢理そう結論付けた。

 ……そうだ、そうに違いないのだ。


「……メリアローズ様、ちょっと顔赤いけどどうかしたんですか?」

「いいえ、少し……気分がすぐれなくて」

「「えぇぇっ!?」」


 何気なくそう答えると、リネットとジュリアはメリアローズが驚くほどに顕著な反応を示した。


「大変です! お医者様を!!」

「メリアローズ様! 葱を首に巻くといいんです!! 私、厨房に行ってきます!!」

「ちょっと、落ち着きなさい!!」


 慌てふためく二人を落ち着かせながら、メリアローズは大きくため息をついた。


「別に何でもないのよ。もう治ったわ」

「えぇ、ほんとですか!? 無理はしないでください!!」

「メリアローズ様……」


 心配そうな表情を崩さないジュリアに、メリアローズはそっと微笑んで見せる。

 別に、体調が悪いわけではない。

 ただ、気分がすぐれないというか、心がかき乱されるだけなのだ。


 ――あの、王子の取り巻きの青年のことを考える時は。


 気がつけば、思考がそちらへ飛んで行ってしまう。

 ぐるぐると頭の中に浮かんでくる姿を振り払うように、メリアローズはジュリアに勧められたマドレーヌを口に運んだ。



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